第2話殺戮開始

そのために高山を直接狙う。

四ノ宮チームを上がらせてしまい、ゲームからそういう意味で排除する手もあった。高山チームを排除し、次回に四ノ宮チームを排除する。これで4チーム中2チームが空く。その次に配置される二チームには、ストーカーのチームが含まれる。

交渉の余地と多数派工作が容易になる。復讐も。

「では三十分後に実戦に移ります。それまで休憩です」

天使の声が響いた。

墨咲のチームの部屋に飛ばされていた。

――「残されたカード、どうする?」それが三十分間の主要な話題だった。

「できれば保存したい」

「そうか……好きな色が使えないもんね」

「それに、構成がちょうどいい」

金、白。

金ならば、誰かのポイント、あるいはカードで変化させている途中の数値を自分のポイントにできる。奪うのではなくその値になる。

何かが十を超えた時点で自分のポイントにしてしまえば上がりだ。

白。自分のポイントを0に出来る。マイナスを受けた時の最後の手段だ。

勿論、ルール上、どちらも怪我をした時の「即時回復」には使える。つまり、行動不能を解除できる。それも、カードを行使する時間があれば、という事だが。

だがそれも、時間があれば回復する程度の行動不能までだ。

殺す以上は首を叩き潰してでも確実に殺してしまえば、回復はできない。

四ノ宮は五人チームと墨咲から聞いていた。全ての色の備蓄があるだろう。

高山は三人チーム。多香美は四人チーム。

一人多いだけで戦闘上は非常に有利になる。が、カード上はそうではない。

仲間割れが起きる可能性だけは高まるが、それは三人でも五人でも気を付けなければならない。

「武器は拾うスタイルにする。あるいは奪う。最初は……申し訳ないけれどもシロガミに頼らざるを得ない」

カードは武器にも変換できる。刀剣までだが。

前回ストーキングにあった時に回復と武器に全て使ってしまった、と墨咲が申し訳なさそうに言う。

シロガミが返り討ちを食らわせた以上、そのチームの一人は治療室で一命をとりとめた筈だ。次にシロガミを見てパニックになったチームが、ストーキングをしたチームという事になる。

あくまで抽選で選ばれた四組だ。全体にそれほどの数はいないと墨咲は知っている。多くて六組だと墨咲は言う。

今日の感じからすると、ストーカーのチームは抽選で選ばれていないと考えた方がいい、そう墨咲は言う。

「場外戦を挑んできた時点で、マイナス10はされているはずだから。チームを全滅させられなかった。つまり私を殺せなかった時点でこのマイナスは消えてないです」

「九ポイントだったとしても最低限でもマイナス1。でも7ポイント以上でストーキングをするとは思えない。マイナス4くらいが妥当な点数だろう。二人殺してるならマイナス6だ」

「他のチームも被害にあってるから、正体がバレれば赤と黒でごりごり削ると思う」

「全員攻撃で最初に潰すか。……考えないといけないな」

「三チームで赤攻撃なら、マイナス7までなら全滅させられるよね」

「精々五人のチームというのが分かってきたよ。最初に全滅させられればマイナス3。さらに行動不能を回復するのに必要なのは、毎回三枚しか配られないカードだ。誰かを切り捨てることになる」

