第6話 てんごく、じごく

It's a Small World. 

And it's hell and is heaven.


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『あの世に行けば、幸せになれるか』



 少女は眠るばかりである。如何に王の世界が優しくあろうとしても、彼女ら民を包む世界までは優しくありえなかった。未だに自然に任せるばかりの農業では確実というものは得られず。少し夏がいつもより寒い、冷夏なだけで作物は簡単に枯れる。虫がつけば農作物は多くの毒を生じる、塵も積もればとその毒は体力を奪う。猟師でもない者が常より肉を食す事などできない、それは一部の特権階級にだけ許されたことである。植林などないものだから、薪一つを手に入れるためにも許可を得、それ相応のものを払い森に入らないといけない。冬に気軽に暖をとるなど、夢のまた夢である。少ない食料でも体を動かし温めなければ凍え死ぬ。



 かと言って、お上が非道というわけではないのだ。できる限り皆を平等に扱った結果である。確かに上はそれらの民に比べ簡単には死なない、むしろ楽な生活をしているのだろう。だがそれ相応の苦労もしているハズなのだ。世襲でなくとも絶対権力は得られる、しかし人を騙すに優れなければ不可能なことである。絶対権力を持たない者では簡単に下からの突き上げで被害を被るのだ。考えて欲しい、上が消えれば調整役がいなくなる。そうすれば人は自らの生死のみを優先する事のほうが多い。自分だけが得をしようとすれば、皆に行き渡らなくなる。ならば皆奪い合った結果、阿鼻叫喚の地獄絵図に可能性もあった。本来の、元々の長そして王とはなんであったのか、力あればそれだけで王となれるのか、知恵あれば長なのか。否、人を束ねることができる者、人に慕われる者こそ王、そして長であった。そこから力、そして知恵へと付随するのだ。


 ならば、犠牲は出しても人を束ねることができている彼らは正しく長であろう。結局は誰が悪い訳ではない、言うなれば世界を創ったものなのか。ではそれは神であるか、否それは否。彼のような神はこの世を地獄として生むことなどなく、此のような神はこの世を煉獄として生むことなどない。古神等はこの世界を焼き、新たにしたのみであり創ったには至らず。暴力、欺瞞、詐欺、偽善、不和、盗み、裏切り。人に言わせれば、彼のあふれる場所を地獄というのだ。



では世界は地獄であったか。

ならば、何故人はこの世界を生きるか。



 悪に等しく世界には様々な善がある。どちらかとは言わぬそのうちの一つ、偽善を悪とするか。為さぬ善より、為す偽善という言葉がある。上から目線の強者の戯言である。為された偽善はもはや偽善ではなく、為す偽善は善になるか悪になるか未だわからず。為した偽善が悪になれば為さぬ善、故に全ては動くのだ。未来を推測し予定することはできても知ることも決定することもできない。人の欲を悪とし、悪を何故悪とするか大地を統べた古神すらも知らず。



 王が愛した少女達たみはなぜ死んだか。運ばれる命とするか、運ばれた命とするか。前者は動き、後者は動かぬ。どれを運命としよう。王が愛した忠義の志はなぜ死んだか。王が束ねることを心得ず、王足り得なかったからか。人より与えられる王、人より選ばれる王。なれど、あの時王が自らの保身を考え生きていたのなら彼の王は人より聖人、そして神とされたか。為す悪なれど、成した悪にはならず、成す善。





(時の神官 『神の語られた言、神学とし真学を求む』より)




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 あの時、世界を焼いた火があった。小さな世界、その全てを焼いた火は世界の全てを奪わなかった。火が全てを焼いていたのなら、この世は地獄にはなり得なかった。苦痛など感じず、ただ平等にあるもの。それを与えるものを天国と言わずに何を天国といったのか。



 あの時、古き神達は全てを焼いた。なぜ焼いたのか、それは誰も知らぬ。今を生きる人より遥かに遠く優れたものを持つ神達は、ただ指を振るうだけで空を焼き、地を焼き、海を焼いた。ただ声を上げるだけで空を燃やし、地を燃やし、海を燃やした。空は灰に染まり、血を地で穢し、海を黒く汚す。山は平野となり、雪原はその実を火山と変える。少なくない海が枯れ、少なくない陸が飲み込まれる。動かぬ大地は揺れ、古神等をも飲み込む。古神等は己が持つ力によって己等を殺す。



 あの時、全てを握った叡智は全てを消した。古神、それは力を持った四つの巨人、そして数十の小人。手を組み、入り混じり、裏切る。二つの巨人を束ねる万能の神、数十の小人のうち三を占める有能な神、一つの巨人を束ねる一人の人間、一つの巨人を束ねる歴史、数百の神を束ねる一人の小人、そしてそれを伺う残りの小人。



 全てを得ていた者も何も得ずにいた者も、等しく地獄を得た。古神等はその力を持って生き残りをかけた戦いの果て、数多もを失い、残された微少はその力の全てをかけ自ら生きる術を得た。その全ての力を失くす時、力により失った数多より数多も命が産み落とされた。多くの神は多くを産み、多くを産んだ神は人となった。万能であったはずの神も、有能であったはずの神も、神すらも束ねた人も、神すら束ねた歴史も、その時全てを失った。



