精霊使いの剣舞【カミト、現代日本へ】

椎名翔平

Episode1 The 1st-2nd day

 「……ここはどこだ……?」

新鮮な空気に鼻腔を刺激され目覚めの良いカミトだが、普段寝起きしている部屋とは根本的に異なる内装に、警戒心を徐々に募らせる。

 床は何かの植物から成っているのだろうか、触り心地はとても抜群。部屋の中央には大きめのテーブルが置かれ、隅にはスライド式の扉がはめられている――恐らく収納スペースだと、カミトは見当をつける――。そして、部屋の目立つ場所に、何か花が花瓶に生けてある。典型的な和を重んじた空間である。

 ふと窓を覆うカーテンを取り払ったカミトは、景色を目に入れた瞬間、愕然とした気分に陥る。何せそこには、オルデシア帝国の帝都である≪オストダキア≫の街並みではなく、高層ビル群や見慣れない家々が並んでいたのだから。

カミトはひとまず動悸を鎮めるべく、洗面所に向かった。しかしそこには先客がいるようで、中から物音がする。カミトは一応心構えをしつつそっとドアを開ける。

「……カミト。おはようございます」

そこにいたのは、カミトが学院にやって来た時に契約した精霊、エストであった。

この二人のいきさつについては、また後日述べることにするとして……。

とりあえずカミトは、目の前に繰り広げられている光景に頭を痛める。

「エスト……どうして、何も身に着けていないんだ」

「これが私の普段の姿ですから……。カミトもいつも見ているでしょう?」

お前は何を言っているんだとばかりに、小首をかしげるエスト。普段からこんな問答を彼女としているカミトは、この事はそっとしておくことにした。

 エストに手近にあった服を着せつつ、ベッドに隣り合って腰掛けた。

そしてカミトは、現状を取り巻く事情をエストに話した。

「カミトの話によれば、この世界は、私たちの元いた場所と違うと……」

「ああ、それで間違いないはずだ。建物も、何だか見慣れないものばかりだしな」

「なるほど」

二人で現状を打開する妙案を話し合った結果、まずは外に出て、実際にこの目で確かめる結論に至る。

あらかじめ、この施設が『こちらの住人がお金を払って宿泊する場所』だと把握していたカミトたちは、とりあえず食事の為に移動することにした。

 そうして朝食を皿などに盛り付けていた時だ。エストがカミトの袖をくいくいと引っ張る。

「ん、どうしたエスト?」

「カミト見てください、あそこにオトーフがあります……!!」

エストが指す先には確かに、器に盛られた『オトーフ』らしきものが確認できる。

そちらまで移動し、カミトはその料理の名前を読みあげた。

「『豆腐の鰹節掛け』か」

「カミト、これ食べてもいいですか?」

まるでおもちゃをねだる子供のようなエストに、カミトは頭を軽く撫でて答える。

「おう。ただし、食べられない量は取るなよ?」

「もちろんです……!!」

 食べたい料理を取り終え腰を落ち着け、いただきますをして箸をつける。

食事をしている間もカミトは常に元の世界の事を考え続けていて、エストがカミトに食べさせてあげようと口元まで運んでいたのにも気づかなかったため、外に出たらデートをする約束をさせられたのだった…………。


 この世界の探検という他に『エストとのデート』という目的を追加して、二人は宿泊施設を後にした。今の時間は九時を若干過ぎた頃。

 学院の制服ポケットに、見慣れない生地で作られた入れ物が入っており、その中にはこの国で流通していると思われる金銭が入っているのを確認していた。

カミトは現在地を確認するために、近くの建物の入り口に立っていた、制服を纏った人に尋ねる。

「すみません、ここはどこですか?」

尋ねられた人――警察官である――は、怪訝そうに少年とその隣の(年端のいかない)少女を見やり、答えた。

「……ここは”東京都”だよ」

「なるほど、ありがとうございます。エストいくぞ」

「はい、カミト」

去り際、警察官は二人に声を掛ける。

「ところで君たち、どこから来たのかね? 今日は平日。学校はどうしたんだね?」

「今日は学校が創立記念日で休みなんです」

「見慣れない制服だが、どこの学校だね? 隣の女の子も」

一瞬答えに窮するカミト。さすがにそこを突かれると痛い。カミトたちは足早にその場を立ち去った。

 しばらく歩いていると、エストが一つの建物の前で立ち止まる。この世界では様々なものに惹かれるが、これに関しては一際関心が高いようである。不思議に思ったカミトも、エストの隣でそれを眺める。