光里は今理解しているカードの使い方を墨咲に説明した。

「……マイナス5以下は死んだようなものなのね」初めて知ったように墨咲が言う。

「そのために白と金がある。俺らはついてる。保存しておこう」

「本当に光里さんが来てから変わった。わたし、やっと理解したのかもしれない」

「数字遊びだろう。こいつは得意なのじゃよ。実践ではどうせ後方の警戒だろう?」

「シロガミの1%くらいは役に立つよ」

「じゃ、人としては合格だな」

「もう一つ、マイナス10以下の場合には幾らでもカードを使っていいと書いてある。救済措置に見えるけど、同時にとんでもない攻撃もできる」

「ねえ、カードの在庫って? 最大十枚だから……」

「人数に関わらず三枚補充される。どのチームも」

「ええと、つまり?」

「人数が多すぎると治療が間に合わない。負ける可能性が増加する。でも、カードは治療より貯めたほうが良さそうだ。攻撃の話に戻すよ」

最大の十枚貯めるとこんな手もある。そう光里は説明する。

「マイナスに成ったら同時に何枚でも使える。例えば他のチームを巻き込める。赤青青青青青青青青青。マイナス512」

「白は二枚は貯めとかなくちゃ。そうか」

「分かってきたかもしれないな。俺達も。金赤青青青青青青青白。マイナス128」

「それ、金はいつ使うの?」

「マイナス10以下の奴が現れた瞬間。そいつが死ぬ前に。頼むよ? それは分かってくれ。最後にはゼロに戻るデッキだよ」

暫時、墨咲は上を見上げるように考えていた。

「そ、そっか。……実戦、実戦ではわたしがちゃんとアドバイスするから」

「うん。頼む。割と本気で」

「ねえ、もし相手がそういうカード持ってたら?」

「白がもう一枚揃うまで仕掛けない。今は白一枚に頼る。ちなみに白黒青青青青で?」

「ええと?」

「こちらがマイナスに成った瞬間にプラス16。ゲーム終わり。黒でポイントを引いた相手は死亡。極端に言えばマイナスに成った瞬間、黒青青青青青青青青青で相手が終わってこっちはプラス512。実際は金を出して上がりに便乗するのもいるからベストバランスというのはないけどね」

「き、決めない? これで行こうっていうの」墨咲はパニックを起こしていた。

「どうしてもというのなら金黒青青青青青白白赤」

「メモしとく……」俯いた墨咲が言う。

「これも正解じゃないけどね」

「小僧。遊んでいるうちにもう実戦まで五分だぞ」

「この部屋から小物を集めよう。リュックとスポーツドリンク。キッチンにナイフと包丁くらいはあるはずだ。後は軽い食事。落ち着かないと危険だ。可能なら地図。包帯。消毒薬」

「最初から小僧が正解だけ考えて、小物集めを任せれば良かったな」そう言うと、素早くシロガミがリュックに物を詰め始める。

「……正解じゃないぞ。これも」光里も走り回っていた。

「そのくらい分かっておるわ。儂がこんな計算ごときで困るとでも思うか」

「その通り、ポイントは数遊びだ」

「それで、カードが十枚以上集まったら、武器に変えたりすればいいんだよね?」墨咲も部屋の中を探し回っていた。

「いや、いいカードが集まったら即10ポイント以上に上げて終わりにする」

「シロガミさん?」困惑した墨咲桜がシロガミに助けを求めるように言った。

「儂には分かるが荷物を集めよう。光里はさりげなく性格が悪いからな。もう自分の荷物は集めておる」

「シロガミもそうだろう」

「常在戦場じゃ」

バタバタと墨咲桜も走り回り、五分が過ぎた。

「では中庭に召喚します! 我が魂どもよ! 存分に殺しあうがいい!」

「調子のいい天使だの」

キッチン付きの待合部屋に有ったものを持って来ていた。

出刃包丁、シロガミ。

キッチンナイフ、光里。

日本刀とステンレス包丁、墨咲。

場所はどこかの廃校に見えた。

「何か使えるものが残ってるかもしれません。体育倉庫に」

墨咲が走った。

「全員がそこに集まる可能性もあるぞ」光里が追う。墨咲の腕を引いた。

「その時は……どうしましょう」

「他を探そう。保健室と理科実験室。薬が欲しい。教員室にカッターとかはあると思う」

「廃校のようだの」

「ここは俺が卒業した高校に似てる。実際の建物か?」

十五分後、他のチームとの鉢合わせもなく、光里はスコップを手にしていた。花壇の傍に落ちていた。

「何でスコップなんですか?」

「近接戦でかなり強い。リーチもある」

「お二人とも、何か戦った経験とかあるんですか?」墨咲が驚いたように言う。

光里には戦った経験がある。人とも。人でないものとも。シロガミは人外が専門だったが人も苦も無く蹂躙して見せる。

「この前、陰陽師の真似をした。俺は巻き込まれる体質らしい」

「首を突っ込む、が正しいぞ光里。今回もそうじゃ」

「まあな」と光里は微笑する。

「次はどこかを不意打ちできればいいんだが」

そうこうしている間に、光里のリュックには革のケースと裁ちバサミ、消毒用アルコール、包帯、ガーゼ、テープ、事務用テープ、ホチキス、カッター、瞬間接着剤、三角定規、コンパス、画鋲、ピアノ線、針金、釣り糸、釣り針、A4ノート、消せるボールペン、鉛筆、消しゴム、チョーク等が入っていた。手持ちはスコップとキッチンナイフ、軍手。

