クルミ割り師?

「残念。ねえ、モケモフさん」

「うむ。だが、できぬのならば、致し方あるまい」

「本当に、申し訳ございません」

「でも、どうしてクルミのタルトだけ、できないんだろう」

 ミャイがメニューをながめつつ、つぶやく。

「ほかはどれも、値段は隠れていないのに」

 たしかに、クルミのタルトのほかはすべて、値段表記が見えていた。

「クルミ割り師が、腰を痛めてしまいまして。殻が割れないんですよ」

 本当にすみません、と店員犬が言う。

「クルミ割り師?」

 私がけげんに復唱すると、店員犬はうなずいた。

「そうなんです」

「腰が悪くなったのなら、仕方ないわね」

 訳知り顔で、ミャイがうなずく。

「うちも、おとうさんがクルミの殻を割っているけど、本当に大変そうだもの」

「そう。槌でこう、ガツンとやって、殻を割らなきゃならないですからね。腰が悪いと、槌を振るえない」

 ため息をつきながら、店員犬が首を振った。

「ピーナッツくらい、殻が割りやすければいいんですけどねぇ。……クルミのタルトの変わりに、ピーナツパイはいかがです?」

「どう? モケモフさん」

 私はうなずいた。

「じゃあ、それで」

「かしこまりました」

 店員犬がメモに書きこみ、去っていく。その背を見ながら、私はミャイと彼の会話を脳裏で繰り返していた。

 槌で、クルミの殻を割っている――?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る