わかっている、わかってなかった

空牙セロリ

わかっている、わかってなかった



「まるで泥棒ね。わたしから地位も、家族も、友人も、何もかも奪い去って。次は何を奪っていくのかしら」


 彼女をこの屋敷に連れてきてから幾日たったか。初めて来たときからだいぶやつれてしまった。初めて見たときの純粋無垢な少女の姿は見る影も無い。虚ろな目で私を見つめる。

日長、安楽椅子に座り一日を過ごす彼女。血筋をたどればどこかの貴族につながっているそうだ。彼女自身、地位も名誉も持ち合わせていた。その筋の人からすると、とても有名な人だったのだとか。その「有名な人」故にこの屋敷にいることを彼女は知らないだろう。


 天窓と出入り口の扉が一つしかないこの部屋。ここが今の彼女の部屋だ。少々窮屈かもしれないが、今の彼女に与えられた自由はここしかない。この部屋の外に行かせることはできない。外に出られない代わりに彼女の要望は可能な限り叶えるようにしているが、不自由なことの方が多いだろう。しかし、これが私にできる精一杯なことなのだ。これが私なりに彼女を守るための手段であるとしか言えないのだ。



 彼女は私の幼なじみだった。物心つく前から一緒に遊んでいたから、友人と言うより兄妹きょうだいのように過ごしていた。……それも高校を卒業する前までの話しだったが。


 私たちは高校卒業後、それぞれの道へ分かれた。

彼女は家を継ぐために有名な大学へ入学し、主席で卒業。私は家業を継ぐために大学へ行かず、家へと戻った。そのため、卒業式以来会ったことが無かったのは言うまでも無いだろう。

 私は、物心ついた時から彼女が好きだった。いつも楽しそうに笑って、太陽のように輝いている彼女が好きだった。それは今でも同じこと。だからこそ私は彼女を閉じ込めなくてはいけない。


「いつになったらお家へ返してくれるの、誘拐犯さん」


 卒業後、一切会わなかったからなのか、彼女は私のことなんて覚えていないようだった。

 おかしな話しだ。私はずっと覚えていたのに。再会してすぐに気がついたのに、彼女は気付いてもくれなかった。不思議と悲壮感は無い。予想の範囲内のことだから。

「ねぇ、何か言ったらどうなの?」

「……」

だんまり? あなた、ずっとそうよね。ここに来てからずっと黙ってる」

「……」

「変な人。いつになったら私は外へ出られるのかしら」


 私に発言権は無い。これもいつものことだ。

 彼女は有名になりすぎた。色々な人を敵に回しすぎた。

 たしかに彼女のやったことは褒め称えられるべきことの方が多い。官僚の内部告発から組織の腐敗を洗い出し、多くの人を救った。それと同時に、変に権力のある人たちからも目をつけられてしまった。私が――いや、私の父がそれを知ったのは偶然ではない。私の家は代々、彼女の家を守るために存在していたから。彼女と、彼女の家を守るために、私たちは動いていた。

 それでも事は大きくなりすぎていたようだ。私たちは彼女に害が及ばないよう、こうして閉じ込めることしかできない。他に何か良い手がないものかと考えはしたが、暗殺者が現れ始めては手段を選んでいる暇なんてなかった。

 私は恨まれても良い。彼女のためなら彼女自身に恨まれたって、憎まれたって良い。ただ彼女が生きていて、幸せになれるなら私は何だってしよう。幼い頃に彼女と行った丘の上で誓ったのだから。





 いつものような日を終えた夜。もう、同じような日を何回続けたのだろうか。彼女にとっては気の長くなるような毎日だったであろう。私も気が長くなる思いをした。それでもこの生活に終わりは見えない。彼女のためにも早く終わりにしたい。


 同じような毎日のせいで気が緩んでいたのか、彼女が脱走してしまった。まだ外は危ないのに。中世のような危険なんてほとんど無い平和な時代とは言うが、それは表面上のことだ。裏はいつだって危険なのだ。

 今彼女が外に出たら確実に殺されるだろう。やっかいな奴らはあきらめる様子など無いのだから。


 彼女が行く先なんてわかるわけがない。GPSに気がついていたのか反応は無い。おそらく途中で壊したのだろう。平気でやんちゃするその姿は幼い頃から変わらない。ちょっとだけ、ほっとしてしまう所だった。