シロガミのリュックには鉄アレイ、砲丸、ロープ、燃料用アルコール、アルコールランプ、ベンジン、トルエン、綿、硝酸、硫酸、塩酸、灯油、スケッチブック、油性マジック、ライター、懐中電灯、双眼鏡、オキシドール、生石灰、塩素系洗剤、アルカリ系洗剤、タバスコ、殺虫スプレー、ビン各種、高枝バサミ、木刀、肉斬り包丁、メス、釘等が入っていた。手持ちは金属バットと出刃包丁、皮手袋。

墨咲桜のリュックには控えめにコンドーム、絆創膏、接着剤、鍵束、虫眼鏡、オイルライター、オイル、ゴム紐、布切れ、両面テープ、ガムテープ等が入っていた。

理科実験室に陣取っていた。

ベンジンとアルコール、灯油等を配合して火炎瓶を作り始めていた。

初めの三十分で、火炎瓶二本が完成していた。

投げるのは光里の担当になっていた。

「だんだん戦争らしくなってきたな」と光里が言う。

「硫酸の瓶も二本いける」と硫酸と硝酸を布に巻いて丁寧にしまっているシロガミ。TNTも作れると物騒な事を言う。

「一応ですが、カードさえ消費すれば……」

「入手できる武器は刀剣類だよな」興味がないように光里が言う。

「爆発物や銃器は手に入らんのじゃろうよ」

「あの、私からアドバイスできそうにないんですが」

「いや、あるじゃろ。行動不能の条件は?」

「深手を負わせれば、です」

「どこからが深手なのか分からない。顔に熱硫酸をかければ深手か? いや、単に熱湯をかければ深手か?」

「それ以上攻撃を続行しようという意思がなければ、行動不能になります」

ふん、と光里が鼻を鳴らす。

「じゃあ士気の問題でもあるな。俺の認識が間違ってなければこれは好き好んで参加するんじゃなかったか?」

「そうじゃな。それにしては程度が低い」

「私の前に天使が現れて、スカウトされたんです」

「いきなりか」

「はい。勝てば一千万というのも、その、魅力で……」

「わかるぞ。儂もそれが無ければ参加していない」

「ありがとうございます!」

「しっ。そろそろ来るぞ」

廊下で転ぶ音がした。理科実験室の前に念入りに塗布したワックスのせいだろう。

「千佳のチームじゃないといいんだが。戦闘不能にはする。場合によっては殺す」

「殺す?」

「一人でも多いとそれだけで有利な面もある。多すぎてもダメだけどな」

廊下に出た光里は「多香美のメンバーか?」と誰何する。「正直に答えたほうがいい」

高山のチームだった。「悪いが潰れて貰う」と光里は言う。

そう光里は言って、スコップで頭を割る。念入りに。

腹をキッチンナイフで抉った。

さらにスコップで首を切断した。

「え……え……」墨咲が引くのが分かった。

「これはこのままにしておく。皆が怖がるならな」

『高山チーム、一名脱落。死亡』天使の声が響いた。

「こ、これで報酬、百万追加です」

「天使は殺しあえと言っていた。大いにそうさせてもらう。四ノ宮果歩とは組む可能性があるが、潰せるところまでは潰しておく。誰がやったかはアナウンスされないようだからな。スコップは隠しておく。シロガミ、いいかな」

「かまわん。儂の口の中だな」

「日本刀が手に入った。しばらくこれで行く。高山陣営の弱さが分かった。固まって動かないというのは話にならない。墨咲さん、そいつのポケットとリュックをチェックしてくれ。シロガミとツーマンセルで潰しに行く」

「私も急いで行きます!」

「その方がいいか。孤立は危ない」

階段から廊下へと曲がる角に、人の気配。足音から二人。光里はそう読む。

光里は黙って火炎瓶を出すと、過たず角に向けて投げた。

光里は刀を左手に一瞬持ち変えると、右手で前、と指信号を出す。シロガミが首肯した。

シロガミが一瞬で角に立つ。金属バットが折れそうな、ぎん、という音を立てる。

走り込んだ光里も炎を避けながら、まだ燃え上っている二人を袈裟懸けに切る。

念のために首を切り落とした。遺体は燃やしたままにする。

神降ろし。審神者なく神の声を聞く。光里の心は三人を殺してもまだ静まったままだった。審神者というのならシロガミとの会話が日々審神者と神降ろしの間を行き来するようなものだった。

