気づかれぬ想いは蜃気楼のようで

簡単なホームルームが終わり、各々帰宅の準備をしたり、新しくできた友達でグループを作り談笑したりして高校生活最初の放課後を楽しんでいた。

「誠ー、茅野さん。部活とかどうするの?」

僕達も放課後を楽しんでいる一員だ。

「あー、まだこれっては決めてないな。そういえば、さっき部活勧誘のために先輩たち、外で準備してたの見た。今頃、人で溢れかえってると思うよ」

「私も見た! すごかったよね。私、中学の時は美術部だったからそのまま美術部かな」

「茅野さん美術部だったんだ。イメージぴったり!」

「絵を描くの好きなんだー。でも、こう見えてもスポーツも好きだし得意だよ?」

と小さくポーズを構え、へなちょこなパンチを繰り出した。なんでボクシング?

「たしか小五の時、校内マラソン女子の部一位だったもんな。その後みんなから仔馬こうまって呼ばれて泣いてたっけ」

「ぶふっ」と隼人は失笑噴飯しっしょうふんぱん。「仔馬っ、仔馬って」と腹を抱えて笑った。

「馬場君ひどい! だって仔馬はないよ仔馬は!」

まあ、あの時の仔馬にはたぶん意味はなく、速いものを幼いなりに例えた褒め言葉のつもりだったんだろうけど、茉莉にはお気に召さなかったみたいだった。

「はぁ、はぁ、ごめん。でも仔馬って」

隼人はまた腹を抱えて笑った。

「もう! 馬場君ってそういう人なんだね。もう知らない!」

「違うよ!そんなんじゃないってばー」と、隼人は必死に弁解する。

 ついさっき知りあって、ここまで打ち解け合えるとはなかなかのものだ。茉莉は昔は人見知りな性格で、自分から話しかけることがあまり得意ではなかったはずだった。けれど、今は初対面の隼人にここまで心を開けるなんて。中学でどんな変化があったのか。そしてちょっとだけ……ソワソワした気持ちになった。

はいはいそこまで、と二人の仲介に入る。

「まー、とりあえず部活見に行くか」

「そうだな」、「そうだね」と僕たちは先輩たちが新入部員獲得のために火花を散らしている戦場へ自ら立ち向かっていった。

(いや、だってそもそもそうしないと……帰れないから)


 想像通り、外は新入生と先輩達で溢れかえっていた。

「バレー部入りませんかー」

「一緒に青春しようぜ!」

「サッカー部いかかですかー」

……どこの店員だ。新しく外へ出てきた僕達に、この機を逃すまいと各部活動が一斉に集まってくる。無意識か男二人は、我先にと迫ってくる先輩達から茉莉を守り、代わりに先輩達から揉みくちゃにされ、ビラを無理やり押し付けられたりで長い勧誘の道を抜けるころには髪はボサボサにされ、ビラは両手に収まりきらないくらい渡された。そして僕は最悪なことに真新しい制服の袖ボタンが一つ無くしてしまっていた。

「大変だったね。うわー、二人とも髪ボサボサ」

 そう言って僕達の髪を背伸びして撫でる。彼女の無意識なのか天然なのか分からない行動に男二人、思考停止のダウン寸前まで追い込まれそうになる。危なかった、僕達は照れ隠しのつもりで素っ気ない素振りを見せた。

「あーあ、もう袖ボタン失くしちゃたよ。ったく勘弁して。茉莉大丈夫だった?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう二人とも、庇ってくれて」

 茉莉は可愛らしい笑顔をこちらに向け、僕達は再び頬を赤くした。やっぱり昔より可愛くなった気がする。当たり前か。高校生だもんな、小五の時と比べたらダメだよね。うん。

「まーこーとー」

 と、大声で名前を呼ばれた。振り返ると、先に校門で待っていた智也が手を振って駆け寄ってくる。

「一緒に帰ろうぜ! ってああ! 茅野さんじゃん、なんでここに?」

僕達のもとへ着いた途端、智也のテンションがさらに上がった。「増永ますなが君」と茉莉は少し引き気味だ。

「誠! さっき入学式の時に言ってた可愛い子だよ。二人とも同じクラスなんだ」

なんで誠ばっかり、とぶつぶつなにか呟いている。

「智が言ってた可愛い子って茉莉だったんだ。でも智、お前に一つ言っておこう」

おう、なんだなんだ。と言いながら目の前の茉莉に夢中で、俺の話を興味なさそうに聞き流してやがる。

「僕と彼女、茉莉は幼馴染だ」

そう言った途端、すごい勢いでこっちに顔をむける。

「ええー! なんだよそれー。幼馴染ポジションかよ!」

 幼馴染ポジション? 何ソレ? 智也の言っていることに僕の頭がついていかない。どういう意味、と茉莉と隼人に視線を向けると隼人はにしし、と笑い今度は茉莉が顔を染めて俯く。二人ともなんか言えよ。

「まあいいや、それより誠。部活見学しに行こうぜ!」

「あーごめん。今日はこの三人で帰るわ」

「そっか、じゃあまたな三人とも!」

 用が済んだのか智也はさっさと立ち去って行った。騒々しい奴だなほんと。相変わらず中学と変わってない。ごめんなと、二人にとりあえず謝る。「全然いいって、面白いもの見れたし」と笑った。これもまた意味が分からない。

 それからは学校近くのオシャレなカフェで一時間ほど喋り、駅前で遊んだりしてダラダラと時間を過ごした。

「じゃあ俺こっちだから、また明日な」

 駅前から数分歩いたところで、隼人と帰る方向が同じなのはここまでらしく「じゃあな」、「また明日」と別れる。

「茉莉の家はこっちなの?」

「うん、そうだよ。また一緒に帰れるね」

 僕の隣、元茉莉の家はすでに他の住人が住んでいるため、少なくとも僕のお隣さんではない。でも帰る方向が一緒ってことはそれほど離れてはいないはずだ。今度、おじさんとおばさんに挨拶しに行こう。


