第9話 けなされゆうしゃ
self-renunciation
▽▲
これで良い、そう思って死のう。世界は終わらぬ、そう思って死のう。
只の思い付きなぞではなかった、確かに美姫と例えるにふさわしいものであったが、容姿に惚れたわけではなかった。彼女は心が綺麗だった、いつも怯えていて、それを隠しきれていると信じていた彼女を見ると、少し滑稽で思い出し笑いをしてしまった。
彼女には敵が多すぎる、余りにも革新的なことを行おうとしたからだ。時代が追いついていない、このままでは他の王族と同じように殺されてしまうであろう。それだけは阻止したかった。
私が味方に付けば、少しは長持ちしようが、それでは結局滅びてしまう。侵攻の流れも掴めず進めば、儀式魔法も行う時間なぞないだろう。あれには大きな時間がかかり過ぎる、発動のための条件も非常に厳しい。鍵を持った王が、印を持った者に裏切られた時に発動する。
印を持つ者は既に私しかいない。私は世界を、そして未来を紡ぐために、王が知らぬ条件を満たさねばならない。
全てが成熟したとき、再び人が世の覇を唱えるときにそれは解除される。彼の知恵が解き放たれる時、ようやく人はすべてを取り戻す。知識は滅びぬ、滅びさせぬ、人がそこにある限り。やはり彼女は時代を間違えた、だが彼女が居なければ、人が成熟することなぞもなかっただろう。
『裏切り者め!』
その言葉が胸を締め付ける。初めての恋だった、年甲斐もなく胸をときめかせ、彼女の語る未来を聞いたものだ。そこには夢があった。すべてが叶うのならば、人は更に住みやすくなるだろう。真顔で、聞いていたため、理解しておらぬと判断されたようだが、そのような事はない。ただ実現は果てしなく難しいと、そうは思った。
人は優しくない、彼女の理想なぞ、自らを締め付ける枷にしかならぬと考えた者達は彼女の暗殺を企てる。そうなれば、望む魔法も成立せずに彼女は死ぬしかない。そうなれば王族も滅び、神々の時代の
「なんと、思われおうとも我が忠誠我が愛は貴方とともにありましょう」
誰も居らぬ部屋で呟いた言葉が、寂しく虚空に消えていく。
ただただ裏切り者として、彼女の心には残ろう。
ただただ外道として、事が運べば世の歴史には残ろう。
多くの人が消えよう、だが彼女が死ぬことだけは許容なぞできない。彼女が死ねば、この国にあるのは長きに渡る内乱の日々のみである。滅びしか残らぬのなら、私が全てを握ろう。彼女とその思いだけは生き残る、それで良い。
だから死のう、愛すべき人になんと言われても、私は彼女の敵になる。
だから死のう、綺麗事を綺麗事だけで終らせない為に、私は彼女の敵になる。
焼けた大地が見える。何も言わぬ骸が見える。彼女の愛した民が見える。変わり果てたその姿で。石畳を歩く、ここまでくればあとは待つだけである。奴があとは話を進めてくれよう。
「発動したようだな……見事に綺麗な水晶よ」
呟きと同じ時をして、光がこの体を包む。一瞬にして体は動かなくなり、意識だけがそこにあった。
永き永き時を見た。何もかもが動かぬ世界で、誰かがこちらに歩いてくる。
「その顔、忘れるはずもない」
彼女の声が聞こえた、今でもきれいだ。今もその気高き心を変わらずもっているだろうか?
「あれだけ愛を囁いておきながらの、これである」
私はやり遂げました、王よ。あなたが生きている、そしてこうして声をかけてくれている。これがどれだけ嬉しいことか。
「貴様はあちらにつくことで我を手に入れようとしたのだな、そして奴らはそれを受け入れた」
ええ、私は手に入れました。あなたの命を救うことができたのですね。触れることができないこの体が寂しい。一度だけでもあなたに愛を告げられたかった。
「そのような事しても、一時の満足感だけであったろうに」
でも、あなたは生きている。こうしなければ、魔法が生きることはなかった。暗殺か、処刑か、あなたの生はそこにはなかった。
「手向けである、何か言いたいことはあるか公爵よ、我は寛大である、その言聞き届けよう」
届かない、それでも私はあなたに告げよう、愛しています、王よ。
どれほど憎まれようとも、自らの民すらも見捨て、ただこの悪名だけがその心に残ろうとも。私はあなたを最後まで想い続けよう。今ここで終わるとしても。
▼△
理想を語ろう、私の理想を。平和な世界は既にない。それでも、綺麗言をいまだに呟き続けよう。私の世界はそうして回る。
私は貴方を支えます、横よりそっと支えます。私は貴方を支えます、下よりそっと支えます。私は貴方を支えます、後ろよりそっと支えます。だからあなたは前を見て、止まらず進んで歩きましょ?
