Episode2 The 3rd-day
翌日、いつも通りのエストの裸ニーソ姿に驚かされ目を覚ましたカミトは、甘えようとする彼女を引っぺがして、洗面所に向かう。意識がはっきりし、朝の支度を整えたカミトのもとへエストがやって来た。
「どうしたんだエスト」
カミトはエストにしては珍しく乱れた髪を見ながら尋ねた。
「こちらの世界に来て、初めて眠れませんでした……」
目をごしごしする仕草を見せるエストに、カミトはやれやれと思いつつ、ベッドの縁に腰掛け、膝をぽんぽんと叩いてみせる。きょとんとするエスト。
「カミト、何をしているのですか?」
「まだ朝食まで時間があるから、寝てもいいぞ」
「……分かりました。カミトの言葉に甘えて」
カミトの隣に腰掛け、おもむろに彼の膝に頭をのせる。間もなくしてエストがまぶたを閉じた。それを愛おしむように、カミトは優しく白銀の髪を撫でる。
彼女の寝顔はとても美しく息をのむほどだ。その光景を眺めながら、カミトはいち早く元の世界に戻る方法を考えていた。
どうしてこの”日本”という世界に――目が覚めた時には――来たのか。加えて、こうした”異世界もの”に見られるような『その世界での目的』――すなわち脱出するカギである――が分かっていない。カミトは数分考え続けていたが、エストがお腹を空かせて起きたため、思考を中断した。
朝食やチェックアウトを済ませ、二日目のデートに出かける。カミトとエストは長年連れ添うカップルのように仲良く手を繋ぐ。
「そういえばカミト、今日はどこへ行くのですか?」
「今日は今までの系統とは全く異なるところだな。この世界には鉄道という乗り物があるから、それに関連したところ」
エストはカミトの言葉の意図が察せず、ただ首を傾げるばかりだ。
複数の在来線や地下鉄を乗り継いでやって来たのは、東京メトロ東西線葛西駅最寄りの博物館だ。
「ここは今乗って来た地下鉄に関しての資料が沢山あるらしいんだ」
エストは期待に胸を膨らませながら、カミトと手を繋いで歩く。
博物館で入場料を支払うと、券売機から文字の印字された紙が出てきた。
「カミトこれはなんですか? 表面に色々文字が書いてあります」
「これは”切符”だな。ほら鉄道に乗るとき、お金を払うと同じようなものが出てきただろ? それだよ。ここではそれを入場券代わりに使ってるみたいだな」
「なるほど……」
エストは改めて切符を眺めると、おもむろに改札に通す。やがて切符は反対側の方から吐き出される。その様子をまじまじと見つめる様子が珍しかったのか、はたまた容姿に惹かれたのか、係員が話しかける。
「お嬢ちゃん、切符が珍しいのかい?」
「……はい。初めて使ったと言っても過言では無いので」
「ほお。お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
その言葉に、珍しく彼女の表情が曇った。誰が見ても、自分の生まれた経緯を説明できずにいるのが分かる。
「実はこの子――エストは相当な田舎に育ったので、この機に都会の事を色々教えるために、色んなところを案内しているんです」
「ということは君は、そのエストちゃんの親戚ということかな」
「はい。エストとはいとこ同士です」
「へぇ、それはご苦労さん。しっかりエスコートしてあげるんだよ。エストちゃんもこの子の言うことをちゃんと聞くんだよ」
「はい」
その場を離れ館内のシミュレータホールに向かっていると、エストがカミトだけに聞こえる声量で呟く。
「……あの男の人、やけに愛想が良くて、何だか感じが悪かったです」
「まあまあそう言ってやるなよ」
「これは、カミトと今晩一緒にお風呂に入って、一緒に寝ないと、気が収まりません……」
感情を露わにするエストに、カミトは苦笑しながら、白銀の髪をそっと撫でる。エストはヴァイオレットの瞳で見つめ返す。そんな会話をしているとすぐに目的の場所に到着する。通路向かって左手にシミュレータが並び、右手には鉄道模型を走らせているコーナーがある。その周囲には小さい子供が沢山集まり、模型を見てはきゃっきゃとはしゃいでいる。
その後、まずは三つの路線のシミュレータを楽しみ、続いて一際列の出来ている方へと移動する。
「カミト、シミュレータが動いてます……!!」
「お、本当だ」
見ると映像が左右に流れるのと連動して、車体を模したシミュレータも動いているらしい。運転席後部の座席で見学している親子連れも、どこか楽しそうだ。するとエストがあるものに目を留めた。
「カミト、このシミュレータ、どうやら制限があるみたいですよ」
「どれどれ……『小学生以上』か。エストだとちょっと厳しいかもな」
カミトの言葉にエストがむっと頬を膨らませる。唇を尖らせるおまけつき。
今日のエストがやけに感情を露わしやすいのを不思議に思いつつ、エストをなだめる。
その後順番が回って来ると、係員が二人の姿を眺めてから口を開いた。
「そちらの女の子は、お兄さんの膝の上に乗れば出来ますよ」
ということで案内された座席に、エストを膝の上に座らせて、腰掛ける。いつもよりさらに感じられるエストの感触が、カミトの理性を強烈にかき回す。それを振り払い係員の説明に従って運転する。
――ひとしきり博物館を堪能した二人は、付近のファストフード店で昼食を取っていた。
「どうだったあの博物館」
「最初の感じの悪い男の人はさておいて――とても興味深いところでした。”地下鉄”と呼ばれているものがどんな仕組みで動いているのか、非常に参考になりました」
「だな」
総じて今日の博物館デートは、特にエストにとっては決して悪いものではないようだった。
「この後はどこか行きたいか? それとももうホテルに戻るか」
「疲れたので早く戻って、カミトに癒してほしいです」
「おまえ、まだそのこと根に持ってたんだな……」
ホテルで予約した部屋に戻ると、エストは開口一番カミトに抱きつきそのまま離れない。カミトはそのままエストを抱っこして、ベッドの縁に腰掛ける。まるで飼い主に甘える猫のように気持ち良さそうに目を閉じて、髪を撫でてもらうエスト。その様子を見てカミトは思わずこんな事を口にした。
「おまえってこんなに甘えんぼうが激しかったかな。もうちょっとクールだとばかり思ってたんだが……」
「それは世を忍ぶ仮の姿、本当の私は、カミトが大好きな一人の女の子なのです」
「聖女アレイシアがそれを聞いたら色めき立ちそうだな……」
エストのさりげない告白をこれまたさらりとかわすカミト。エストは内心で「カミトらしい……」と思いつつも、彼に寄り添うように身を縮めた。
精霊使いの剣舞【カミト、現代日本へ】 椎名翔平 @OTARIA_JP
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