第5話 『思惑』
「今日は何もなくてよかったね~」
「ほんと、去年までのが夢なんじゃないかってくらい何もなかったよな」
「まあまあ、一日平和に過ごせたんだし、そういうこと言うなよ」
「そうです。文句を言ってはいけません。むしろ司と生徒指導部の先生方に感謝をするべきでしょう」
……なんて会話をしながら、二階にある空き教室へと向かう。
一昨日、生徒指導部長の先生に相談したら、「その手があったか!」と言って、すぐに空き教室の手配と注意喚起するプリントを作ってくれて、昨日告知された。そして、今日は冗談抜きでこの間までのバカ騒ぎが嘘のように静かで平和で落ち着いた学校生活を送ることができたのだ。
しばらく歩くと、『東條&冬見宛て荷物置き場』という紙が貼られた教室が見えてきた。
「それじゃ、開けるぞ」
「おう」
颯太が恐る恐る扉を開ける。別に勿体ぶる必要はないと思うんだけど、こういうのは雰囲気なのだろうか。
中に入ると、教室の真ん中で香凛と東條さんのブースが分かれており、それぞれいくつもの箱に入った手紙の山と、プレゼントらしき箱などが置いてあった。
「これ、ラブレターじゃない?」
「本当ですね。まったくそんなこと言われてもこちらが困るだけなのに……」
「なんだこれ……。東條さん、ちょっと来てくれない?」
「なになに~? どったの?」
「いや、これ……」
東條夏希さん。
あなたみたいな人間がこの学校にいることが酷く不愉快です。消えてください。
「なんだよ、これ……」
「酷いですね……」
いつの間にか後ろから覗き込んでいた香凛と颯太も俺と似たような反応をする。
「ほ、ほら! そういうのばっかり見てても気落ちするだけだし、そろそろ持ち帰る準備しないと」
東條さんの一言で幼馴染同士、それぞれのブースに分かれて作業を始める。
「最後まで確認しなくても大丈夫か?」
「うん。大丈夫。時間かかってもどうせ全部は見れないだろうし」
「そうか。それならいいんだが……」
俺は香凛ブースに移り、彼女の手伝いをしていると、そんな会話が聞こえてきた。
「香凛」
「ええ、やはり何か隠しているような気がしますね」
「この後東條さんと二人きりになりたい。颯太を足止めできるか?」
「分かりました」
ダウト。心の中でぽつりと呟く。
確かに、彼女が抱える何かを解決したいというのは本当のこと。けれど、俺の中にある感情はそれだけじゃない。少なからずやましい気持ちがあるのだ。
もっと彼女のことを知らなければならない。もっと彼女のことを知って、信頼関係を築かなくてはいけない。
中学の頃、友人からこんな話を聞いた。
好きになったら告白するのは早い方がいい、と。なぜかと問えば、他に好きなやつができてからだと振られる可能性が高くなるし、何より自分が嫌われては元も子もないからなと言っていた。
だから俺は好きになってからわずか数週間で告白し──そして玉砕した。
けれど、簡単にその片想いを諦めることはできず、ずっと叶わない恋心を抱き続けていた。
まずは、チャンスを作るところから始めなければならない。自分を好きになってもらえるように努力しなければならないんだ。
「東條さん。この後ちょっといいかな?」
「うん、いいよ~」
よし、約束は取り付けた。
「おい、司。お前の荷物寄越せ」
「別にいいけど、なんでだ?」
「夏希と話したいんだろ? だったら、夏希宛ての荷物が入ってる俺の鞄をお前が持って帰って、お前の鞄を俺が持っていけばいい」
「颯太のくせにたまには賢いこと言うじゃねえか」
「たまに、は余計だ」
二人してどつきあった後、香凛と東條さんに確認を取る。二人とも承諾してくれた。
「思ったより暗くなってるみたいだし、早く帰ろうぜ」
「そうですね。では、春井君。よろしくお願いします」
「秋月君よろしくね~」
俺はパンパンになった鞄を颯太と交換し、外に出る。
香凛に「よろしく頼む」という意をこめて頷くと、彼女も頷いた。これで何かしらの成果を得られればいいのだが。
そんなことを思いながら昇降口を出ると、部活動の生徒も片づけを始めているようだった。
「それじゃ、颯太の家知らないから、道案内頼めるかな?」
「そのくらいお安い御用だよ! 荷物も持ってもらっちゃってるし」
「そうだ。そっちも重いだろうから、俺が持つよ」
「いや、いいよ。こっちに入ってるのは手紙だから」
「重い荷物を一生懸命持ってるように見えるんだけど……」
「あはは……バレたか~。じゃあ、お言葉に甘えて持ってもらおうかな?」
「最初からそう言えばいいんだよ」
東條さんから荷物を受け取る。
颯太、グッジョブだ。お前のおかげで東條さんの家を知ることができる。
春の夜風はまだ冷たい。けれど、今の俺は東條さんと一緒だ。外気など些細な問題に過ぎない。
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