『高山チーム、二名脱落。死亡。高山チーム、脱落。最初に脱落したため、三ポイントを減じる』

これで三百万。戦況を変えるには役立たないが、準備に必要な資金には使える。

「高山はなぜウチに近づいたんだ? 新参だからか?」

「それもあるじゃろ。だが分かるじゃろ。人数比じゃ。和解も可能と踏んだんじゃろうて」

光里は初めから全滅させる積りだった。組んでいれば展開は違ったかも知れないが、それでは最大の四ノ宮を敵に回さざるを得ない。

それは現時点ではありえない選択だった。

「墨咲の人となりは使えるな。凶暴な二人と、それをまとめる墨咲。その構図で行こう」

「交渉は墨咲に任せるということか?」

「表面的には。少なくとも。……ダメだ。リュックとポケットは回収対象か。燃やしておくのは後にしよう。消火しよう」

幸い、廊下に消火器がある。

遺体を消火する。リュックを剥がして、ズボンを脱がせた。

皮膚がずるり、と剥げる。

気持ち悪さもあるのだろう、まだ一人目で手間取っている墨咲を光里は見る。「その場で調べるんじゃない。回収するんだ。リュックとズボンを。実験室に戻るぞ。何より余りカードだ。運が良ければ今日10ポイントだ」

回収を終えて、三人で実験室に戻る。

――回収したのは、白二枚。黒一枚だった。おおよそ期待通りだった。材質は分からないが金属で出来たカードを回収する。後は青を集めれば計画のカードは全て揃う。

日本刀は丁度三振り。防具が必要だと光里は思う。日本刀に一定の効果を期待するのなら、初めから戦国武将めいた鎧兜でも充分なのだろうと思える。だが重すぎる。

防刃性を上げたジャケットがあったかと記憶を探る。明日でいい、とそこで思考を止める。確か鋼板を挟んだ構造のものがあったはずだ。軍用ではなくむしろ警察用だ。

スタングレネードが欲しくなるが爆発物はダメなのだろう。

そんなことを天使は望んでいない。

求めているのは長く際どい鍔迫り合いそのものなのだろう。

大太刀にシロガミが喜んでいた。

光里は突きを狙う。一秒に三回の突き。咽元を狙えば一溜りもない。元々の身体なら無理であったとしても、今の身体――半分はシロガミに食われてしまった、シロガミとしての身体――ならばその程度の速度で動くことは造作もない。

「食うていいか」涎を垂らしそうにシロガミが最初の一人を指して言う。

「ここには墨咲さんもいるからやめとこう」

「もう分からないんですけど、シロガミさんって、あの、人じゃないですね?」

「鬼神の類だよ。で、俺は体の半分はシロガミに食われてる。半分は鬼神でできてるようなものなんだ」

「悪いところを食べただけじゃよ」

「何とでも言え。もう戻らない」

とにかく、俺と、シロガミは普通の人間じゃない。と光里は短く言う。

まだ殺気は感じられない。近くに敵はいないのだろう。

元々出会ったのは子供の頃で、入院していた光里を食べて、復活させた。

「食われて治るっていうのは信じられなかったけれどね。俺は身を任せてみることにしたんだよ」

奇跡のように身体は治った。大部分にシロガミの肉を受け継いで。だが、それはシロガミに食われたという意味であり、あっさり常人の域を越えた身体になってしまった。

ともあれ、結果として、もう一チームを引っ張り出せるようになったことは大きい。

これ以上潰しあう必要はない、と多香美千佳は考えているだろう。四ノ宮果歩が何を考えているかは分からない。

さらに持ち物の回収は続き、他チームがどこにいるのか見える眼鏡、おおよそのポイントが分かるノートなどが発見された。現金は総計38万円。それぞれの個人情報もほぼ解明した。これ以上死者に鞭打つ予定はない。

