第6話 『虎視眈々と狙う』

 東條さんと他愛ない会話をしながら夜道を歩いていると、唐突に彼女が立ち止まった。

「ここが颯太の家だよ」

「俺が言うのもなんだけど、中流家庭の一軒家って感じだね。建てたのかな?」

「いや、前に借家だって言ってた」

「そうなんだ。それで、東條さんの家は?」

「私の家はこの近く。ここまで荷物持ってきてもらったし、後は自分で持って帰って、颯太の鞄は返しておくよ」

「いやいや、ここまで来たんだし、東條さんの家まで運ぶって」

「それはちょっと遠慮してほしいかな。ほら、私の家散らかってるから」

 何か事情があるのだろうが、さらに深追いして不快感を示されるのもうまくない。素直に引き下がっておくか。

「分かった。俺から颯太にはメールしておくよ」

「ありがとう。それじゃ、また明日ね」

「また明日」

 東條さんに鞄を渡し、俺は来た道を戻る。曲がり角でもう一度振り返ると、東條さんは一人で二つのパンパンに膨れた鞄を運んでいるところだった。

 大丈夫なのかとしばらく見ていると──

「あいてっ……」

 前につんのめってこけて、そのまま背負った荷物の下敷きになって動かなくなった。

「東條さん!?」

 流石に見て見ぬふりをするわけにもいかず、急いで駆け寄る。見ていて正解だった。

「ちょっとごめんよっ」

「わわっ!」

 東條さんの脇に手を差し入れ、そのまま立ち上がらせる。とても軽かった。

「秋月君、なんてことするのさ!」

「いや、鞄は背負≪しょっ≫てたし、中身を傷つけずに起こすにはこれが一番かな、と」

「セクハラだよセクハラ! 今度やったら許さないからね!?」

「分かった。二度としないから。それより、やっぱり一人じゃ運べないじゃん。俺が手伝うよ」

「仕方ない……。腹を括るか……」

 不本意と言わんばかりの表情で渋々荷物を渡してくれた。


 東條さんの言う通り、彼女の家は颯太の家の目と鼻の先だった。

「じゃあ、ここで降ろして。後は中まで私が引っ張っていくから」

「そのまま引っ張ったら鞄の底が擦れると思うんだけけど……」

「それは大丈夫。段ボールに乗せて引っ張れば問題ないから」

 とはいえ、中は小物類が入った箱がたくさん置いてあって、とても引っ張れるような状況ではないと思うんだけど。まあ、本人が大丈夫と言ってるんだし、任せてしまおう。彼女にも何か事情があるだろうから、深くは追及するべきじゃない。

「じゃあ俺は帰るよ。また明日」

「今日はありがとね。それじゃ、また明日」

 来た道を戻り、ようやく学校まで辿り着くと、

「お疲れ颯太」

「おお、司か。お疲れさん。夏希、何か言ってたか?」

「何かって何さ」

「俺関係の話だよ」

「颯太の家を教えてもらったくらいだよ。それと、メール見てくれた?」

「ああ、見た見た。後で取りに行く。お前の鞄は冬見さんの家に置いてていいって言われたんだけど、大丈夫だったか?」

「大丈夫だと思うよ」

「そうか。んじゃ、また明日な」

「あ、そうだ。ちょっと待って」

「どうした、司」

「いや、今日のあの手紙が気になってさ」

「あのことか……」

「何か知ってることがあれば教えてほしいんだけど」

「俺に心当たりはない。どうせ誰かの悪戯だろ」

「だといいんだけどね……。引き留めて悪かったな。それじゃ、今度こそまた明日」

 颯太は東條さんの幼馴染だから何か知っているかもと思ったが、知らないのなら仕方ない。

 香凛に報告するため、彼女の家に向かって歩き出す。と言っても、俺の家も同じ方向なので急いで向かう。香凛の家は門限が厳しいため、早く行かないと鞄も取りに行くことが難しくなってしまうのだ。

「どうしたもんかねえ……」

 本人は転んだと言っていたブレザーの件。

 何者かによる東條さんへの心無い手紙の件。

 解決すれば、あるいは相談されればかなり親密度が上がるはずだ。

 好きな人を虎視眈々と狙って何が悪い。自分の意中の相手を戦略的に落とす努力をして何が悪い。

 誰も俺を責める権利なんてない。皆傷つきたくないし、傷つけたくないんだ。だからこそ、俺が意中の相手を落とす努力をしていても、誰も俺のことを卑怯だと罵ることはできない。絶対に。そう、絶対に。

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Anemone 近衛雄吾 @nekoyanagi0315

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