第2話 十六個入りで百円の激安タコ焼き
広場を行き交う人々は、みな軽やかな足取りで歩いていた。人の流れと流れが正面から交差して、いつまで見ていても飽きなかった。
ほんの偶然が積み重なって、JR側から来る人と、京阪側から来る人が次々と正面衝突して、乱闘騒ぎになるところを想像した。家や会社に行くことも忘れて、それぞれが子どもみたいな理屈をこしらえて祭りみたいに殴り合う。
その始まりから終わりまでを目に焼き付けたかった。それを動画に撮影して、ネットに公開して、たくさんの閲覧とコメントをもらう。そして私を注目すべき人間に加える人々が多くなる。私はますます記録する。特異なものを見つける技術は、小学校から磨いてきている……私は、自分の頭を思わず叩いた。いけないんだ。それをしてしまったから、今、私はこんな風になっている。頭の中がじんわりと熱を帯びた。大きなため息が勝手に出て、息が苦しくなってから呼吸をしてないことに気がついた。
私は、立体駐輪場から向こう側にある駐輪場まで行くのに、目まぐるしい雑踏を横切らねばならないのだが、どのタイミングで動き出せばいいかわからず、レンガの上に呆然と腰掛けたままでいた。灰色と汚れた水色のタイルの上を行き交う無数の足を見ていた。
高校三年になって、大学受験の勉強をしなければいけないのに、私はなぜ今ここにいるのだろう。帰り道の途中で買った十六個入りで百円の激安タコ焼き――ソースの味しかしなくて時々タコすらも入っていない――をレジ袋から取り出した。ほおばりながら、私はずっと座ったまま動かないでいる自分自身を好きになりかけていた。このタコ焼きは葱や紅ショウガや青のりも天かすもあるけれど、肝心のタコが入っていないことが多かった。こんがり丸く焼き上がっていなくて、つぶれている。お腹をふくらませるだけのものなのだ。
ただ座り続ける。私は携帯電話をいじったりしない。そもそも頻繁にメールをやり取りする友達がいない。中学の頃の友達と離れて、高校生になって「携帯、親に見られるんだ。一人一人、交友関係とかチェックされるの。迷惑かけたくないから連絡先交換無理なんだ」と言ってアドレスを教えないでいた。電話番号だけ教えて「緊急の時に連絡よろしくね」と伝えておくと、見事に友達ができなかった。でも、気が楽だった。一日中、メールのやり取りに追われるよりも、携帯が何も受信しない時間帯が貴重に思える程だった。あんまり大したことない高校に入ったのは、中学の時のケータイ依存が原因だと思っている。私は人と繋がりすぎていた。
中学校卒業式間際の、地震があったばかりの頃。
朝起きてから、目がかすんで画面がみえなくなる夜まで、ツイッターやメールでただひたすら人とやり取りをしていた。地震の混乱に便乗して犯罪行為をする人が続発して、女性達の多くが拉致されている。デマだろうとわかっていても、安全と安心のためどんどん情報を拡散させた。不安になれ。みんな人間不信になれ。現実は恐ろしいものなんだぞ。怒りをぶつけるように自分でも女の人がひどい目に遭う怖い出来事を創作した。そして流した。また新しく作った。
「日本中で地震が起きるという予測が、アメリカの研究機関で発表されています」
「東北中のガソリンスタンドが爆発してて、有害物質の雨が日本中に降ります。みんな、絶対に外に出ないで!」
「今回の地震は世界を牛耳る闇の組織による人工地震兵器です。あと三回、日本を標的に実験が行われます」
自分の不安を、波で消えていった人と一緒に流した。生きてきた鬱憤を、水洗トイレで流すみたいだった。もっと不安になって、警戒して。真剣になって。無事に過ごすには警戒するに越したことはないのだから。
友達とは、地震が起きたらどこのグラウンドで待ち合わせようとか、護身用のナイフを購入しようとか、日本を脱出しようとか、真面目に話し合った。頭に血が上ってやり取りしたあの頃の熱気は、当然のことだけど今はもうない。
十六個のタコ焼きは、いつの間にかお腹の中に全て収まっていた。私は立ち上がって、駐輪場近くに積まれたオレンジ色のゴミ袋の山の上に、受け皿を投げ捨てた。爪楊枝だけが転がって、排水溝の上に溜まっている泥に落ちた。学校鞄から取り出したペットボトルのお茶を一気に飲み干して、それもゴミ袋の山に捨てた。
あとは、帰宅して、食欲がないと言って夕飯を食べずにさっさと二階に上がるだけだ。
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