 人となった神、そして生み出された命たちにより魔は生まれ、魔によって人は殺され、人は魔によって魔を殺し、生まれた命によって人は狩られ、生まれた命によって人は命を狩る。城を焼く龍がいた。龍を斬る英雄がいた。英雄を殺す人がいた。人を殺す人がいた。人を殺す魔がいた。魔を殺す人がいた。神を生む人がいた。神を殺す人がいた。



(古神学 『神そして人、人そして神』より)




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6話における名称紹介


<特権階級>

これは誰でもわかる、どう考えても貴族。

これ以上何を語ろうか、言うなれば良い奴と悪い奴がいる。

良い貴族は少なく、悪い貴族は多い。

悪い貴族は自滅することも多い、良い貴族は悪い貴族に滅ぼされることが多い。

都市国家では王がいないため功績を立てた者がなることはある。

一代目は優良、二代目は善良、三代目は凡良、四代目以降は環境による。

足の引っ張り合いがとても大好き。

とある神官に言わせれば実はそのために生まれてくるのではないかと思うほど。


<お上、上、長>

都市長、組合長、学院長、とりあえず色々。

貴族は含まないことが多い。

長より貴族、貴族より長が出ることもある。

総じて無能にはなれない職で長は何かしらに優れることが多い。

口が優れる、頭が優れる、機敏に聡いと様々だが万能は少ない。


<善と悪>

やって良い事とやってはいけない事。

時代によって大きく変わる。

場所によって大きく変わる。

気分によって大きく変わる。

とりあえず逆転することもあるから非常に不思議なことである。


<地獄と天国>

色々ある場所と何もない場所。

つまりそういうこと。


<神の語られた偉人>

武田 信玄もしくは武田 晴信。

何故か厳つく描かれることが多い人。

日本の格言、名言製造機。

とても病弱でよく死ぬの。

甲斐源氏の血統書付き、つまり身内を殺すのが趣味な血族。

源氏ってそういう血族だよね。

義仲しかり、義経しかり、義朝しかり、頼朝しかり大体身内に近い者から殺すか殺される。

つまりある意味、裏切りの一族?


<古き神、古神>

指一本で世界中を焼いた奴ら。

全てが全て、そういった力を持ったわけではない。

それでも数人いれば、色々出来る。

可能不可能あるが、作ることも、造ることも、創ることも出来た。

総じて仲が悪い奴らの方が多い。

どんな場所でも一匹いたら数匹は必ずいる、ある意味ゴキブリよりしぶとい。

常ではないが空を舞ってたり、時に世界を創る猛者もいる。

世界を創っても残念な生き物しかいないことのほうが多い、万能ではない。




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 私には姉がいた。とても綺麗に生きる姉であった。別に容姿が整っていたり、身奇麗であったわけではない。働く姿が美しい、綺麗な姉だった。ある日、姉は死んだ。その際に父と母全てを失った。小さな森の村である、落ち延びた兵士が生きようとすべてを奪い殺していった。村の所々で火の手も上がる、私の小さな世界の全てはその時、焼かれた。特に悲しんだ記憶はない。そこまで珍しいことではないからだ。大なり小なり、野党であれ、賊であれ原因は少々異なるが、弱い者が殺され奪われることはどこにでもあるからだ。生き残った者は確かにそれを恨み、復讐を考える者もいる。だが少数である、襲われた者が強くなる前に、襲った者はすでに死んでいることが多いのだ。彼らは私たちよりよも生きることを優先し、死をも優先して得る。誰でもそれぐらい知っているからだ。



 私には姉がいる。とても綺麗に生きている姉である。姉に比べて、姉は容姿が整っている。だが常に血や泥、何かに体を汚した綺麗な姉である。どこまでも人のために生きている姉は私を拾った。別に姉が人の為に生きようとしているわけではない。だが、姉は自分のために生きて、人を救うのだ。時には見捨て、時には拾う。姉を恨む者は大勢いるだろう。それでも、より多くの者は姉を心から愛した。姉の心はどこまでも綺麗だった。姉には世界が汚れて見えるのだろうか。私は私の小さな世界がとても綺麗だったことを知っている。そして姉と過ごす時間もすごく綺麗なことを知っている。



 あの日姉は私に尋ねた、悲しいかと。私はすぐに首を振り、否定したことを覚えている。父母姉を失ったことは悲しい。でもそれ以上に姉に出会えたことが嬉しい。では、悲しくないのだ。私は天国を信じている。誰が最初に言い出したのかは知らない。でも、死んだ良い人は天国に行くのだ。そして悪い人は地獄に落ちる。だから家族は天国で幸せなのだ。だから悲しくないのだ。そう答えた。



 姉はそう答える私に微笑んだ。綺麗であった。姉も天国と地獄は信じているらしい。私を撫でながら膝に乗せてくれた。天国がどんな場所かは知らない、幸せな場所としか知らないので姉に聞いてみた。姉は世界で唯一の悪がない場所だと答えた。地獄がどんな場所か知らない、怖い場所としか知らないので姉に聞いてみた。姉は世界で全ての悪しかない場所だと答えた。やはり姉は賢い。



