第3話 王の宴

 ダニエル・カートナーは医務室に運ばれていた。さして大きな怪我もなかったが、戦いの疲労からか、彼は起き上がるのも大変そうだった。

 「しばらくは安静にしていてください。」

 「すまない。ありがとう。」

 ダニエルは医者に礼を述べると、据え置きのテレビで会場の様子を伺っていた。ニラド・スロヴァフツキは無事警備員に保護されたようだ。ダニエルはほっと息をつきながら、天井を眺めた。シミ一つない白い壁がダニエルを迎え入れてくれているかのようだった。

 

 「ジャックです!間違いない!ジャク・オー・ランタンが会場に現れました!」

 突然、実況の声が室内に響いた。ダニエルはおもむろにモニターに目をやると、そこにはカボチャのマスクをしたジャック・オー・ランタンその人が映し出されていた。今度は背丈の大きなバーチャル映像なんかではない。等身大のジャック・オー・ランタンだった。彼の口元からは色白い肌と薄ら笑いが見え隠れしている。ジャックはそのままゆっくりと歩き続けると、恐れおののく観客の中を、まるでモーゼが海を割るようにニラド・スロヴァフツキの元へと近づいて行った。

 「まさに茶番だな、老いぼれ。」

 「・・・どういう意味だ。」

 「俺はお前がやってきたことを知っている。」

 「・・・何が言いたい?」

 「言葉通りの意味さ。さぁ、さっさと出せ。始めるぞ、BRAVEを。」

 ジャックがマントを翻すと、中から甲冑のような黒いスーツが姿を現した。ジャックと共にランキング1位の座を守り抜いてきたスーツ、『ジャック・パワード』だ。

 「・・・わかったよ。こんなこともあるかと思ってね。今日は持ってきているんだ。」

 ニラドはそう言うと、ポケットから無線機器を取り出し、ボタンを押し始めた。そして、何やら長い認証コードの入力を終えると、ニラドの体が急に凄まじいまでの光を発し出した。

 「なんだ、あれは!」

 「おい、まさかあれって!」

 近くにいた警備員たちは驚きの表情でニラド・スロヴァフツキを見つめていた。それもそのはずだ。今やニラド・スロヴァフツキの身体は、蛇の装飾が施された黄金色のスーツに包み込まれていたのだ。

 「嘘だろ・・・。『ククルカン』じゃねーか・・・。焼失したって聞いていたぞ。」

 「俺もだ・・・。まだ現存していたのかよ・・・。」

 警備員たちは驚きの余り動けないでいた。ニラド・スロヴァフツキが呼び出したスーツ『ククルカン』は、かつてニラドが選手として全盛期だった頃、彼と共に伝説を創り上げた、史上最も凶悪なスーツだったのである。絶対的な防御力を誇るその性能は、数多の選手の猛攻を潜り抜けてきた。このスーツが焼失したというニュースが流れたとき、ブレイバーたちは喜びの余り一か月も宴会を催していたと噂されている。

 「このスーツは人々の希望を奪ってしまうのでね。あまり使いたくはなかったが、仕方がないだろう。ジャック、『ククルカン』と戦えることを光栄に思うといい。」

 「ふん、最凶だかなんだか知らないが、絶対的な防御などこの世に存在はしない。お前こそ私と戦えることを光栄に思うがいい。」

 BRAVEの創始者『ニラド・スロヴァフツキ』とBRAVEの英雄『ジャック・オー・ランタン』。二人の間には既に激しい戦いの火蓋が切って落とされていた。


 「コースは俺が選ぶ。現れよ、クラスノヤルスク競技場!」

 ジャックがそう叫ぶと、あたり一面が雪と氷に覆われた世界が姿を表した。そして、その幻想的な風景の中に、古びた杭とロープで広大なコースが作られていた。

 「この場所には、お前も覚えがあるだろう?」

 「忘れはしないさ。ここは私が小さい頃に、アイススケートの練習に使っていた場所だ。あの頃の私は、この氷の世界に憧れた無垢な少年だった。」

 ニラドはもの思いにふけるように、そのアイススケート場を見つめていた。

 「まるで今は汚れてしまったかのような物言いだな。だが、結局お前はこの氷の世界に憧れ、BRAVEなどという電脳世界まで作ったのだ。俺にはお前が今でもただのガキに見える。」

 「ただのガキか。歳を考えて言って欲しいものだな。」

 「ふん、まぁいい。始めるぞ!ニラド!お前がただの老いぼれならば、この世界は俺のものになるだけだ!」


 ジャックとニラドはゆっくりとスタートラインに着くと、真剣な眼差しで地平線の彼方を見つめた。

 「両者お互いに位置につきました!そして、な、なんと私は今日、この英雄たちの実況を務めることになってしまいました!幸か不幸か、誰もが待ち望んでいた戦い、伝説のブレイバー対最強のブレイバー、しかもこれはこの電脳世界の運営権を賭けた戦いでもあります!私、エドガー・ロビンソンは全力でこのレースを実況する所存です!!」