「……へえ。この服のままだと人目についてまずいし、買うか?」

「いいのですか?」

「ああ。今はエストとのデートなんだしな。できる限りはリクエストに応えてやりたいと思って」

「ではさっそく行きましょう……!!」

エストはカミトの手を握り、意気揚々と扉を開けた――その時の彼女は、楽しいことを見つけた涼○○ルヒのような表情をしていた――。

 一時間程店内を物色しお気に入りの服を揃えたエストは、すっかり上機嫌で、今はカミトの隣を歩いている。それを横目に映すカミトも、彼女の幸せそうな表情を見て安堵している。

手を繋ぎながら様々な場所に赴く二人。可愛い服を見つければ店内を見て回り、美味しそうなものを見つければその都度食べたり……大半がスイーツだったが。

(カミトたちが元の世界に帰ったあと、この”美男美女”カップルが世間を騒がせたことは、また後の話…………)

―――――そうして、この日は『エストのデート』にあてた。

 

 予約を入れていた宿泊施設――今朝起床した場所だ――に戻り、部屋の鍵を受け取る。ベッドの上で脚を投げだす恰好でテレビを見ていたカミトに、さりげなくエストが近づき、ボブスレーのような恰好で、カミトの脚の上に寝そべる。

こうしてカミトの目線に、エストの綺麗な銀髪が見え、体全体で彼女の体温を感じ取ることになった。

「エスト、どうしたんだ?」

そう答えるもエストからの返答は無い。しかしすぐにすやすやと寝息が聞こえてきたので、カミトはそっと頭を撫でながら、まるで子供をあやしているような気分に浸るのだった。

 エストが目を覚ましたのはそれから一時間程後の事だ。

「カミト、お風呂に入りましょう」

「そうだな。じゃあとりあえず、途中まで一緒に行くか」

「何を言っているのですかカミト。この施設の入浴場は”混浴”ですよ?」

「は?」

カミトは一瞬何を告げられたのか分からず、何か重大な事実を聞いた気がしたという考えに至るまでに三秒ほどを要した。

「それマ?」

「はい」

あくまでも真顔で答えるエスト……しかし彼女の頬には若干の赤みが差していた。エストが恥ずかしく感じる理由や、それ以外に、こちらの世界に対する理不尽さを訴えたいカミトだが、ひとまずそれを飲み下す。

「……分かったよ。行くか」

 さすがに脱衣所は別――当たり前である――のため、浴場の入り口で待ち合わせることになった。手早く更衣を済ませ入り口に向かうと、すでにエストの姿があった。周囲の視線の予防のためか、体にバスタオルを巻きつけている。

彼女の容姿とさらさらな銀髪とが相まって、なかなかに周りを歩く人の注目を集めている。しかしエストはどこ吹く風で、ただ待ち続けている。

「お待たせエスト」

「……カミト遅いです。いくら剣精霊の私でも、世界が違えば、一人の女の子なのですよ」

「分かったよ……」

エストは真顔でそうまくしたてるが、頬をぱんぱんに膨らませている。彼女をなだめるように頭を軽く撫でてやり、それぞれで体などを洗い終え、人の少ない場所で湯に浸かる。

 この場所から都内の高層ビル群が一望でき、実に遠くまで見通すことができる。隣で気持ち良さそうに浸かるエストの髪が月の光に照らされ、キラキラときらめく雪景色を連想させた。