 この屋敷は私の実家だ。彼女がいた部屋には連れてきたことなんてなかったし、内装の雰囲気も違ったから気がつかなかっただろう。でも外へ出てしまえば見覚えがある道がある。自分の家へ帰ってしまったのか、それともどこか違うところへ逃げているのか……。幼なじみであった私でも、今の彼女の思考はわからない。とにかく人を総動員して探すしかない。……彼女が殺される前に、見つけなければ、いけない。


 彼女の実家には帰っていなかったようだ。他に逃げられそうな場所を探してみたが見つかっていない。そういう連絡もまだ入っていない。心当たりがある場所なんてもうほとんど無いというのに、彼女はいったいどこに行ってしまったのだろうか。あとはあの丘ぐらいだ。でも、あそこには隠れられる場所なんて無いはず。それでも行ってみるしかない。


 丘へ急げばなんと、本当に彼女がいた。幼い頃のように一本しかない大きな木の前でそっと座っている。なんという所にいたのだ。ここに隠れられる場所なんて無いのに。


「また、わたしをあそこへ連れて行くの?」

「……」

「また、わたしを閉じ込めるの」


 私は何も言えない。彼女の言うとおりだからだ。私は彼女をあの部屋へ連れて行き、閉じ込めなくてはいけないのだから。

彼女は私の方を見ない。ただずっと遠いほう見つめているだけだ。


「わたしから、思い出も奪うのね」


 彼女はいったいここで何を思いだしていたのだろうか。閉じ込められる前だろうか。それとも仕事をしていた頃か、大学時代か、……恋人のことか。――いや、彼女に恋人はいなかったはずだから、思い人のことか。今は関係ないか。私は彼女の安全を最優先しなければいけない。彼女を守ることだけを考えれば良い。いつだってそうだったろう。


「いつになったら、――」



 それは一瞬のできごとだった。


 遠くの林からキラリと光る何かが見えた瞬間、私は動いた。本当に小さな音だ。サイレンサーで小さくなった銃声音。確実に彼女を狙った弾丸は彼女を貫くことなく、私の左胸に吸い込まれていく。

 ああ、ここからでは彼女の無事を確認することができないな。でも、きっと彼女は無事だろう。彼女を見つけてすぐ、仲間へ知らせを送ったのだから。襲撃犯も捕らえられただろう。もう、推測するしかできないが。

 私の体はゆっくりと、地面へ吸い込まれていくのがわかる。どうか、私の大切な人、どうか、どうか、生きて、幸せに――




「馬鹿な人。本当に、本当に馬鹿な人」


 知ってたわ。知ってたわよ。あなたがわたしの幼なじみだってこと。なぜ黙っていたのかわからなかったけど、会ってすぐわかったわ。でも、あなた言わなかったじゃあない。忘れられたのかと思ってたのに、やっぱり覚えてたんじゃあない。

 なんで軟禁されていたのかなんてわからないわ。なんであの家の人たちがわたしを軟禁してたのか、わからなかった。でも、そうね。今わかったわ。わたし、狙われていたのね。本当に馬鹿な人。教えてくれたって良かったのに。

 あなたの考え、わかるわよ。余計な心配かけたくなかったんでしょう。それぐらいわかるわ。だって高校までずっと一緒だったじゃあない。馬鹿、バカ、ばか……。


 わたしは地面へ伏している彼の頭を抱き上げる。やっぱり、彼はほほえんでいたわ。左の胸から真っ赤な花を散らして、優しい顔でほほえんでいる。本当に馬鹿としか言えない。

 息は無い。脈も、無い。もう、言葉を交わすことも、もうできない。なぜかばったの。なぜ死んでしまったの。なぜ置いて逝ってしまったの。……いいえ。これはわたしのせいね。わたしがあの部屋から飛び出したから、彼はわたしをかばって死んだ。


「まるで泥棒ね。最後に私の心まで奪って逝くなんて。本当に、あなたという人は……」


 私の恋心、どうやって奪い返せば良いのよ、ばか。

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