81 おまけ

 コンビニのレジカウンターの奥でアルバイト店員の相川葉月(あいかわはづき)は、常連客であるスーツ姿の二人連れの男らの様子を眺めていた。


 ひとりは長身のイケメン、もうひとりはえらく童顔の可愛らしい少年だ。

 少年とは言っても、スーツを着ていることから会社勤めだろう。学生ではなさそうだ。


(さっちゃんに似てるかな……いや、さっちゃんの方が百倍くらい可愛いな)


 実は葉月には、童顔の会社員に負けず劣らず年相応に見えない兄、皐月(さつき)がいる。

 葉月は、通りすがりの人が思わず道を開けてしまうほど強面の自分とは対照的に、思いきりキュートな容貌の皐月のことが大好きだ。


「いらっしゃいませ」


 長身の男がレジカウンターにコーヒーゼリーを二つ置いた。

 最初は童顔の男の方が毎日ひとつ、コーヒーゼリーを買いに来ていたのだが、ここ最近は長身の男と二人でやって来るようになった。

 どうやら二人とも、ここのコンビニ限定のコーヒーゼリーが好きなようだ。


「うーん……」

「久志さん?」

「あ、君。相川くん? ちょっと会計を待ってもらえるか?」


 胸につけている名札で葉月の名前を確認したのだろう、長身の男はちょっと待ってくれと言い置くと、再びデザートコーナーの棚へと歩いて行った。

 レジ前に童顔の男がひとり立っている。


(身長もさっちゃんと同じくらいかな。うん、でもやっぱり、さっちゃんの方が可愛いな)


 葉月がさりげなく右腕を上げて童顔の男の身長を測ってみる。

 ちょうど葉月の肩辺りに男の頭のてっぺんがくる。ということは、やはり皐月と同じくらいの身長だ。


「すみません」

「――えっ?」


 密かに身長を測っていたことがバレたのだろうか。葉月は慌てて上げていた腕を下ろした。


「お忙しいのに、お待たせしてしまって」


 童顔の男が申し訳なさそうに葉月のことを見上げている。


(――わ、さっちゃんも可愛いけど、この人も結構……)


 皐月と童顔の男、二人が並ぶ光景はかなりの癒しになるなあ、などと葉月がこっそり考えていた所、ダンと大きな音を立ててレジカウンターにコーヒーゼリーが二つ置かれた。


「追加でこれを」


 長身の男がレジカウンターにコーヒーゼリーを二つと、どこから出したのか、さらにもう一つカウンターの上に置いた。

 コーヒーゼリーをカウンターに置いた後、まるで威嚇するように、長身の男が葉月のことを睨みつける。


「久志さん」


 童顔の男が、長身の男のスーツの裾を引っ張った。

 長身の男の表情が一転、柔らかなものになる。


「夏樹? どうかしたのか?」

「俺……こんなに食べられないです」


 カウンターにずらりと並べられた、全部で五つのコーヒーゼリーを見ながら、童顔の男が困ったような声を出す。

 どうやら、コーヒーゼリーは童顔の男が食べるようだ。


「そうかな。私は足りないんじゃないかと思ったんだが」

「俺が一日一個しか食べないの知ってるでしょう?」


(────ん?)


 彼ら二人の様子を見ていた葉月が、何かに気づいたように目を見開いた。


(この人たち、付き合ってる?)


 二人の間に流れる独特の甘い雰囲気。

 これは兄の皐月と、その恋人である憎たらしい男が二人でいるときのそれと同じだ。ちなみに葉月も、兄の皐月も恋人は男だ。


「ひとつは君が食べるといい。残りは一回にひとつ使うとして……四回か……夏樹、あと二ついいかな?」


(一回にひとつ? コーヒーゼリーを使って何かを作るのか?)


「――久志さん! 何言ってるんですかっ」


 さらにコーヒーゼリーを取りに行こうとする長身の男の腕を掴んで、童顔の男が引き留める。なぜか顔が真っ赤だ。


「君に無理をさせるつもりはないが、四回で足りるかい?」

「…………」

「いつも最初はイヤだと言うが、最後はもの足りなさそうに君の方から私に乗ってくることもあるじゃないか」

「久志さん!」


 こんなところで止めてくださいと、童顔の男が長身の男の口を手で塞いだ。


「――あの、会計は……?」

「あ、はい。五回……いえ、五個で大丈夫です」


 長身の男の口を塞いだまま、童顔の男が焦ったように答えた。


「六百四十八円です」


 計算を終えた葉月が金額を伝えると、長身の男が内ポケットから財布を取り出す。


「――別に、足りなかったら普通のやつを使えばいいじゃないですか。この間、通販で買ってたでしょう。知ってるんですよ」


 長身の男のスーツの裾を掴んだ童顔の男が、うつ向きながら呟いた。下を向いてはいるが、髪の隙間から見えている耳が赤い。


「あれは、どんなものだろうかと試しに買ってみただけだ。確かに香りはするが、味がしなかった」

「――――は?」


 長身の男の言葉に、童顔の男が顔を上げた。


「君、舐められるの好きだろう? もちろん私も好きだが、味があった方が楽しみが増すじゃないか」

「な……な、何を……久志さん……」

「最中にコーヒーゼリーが食べたくなったら、私とキスするといい。そうすれば一石二鳥だぞ?」


 なかなかいい考えだと言っている長身の男の隣で、童顔の男が固まっている。

 二人の会話から、葉月はコーヒーゼリーがどのように「使われる」のかを何となく察した。


「ありがとうございました」


 会計を済ませ、二人が店を後にする。

 店を出る二人を葉月が何とはなしに見ていると、長身の男の方が店内に戻ってきた。


「いらっしゃいませ」


 男は迷うことなくデザートコーナーへ行き、コーヒーゼリー二つを手にレジへとやって来た。


「二百五十九円です」

「――これで」


 葉月がコーヒーゼリーを袋へ入れている間に、男が千円札をカウンターに置いた。気のせいか、機嫌が良いように見える。


「七百四十一円のお返しです」


 男はお釣りを受け取ると、軽い足取りで店の外で待つ童顔の男の所へ駆けて行った。

 店の外では、袋の中を確認した童顔の男が顔を真っ赤にしながら、長身の男に何やら怒っている。


「あー、あと一回ならいいと言ったのに、彼氏が二回分買ったってところか」


 ひとしきり文句を言って、気が済んだのだろう。童顔の男が恋人のスーツの裾を掴み、今度こそ二人並んで帰って行った。


「――今日、バイトが終わったら二宮さんの所に迎えに行こうかな」


 仲の良い二人のことを見ているうちに、恋人の顔が見たくなった葉月は、彼の職場にコーヒーゼリーの差し入れをしてみようかと、こっそり考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後悔しても手遅れです とが きみえ @k-toga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