と、不意にエストがカミトの肩にもたれかかる。

「カミト。この世界に来たからには、楽しいことを見つけて満喫しましょう」

「そうだな……帰れそうな予感はまだ無いし。それにエストがしたいこととかあったらさせてやりたいしな」

「カミト?」

エストはカミトの意図しているところが分からず首を傾げるが、彼はそっと彼女の髪を撫でて答えた。

「いつもさ。エストには助けてもらった事ばかりだろ? ピンチの時にはいつも力を貸してくれたし、お前がいなくなった時、改めてエストのいることの大切さを知ったというか……だから、お礼の意味も含んでてだな」

カミトがしどろもどろになりながら答える様子を、エストはただ、黙って聞いていた。彼女が、内心で改めてカミトに惚れ直したことをカミトは知る由も無い……。

 どうせならと、二人並んでベッドにもぐり込む。相変わらず裸ニーソ姿のエストが隣で横になっている状況に、カミトは若干の恥じらいを覚えつつ、そっとエストの頭を撫でている。

「なあエスト」

「はい、カミト」

「明日は”秋葉原”というところに行かないか?」

「いいですよ」

エストはくるりとカミトの方に体を向けた。

「……ふあ。カミト、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

エストはカミトの胸にうずくまるようにして、すやすやと寝息を立てた。カミトのほうも一日中歩き回った疲労からか、間もなくして睡魔がやって来た。


 翌日。”鉄道”というものに乗り、最寄り駅である秋葉原駅に到着する。

「さて。これからどこに行くかだが……」

「カミト。ここから大きな通りに出ると、この世界で人気な物を売っているお店が沢山あるそうですよ」

「そっか。じゃあ、まずはそこだな」

 ここ秋葉原は、いわゆる『オタクにとっての聖地』とでも言うべき場所である。ラジオなどの機械類から、アニメや漫画などの二次元のキャラクターを題材にしたものまで、様々なものがこのエリアで購入できる。

(エストの言っていた)中央通りには関連ショップが多数存在し、アニメイトやとらのあな、ゲーマーズなどといった店舗。一歩路地に入ると、『お帰りなさいませ、ご主人様』というフレーズでお馴染みのメイド喫茶などがある。

 カミトとエストの二人は、その”アニメイト”に向かっていた。エストは周囲に立地している店舗の多さに目を丸くしている。

「さすがにこちらの世界で人気な物を扱うだけあって、お店の数も多いです」

「こっちの世界に住んでいる人々は、どんなものが好きなんだろうな」

などと話していると、目的地・アニメイトに到着する。一階は人が多いため、案内板を確かめ、小説を販売しているフロアに上がる。

 実に多種多様な品揃えだ。背表紙に多種な色分けが施されておりタイトルごとに

並べてある。エストはその中から、緑をベースとして表紙に赤髪の女の子が載っている小説――ライトノベルと呼ばれるもの――を手に取る。

タイトルは『精霊使いの剣舞』――二人はとてつもない既視感に襲われた。エストはその本を無言で棚に戻し、若干の焦りを声に乗せる。

「……カミト。今の女の子は――」

「ああ。完全にクレアだったな……しかし、どうしてこっちの世界でクレアがいるんだ? 全く分からん」

元の世界に戻ったらこの事をクレア本人に話すことに決めて、店内を物色する。他にも面白そうなタイトルがあったので、それを購入して別フロアに移動する。

 次に来たのはアニメ化作品のDVDやBlu-rayなどを販売するスペース。二人は先ほどの事をちらりと思い出し、何となくクレアが載った商品が無いか探す。

「……やっぱりあった『精霊使いの剣舞』」

裏の方にあらすじというものが書いてあるので、目を通す二人。

””清らかなる乙女のみ許された特権―精霊契約 元素精霊界より精霊を召喚しその力を使役する少女達、姫巫女を人々は精霊使いと呼んでいた。 男性で唯一、精霊契約の権利を有する少年カゼハヤ・カミトはある理由で姫巫女達を育成するアレイシア精霊学院にやってくる。(中略)その戦いの中でカミト達は古の存在である魔王、歴史より抹消された六番目の精霊王を巡る謎と陰謀による争いに巻き込まれていく。(Wikipedia:『精霊使いの剣舞』-あらすじより抜粋、一部省略)””