『天国と地獄は死した者の為に失く、生きた者の為にあるのだと誰が言ったのか』



 姉は言うことはよく分からない。でも大切なことかもしれないので聞いてみた。すると、今は知らなくてもいいとまた微笑んでくれた。それだけで私は幸せになれた。姉は綺麗な人だ。ただ一言ずつ呟いてくれた。死んだ人も天国があれば死んだときの怖さも薄れるかもしれない。でも、生きている人も天国があると信じていれば死んだ人が幸せだと思えるだろう。地獄はその逆だな、と。誰に向かって言っているのか、何を言っているのかよく分からない。それでも私のためになる事だけはよく分かった。




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題 てんごく、じごく (簡易聖書『あの世』より 神学児童書)


燃える、燃える、世界は燃える

焼ける、焼ける、世界は焼ける

消える、消える、世界は消える


小さな世界はすぐ燃える

小さな世界はすぐ焼ける

小さな世界はすぐ消える


神に世界はせますぎた

神に世界はとどかない


産みましょう

死にましょう

消しましょう

殺しましょう

生みましょう

売みましょう


生かしましょう

活かしましょう

逝かしましょう


やはり世界はせますぎた

だけど世界はせますぎた

だから世界はせますぎた


死した神にはせますぎた

死せる神にはせますぎた


それでも人には広すぎた

生きる人には広すぎた




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「すごく、大きい」



 太陽に反射し黒光りして、その先をひくひくさせて頭を振るわせる。そしてすごく太く伸びたソレはなんて逞しく頼もしいモノか。今まで我が見てきたものの中で一番の、



……良質な軍馬である。


 その毛並みは太陽に反射して黒光りするほどに艶やかな毛並みであり、その鼻先は匂いでこちらを伺うかのようにヒクヒクしている。そしてすごく肉付きが良く太いながらもスラリと伸びた足、時折あたりを舞う小蝿を振り払うために頭を振るわせる。人一人どころか、三人ほど乗せても荒野を走り切ることができそうな馬である。さぞかし金がかかっていることであろう。どちらの兵の馬だったかは知らないが、鞍も鐙も手綱も完備。おそらく攻撃されていた側の馬だろう。音に怯えて乗り手を振り落としでもしたのだろうか。いや、咄嗟のことに置き去りにされたと考える方が妥当であるか。


 どう見ても図太そうな顔の馬である、悪い意味ではなく軍馬としてはそれぐらいがむしろちょうど良いだろう。というよりも、音に怯えるようには見えんしなぁ。どちらかというと近くに着弾した魔法を「フッ」と鼻で笑いそうな印象を覚える馬。体格は非常にいい、騎兵の中でもこの馬に乗った人物は、頭一つ上に飛び出すのではないだろうか。ちなみに牡である。


「別に我が女性の中で特段低いというわけでもないが、この馬だと我が乗った場合でも他の騎兵と同じぐらいの高さ、身長にはなるな」


 この馬がどこにいたのか。北に歩き出してすぐの、少しだけ小高くなっている丘の下に小さな野営地があった。ほとんど燃やされた、焦げ跡の中で地に伏し寝ていたのだ。近くに手綱をつなぐための杭も打たれていたのだが、目の前の馬とはつながっていない。そしてこちらを見た瞬間に起き上がり歩いてきた。馬が見捨てたのか、人が見捨てたのか、どちらかも分からない。襲撃された時に、そのままここにいても捕獲されただけだろうので、手綱を離した際に馬が逃げてその後にここへと戻ってきたのだろう。奇襲などの緊急時には基本近くにあった馬に乗ることが許される。おそらく馬の持ち主とは違う者がこの馬に乗ろうとして、それを嫌がった。そう考える方が一番この馬の見た目的には当て嵌りそうだ。


「では、なぜ我には近づいてきたのか」


 好みの人間だったからか?馬にも分かる我の魅力、やっぱり我可愛い。……いや、流石にそれはないか。非常に虚しい。そんな馬、我が嫌である。乗ろうとした人間の乗り方が下手だったのだろう。ならばこの馬、我が乗っても普通に振り落とすのではないか。近衛騎士たちに混ざって訓練した際には最後まで彼らに追いつけなかった。技術ではなく、普通に走らせる分である。走らせるのではない、走らせてあげて下さいとか言われても、どう違うのかわからない。馬は鹿ではない、鹿も馬ではなく。人がいて敵対、攻撃してこなかったから寄ってきただけな気もする。人がいなくなれば一頭でここら辺を彷徨うのだ、食事、水などを探す直感は軍馬になるとほぼ無くなるものだ。その代わりと言っては危機回避の直感は上昇するのだが、どれも結局のところ馬の能力性格によろう。


