2-2
*
「白露」
仕様のない子だねえ、と、年かさの女がため息をつく。ましろも、首をすくめて、謝りそうになった。
よその子ども達もまとめて洗って、畑から集めた野菜も洗っていた女は、笑い皺を揺らしてため息を繰り返した。
「どっかに見回りに行って、やけに戻ってこないとは思ってたよ。皆心配していたんだよ? それが、そんなちっこい子どもを、拾ってくるなんて」
「連れてくるつもりは、なかったんだが。ちょっと手違いがあって……」
白露王もいささか歯切れが悪い。
「手違い? あんた手でもつけられたのかい」
じっ、と他意なく見つめられて、ましろはたじろぐ。
「とにかく、夕方に婆様等と話をする。その時間まで、怪我をしないようにみてやってほしい」
「へぇ。あんたはどこへ行こうってんだい」
「裏山で、茶狼がのさばってると言うから。白狼として、ちゃんと話してこようかと思ってな」
ごく簡単に言うが、危ないことなのだろう、女がひどく顔をしかめた。
「あんたねぇ、こんなちっこい、可愛い子を置いて、喧嘩しにいくってのかい。あんたのせいで、この子はここで一人ぼっちなんだよ」
「すまないな」
白露王が本当にそう思っていると分かるから、ましろは慌てて首を振った。
「今回は、勝手についてきたの。……あとは、元の場所に帰れたらいい」
「それなんだが、相談した後で決める。今は待ってくれ。帰ろうとして、むやみに山に入るな。来るときは俺達についてきたから、大丈夫だったけれど、一人では迷うことになる」
「そうね、どこをどう歩いたんだか、覚えてないし……」
「それだけじゃない。道順を覚えていても無駄なんだ。ここは山の奥。古くは、打ち捨てられた死者の魂が眠り、湧き水とともに下界に戻っていく、そういう場所でもあった」
怪しげな靄や、見知らぬ草花、ここまでの距離を思って、ましろも笑い飛ばせない。
怖がらせすぎたかと、白露王は話をそのくらいにして、近くの木立に姿を消した。
女がため息をついて、視線を戻す。
「さて……あんた、名前は」
びくり、と背筋をただした後、ましろは細い声で名乗った。女はうなずき、利路(りろ)と名乗ってくれた。
「あんた、ちょっと裏手でお茶でも飲んで、待つかい」
歩き疲れた足は、悲鳴をあげそうだった。だが、見知らぬ場所にいる心細さから、ましろは首を左右に振った。
「でも、いる場所もないだろう。あたしは洗濯物取り込んで、晩飯の用意がある。手伝ってもらいたいのはやまやまだが、うちに入れちまうと、あんたを仲間に入れたことになる。まだ、ちゃんと婆様がどうするのか決まってないからねぇ。あぁほら、あんたのせいじゃないよ、泣かないでおくれ」
優しい口調になって、利路がましろの頬を手のひらでこする。ぼろぼろとこぼれた水滴に、ましろは再び驚いた。
「ごめっ、んなさい」
「いいよう。あんた、人間だろ? その、妙に半端な付けもののせいで、人間の里でも嫌な目に、あったんじゃないのかい。その上、白露がつきまとったんじゃ、狼っ子って言われて難儀したろう」
すべてお見通しみたいに、優しくされて、ましろは腹の中が崩れてしまう感じがした。我慢、していたのに。全部ぶちまけて、許されたかった。母親がいなくて、寂しくて、つらかったことも。
でも、唇を噛む。
首を振って、近くの切り株に座って、しばらく俯いていた。利路は入れ物にお湯を入れて持ってきてくれた。だが、ずっとは側にいなくて、すぐに自分の仕事に戻った。
泣き疲れて、顔が熱くて、はれぼったい。
(あぁ……かっこわるい)
泣きすぎて、水分が足りなくなっていた。
ましろは、近くに置かれていた器をとって、中身をなめてみる。薄く、桜の香りがした。とろみのあるお湯は、何ともいえない、柔らかな味がする。噛みしめると、ほのかに甘い。少しずつ飲んで、ほっとする。
今、利路は出かけていて、いないことは分かっていたけれど、ましろは小屋をのぞきこみ、ありがとう、と礼を言った。
桶の水を借りて、器を洗って置いておく。
不思議と、体の痛みも取れていた。
「本当に、ただの、狼とかじゃ、ないのね」
何だか、異国に住むという、仙人、のようだった。
*
散歩するうち、子ども達が寄ってきた。小さな手で編み物をしている子がいたので、手伝ってやる。子ども達が目を輝かせて、ましろを取り囲み、まねをした。
(ところどころ、狼だけれど)
ところどころは、人間と変わらない。
ましろは、尊敬の目で見られ、くすぐったく思う。すっかり、懐かれてしまった。
「ねぇ、一緒に行こうよ!」
裏山に遊びに行くと言うので、ましろは子ども達についていった。
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