「なんだこの便利グッズは」他チームがどこにいるのか見える眼鏡とノートにはシロガミは呆れていた。

「あ、武器じゃなくて便利モノも頼めば貰えます」

「それを先に言ってくれよ」

と、光里は他チームの観察を始める。

調理室に多香美千佳。+4ポイント。

校庭に四ノ宮果歩。+6ポイント。

戦闘用のフィールドに入ってから、この世界内時間で三時間が経過すると元の世界に戻される。

あと二時間で待合室に強制復帰することになっていた。

調理室へ向かう。多香美が四ノ宮と戦うのならば手を貸すと言うことにしていた。

こちらは全員のスリーマンセルで向かった。

光里としては、四ノ宮果歩を敵に回すよりは、あっさり卒業させてしまったほうが良さそうだと考えていた。引き込んで損は無いし、人数比もある。

こちらも待ちに入り、勝ち――誰も行動不能にならないで済ませる――1ポイントを狙う。先に全滅せたので3ポイントを取得。これは大きかった。

ポイントが1から4に増えていた。このまま生き残ればさらに1ポイントだった。

今回はこれ以上全滅させてもポイントは入らない。このまま最初に殲滅させる作戦を取り続けていれば三回以内に脱出するのは難しくはない。

ただし、誰もがいずれは脱出を目指しているのだから、次回以降、最初の全滅を巡って争奪戦になるのは明白だった。

新しく参加する一チームを残りの三チームで急襲し、取り合う。

あるいは、墨咲チームが標的になる。

光里としては、今日の攻撃で高山を全滅させたことで、次回の標的に成ることを抑止した事になると読んでいた。過大に脅威と思われず、かつ手を出そうとは思われない範囲に留める。

その夜は互いに隠れたままで一ポイントを取った。

あと三回勝つためには、四ノ宮を残して、いざという時には全滅させてでも三ポイントを取る可能性を残す。

それは四ノ宮も多香美も同じ考えだろう。その時には墨咲チームは狙われる可能性がある。

――待合室に戻っていた。

「あの……今日はやりすぎじゃないですか?」

「そう思う。グロテスクなものを見せて悪かった。他のチームに恐怖を与える必要があるとは思ったんだけど、これで一緒に戦いにくくはなった」

恐怖を与えるのが目的ではあるが、他のチームには『殺害した』という事実が伝わっただけだ。首を切り離す必要は無かったが、それには光里にも考えがあった。墨咲が残酷さに耐えられるかどうかという試験の意味もあった。

これから、更に――裏切りを含めて――残酷さが必要になる。

さもなければ生き延びる事など出来はしない。

「ふん。襲って来る言い訳を与えただけじゃろうが。来れば叩き潰す。その積りじゃろう?」

「まあそれもある。短兵急に殲滅しようって気はないんだけどね」

「挑発には成った。そう考えすぎるな。光里の悪いところじゃ」

「もう一度、家に戻ったらカードとポイントをまとめよう。明日の作戦を練らないとね」

今のところ最大の人数である六人を擁する四ノ宮を、どうするか。

光里はそれだけを考えていた。結論は、油断しているようならば倒す、だった。墨咲を守りながらでも倒せか。それだけが問題だった。

生き延びる能力は墨咲にもあるように光里には思えた。太刀筋も悪くはない。

見えない相手と切り結んだのだ。このゲームは何よりも生き残るためのゲームであり、それ以外の事に拘泥している余裕はない。

まだ多香美のように組んでいるわけではない。四ノ宮が次にゲームから脱出可能であるとすれば、新しく入ってくる誰かか、三人組のこのチーム、墨咲を狙って来る可能性が高い。

