短編Ⅰ

近峰光

カナリア

 昨日までは美しい声でさえずっていた籠の中のカナリアが、今朝は全く鳴かずにぎくしゃくしている。


 ここは山の手の豪邸街、このお屋敷のお嬢様が心配そうに見守っている。見かねた家政婦の三田が声をかけた。


「お嬢様、そのように鳴かなくなったカナリアは、ただの雀でございますね。うしろの山に捨ててきましょうか」

「あら、だめよ、捨てるなんて」


 お嬢様は家政婦をたしなめた。

  

「それでは、わたくしがもっと若く美しく、奇麗な声のカナリアを街で見つけて買ってまいりますわ」

「まあ、何をいうの、サファイア(カナリアの名前)は、わたくしの妹よ」


「お嬢様、サファイアはきっと病気ですわ、他の小鳥に伝染しないように背戸の小藪に埋めてまいりましょう」

「サファイアは鳴かなくなったけれど、こんなに元気なのよ、それを生き埋めにするなんて…」 


「では、この柳の鞭でぶってみましょうか?」

「鞭でぶったり、ローソク垂らしたり、そんな可哀想なことをしてはいけません」

「あのー、ローソクなんて言っておりませんけど」


 お嬢様は、静かに目を閉じて言った。


「歌を忘れたカナリアは、像牙の舟に銀のかい、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出すわ、きっと」

「それが一番残酷だと思いますわ、歌を思い出す前に海に引きずり込まれて鮫の餌になりましょう」


 「童謡カナリア」  詩:西条八十 


    歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか 

    いえいえ それはなりませぬ


    歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょ 

    いえいえ それもなりませぬ


    歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか  

    いえいえ それはかわいそう


    歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい

    月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す


          ◇       ◇      ◇

 この歌を、可愛くてロマンチックで、まるでシャンソンみたいと、ネットで語られていた。それでは、これがカナリアでなく、「ロマンチック」とおっしゃるあなたに置き換えてみましょう。


 豪邸の地下室で、この屋敷のお嬢様と家政婦がヒソヒソ話をしている。


「散々働かせたが、もう使いものにならなくなったこの人をどう処分しましょうか?」

「うしろの山に捨てましょう」

「だめよ、そのまま警察に駆け込まれたらどうするの」


「それでは、背戸の小薮に埋めてしまいましょうか?」

「まだ生きているのよ、そんな残酷なことをしてはなりません」


「では、スタミナドリンクをたくさん飲ませて柳の鞭(ムチ)でぶってみたら、また働くようになるかもしれませんわ」

「いえいえ それはかわいそうです」


 お嬢様が良い案を思いついた。


「お父様の象牙型のヨットがハーバーにあるわね、あれに縛り付けて月夜の海に浮かべれば、きっとまた働くようになるわよ」

「お嬢様、働くようになる前に、ジョーズに転覆させられて食べられてしまいます」


「でも、自分で手を下すよりいいじゃありませんか」

「そうですわね」


 二人の相談はまとまった。

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短編Ⅰ 近峰光 @chikamine

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