 鼻先を撫でてみる、馬は嫌がる様子もなく。この馬が人を選ぶと言ったは我であったが、これなら乗せてくれそうだ。もらってもいいのかな?実は襲撃した奴らに逆襲中で、もう少ししたら戻ってくるとかないよな?早く森に向かいたい、木陰でルンルンしたいのだ。こんな危険な場所と我に関係のない戦いには遭遇したくない。「乗せてくれるか」と聞きながら胴の横へと向かう、尾の方に一気に向かったら容赦なく蹴られるからな。少しずつ乗馬位置に向かう。いや、ないぞ?蹴られたことなんて、ないからな?馬小屋内で蹴られたとか、そんな黒歴史はない。あったかもしれないけどそれは我ではない、騙された兄様が悪いのだ。「馬に好かれるためにはまず尾の裏までもを拭き上げて、キレイにしてあげるそうです」確か蒙古か何かの風習であったか。それでも最初っから後ろの方へと回れば、蹴られれることは当然である。普通ある程度馬が人に慣れてからだよな。我、反省。兄様すまぬ。


 プラプラとする鐙に足を伸ばし片側の革製であろう鐙を履く。鞍の後ろをつかみ勢いを付け騎乗、そのまま首を撫でながら足で馬をしっかりと挟む。落とすつもりはないようで、こちらにその首を軽く向けるのみである。大柄な兵士だったのか鞍にスペースがあるので、このままだと少し走らせる程度、速歩はやあしぐらいになると股がずれる可能性がある。仕方がない、鞍の背もたれ部分に指輪より取り出した布を巻く。常歩なみあしほど、ならば体格に合わずとも痛くはないだろう。突撃駈歩かけあしの際に甲冑の金属感を馬に伝えないようにするための、木製と革を合わせて作られた鞍でなければこのような荒業できなかっただろう。移動用のただの鞍などデカイ雑巾みたいなクッションと革を加工した鞍だけである。このまま鎖帷子などの形が変わる防具ではなく、魚鱗鎧、一枚甲冑等で座るのであれば馬の背を傷つけるのだ。


 嫌がる様子はないのでひとまず安心である。水に困ることはないし幸い草原である。干し餌ほどではないが馬だもの、食料は大丈夫だろう。馬の体を温めるために軽速歩と常歩の更に中間ほどの速さで動かす。いきなり30kg+体重の重量物が乗ったのだ、走らせるためには体を温めなければ体を壊すのは人間の競技者と一緒である。少しずつ、少しずつ歩みを早くしていく、本来はすぐさまこの場は離れたい。いつ当事者たちが戻ってくるか分からないのに、のんびりするべきではない。だが、この馬なら逃げきれる気がしたので、馬に合わせて走る準備をしているのだ。馬さえあれば、草原を抜けるに半日程度である。これは普通に歩かせてこの速さであるので、少し急かせば日が暮れる前に森の始まり、まばらに木々が生え始める場所まではいけるだろう。


 明日への逃走だ、とばかりに馬を駆けさせる。流れる風は気持ちよく、脳内には風の○の歌なる合唱曲が流れている気がする。なんとなく思い出しながら、鼻歌交じりに流される。「パカッパカッ」などと表すより、「ドドッドドッ」といった擬音で表現したほうがいいぐらいに力強い走りである。おそらく走るたび、音と共に大地を少し抉り土を舞わせているだろう。季節的には春なのか秋なのか知らないのが、このままの速度で行けば予想より少し早く到着するかもしれない。気温的にも受ける風も快適である。馬もバテることなくそこそこの時間を走り続けることができるだろう。向かう方角は決めたが、あとは勝手に真っ直ぐ走ってくれるので、落ちないように足で挟み、体を真っすぐに乗っていればそこそこ楽である。


 二時間ほど、速度を緩めたり上げたりを繰り返しながら走り続けた。周囲の草の身長がほんの少し高くなった。何本か背の高い木も見え出したので、少し休憩するかと馬を降りる。馬を見つけた宿営地で見つけたスコップモドキ(長さ50、重い)を指輪より取り出し、盆状に穴を掘る。ちなみに馬は近くの草をむしって食べている。勢い良くむしっているので、土がこちらに飛んできて少し煩わしいのだが、文句を言っても仕方ないので無視をする。取り出した水筒(泉封じの小瓶)より水を盆状の穴の中に何度か流し入れる。最初のうちはすぐに地面へと消えていくのだが、何度か繰り返すうちに、泥が浮き上げってくる。ここまでくれば水を貯めることができるので、未だに土を飛ばしてくる馬を引っ張ってくる。


 水筒より水を流し入れ、馬に飲ませる……のだが、最初のうちは窪みからおとなしく飲むのだが、徐々に水筒へと首を伸ばしてくる。それぐらいも持ち切れんのかと、ため息混じりに見つめてみてもどこ吹く風である。流石に直で飲まれるのは勘弁なので、水筒を持ち上げて遠ざけるのだが、如何せん、馬の方が有利である。背伸びしながら遠ざけてもすぐに近づく。体勢的にもキツいので水筒を慌てて閉じる。なんか非難の目で馬から見つめられているのだが、もういいだろう結構飲んだんだから。


