これこそ私がこのケージに移された理由なのではないかと思う。
「えっ」
木の実屋が目を丸くする。それを尻目に、私は前歯をクルミに突き立てた。
心地よい反動が歯茎に伝わる。
ああ。
いい香りだ。
私はうっとりと、そしてアッサリと、殻を割って中身を取り出した。
「なんと」
木の実屋の声に耳を動かし、次のクルミに前足を伸ばす。
こちらは、さきほどよりも歯を立てやすかった。クルミとひとくちに言っても、微妙に殻の形は違うのだ。その香りも味わいも、それぞれに違っている。その差を殻を割りながら感じることは、私にとってすばらしく楽しい時間だ。
「これまた、あっさり」
木の実屋が割れたクルミに前足を伸ばし、確かめるのを目の端に映しながら、私は最後のクルミに取りかかった。
ああ。
これが仕事となったら、どれほど楽しい作業だろうか。
むろん、クルミは私のものにはならない。それを理解し、食せぬ忍耐を持たなければならないが、それでもこの恍惚を味わい、かつ対価を得られると思うと、これこそ私がこのケージに移された理由なのではないかと思う。
そうだ。
きっとそうに違いない。
ご主人は、これを私にさせるため、この犬や猫ばかりの毛時に、私を入れたに違いない。
確信を持つと同時に、手の中のクルミが割れた。
芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
「これは、良いクルミだ」
思わずつぶやくと、木の実屋がズイと身を寄せてきた。
「わかりますか」
「わからいでか」
ハムスターが木の実の良し悪しがわからぬなど、あり得ぬ。
そう応えようとして、ここにハムスターは私だけなのだと思い出した。
彼等はハムスタ-を知らぬのだ。
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