「手持無沙汰だな。武器でも作るか光里」

「何を作る?」

「火炎瓶は有用だったな。あれは任せてほしい。吹き矢はどうだ?」

「ちゃんと的に当たる奴か。やってみる」

墨咲がおろおろと、「私は、どうしましょう」と言う。

「こういう眼鏡みたいな便利グッズはどのあたりまで要求したことがある?」

「双眼鏡……望遠居……」

「そうだ、四ノ宮を見張っててくれ。ついでにそのリストを完成させてほしい」

「はいっ」

リーダーが逆転していたが、今はやむをえない。

「できればメンバーの特徴もね」

「はいっ」

「火炎瓶2つ作ったら、車を盗んでくるがいいか?」

廃校の外に、既に古びてはいるが車があるのを光里は見つけていた。

「そうか。ガソリンはやっぱり必要じゃからな」

「そういえば、そろそろ疲れてないか? 墨咲さん」

「わたし、オヤツはあります。チョコとビスケットと、どちらにします?」

「じゃあチョコで。コーヒーはあるかな」

「あります。任せて下さい」インスタントのコーヒーは待合室から持って来てあった。

「ニトログリセリンはどうする?」

「……シロガミ、本当に自信があるなら構わない。俺は自爆したくない。冗談はやめてくれ」

聞いていなかった振りをして、シロガミが続ける。

「武器は幾らでも持ち込めるのか? 墨咲? それなら家からダイナマイトにして持ってくるが」

「確か、銃を持ち込もうとした人が過去、拒絶されています」

「ダイナマイトは?」

にやっとシロガミが微笑む。

「記憶してる限りでは、持ち込もうとした例がありません」

「……そうか。花火は?」

「大丈夫じゃないでしょうか?」

「むしろ、そっちか。経費がかかるのう。やるなら四ノ宮は一気に倒したいんでな」

「電気信管くらいは作ってからのほうがいいぞ。シロガミ。今急いでやることじゃない」

本気かどうか、と光里はシロガミを眺める。

「ダイナマイトはまだ作らん。黒色火薬と折れ釘で充分じゃ」

「お二人は、おやつはいいんですか?」

「頂く。火炎瓶量産のほうがいいかのう」

「あのですね、お二人は、本当に何かそういうお仕事でも? あの、本当に暴力系の」

「……プロの何でも屋って言っただろ。弱そうなら巻き込むな。巻き込んどいてまだ分からないのか」

「陰陽師じゃろ」

「あれはお前が化け物食ってるだけだろ」

「それを陰陽師という」

そんな雑談をしながら、火炎瓶を仕上げる。

「弓がないのならこれを叩きつけてから斬ればまず負けないな」

「四ノ宮も可哀想にな。モロトフ・カクテルか」

「不完全じゃがな。ガソリンが欲しい。ベンジンは幾らでもあるが」

「車を盗んでついでに手に入れればいい」

「冴えてるの。光里」

「本当に陰陽師なんですか?」

「手段を選ばないだけだ」

そして校舎の周りから車を選んではガソリンを抜く。全て火炎瓶――モロトフカクテルの為だ。一台は動かせるようにしておく。

車で接近、火炎瓶をぶちこんでから逃げる準備を終える。相手にヒントを与えないためには全滅させなければならない。

可能であれば最大勢力の四ノ宮を潰す。

これで抜けたチームも一つ、明日の会議には出なくてはならない。

多香美千穂とは一緒にゲームを抜ける約束をしてある。

まずは四ノ宮と交渉をする予定だった。車で乗り付けて恐怖を与える。

決裂すれば潰す。

うまくいけば多香美と四ノ宮を加え3チームで組んで、入ってきた1チームを潰し続ける。だが問題もある。多香美と四ノ宮は古参であり、このゲームにも詳しい。加えて、カードを相当期間扱ってきている。

ある日裏をかかれる可能性は否定できない。

そうではない危険性もある。四ノ宮を潰すと、古参である多香美が危機感を抱くという可能性も否定できない。いつか裏切るのではないか、そう考えられると危険だ。だが、多香美は4人であり、新参と交渉するとして、条件はこちら、墨咲とそう変わらない。