「お前の名前も決めないといかんなー、牧場王とかどうだ?」


 すぐにそっぽを向かれた。いや、確かに我自身もどうかと思ったが、お前わかるの?さて、そうなればどのような名前をつけようか。『アシタカ』『オモシロイ』『カミサンコワイ』『シツレン』『ノゾミン』『ビビデバビデブー』『ホシノオウジサマ』『ムチャチャボニータ』『ヤナギムシ』『レポレロ』等が思いつく。その他にも色々と馬名で心当たりはあるが『メイドカフェ』とかはどうだろう?「一番人気のメイドカフェ、早い!早い!ダントツで駈け抜けます!」なんてフレーズが浮かぶのだが、爆笑ものである。ないな、流石に後に自分で後悔することになる気がする。人前で、「行くぞ、メイドカフェ!とつげきィィィ!」とかなったら死にたくなる。


「やばい、珍馬名しか思いつかない。仕方がない、こんな事本当はしたくなかったのだが、兄様の名前から引用しよう、ヴィルセインで決定だな」


 おそらく我は苦虫を数百匹噛み潰した顔をしていよう。「走れ、ヴィルセイン」「行くぞ、ヴィルセイン」「ほら、行け、行くんだ、ヴィルセイン!」「そっちじゃない!こっちだ、ヴィルセイン!間違えたら我が痛い目に合うんだぞ!」とか。……ふむ、まあいいか、いいのか?シスコンの兄様だし、冬には布団の中にいい歳こいて潜り込んできたし、見た目が我より下だからなぁ。まあ、我に死んでも名前を呼び続けられるのは嬉しいことだろう。ああ、兄様、あんなにひょろくて、「弟や他の姉妹に才能を残してあげたんだね」と母上に言われた兄様。我より身長低かった合法ショタの兄様、生まれ変わってこんなに、こんなにたくましくなったのですネ。今思えば毒殺だったのか?なんか、あの兄様なら風邪でも死にそうだからよく分からない。急死だったから毒殺なのでは?と判断されたが。風邪にかかった、その日に体力尽きて死んだのかも……。


 さて、たくましくなった兄様との感動の再会もしたことだし(え?違う?)、森の村へと向かうか。案外偽エルフ共の村も近かった気がする。といっても残っているかは知らんが、奴らガチムチは一匹の寿命が平均232年とかキリが良いのか悪いのか判断しづらい寿命の長さである。『動きたくないでござる』を種族的に地で行く奴らだ。まだこの辺にいる気がする。居なくても森の管理を預かる村があるだろうから、気にしてはいないが。というより、いないほうが楽な気がするな。あいつ等仕事は出来るけど、根が馬鹿だから、筋肉馬鹿だから、脳筋だから。


「ふぅー、もうそろそろ行くかヴィルセイン。ん?どうした?」


 なんか、鼻息鳴らしてブルブル言ってるので、そちらを伺う。はて、何かいたのだろうか。狼の類か、魔獣、竜の類か、はたまた野党か、軍兵か。龍はまずない、引き篭りだから。竜は偶にいる、でもこれもほとんどない。魔獣や竜、龍が出た場合は一瞬で死亡確定。その他、狼、野党、軍兵なら囲まれなければ逃走可能。見渡す限り兵士や人型はいない。狼もいる様子はなさそうだ。目に入ったのはウネウネ動くよくわからない物。ふむ、ヴィル(馬の愛称)は何に反応したのか。居るのはウネウネ動く見るからにファンタジックな生き物だけである。……いや、待ておかしい、それはおかしい。さっきまでいなかった。


「どうみても触手です、本当にガッデム」


 いや、よくわからないこと言ってる自覚はある。なんで最初に出会うモンスターが触手なの、おかしくない?そこは『ほにゃららウルフ』とか『○○ハウンド』とかじゃないの?オークとかゴブリンは?いるのか知らんが。足がいっぱいある黒いたこさんとか、すごくお呼びでない。一番戦いたくない生き物ですから、なぜ出たし。逃走決定、幸い足は早くなさそうなのでさっさとヴィルに乗って森の中に逃げ込もう。足広げながら威嚇?してくる触手魔獣。いや、エロい触手じゃなければ良い、いや良くない、あんなのとは戦いたくない。逃走するに限ると騎乗、森に向かって走らせる。走り出そうとするその瞬間、触手の速度が上がった。あぶねっ。


 速度を上げるとすぐに暫定エロ?魔獣は追いかけることをやめたようである。なんて触手だ。我を喰らおうなんぞ、百年早い。え、エロじゃないよ、捕食的な意味だよ、……あんまり変わらん気がしてきた。まあ、忘れよう。あんなモノはいなかった。エルフと同じぐらい、触手なんていないのだ。きっと初めて会うファンタジーはすごく格好良い生き物である。それ以外はカウントしない、そう決めた。今決めた。


 嫌な汗をかいた、どうやら完璧にまいたので速度を落とす。木の数もようやく増えてきた。ちょっと目を凝らせば森の始まりらしき場所が見える、周囲を巡れば管理の村は見つかるだろう。そろそろ甲冑も脱ぎたい、騎士服と同じものがあったのでそれなら着れるだろう。胸の辺りが、ぱつんぱつんとまではいかなくともキツいかもしれんが、甲冑で無理やり押しつぶしている今よりはマシだろう。既に慣れてしまったが、結構息苦しいのだ。


