ならば、私に仕事を回してもらえるか
木の実屋は丹念にクルミの殻を確認し、私の口を眺めた。私は口を開き、前歯を見せる。
「なるほど。立派な前歯だ。私たちとは違う人種の歯並びですね」
人種――人、か。
このケージでは、犬も猫もハムスターも、人であるのだ。
「私の前歯は死ぬまで伸び続ける。ゆえに、この仕事は私の体調管理にも役に立つのだ」
「伸び続ける歯を、ちょうどいい長さに保てる上に、収入も得られる……、と?」
「そうだ」
「なるほど! すばらしい」
木の実屋が、ぽんと肉球を打ち合わせた。
「これほど短時間で、こんなにキレイに殻を割る事ができるなんて、天職ですよ。ええと、モケモフさん」
うむ、と私はうなずいた。
「ならば、私に仕事を回してもらえるか」
「もちろんですよ。木槌で割る場合、中の実が割れてしまうこともありますからね。その心配をしないでいられるというのは、いいことです。姿のままのほうが、ずっと商品としての見栄えがいいですし」
「もとから割れているものは、どうにもならぬぞ」
「ええ、ええ。それはわかっています。神様であろうとも、割れた木の実は戻せませんからねぇ」
「ご主人も、壊れたものを戻せぬと言っていた」
接着剤なるものがあるそうだが、それは食べてはならぬものと、部屋の散歩のときに叱られたことがある。
「ずっと聞きたかったんだけど。そのご主人って、いったいなんなの?」
ミャイが目を興味にクルクルと輝かせながら、聞いてくる。
「ご主人は、ご主人だ。私をこのケージに使わした方だ」
「そこが、よくわからないのよねぇ」
「私はこのケージにくるまで、食住の全てをご主人にゆだねていた。移動をするのもすべて、ご主人の意向に沿ってだ。ゆえに、私がこのケージに移動となったのは、ご主人のなんらかの意図があってのことだろう」
私はミャイから木の実屋に視線を移した。
「私はこの仕事が、ご主人が私に与えようと考えたものではないかと感じている」
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