隣に咲いていた花を思い出す
『春の日差しが――。』
入学式。まだ春の冷たい空気が漂う体育館で、よく耳にする決まり文句のような前置きを聞き流しつつも、高校生活の始まりに僕は少し期待していた。小学生や中学生の時は、高校生はもう大人って感じだったけれど、自分がいざ高校生になると全然そんなこともないじゃないかと、過去の憧憬みたいなものとのギャップに、心の底で若干おかしい気持ちになる。中学からの友達も中学の時より、大人びた感じの雰囲気がどことなく醸し出されているが、僕からしてみればやっぱり中学と変わらない気もする。そんなことをふけっていると、もう入学式も後半になっていた。
「なあ、
式がもうすぐ終わる頃に、中学で出会って意気投合し、以降ずっと絡んでいる親友の
「絶対可愛いよ。俺、髪短い子タイプだし。お前も髪短い子好きだろ? 後で声かけてみようぜ」
智也の指さした方を見る。後ろ姿しか見えなかったがショートカットの子だった。
「まあ好きだけど話しかけたりできないし、智一人でやれって」
「この意気地なしが。誠は顔もいいし、中学の時も後輩からも先輩からも告白されてたじゃねえかよ。しかも、全部断りやがって。羨ましいぞこの野郎」
と言って肘で小突いてきた。
「痛い。別にいいじゃないねえか、大体付き合っても何していいか分からないし」
「全く。これだから」と、智也はため息をついて前に向き直った。
付き合うとか、付き合わないとかそういう類のことは本当に分からない。中学の時に一度だけ恋心のようなもの抱き、付き合ったことがあったが、よく分からないまま「
『恋愛』。智也にとっては簡単なんだろうけど僕には少し難しい。
そんなことを思いながらもう一度前にいた彼女を見つめる。彼女の姿勢は綺麗だった。
入学式が終わり、クラス分けが掲示されている掲示板を確認するため外に出る。掲示板の前はたくさんの新入生のグループであふれかえっていた。同じ中学の友達同士で集まり、一緒になったのか違うクラスになったのかでそれぞれみんな一喜一憂している。
中庭では、春風が桜を散らしながら校内を白く染め、僕たちを歓迎しているかのようだった。高校生になったわけなのだけれど、この独特の雰囲気や光景を見ると、「ああ、自分も高校生か」と、改めて実感する。掲示板の文字は小さく、離れた距離にいる僕からは当然ながら見えるはずもなく、近くにあったベンチに腰掛けしばらく収まるのを待つことにした。智也は入学式が終わると真っ先に例の彼女の元へと行ってしまい、話し相手がいない。
(そういえば、あの子は何組だったのかな。智、一緒なクラスだったら喜ぶだろうな)
そんなことを思いながら、空を眺めていると、「あのー」と数人の女子生徒から声をかけられた。「どこ中ですか」とか、「連絡先教えてください」とか色々質問された。次第に質問してくる声は大きくなり、周りから注目の的になってしまった。
正直こういうのは苦手なのでやめてほしいのだが、押しに弱い性格なのできっぱりと断ることができない。やっとのことで「またあとでね」と断りを入れることができ、なんとかその場から離れることができた。抜け出せたことはよかったものの、変に注目を浴びてしまい恥ずかしい。そしてなによりも男子生徒からの視線が痛い。
(初日から散々だったな)
僕はさっさと自分のクラスを確認し、教室へ向かうことにした。向かう先は二組の教室。そういえば中学の時も最初は二組だったことを思い出す。
「おーい、誠。何組だった? 」
「二組。智は?」
「げっ、二組か。俺は隣の隣の四組になった」
「一緒じゃないのか。まあ、クラス近いだけいいんじゃね?」
僕たちが入学した
「そうだな。昼休みとか弁当食べにくるよ」
おう、そう言って僕たちはそれぞれの教室に入った。
教室は今まで僕たちが話していた空気とは真逆の暗いお葬式みたいだった。お葬式と言っても偶然同じクラスになった同級生の集まりが点々とできていたはいたが。ちなみに僕の友達はいなかった。
(気まずい・・・)
幸いにも、窓側の一番後ろだったので真ん中の列よりかは周りに人は少なくて済んだのだが、やはり気まずい。まあ、ほとんどの人が初対面かつ数グループでかたまっているから仕方がないのだけれど。僕は、提出しなければならない書類をまとめ静かに担任が来るのを待った。窓の外を覗くと先輩たちが部活動の勧誘の準備であたふたしている。これは帰り道大変なことになりそうだ。
「ねね、君名前なんて言うの?」
ぼぉーとしていると前の席の人に話かけられた。
「俺、
「西沢誠です。僕も誠でいいよ。よろしく」
「なんで敬語? 同じクラスなんだからタメでいいのに。最初は慣れないかもだけど」
「じゃあそうする、よかった話し相手できた。同じ中学の友達いなくてほんと気まずかったんだよ」
「俺も俺も。マンモス校のはずなのにな。クラスに誰一人いないって泣けるわ」