 予想外の逃走劇のおかげ?で日が暮れるまではまだ大分時間がある。とは言え、森付近ではちょっとほの暗くなるだけで足元が見えなくなってしまう。今のうちに急ぎ、村もしくは寝泊りができそうな場所を見つけるべきであろう。基本森を管理する村がある近くでは簡単な柵が作られ、その内に畑を耕す。獣の被害は馬鹿にできんが、獣も村人の食料になる可能性が多々ある。畑の周りには縄で作られた簡単なものからトラバサミのような罠で大量なのだ。獣もそこまで馬鹿ではないので、森に食料が全くないときにしか畑を荒らさない。野犬、狼の類は集落を襲う事自体が希である。武器を持った人間よりまだ草食獣のほうが楽だからだ。かと言って森に一人でいれば簡単に襲われる。


 双眼鏡を片手に窯の煙でも上がっていないか探す。そろそろ夕食の下ごしらえをしていても、おかしくはないとの判断からである。そう都合よく見つかるわけもなく、何度かヴィルを移動させその上から双眼鏡を除く。少し暗く、夕焼けまではいかないが、太陽の位置があからさまに下がってきて、ようやく柵らしきものが見つかる。すぐに近づき、柵に沿って移動をする。別に飛び越えて中に入ってもいいのだが、罠がないか恐い。もし存在したら困るので、村の入口というべき道が見えるまで歩く。柵も腐っているところや壊れているところが多々あるが、最近らしき修復跡もあるので有人の村だと判断。もしこれが廃村だと、詳しくはわからんがもう少し酷いはずである。


 だが、今一番の問題は一泊させてくれるかどうかである。できれば住み付きたいがそこまでは言わない。ぶっちゃけ藁でもいいので寝る場所は欲しい。一人用の野営の装備はそこそこあるのだが、屋根があるのとないのでは安心感が違う。外で寝ている時にあの生物が襲ってこないか不安なのだ。次にあったら火の魔法術を連続でぶつけて焼きダコにでもしてやろう、……おいしいのかな?食べないけど。


「ふむ、ここか」


 砂利道、あぜ道、荷馬車の通った車輪跡。村の入口を示す、鳥居モドキ。言うなれば、井の字の冠木門かぶきもんが一番近いか、門扉はないが。金目の物はないので、大量生産の兵士剣でもプレゼントしたら大丈夫だろうか。友好的に泊めてくれればいいのだが。可能性としては高い、追撃戦を行なった魔法術士側の村だと厄介かもしれない。敵の将官にでも勘違いされ、報告でもされたら困る。大移動、戦闘しとするには汚れていないので、可能性としては味方と判断してくれるかもしれない。門の端に馬の手綱を結ぶ、金具が打たれている。最初に訪れた人間はここに馬を止めるのだろう。ヴィルに待っていてくれと声をかけながら、結びつける。そのまま村へと入っていく。


 真っ直ぐに進むと、何かを組み伏せる男の背中。ああ、となんとなく理解する。日の高いうちにこんな野外でことに及ぶはずもなく、有無を言わせず剣でその首を落とす。ポロリと落ちた首と吹き上げる血。後ろに倒れる体。唖然とする女性。もし、合意の元であったら危ないかもしれないが、武装して槍と剣を地に置き、腰を振り、死体が近くに転がっているなら判断など簡単である。落とされた首も嫌な笑みを浮かべたまま硬直している。合意であるはずがない。さて、良い男の次は下衆な男か。気分を害させてくれるものだ。


「何人いる?出されたか?」


 吐き気がする。少なくない事ではなく、むしろ日常とはいかずとも、そこそこ起きる事である。14人と答える女性、そして首を振る。何か唖然としているが、仲間を殺された残党・・が襲ってくるかもしれない。周囲に気を配る。今は不意打ちであったから一撃であったが、正面からではあまり勝率は上がらないだろう。少々伺うだけで、敗残兵らしき姿と村民らしき死体が転がっている。女性をもう一度見るが、殴られただろうアザはあっても血は流れてないので、絶対ではないが少し安心する。兜は装備しているが、鎖すら着ていないので農民上がりの一般兵であろう。近くの槍も剣もお粗末である。


 剣は不得意だ、だが槍斧、ハルバードならそこそこ・・・・使える。龍の牙よりは遥かに劣るが、騎龍に騎乗する際に使う槍斧を取り出す、それに女性が驚く。剣では受けきらないが、長物であるだけで野外では有利だ。さて、兵が身につける紋章は同じだが、比べるまでもなく救いようはないか。もし彼等を見送らなかったら、この村も見捨てていた自信がある。細かは違うので、異なる部隊であろうが、彼らに会ったあとだからこそ許せなかった。後に反省せなばならないな、と独りごちながらも、これから家探しである。外にいないのなら中にいる、当たり前だ。女性に村の外を指差し、自身は弓兵の確認。頭を狙われただけで終わりだ、兜は持ってきていない、角があるからどうせかぶれない。


