タコ焼き買いに

猿川西瓜

第1話 デマ

 午後からの授業がだるかったので、私は昼休みに制服のまま学校を抜け出した。

 いつものように私は京橋でヒマをつぶしていた。

 胸元のリボンのボタンを外して、ポケットにしまった。

 私は立体駐輪場の前にある植え込みの近くで足を止めた。

 緑色の大きな立体駐輪場は広場を見下ろすように、駅と駅の間に立っていた。京阪とJRをつなぐ京橋の広場を覆うアーケードの下に、たくさんの人がうごめいていた。JR側のマネケン、京阪側のケーキ屋があるせいかミスマッチな甘い匂いがした。


 もうすぐ五月になる。植え込みに一本だけ生えた桜はまだ散らずに残っていた。落ち行く花びらの後を追うように私は下を向いた。排水溝で、花びらは汚ない泥にまみれていた。吸い殻、髪の毛、ビニール袋……真っ黒な汚れが斑点模様で沈んでいる。しばらくじっと見てしまう。見たくないもの、見たって仕方ないものほど、自然に目に焼き付けようとしてしまう。犬の糞も吐瀉物もそう。見苦しく、残念で、価値のないもの。思い出しただけで損な気分になってしまう。でも、見ることはやめられなかった。


 小学六年の頃、私は人とのつながりを保つために、目についたこと耳に残ったことをひたすらインターネットに流していた。携帯電話と一日中向き合い続け、ネット上の日記に写真を載せ続け、人からの反応を求め続けた。最初は雲や花、キレイなものばかりを携帯のカメラで撮っていたが、一番日記に載せたかったものは汚いものだった。でも、それをすると誰もアクセスしてこなくなるのでできなかった。この世界のどこかにいる、私に親しくしてくれる人と繋がっていたかった。人とのつながりを確認するために、小さな画面とずっと向き合っていた。そのまま、三年も経った。ネット上の人とのつながりのために費やした時間が、私の携帯のデータの中に、何千枚とたまっていった。中学を卒業する前に、もうやめようと思った。人とむやみに繋がることはもうしない。しないでおこう。


 私は頭をあげて広場に目を向けた。


 JR駅前にたむろする大学生らしいグループの人たちは冬服の上着を脇に抱えていた。でも、冷たい風も時々吹いた。冬なのか春なのか、わからない。絶え間ない往来の人々は、薄手のコートからTシャツまで装いがバラバラだった。日本から春夏秋冬が消えていくような気がした。雪の中、桜が咲いて、幹に蝉が鳴いていて、秋がなかったりしそうだった。

 私は、背が小さく、体重も平均的な女子高生よりはるかに軽いのに、どうしてこんなにも体がずっしりと重いのか。首をひねった。立体駐輪場の前からまだ動けないでいた。老朽化したコンクリートで出来たこの駐輪場は、大阪で地震が起きたら一瞬でぺちゃんこになりそうな程だった。私は植え込みを囲うレンガに腰を下ろそうとした。座ろうとする時に、つい植え込みの中を凝視してしまう。空き缶、ペットボトル、お菓子の空箱、雨を吸ったチラシ……ガムや痰もきっと吐き散らかされているだろう。顔をしかめる。でもしっかりイメージをしてしまっている。

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