第5話

〈5〉

 翌日、僕たちは食堂の外に広がる芝生に腰掛けていた。昨日から子供たちに聞きこみを開始したが、誰からも有益な情報を得ることは出来なかった。ある程度は予想していたことだったが、それが現実になってしまうとやはり辛い。そういうわけで、とりあえず幽霊が入っていったという森の近くまで来て、機会があれば森の中を調べてみたいと思っていたのだが、

 「人、いなくならないね」

 芝生でわいわい楽しそうにサッカーをして遊ぶ子供たちを見て僕が呟く。

 「そうだね。隙あらばと思っていたけど、やっぱりいなくならないか…」

 リハビリ時間中には絶えず子供たちが外で何かしらしているため、その存在をかいくぐって森の中に入ることは不可能だった。特に今日はよく晴れていて、絶好の行楽日和だ。

 二人して気落ちしていると、そこに小刻みに跳ねながらころころとサッカーボールが転がってきて止まった。

 「おーい、拓斗。ボールとってくれー」

 翔が向こう側で手を振って叫んでいる。

 僕が仕方ないなと思い、お尻を上げてぱっぱっと芝生を払っていると、横でヨハンがすくっと立ちあがってボールを拾い上げた。

 「僕たちも混ぜてもらおうよ。こういう時は体を動かすに限る」

 そう言うと、僕の返事を待たずに翔たちの方へ駆けて行った。

 「ちょっと待ってよ!」

 僕が追いついた時にはヨハンは既に翔たちと交渉を始めていた。

 「やだね、絶対いれてやんねー!」

 しかしやはりというべきか、翔がヨハンに対して敵対心をむき出しにしている。

 「何でいつもそんなに僕に噛みつくのさ。いいだろ一緒にサッカーしようよ?」

ヨハンは全く意に介さず、さらっと翔の発言を受け流した。

 「誰が噛みついてんだよ!」

 それが噛みついてるというんだけどなぁ。翔は周りの子供たちに「まぁまぁ」となだめられながらイライラがおさまらないようだった。

 結局のところ、翔以外は僕らの参加にはそんなに反対ではないらしく、「いいじゃん、人数足りないんだしさ」と一人が言い始めると、次々と周りからも賛成の声が上がった。

 「どうする?」

 ヨハンは(多分わざと)爽やかさ全開の笑顔で翔に尋ねた。

 「ふん、俺たちは民主主義だからな、多数決ならしかたねー」

 あからさまに普段から使わない言葉で、知性をまとわせて自分を賢くみせようとしているのがばればれだ。とにかく最後までヨハンに抵抗したいらしく、周りのみんなはくすくす笑っていた。

 なぜ翔がヨハンに対してここまで敵対心をむき出しにしているのかは、ずっと謎だった。だけど、サッカーの試合が始まってからその理由がすぐに分かった。

 試合が始まるとともに、味方からのパスを受けたヨハンはドリブルで一人、また一人と抜き去り、あっという間に敵陣のゴールエリア内に侵入。さらに、飛び出してきたキーパーを交わして、鮮やかなゴールを決めるまでに1分もかからなかった。

 ヨハンは十代の男子が憧れる全ての要素を持ち合わせているのだ。容姿、知能、性格、身体能力、どれをとっても完璧と言っていいだろう。そして僕たちはそのステータスに尊敬の念のようなものを覚える。だが、憧れや尊敬は自らがそれになり変わることができないからこそ想う感情。それに気付いた時、その感情たちは簡単に嫉妬や羨望になり変わる。翔は無意識にそれに気付いてしまった。だからヨハンに当たらずにはいられない。

そんなことと露知らず、ゴールを決めたヨハンはチームメイト(ちなみに僕も一緒のチームだ)たちから手荒い祝福を受けていた。

 「ちっ、だからイヤだったんだ」ヨハンの活躍ぶりに翔は、面白くないという顔を隠そうともせずに悪態をついていた。

 翔の態度は決して悪いことじゃない。そうやって自分が出来ること、出来ないことをしっかりと見極めて、過度に他者と比べるのではなく、自分の良い所を見つけてやる。そういう時期なのだ。いや、僕自身もそうなんだけどな。ただ我ながら達観してるなぁ…。

 翔の姿を見てそんなことを考えているうちに、相手チームの一人がボールを持ってリスタートしようと準備し始める。その時だった、

 ウォォォオン

 突如として体の奥底に響き渡るような重低音のサイレンが鳴り始めた。

 「何だ!?」

 僕は慌ててあたりを見回した。他の子供達も急報に動揺を隠せないでいる。その間もサイレンは鳴り続け、僕たちの不安を煽っていくが、やがて音が止まり、

 『患者のみなさんはただちに館内に戻って下さい。繰り返します―』

 質感の無い機械音のアナウンスがあった。

 一瞬みんなの動きが止まり、宙を見上げたままになる。

だがその直後、まるで示し合わせたかのように一斉にみんなが叫び声を上げ、走り始めた。

 館内に戻ろうとする者、その場に立ちすくんでしまう者、転んで泣きだす者、現場は大混乱に陥りまったく収拾がつかない状況になってしまった。

 とにかく僕も急いで館内に戻らねばと、食堂の方へと足を向けたのだが、がしっと後ろから強く手首を掴まれた。

 「今がチャンスだ!」振り返ればヨハンが切迫した表情で僕に訴えかけていた。

 「チャンスって?」

 「森だよ!今ならどさくさに紛れて入れる。この様子じゃすぐに大人も出て来るぞ」

 ヨハンはそれだけ言うと、僕の返事を聞かずに森の方めがけて一気に走り出した。

 やれやれ、返事を聞かずにことを進めようとするのは君の唯一の欠点かもな。でも、結局そのカリスマ性に惹かれるんだけど。

 「待てよー!」

 僕は急いでヨハンを追いかけ、未知の世界へと向かって行った。

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