どちらを優先すべきか。

悩むうちに車は四ノ宮のチームの近くまで走っていた。

直ちに敵視しないまでも、身構えている。

光里とシロガミが交渉に外に出た。

「今後、組めないかと思いまして」光里はそう切り出した。

「何で、車なんかで来たの?」ヘッドライトに照らされた四ノ宮が闇に浮かび上がって見える。セミロングに眼鏡が目立った。

「そちらは六人。怖いんですよ」光里は曖昧な笑みを浮かべた。

「高山仁のチームを全員殺したのはあなたたち?」

「……そうなります」

「目的は?」

「それだけ早くここを卒業できる。他に理由はありません」

モロトフ・カクテルは、シロガミが車の陰に隠している。

「今度は六人殺そうというわけ?」

「いえ。できれば一緒に卒業できれば、とは思っています」

「どうやってあなたたちを信じればいいのかしら?」

「今、全滅させようと動いていないという事で。それに、三チームで組めば、次から入ってくる一チームを潰すだけで卒業できる。次回、最初に相手を潰す役を譲りますよ」

まず、譲らなければ四ノ宮の信頼は得られないだろう。そう光里は読んでいた。それで六人組が卒業してくれれば危険性も減る。

「次回、次々回は不戦の誓いで。それから協力を考えてもいいわ」

そう、四ノ宮は切り出した。

「卒業を阻止するつもりはありませんよ。むしろ支援します。」

短い時間だが、その間に光里は相手の攻撃力をほぼ把握していた。

誰も日本刀の手練れではない。千枚通しやキリを使おうという者もいない。

これなら、買おうと考えている防刃ウェアで耐えられるかもしれない。

「もし、本気で考えてくれるのなら、そう返事を頂けますかね。次回から協力する、と」

「具体的にどうすればいのよ。返事しようがないじゃないの」

「次回、最初に相手を倒して下さい。支援はこちらでもします」

四ノ宮の目が迷っていた。倒す自信はないのだと光里には分かる。

「あなたたちが私達とそのチームの相互自滅を狙っていないという確信がないわ」

「俺たちは今日、五分で高山仁たちを全滅させました。今襲い掛かっていないということが証拠にはなりませんか」

機先を制する。そういう戦略がこのチームにはない。そう光里は踏んだ。ただグランドならグランドの左右から攻撃に突っ込むだけ。相互にある程度の犠牲を考えた上で人数で押し切る。

「強さを見せてもらってもいいかな」

武術をやっていそうな男が一人、そう、光里に言う。

「怪我はしますよ。あなたは」

「その程度なら構わない。致命傷でなければね」

「では、行きます」と車のボンネットを挟んで言った。

ボンネットの上を転がって、端でジャンプする。着地先はその男の後ろを狙った。

空中で男の顔を蹴る。反動で男の目の前に降りた。

全体重を乗せた正拳付きで男の鳩尾を打つ。転がった男に向けて飛び上がって、利き腕の肩関節に体重をかけて乗った。ごきり、と骨が鳴った。外れたか折れかかったか、どちらかだ。

力のない右手が日本刀を手放したところで奪う。

拾い上げて、倒れている男の顎に半ば突き刺すように当てた。

「これで、どうですか」

周囲の男が数歩引いた。寄れば斬るという殺気は抜かない。最も近い男の顎に、ひゅん、と剣を当てる。

「斬りますよ」

「わ……わかった」

「あなた、何かやってたの?」

「はい。何かは言えませんが」

四ノ宮の視線が、胡散臭いものを見る目から称賛に近いものに変わった。

「そ、そう。稽古をつけてもらうってことは……」

「出来ないとはいいません」効果は無いだろうが。「ですが一朝一夕でどうなるものでもないと予め言っておきます

「味方になってくれるなら心強いわ。多香美さんにも話はしておきます」

「既に組んでいます。ご心配なく」

「あ、あら、そう。なぜ、多香美さんなの?」

「真っ先に最大派閥の次、二番目と交渉するのが交渉術です。ですから多香美さんが最初に成りますね。つまり、四ノ宮さん。あなたが現状では最強です」

一礼して車の所まで戻った。最大の、と言われて悪い気はしないだろう。同時に、人数で言えば多香美を足せばこちらが多い。そして見せつけた技がある。敵対するとなれば、かなりの心理的負担があるだろう。

「では、明日の勝者に成ってください。そこで契約は成立と考えます」

四ノ宮が不安げに周囲の男たちを見回すのを、光里は見落とさなかった。

明日はミリタリーと防犯グッズを売っている男と接触しなければならないだろう。防刃グッズを通販で買うほど恐ろしいことはない。光里はそう考えるタイプだった。

理科実験室に戻ってほどなく、時間制限が来る。

待合室――無限回廊の部屋に戻っていた。同じ部屋番号を思い浮かべると、三人が同じ部屋に移動する。ドアは一つ。部屋の数は999まで。

「反省会と治療時間を含めて三十分です」墨咲が自信を取り戻したように言う。

攻撃のパフォーマンスを見せたのが効いたようだった。

「乱戦は考えていないが、明日からヘルメットを含めて装備を買い整える」

「私用のもあるの?」

「……当然だ」

ヘルメットの有無だけでも致命傷はかなり減らせる。

『おめでとうございます。総額千三百万円が支払われます』天使の声が響いた。

「それっぽちか」シロガミが嫌味のように言う。「持ち出しではないか」

「しょうがない。次で取り返そう。問題は『防具屋』が営業しているかどうかだな」

「奴が怠惰に暮らしていようと、せめて同業者を紹介して貰わねば困る」

光里は時計を見る。部屋の時計は真夜中零時から一分も経っていなかった。戻ってすぐに確認した時は一秒経っていなかった。人智を超えることは起きていた。

墨咲の布団を追加で敷いて、三人で眠った。

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殺戮天使と神に喰われた男 歌川裕樹 @HirokiUtagawa

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