 そっと近くの家の扉を開ける。そこまで大きくないので、一部屋に生活の全てがある、ここにはいない。次に牛小屋、いない。あまり足音は立てないように、できる限り奇襲できるように忍び歩く。ふと、振り向くと男がいた、敵かは判断できなかったが、咄嗟に獲物を投げ、腰に体当たりを繰り出す。倒れた人間の装備を確認、当たりだ、腰にある短剣を首に向け掻っ切る。すぐさま離れ、武器を拾う。すぐに探索を再開、一軒一軒確認するが、男同士では同士打ちの数が多い。一方的に兵士が矢で射抜かれていることもある。敗残兵らしき奴らと、村民では装備自体はあまり変わらない。森の管理というだけで厄介なこともあるので、武器を多く持つことがあるのだ。熊や魔獣などもいるだろう。普通の農村だったら一方的であったろう。おそらく兵士を射たのは猟師狩人である。ここまで人がいないのだ、村の人間が地の利のある森の中に逃げ込んだ可能性は高い。踏み込めば逆になr割れる可能性がある。仕方なく、村の外へと女性の確認へ行く。


 結局、兵士の死体は11体ほどあった。彼女が言った兵士の数がそれを含むのかも確認しなければならない。少し小走りに外へ向かえば、女性はヴィルの近くに潜んでいた。死んでいた兵士と彼女が言った兵士の確認、彼女が襲われた時点で、目の前で首を落とした兵を含まない生きている敵が14人らしい。残りは13人、男も相討ちした以外は数人しかおらず、女は元々ほとんど残っていない、家族ごと都市へと避難しているのだとか。森に逃げたのが4人、それを追って13人は行ったのだろう。弓矢を持っていた死体はなかったので、森に逃げたのは狩人の可能性が高い、返り討ちにする可能性が高いので少し安心である。彼ら敗残兵もそれを分かっていたから3倍の数で追っていったのだ。もし逃げられて、増援でも呼ばれようものなら結果は確定である。


 女性からさらに情報を得ようとすると、森に逃げた4人の他にあと一人だけ少女がいるらしい。死体はなかったので、死んでいない可能性が高い。一人で森の中に逃げる可能性を聞いてみたが、まずそんなことは危険なのでしないのだとか。森には陸ダコと魔獣の類も多くはいないが存在する、熊の魔獣が少し前に繁殖したので入ることはないだろうとのこと。どれも森の奥に出るので、村にはさほど危険はないのだとか。だが、陸ダコか。なんかそれっぽいものに森の外であったのだが気のせいだろうか。いや、どう考えてもそうだろう。確かに触手だったが、タコに近い見た目だったし。容姿を伝えてみたらやはり正解だったようで、至極希に草原にも現れるのだとか。声にはさすがに運が悪すぎると思った。


「あーあまり聞きたくないのだが、陸ダコはどうやって増えるのだ?」


 不思議そうにこちらを見る女性、なんでそのようなことを聞くか不思議だろう。普通に考えれば魔獣であるタコの生態など知っているわけがないのだが。思わず気になって聞いてしまった。女性は記憶を探っているのか考え込む。チラチラとこちらを伺うのが気になるが、これはむしろ思い出すというより、話していいのかどうか迷っているのだろうか。意を決したのか、少し困った風にこちらを向く。


「他の生き物を苗床にするらしいです」


 ガッデムっ!あの時逃げて、大正解。今後奴に出会っても絶対に即爆殺か逃げるかしよう。だが、そんなこと考えている横で彼女は説明を続けていた。なんでも、穴という穴、男性女性限らず突っ込んで、卵を産み付けるらしい。触手が入る穴がないならその触手を体に突き刺し内蔵に産み付けるのだとか。……両刀かよあの触手。足は予想通り遅いので、森の中で不意打ちされない限りは大丈夫らしい。大きくなると10m、陸のクラーケンと呼ばれるのだとか。大体は成長し切る前に他の魔獣に食われるらしいが、「結構、あのタコおいしんですよ」と言う目の前の女性に戦慄を覚えた。人間で増えた可能性があるのに食べるの?そう思った我っておかしいのか?


 しかし、この女性、先程まで襲われていたのだが、悲観した様子もない。遠まわしに聞いてみたが、ちょくで答えられてしまった。曰く、「痛くも痒くもなかった、初めてもほとんど襲われたようなものだしそれって私が魅力的ってことですよねー。まあ、下衆の子を孕むのは勘弁なので、都市に避難している幼馴染に塗り替えてもらいます」だとか。この時自身の顔がはっきり引きつっていることが分かった。その他にも知人が死んで悲しくないのか聞いても、あっけらかんに都市の人がどう考えるか知らないが、こういった村に住む人は魔獣で毎年何人か殺られるので慣れています、と言われてしまった。……殺られるって表現どうよ。いや、まあ、そうなのか?それで良いのか?おかしいのって我なの?


