「お嬢ちゃんは、贅沢をしたいとは思わないのか」
「いくらそんなふうになっても、忙しくなって、大変になって、体がしんどくなったり、時間がなくなったりしたら、意味がないじゃない」
「お嬢ちゃんは、贅沢をしたいとは思わないのか」
「思うけど、いいリボンを買えたって、お出かけする時間がなくなるのは、すっごくイヤっていうか、意味がないでしょ。オシャレをしたって、お出かけできなきゃ意味ないじゃない」
「お金がいっぱいあれば、うんといいところにだって、出かけられるんだぞ」
「それはわかっているけど、そういう意味じゃなくって……、ううん、もうっ!」
言葉が見つからない自分に焦れて、ミャイが身をよじった。舟が揺れて、私はあわてて縁を掴む。
「まあ、言いたいことはなんとなく、わかる気がするなぁ」
なりゆきを見守っていた、鼻がつぶれている犬がポツリと言う。
「たしかに、金持ちになったからって、したいことがあるわけじゃなし。いまの生活に不満があるわけでもないしなぁ。……それよりも、そうやって金儲けをして贅沢ができるようになったら、これらを卸している店のやつらとは呑めなくなりそうだし。そっちのほうが俺はイヤだな」
ミャイが目を輝かせる。
「うんうん、そうそう。そういう、なんていうのかな。大事なものがなくなっちゃうから、ダメでしょう?」
「金持ちになりゃあ、そのぶん、そういう新しい付き合いができるんだぜ」
なんとしてでも計画を実行したいらしい犬に、ミャイに同意を示した犬がふんわりと笑った。
「そんな連中との付き合いなんて、肩がこるばっかりだとは思わないか、相棒」
グッと言葉に詰まった犬が、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
これで話は終わったらしい。
私は流れゆく景色に目を向けた。
正直、この話がまとまろうと、まとまらなからろうと、どっちでもよかった。そうなったらそうなったときの生活があるだろうし、なるようになる、というか、なるようにしかならないものだ。
しかしミャイは、現状維持が望ましいと判断し、犬たちを説得した。
鼻筋が通っている犬はより儲かることを望み、鼻がつぶれている犬はのんびりとした生活をよしとしている。ミャイも、のんびりとした日々がいいと思って、私の仕事が増えるのを阻止したのだろう。
……さて。
どちらに転がったほうが、私にとってはよかったのか。
この広いケージに入れられてからの生活を振り返ると、私は「考えて選ぶ」ことを、覚えなくてはいけない気になる。
ご主人は、私をどのような考えで、このケージに移したのだろう。
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