綺麗な星空もう見えない、それでも星空覚えてる。綺麗な大地はもう見えない、それでも野草を覚えてる。綺麗な海はもう見えない、それでも波音覚えてる。
焼けた大地を忘れない、何時までだって忘れない。忘れてしまえば、また焼ける。焼いてしまうと分かってる。だから絶対忘れない。
悲しい呪いがありました。世界を救った彼をゆっくりと殺す呪い。力を持つその人を、民が恐れるその度に、彼の容姿は老いて行く。彼が人と触れ合うたびに、彼の呪いは加速する。それでも、
彼は村に立ち寄ります、水を一杯下さいと。まだ若い彼を見て、民は井戸を指差します。民は彼が誰だか知りません、世界を救ったその人を。彼はお礼を言いました。手を振り首振り立ち去れと、民は彼に告げました。彼はそっと立ち去ります。彼は少し、老けました。
彼は町に立ち寄ります、食を少し下さいと。少し老し彼を見て、民はその手を差し出します。ここにお金を置きなよと、彼は銅貨を差し出しました。パン一切れにお礼を告げて。手を振り首ふり立ち去れと、民は彼に告げました。彼はそっと立ち去ります。彼は少し老けました。
彼はずっと旅します。彼を知る者今は
ある時立ち寄る村の中、彼は一人の少女に出会う。少女は勇者に憧れました。少女は彼に笑みにて語ります。私は何時か、皆が幸せになれるようにと、一つの願いをかけました。きっとよくなるその世界、願って願いをかけました。だからあなたも笑いましょ?世界はきっと綺麗になれる。世界を救った勇者のおかげ。私はきっと信じてる。誰もが優しくなれる日を。
彼は再び歩きます、少しの優しさその身に感じ。彼は老いても歩きます、その身を呪いに蝕まれ。それでも彼は信じてます、彼が愛したその人を。その身を焼かれども、信じてます。彼が救った
一人の勇者が歩きます、誰もが知らぬ勇者様。全てを背負って歩きます。一人で呪い受けながら。勇者は歩みを止めません。止まれば、終えると分かるから。
絶望の果てにも今を想い、皆を想い、尊き望みを。
私が私であるために、人が人であるために、私は私の成すべきことを果たしたい。多くの望みを踏み台に、人の世を、尊き志を、数多もの理想の果てに刻まれたその奇跡の終わりを今ここに叶えたい。
「ゆうしゃさま?たったひとりのゆうしゃさま?私は貴方を想います」
誰かが汚したその名を再び、想いの果てに紡ぎましょう?綺麗な世界に紡ぎましょう?
「ゆうしゃさま、ゆうしゃさま、きれいですね?」
▽▲
いいのかい?その力は魔王を倒せば消えてしまうよ?
そうすれば君は孤独だ。誰も君のことなんて覚えてなんてくれちゃいない。
それでも、倒すのかい、魔王を?
そうかい、ならばもう何も言わないで見送ろう。
君の
分かっています、神さま。
この力は僕には大きすぎる力だ。
誰かを傷つける力なんて、みんな忘れたほうがいいんだ。
そうすれば誰もこの力を使おうなんて思わない。
だから倒すんだ、魔王を。
ありがとう、神さま。
ひとりぼっちな神さまに両手いっぱいのありがとう。
真っ暗な部屋の中で、一人寂しくすわる魔王がいました。
「来たか、勇者よ。さあ、私を終わらせておくれ」
勇者が扉を開けて、光が差し込みます。
「悲しい魔王。僕が今、君を助けてあげるよ」
勇者は魔王の胸に剣をゆっくりと刺し込みました。
「ありがとう、勇者。また会おう」
真っ暗な部屋の中で、一人寂しく魔王は眠りにつきました。
「おやすみ魔王。優しい夢を」
そして勇者は一人になりました。
力も持たないモノが何をしにここに来たのかしら。
落ちこぼれが来るところじゃないんだよ、あんたどんだけ馬鹿なんだい?
恥知らずめ、よくもおめおめと家に帰ってこれたものだ。
恩を忘れて出ていったくせに、今更何しにここに来たんだい、態度だけは一丁前かい?