「じゃあ神様、どうしましょう?私は神様が討ち取った、兵士の剣と槍を頂いて都市へと向かおうと思いますが」


 いや、どうするって森に逃げた四人はどうすんの?むしろ、隠れているかもしれない少女はどうすんの?と思ったが、なんか聞いてみたら後悔しそうというか、ここまで来れば彼女がなんて答えるかわかってしまったので、尋ねることは止めておく。なぜ神様と呼ばれるか分からないが、我が恩人だからと勝手にあたりをつけて納得しておく。正直、彼女が強か過ぎて今までの常識がガラガラと崩れているので、これ以上、質問するのは勘弁して欲しい。一言「面倒事は好きではないので、秘密にしておいて貰えるか」と告げると、女性は村へと逆走、槍と剣、それから食料らしき荷物を持って立ち去っていった。


 ちなみに元気に「神様、ありがとうございましたー」と手を振りながら笑顔で去っていったのが、嫌に印象的である。なんだろう、酷く心配して損した気がするのは。礼を言われたのに遣る瀬無さ過ぎる。そのまま村に一度戻ると、既に足元が見えなくなり始める。家の中に隠れているかもしれない、少女を探してもう一度、今度は床や天井で怪しいところも探っていく。それで見つかるのは貯蓄食料ばかりなので、そのまま元に戻しておく。死体は家の外へと運び出し、村人の集団墓地らしき楔が立つ場所に引き摺って行く。燃え跡のようなものがあるので、狼などに掘り起こされないように焼いて骨だけ埋めるのだろう。あとで火をかけようと今は置いておく。今思えば、あの女性にも手伝わせれば良かった。


 その後、運び終えて探索を再開した時には既にほとんど何も見えない。家の中よりランタンを探し、慌てて火をつける。すると、牛小屋の当たりで物音がする。兵士が戻ってきたのかとランタンを置き、目を凝らしながら急いで牛小屋へと向かう。だが、居たのは草まみれの少女だった。ようやく見つかった、干し餌になかに隠れていたのか、妥当だなと思って少女に近づく。少女はこちらを向いてはいるが、反応がない。


「敵ではない、安心しろ」


 私悪い人間ちゃうよー、とばかりに近づく。抵抗されることももちろん視野に入れながらである。近づけば少女は目をこすりながら、いかにも寝ていましたとの反応。……コイツもか。いや、隠れていたはいいが、そのまま寝てしまったのか?どいつもこいつも図太いというか、肝が座っているというのか。なんか、色々と狂ってやがる。自分がどれだけ箱入だったのか見せつけられているようで、非常にきつい、目眩すら覚える。


「あれ?あなたって……神様だっ!」


 どうしよう、この子もだ。いや、まあいいのだが。と思った瞬間、森の方から野太い悲鳴や断末魔が聞こえてきた。「ギャー」やら「死にたくないー」等である。それがきっちり17人分・・・



……おい、待てや。なんか若干、数が多いぞ



 なんで、森へ逃げ込んだ村人らしき悲鳴も聞こえるの?魔獣をやり過ごせる自信があるから逃げ込んだんじゃないの?ふと少女を見れば、「ああ、やっぱりか」とか言ってるし、一か八かで逃げ込んで、結局バチに当たっていうこと?誰がうまいことを言えと。なんだろう、弱い村人のイメージが一新されてきた。今の我の中で既に救うべき民との言葉は残っていない。こいつら死に慣れすぎていやがる。戦死などの自己の生存に関係のない、無駄死には嫌うし恐怖するのだが、日常の生活で訪れる死を受け入れることは既に当たり前になっているのだ。


「なんとも思わないのか?」


 質問の意図がわからなかったのか、コテりと首を横にかしげる、くすんだ金髪の少女。先ほどの女性は赤毛の「ザ!村人」といった、そぼろ有りの可愛い系の女性だったが、この子はつり目の西洋人形系の少女である。美人とも普通とも言わないが、髪も洗えばそこそこ魅せれる様になるだろう。案外、汚れているだけで、ドレスなどや髪を梳いたりして、身奇麗にすれば化けるかもしれない。


「あのね、神様、お姉ちゃん死んじゃったの。私どうすればいいのかな?」


 ぶっちゃけ、知るか、と返したかったが、それはさすがに自重。すべてを投げ出して寝たい、どうせ敵(笑)も全滅したみたいだし、一言、「明日話し合おう、少々疲れた」とだけ告げ彼女がいた干し草、干し餌の上に寝転ぶ。甲冑を脱ぐ予定だったのだが、それも億劫であった。少女も周りが暗いので納得し、こちらの腕に何故か抱きついて寝転がる。なんだろう、今なら永眠できそう、しないけど。


「何も理解せぬは民ではなく、結局、我であったか。少しだけ生活しやすく、生きやすくなっても、彼らの生活を変えるに値せず、独りよがりで国を滅ぼす。非常に救いようがないな、我は」


「違うよ、神様。神様が頑張ったから、私たちは不幸よりも幸を感じることができるんだ。誰かが死ぬことよりも生きる幸せを知っているのは神様のおかげなんだよ」


 一人ぼそりと呟いたことに返事があったことに驚き、腕にしがみついている少女を見る。件の本人は先程まで寝ていたくせに、すぐに寝息を立て出す少女。が、まあ、少しだけ救われた、なんとも不思議な少女である。でもやはり、何も知らぬは我であった。彼女らの真意も理解せず、彼女らをおかしいと決め付けたのは結局は我だった。どこまでも愚かしく、救いがたい。神様か、彼女が何故そう呼ぶのか、明日、目覚めた時に聞いてみようか。何か答えが得られるかもしれない。そう目を閉じる。




そこで腹が鳴った。



「そういえば、水以外、四日ほど何も口にしてないな。……あのタコみたいな触手って、実は結構美味かったりするのか?」


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