ほんとだわ、と二人して笑った。
隼人とはすぐに馴染むことができ、担任が来るまでに互いのことを知った。好きな食べものやスポーツのこととか、中学での出来事、夏の日の朝に降る小雨がアスファルトを濡らした時の独特の匂いが好きだとか。他愛もない話で打ち解けた。なんで夏の小雨が好きなのかと聞くと、「雰囲気がなんとなく好き」だと答え、知り合って少ししか経たないが隼人らしかった。
話がそこそこ盛り上がっていくうちに周りにいたクラスメイトも話の輪に加わり、クラス全体の雰囲気も良くなった。そのうち誰かが教室に入ってくるクラスメイトに「よろしく」と歓迎し、それがだんだんと周りも巻き込む形になった。正直、緊張しながら教室に入るのだからビビるだろと思いつつも、歓迎ムードになっているところに水を差すのは場違いなので心の中にとどめた。そしてまた一人教室に生徒が入ってきた。
「「「よろしく」」」
いきなりの展開に驚き、女子生徒は体をビクつかせた。そりゃそうなるわな。
「よ、よろしくお願いします」
小声になりながらも、彼女は応えてくれた。そしてそのまま黒板に貼りだされている座席表を確認しに行く。
「ねえ、あの子可愛くない?」
僕の周りにできたグループの一言で何人かひそひそし始めた。座席を確認した彼女が僕たちの方へ近づいてくる。
「あの、隣いいですか?」
なんということだ。彼女の席は僕の隣。周りの有象無象(うぞうむぞう)の男子共は彼女の魅力に一歩二歩退いた。
「あ、あの、急にごめんなさい。もしかしてですけど、稲川(いながわ)小の西沢君ですか?」
一気にクラスのマドンナに位置づけされた彼女が唐突に話しかけてきた。
「なんでそれを? どこかで会ったっけ?」
彼女はクスッと笑う。ちょっと可愛い。
「まだ気づかない?」
彼女は僕に、何か気づいて欲しいような言いぐさだった。そう言われ彼女を見つめるが、ジロジロと見るのはただの変態にしかならないのでほどほどに。でも、僕もどこかで見かけたことがあるような懐かしいような感覚はある。特に彼女の笑顔。昔から知っているような……うん?
「え、あ、まさか茉莉か?」
「うん、久しぶりだね」
偶然の再会。目の前にいるのはクラスのマドンナ。それがまさか
「うわー、久しぶり。全然気づかなかった。元気にしてたか?」
「うん、元気だったよ。私も座席表見るまでは気づかなかったよ。西沢誠って書いてあったからもしかしてって思って。そしたらやっぱり誠君だった。誠君、背伸びたね。大人っぽい」
「そっか? でも茉莉は昔のまんまだな。背丈も全然伸びてないし」
「だからそれは誠君が大きくなったからだよ! 私も少しは大人っぽくなったもん」
茉莉は頬膨らませ反論してくる。この感じ久しぶりだ。昔もなんだかんだ二人でよく言い合いをしていた。どんな内容だったかまでは思い出せなかったが、言い合いする度に「夫婦だ。夫婦」などと幼い冷やかしを受けていたことは覚えている。
当時はむきになって言い返したり、時には取っ組み合いのケンカにまでなったこともあった。茉莉は気にしてないって言ってはいたが、それなりに羞恥を受けていたと思う。
「お二人さん、感動の再会を邪魔して悪いんだけど周りを見てごらん」
隼人の声に僕らは過去から現在に戻った。言われたと通り周りを見渡すと茉莉の言動(おそらく先の『もん』でだろう)に心射抜かれた奴と、僕への殺意に満ちた視線を送る奴が僕らを取り囲んだ。
「茅野さん、どこ中?」
「彼氏いるの?」
「連絡先教えて」
僕がさっき中にはで聞いた言葉を今度は第三者の立場で聞いていた。
「え、え。
「ちょっとみんな、茅野さん困ってるだろ。ほら先生来たぞ。戻った戻った」
隼人が助け船を出してくれたおかげで各々、自分の座席へ戻っていった。
「あ、ありがとうございました。え、えっと」
「馬場隼人です。よろしくね」
「茅野茉莉です。よろしくお願いします」
数分前、僕も隼人とと挨拶を交わしたばかりだが、さっきとは少し違和感があった。
(あれ? 隼人、敬語じゃん)
その違和感の原因が分かった。隼人は僕にタメでいいと言っていたが、茉莉には言わなかった。もしかして隼人も多少照れているのだろうか。まあいいか。
入ってきた担任は簡単に自己紹介し、今後の予定などを一通り説明して、一週間後に宿泊研修があることを告げた。
「なあ、誠。もちろん俺と組むよな? 茅野さんもどう?」
「もちろん」
「いいんですか?」
「いいに決まってるじゃん。よし、決まり。楽しみだな」
楽しみ。心の底からそう思う。これをきっかけに高校生活は順調に送れそうだと確信する。隼人と出会い、茉莉と再会し、クラスの雰囲気も担任の感じも良さそうだし隣の茉莉もどことなく楽しそう。
そうだよ僕たちは青春を謳歌する
楽しもう、これから始まる
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