僕の力は無くなってしまったんだ、でも勉強がしたかったから、今ここにいる。
バカでいいさ、みんな忘れても、みんな生きている、それを僕は覚えているから。
死んでほしくなかったんだ、あなたたちの顔を見れてよかった。
ううん、僕はいつでも半人前さ、もう一人前になんてなれやしない。
一人の少女がつぶやいた。
『それは本当に現実ですか?誰も覚えていないのなら、それはあなたの夢かもしれない』
一筋の光しか入らない、彼女と僕しかいない教会で。
『僕の夢ならそれでいい。辛いことを忘れてしまえるのならそれは幸せだろう?』
寂しく祈った少女の横で、僕はひとり呟いた。
『優しさだけでは人は強くなれません、時には辛さも乗り越えないと』
彼女はそっと僕の頬に手を当てた、いつの間にか僕は泣いていたらしい。
『僕は弱いから、だから、みんなに笑ってほしかったんだ』
寂しそうに笑う少女を、少しばかりのお日様が照らしていたんだ。
『辛いときに笑うのはあなたのクセなんですね、いつだってそう。あなたは笑っている』
だからそっと彼女に嘘をついたんだ、勇者はもういないんだって。
『君だってそう、うれしいときでも泣いている』
『おはよう、魔王。ごきげんいかが?』
『おはよう、勇者。ごきげんいかが?』
《けなされゆうしゃ》
▽▲
優しく手を差し伸べながら、私は貴方にささやきました。
貴方はその手を見つめながらも、一人で立って、歩きます。
私はさびしく歌いながらも、優しく風を吹かせます。
おいき、おいきと歌います。
一人で歩くあなたの背には、さびしく風が当たります。
おいき、おいきと当たります。
どうして一人で歩くのですか?そうはたずねてみましたが、貴方は笑って誤魔化しました。
だから私は歌います。
寂しくたって歌います。
うれしい歌を歌います。
泣きたくたって歌います。
かなしい歌を歌います。
だって貴方は笑わない、そうでもしたって笑わない。
だって貴方は泣きもしない、そうでもしたって泣きもしない。
私は寂しい、だって貴方は笑わない。
私は寂しい、だって貴方は泣きもしない。
歌いましょ?一人でだって歌いましょ?誰かが聞いてくれるようにと。寂しい歌を歌いましょ?
▽▲
おひさまはひとりぼっちだよ。
おひさまはぴかぴか光っているけれど、だれもおひさまを、てらしてはくれないよ。
おひさまはひとりぼっちだよ。
おひさまはみんなをあたたかくしてくれるけど、だれもおひさまを、あたためてはくれないよ。
おはよう、おひさま。
でも、だれもおひさまをおぼえてはいないよ。
こんにちは、おひさま。
でも、だれもおひさまをわすれはしないよ。
おやすみ、おひさま。
でも、だれもおひさまをみてはいないよ。
おひさま、おひさま、あったかいですね。
おひさま、おひさま、それでもさびしいですね。
おひさま、おひさま、えがおきれいですね。
《ひとりぼっちなおひさま》
▽▲
「へい!あいあむじゃぱにーず、どんとえねみー!」
何も言うでない、自分でも何言ってんだこいつって思ってるから。とりあえず、適当に敵じゃないよ!といった感じにめんどくさい危ないやつだと思われて逃げ切ろう作戦なのである。幼女は一応建前だけも後ろに隠す。いやだって数相手に庇っても即やられるからね、我!
「あいのうゆー、あいらんなうぇい!のーあたっくぷりーず」
「……無理をなされるな、別に貴女を害そうと我々はここにいるわけではない」
「……幼女ちゃん、我知ってたからね?彼ら試しただけだからね?」
「わたしもしってたよー、町のきしさんですよねー?」
おぅふ。え、何この無駄に憐れまれそうな痴態だけを晒した結末は。可哀想なものを見る目で我を見るでない!簡単に傷ついちゃうから。と、そのまま我は馬車へと押し込まれる。何処にあったこの馬車と考えるだけ無駄だろう。きっと魔法でも使ったんだよ。良いな~魔法、透明になれるとかマジ無敵。我なら悪用しまくるね、もうルーンキスタンのあのイケメン面に髭描くね、それはもう立派なガイゼル描くね。
「あ~る晴れ……てないな、めっちゃ我の心曇天、むしろ土砂降り」
「このままわたし、売られちゃうんだね」
流石は幼女、名前はまだない。いや、あるだろうけど結局聞けず仕舞いである。うむ、なんか長い期間効いてない気がするから今更聞けないなんて言えないな。暫定幼女から、確定幼女に確定です、もはや意味が分からん。言葉が可笑しい!!