「まんま俺たちのことだな、これ……」

「はい。でも、これ以上は何だか深く突っ込むといけない気がします」

エストが疲れた表情を見せる。二人は足早にアニメイトを後にした。

 その後は、先ほどの疲れからか、どこも訪れる気が起きず、七時前にホテルに到着した。例のごとく部屋に戻ると、エストに誘われてお風呂に入り、夕食はコース料理を食べ、部屋でまったりしていた。すると、やはりエストがカミトのそばに寄り添う。

「今日も疲れました……」

「そうだな。エストは人の姿ではあまり行動しないから、当然の事だろ」

「そこでお願いがあるのですが。カミト」

「どうした?」

ヴァイオレットの瞳がカミトをまじまじと見つめている。

「今日は一緒の布団で寝てほしいのですが」

カミトは一瞬目を丸くし、優しい表情を浮かべエストの髪を撫でる。何も答えないカミトを不思議に思いながらも、エストはカミトに頭を預けた。

「明日も色んなところに行きましょう……」

エストはカミトにそう語りかけ、すやすやと眠り始めた。学院での生活を通して女子との関わり方を徐々に分かり始めているカミトは、本当はあまり好まれない事だと知りつつも、エストの寝顔を横目に映す。

 端正な顔立ちがより印象的にカミトの心を揺さぶる。そんな気を紛らわすように、カミトは自身が寝落ちするまで、ずっとエストの頭を撫で続けていた。


 翌日。目を覚ましたカミトは、いつもなら布団の中にもぐり込んでくるはずのエストがいないことを不思議に感じつつ、洗顔の為に洗面所に向かう。

そこには、エストがいつも通りの『裸ニ―ソ』姿で立っていた。あちらの世界では日常の光景となりつつも、やはり少し恥ずかしさを覚える彼はおもむろに視線を横にずらす。

「やっぱりお前はその恰好なんだな……」

カミトはもはや頭痛を覚えていた。そんな彼の苦悩を知ることのないエストは、小首を傾げていた。

 カミトは学院の制服、エストは昨日のデート中に購入した服に着替えて、今日もデートに向かう。そんなカミトは今日のデートプランを思い浮かべていた。

「カミト。今日はどこへ行くのですか?」

「今日は――――」

 やってきたのは、町田という、小田急沿線の駅だ。ここはとあるライトノベルのアニメ版の舞台――ファンの間では””聖地””と言い、その場所を訪れる事を””聖地巡礼””と言うらしい――であり、ファンの間では聖地巡礼をする事が一つの楽しみとなっている。

 カミトは、作中に登場したロケーションを、実際に解説を交えて巡った。

二人は最後に町田の駅から徒歩圏内のアニメイトを訪れた。今日のデートの記念に劇場版のDVDを購入するためだ。実際に行ってみると、販売しているフロアの目につくところに、そのDVD・Blu-rayの販売告知CMが流されていた。

「――へえ。結構凝った作りだな。何だかヒロインの金髪の女の子も可愛いし」

「……本当にカミトは夜の魔王です」

エストは小声でぼそっと、カミトに聞こえないようにつぶやく。

「いやいや。どこからそんな発言が飛び出すんだよ。俺はただヒロインが可愛いから言って――」

エストはカミトの言葉を無視して、さらっと髪を手で梳いた。

 ホテルに戻りついには寝る頃になっても、エストの機嫌が戻らないので、仕方なく先に布団に入り眠ることにしたカミト。

するともぞもぞと隣で動く気配がし、おもむろにカミトに抱きつく誰か――言わずとエストであった。しばらくの無言の後、エストが口を開いた。

「カミト。今日も疲れました……」

その後あくびを一つ。

「お前が急に不機嫌のなるから、びっくりしたよ」

「それはカミトが夜の魔王だから、ですよ」

「だから違うってのに……」

そんな他愛もない会話をしていると、抱きつく力がわずかに強まり、

「カミト。おやすみなさい」

カミトの背後でエストはぐっすりと眠りにつく。その気配を心地よく感じつつ、彼もまた目を閉じるのだった。

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