第5話 学生料金で一枚五百円
色紙いっぱいに叩き付けられた筆文字は、書道の達筆とは少し違っていた。曲がりくねっていてアートに近い。メッセージと文字が一体で、イラスト文字みたいになっていた。
「意味ありげな感じですね」
私は少し皮肉めいた声の調子で言った。
すると詩人は更にニッコリ笑って、
「はい、学生料金で一枚五百円になります」
と、言った。
「はぁ?」
私は駅前の往来が一瞬静まりかえるくらいの大声をあげた。彼女はそれでも表情を崩さなかった。私は彼女から目を逸らさなかった。詩人の目は、何かが欲しくて仕方がないような、飲み込んでいくばかりの底なしの泥だった。汚いものでも醜いものでもないのに、私は見つめ続けた。
彼女の名前は
サキという名前で詩人活動をしている。大学を卒業して普通にOLとして働いて結婚退職して……というおきまりの人生が嫌で、税理士事務所でアルバイトをしながら、平日詩を売る活動に専念しはじめたのだ。
親がサキの決意に反対する様子は特になかったという。サキの両親は、彼女が何をしようと関心がなかった。路上でどこかの男でも捕まえて、そのまま消えてしまえばいいと思われているのだろうと、サキはあっさりとした口調で話した。
「女の子からおじ様までいつも告白されてばっかりだから家から出ていっても行き先には困らないんだけどね。この前、彼女持ちのイケメン男子高校生に、まっすぐ真剣な目で、僕が支える、一生面倒見るのでつきあってください、彼女とも別れて来ましたって言われちゃったし。おいおい、お姉さんとつきあったら、一週間で愛想尽かすぞって言ったけどね」
「どうして?」
「だって、フランス行きたいなって思ったら会社に休み届けて明日には行くだろうし、作品に集中する時は、一切の情報をシャットアウトするし。だから、かまってあげられる時間ないし、彼女とよりをもどしなさーいって説教しちゃった」
それから、私とサキの交流が始まった。サキが一方的に話すばかりで、私は聞き役だった。友達……ではないかもしれないけれど、長い時間をかけて話す人はサキ以外いなかった。
私は今日も潰れたタコ焼きを頬張りながらサキの話を聞いていた。サキは中筆、小筆、墨、硯、文鎮、水差し、タオルを箱から取り出し、シートの上に並べていく。墨をゆっくりと、直角にして平らに擦っていた。
「四月入ってやっと平日に休み入れてゆっくり活動できるなぁ。こうやって墨擦ってると本当に幸せ。ちっさい会社の経理入力してまわってさ、自転車操業の社長さんとか見てると普通に生きることが嫌になるんだよね。好きなことをして生きたいというか、もう好きなことをするしかないって感じ。決算報告書作って、データをUSBに入れて、仕事を終える時、社長さんや奥さんが私の方を不安そうに見てくるのよね。私じゃどうにもならないっつーの。二月や三月は確定申告で鬼のように忙しいけれど、私、仕事早いんだよね」と延々サキは話した。
自分のことばかりしゃべり疲れたのか、鼻歌をはじめた。聞いたことのないメロディーだったので、何だろうと思って尋ねると、Coccoの「強く儚い者たち」と言う。
「これを聞いて、ビビッときて詩人になろうと思ったの」
私がCoccoのその歌を知らないと言うと、「じゃ、焼け野が原は? 歌声が強くて透明で……Coccoはさ、ライブに行くと感受性の強い子はみんな泣き出すんだよね。私も気がついたら涙がなぜか止まらなくなっちゃってさー」とCocco、Coccoと言うので「コッコ、コッコってニワトリみたいだな」と心の中でツッコミを入れた。
ずっと話しながら墨を擦り続けていた。彼女の横顔をじっとながめた。何か褒めないといけない気がしたのに、何も浮かばない。逆に嫌なことなら浮かんだ。八方美人。自己満足。自分が良い気分になりたいだけ。
……。
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