ちなみに、馬車の中は三角座りの美しすぎる我と、ふつくしい幼女ちゃんの二人である。騎士?あれだな、きっと馬車の横必死に走ってるんだよ。時速30kmぐらいで。はい、嘘つきました。今普通にゆっくり進んでるし、お散歩の速度です。それに騎士一杯は馬一杯とイコールだから、問題なく騎士全員馬の上にいます。え?ヴィルセイン?そりゃ、騎士A辺りに引かれてるよ、きっと。大丈夫、我の馬逃げない。なんたって兄上の名前だ、逃げるはずがない。……逃げないよな?
「物騒なことを申されるな」
そこでナイトマンが後ろからゆっくりと馬車の中を覗き込み、話しかけてくる。けっ、イケメンめ、もげてしまえ。美少女的我に従うなら良し、イケメンは我にあごで使われるべき。我も幸せ、イケメンも我みたいな美少女に使われて幸せ……うん、自分で考えて思ったけど流石にこの理論はないな。
「さて、少女は先の村の子であると分かるのだが、ご令嬢貴方は何処の出の方ですかな?その鎧、さぞ名のある都市の代表の血族だと思われるが」
「我は~アレっていうかぁ、記憶喪失みたいな?つうか、ここ何処よ?」
マジで、知らん。今の世がどうなってるのかも知らないし。つうか今何時よ?我カチコチになって、どれほど月日流れてるの?みんな、我のこと知らないから、きっと300年ぐらい経ってるの?……スゲーな魔法。瞬間冷凍真っ青な鮮度で解凍されたよ、我。まぁ、一部解凍できないほど劣化してるみたいだけど?マジ髭面、ひげづら。そもそも、都市とか血族とか代表とか何よ?王国とか、西の国とか南とかどうなったの?我の知ってる国の騎士団の紋章付けた騎士とか一回も見てないよ。
いや、我の持ってる我個人の為に作られた王族の紋章はすごく見てる気がする。現に今少し違うけど、馬車の外から話しかけている、The騎士(2000シリーズ)も我の紋章そっくりなものをマントと鎧に付けてるもの。
「フェイローン地方の一角、都市リンディアンの近くですな。旧王都も程近い」
旧王都っていうのはやっぱり我のいた王都の事でしょうなぁ……王都はそのままだけど、どれほど昔かさっぱりです。幼女ちゃん我のこと『かみさま』って呼んでたけどなんでかな?まさか我、いつの間にか神格化?これはチートの予感がするぞ!。ふん!ふん!ふん!ふん!……だがしかし、何も起こらない。あれだよ、念じてみてもステータスは見えないし、現れないんだよ?知ってたんだからね、我。
「まぁ、名前はあるんだよ、我にも。でも、ちょっとそのね?覚えているけど、う~んって感じ?我、その旧王都?の方から来たの、そこで村で幼女ちゃん拾って、一緒にルンルンしてたの」
もはや自分でも何言っているのか分からない。幼女ちゃんに少し冷たい目で見られた後、苦笑いと共に「後ほど落ち着いて話しましょう」と告げ、騎士退散。
その後を我々は都市へと配送された。ぶっちゃけ見てくれは我が知る元の王都よりもはるかに立派な都市である。城壁も少しばかり?色々と突き刺さっているし、なんか至る所黒煙上がってるけど、……どう見ても戦の跡ではないですかこれ?大丈夫なの?
と、近くにいた騎士Ωに聞けば少し前に敵は撤退をしており、敗残兵も既にまとめ終わっているようである。このまま箱詰めにして、敵の川向うへの撤退が粗方終わった後に、運河の近くに放置するらしい。
そして、そのまま修道院らしき場所に連れてこられた我と幼女ちゃん。なんか修道院の扉と表のステンドグラスにめっちゃ見たことのある紋章がある、お、おぅ。これなんか少しヤバい感じになってないかな?
「幼女ちゃん、なんかめっちゃ我祭られてない?」
「そうだね~」
ゆっくりと扉を開けたその先にはすげぇー見覚えのある絵画と玉座に座る像がある。ご丁寧に髭面が王都に侵入して、最終兵器的自滅魔法?が発動した日までもが刻まれており、我の名前までが刻まれていれば馬鹿でも分かる。いや、我が馬鹿だって話じゃないよ?我確かに頭は良く無くないけど、なんていうか、ほら!普通だから!……誰か、もう少し頭のいい我にしてください切実に。無理か、無理だな、分かってる。
おうさま、おうさま 通りすがりの語り部さん @kami_sama
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