 それからは毎日と言っていいほど、いやほぼ毎日、僕は隼人と茉莉と一緒にいる。このままこの時間が続けばいいのになと思うけれど、もうすぐで部活動の見学や仮入部、その後はそれぞれ部活に入らなければならないので滅多に二人といられる機会はうんと少なくなるだろう。

高校で部活なんて、僕みたいな半端な奴が入っても本気で頑張ってる人の邪魔になるだけだ。そう思っているものの、まあ結局僕は店員のいた部活に入ることになるのだが、どういった経緯で入ったのかはここでは話さないでおこう。ちなみに隼人も店員の部、茉莉はそのまま美術部に、智也はバスケ部にそれぞれ入部した。


 こんな日々が続き、宿泊研修までの時間はあっという間に過ぎていく。

 宿泊研修はすごく楽しかった。一日目のオリエンテーションはコンパスを使ってチェックポイントを探し、多く辿り着けた人が優勝という宝探しみたいなもの。

 始めは高校生にもなって宝探しかよ、と愚痴っていたが、だんだんとゲームを楽しむようになっていた。そしてここで二人の新たな面を発見する。隼人はコンパスを頼らずに(いや、コンパス使えよ)直感で「こっちだ」と、どんどん先へ行ってしまい結果全然違う場所に行ってしまった。このことから隼人は方向音痴だということ、茉莉は必死に元いた場所へ戻ろうと地図を広げるが地図が読めないということを知ることができた。ちなみに僕も読めない。おかげでチェックポイントには偶然見つけた二つしか辿り着けずチェック数も、戻ってくる時間もダントツの最下位。あちこちと歩き続け、やっとのことで解散場所へ戻ってくるので精一杯だった。

 戻った時には先生達に「どこまで行っていたんだ」と怒られた。あまりにも戻ってくるのが遅かったせいで数人の先生が僕達の捜索へむかっていたらしい。先生方、すみませんでした。

その後、自分達で夕食のカレーを作った。長時間歩き続け疲れていたからというのもあるのだが、自分達で作ったカレーは格別の美味しさで、この先この味を忘れることはないだろう。

 二日目は、近くの川で僕は人生初のラフティングを経験した。一緒に乗船してくれたトレーナーさんが器用にラフトを操縦し、急流へ突っ込んだり岩へぶつかったりしてスリリングなラフティングで結構面白かった。岩にぶつかったりしたのは別にトレーナーさんが下手っていうわけではなく、僕達を楽しませるためのちょっとしたエンターテイメントだ。最後には流れの緩やかな浅瀬へ飛び込んだが、四月の川はまだちょっと冷たかった。


 二日間の日程をを終え、僕達は帰りのバスの中にいる。

「宿泊研修楽しかったなー。二日間があっという間だった」

「俺は疲れたよ。ったく隼人がまさか方向音痴だったとはな、おかげで散々歩き回されて足痛え」

「俺のせいかよ、誠も茉莉も地図読めないんだからお互い様だろう!」

「隼人君がどんどん先行っちゃうからでしょ!」

 一日目の出来事の発端をあーだこーだとお互いに擦り付け合った。この一週間で隼人は茉莉と、茉莉は隼人君と呼べるようになった二人のやり取りは昔の僕達の面影と重なる。


 ギャーギャー騒いでいたがみんなも疲れていたのだろう、そのうち静かになり始めた。すると突然僕の肩に急に重みが加わった。横を見ると隣に座っていた茉莉が頭を僕の肩に乗せていつの間にか寝てしまっている。すやすやと眠っている茉莉に、僕達は出来心でデコピンや頬をつついたりと悪戯をしたけれど、それほど疲れていたのだろうか、全然起きない。鈍感な茉莉に隼人と顔を合わせて笑いを堪える。

 そんな僕にも次第に睡魔が襲い始め、意識が遠のき眠ってしまった。隼人に起こされ、気づけば学校に到着していた。

「さんきゅ、隼人」

「いいって、いいって。ブフッ」

「なに笑ってんだよ」

「な、なんでもない。……やっぱ無理、あはは」

 明らかにおかしい。隼人だけじゃないクラスのみんなが僕を見て笑う。不審に思いふと、窓ガラスを見ると顔に落書きされていた。

「茉莉、ナイス」

そう言って隼人はグッジョブと茉莉に合図を送り、茉莉はピースサインで応える。

「茉莉、てめぇ!」

僕は逃げる茉莉を追いかけ捕まえて両頬を手で挟む。

「だって、まことくうんがしゃきにやったんじあゃん」

「先にやったけど、油性マジックで落書きはダメだろ、落ちねーじゃん」

「よく似合ってるよ? そのままでいいじゃん、バカ」

僕は頬を挟むのをやめ、つねることにした。

「痛い、痛い。ごめん、ごめんって」

「お前ら、カップルみてーだな」

と、クラスの誰が言った。「はあ?」、「えっ」と振り返る。

「そんなんじゃねーよ、ただの幼馴染だ」

「そうだよ。ただの……幼馴染だもん……」

茉莉は俯きながらちょっと悲しげに言った。

 帰り道、校門まで来た途端に茉莉が忘れ物と言って教室へ引き返す。

「お前は、鈍感なんだよ」

茉莉が校舎の中へ入り、姿が見えなくなると同時に隼人に頭を叩かれた。理不尽な。


…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言葉なき やなちん @yanachin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