 力の籠った実況の声に、観客たちも湧き立った。

 「お、俺たちも覚悟を決めるぞ!応援するんだ、ニラドさんを!!」

 「そうだ!俺たちのBRAVEは渡さねーぞ!」

 観客たちの声援は地鳴りとなって辺り一面に鳴り響いた。

 「ニラド!ニラド!ニラド!」

 「聞いてください!会場を包み込むようなニラドコール!!私たちが築いてきたBRAVEの歴史を守ろうと、会場中が一体となってニラド氏を応援しています!かつてこれほどの熱い声援があったでしょうか!?」


 「くくく、大層な人気ではないか。だが、これほどの声援を送られても、顔色ひとつ変えないのだな。」

 「声援など聞き飽きている。私が欲しいのは・・・。」

 地平線の彼方からスタートラインに光が差し込んできた。そして、それと同時に、大きなブザー音が会場を包み込んだ。レースの始まりだ。


「ブレイブ・オン!」


 実況の合図と共に二人のブレイバーがスタートした。だが、先行を取ったのはジャックだった。

 「ああーっと!先行を取ったのはジャック・オー・ランタン!お互いほぼ同時にスタートしたように見えましたが、わずかながらジャックの方が反応が早かったようだー!!」

 観客たちの間には早くもどよめきが走った。

 「おい、頼むよニラドさん・・・。俺たち、BRAVEやめたくねぇよ。」

 「弱気になってる場合じゃないだろ!こんなときこそ応援するんだよ!」

 「ニラド!ニラド!ニラド!」

 またしても会場をニラドコールが包み込んだ。


 だが、そんな声援も物ともせず、二人の熟練のブレイバーは曲がりくねったコースを颯爽と駆け抜けながら、お互いの手の内を探り合っていた。

 「ジャック君、どうしたね?かかってこないのかい?」

 「そんな安い挑発に乗ると思っているのか。今は俺が先行を取っている。攻撃は速度を落とすだけで何の意味も持たない。」

 「セオリーだね。トリック・オア・トリートなど常日頃言っている割には基本に忠実なスタイルだ。」

 「そういう貴様も俺の真後ろに付くことを避けているではないか。絶対的な防御を謳っている割にはひどく臆病だ。」

 「リスク回避も防御のひとつだよ。」

 ニラドはジャックの描く軌跡を避けるように後ろから追いかけていた。


 「二人とも静かな立ち上がりね。本当に教科書通りの動きだわ。そして全く隙が無い。さすがに世界の頂点と言ったところね。」

 ニーナは病室の隣で寝ているダニエルに話しかけた。

 「だが、このままではニラドさんの負けだ。パワー・スピード共にジャックが上だ。防御だけでは勝ちはない。」

 「いや、待って!」


 二人の予想に反して、ニラド・スロヴァフツキとジャック・オー・ランタンの距離はわずかずつ縮まっていた。

 「君にはわかるだろう。かかってこなければ私の勝ちだ。」

 「『抵抗』か・・・。」

 「その通り。一般的に、我々ブレイバーの速度は、着ているスーツの出力に依存すると考えられている。そのため、スピードを重視する選手は軽くて出力の高いスーツを好む。だが、それはあくまで抵抗が同じであるという仮定のもとだ。私のククルカンは極限まで抵抗を受けにくくすることで、等加速度運動を可能にした!」

 既にニラドはジャックの斜め後ろまで迫っていた。

 「さぁ、かかってこい!」

 ニラドはすごむように唸った。だが、ジャックは冷めた目でニラドを見つめている。

 「・・・ふっ、残念だが既に攻撃している。」

 ジャックがそう呟いた瞬間、ニラドの居た場所で大きな爆発音と共に砂嵐が巻き起こった。砂嵐はニラドの身体を包み隠し、会場中を静まり返らせた。

 「くっ、むぉ・・・!!」

 ニラドは強烈な爆発に驚きを隠せないでいた。

 「(なんだ、今の爆発は・・・。地面から噴き出したのか!?)」


 その光景にニーナも息を飲んでいた。

 「今のは何?ジャックが攻撃したの?私には見えなかった・・・。」

 「違う。攻撃したんじゃない。攻撃がそこにあったんだ。」

 「どういうこと?」

 「地雷みたいなものさ。このコースを選んだのはジャックだ。レースが始まる前に仕掛けられていたんだよ。」

 「えっ、じゃあコースそのものを改ざんしたって訳?」

 「この世界の運営権限はすべてジャックが握っている。コースに地雷を埋め込むなんてことも訳ないさ。」

 ダニエルは冷静に中継を眺めていた。

 「ジャックも落ちるとこまで落ちたわね。私、彼の試合結構好きだったのに・・・。こんなのただの不正じゃない!」

 「そういう世界になったんだ。」

 ダニエルは妙に納得したような神妙な面持ちだった。


 「ふん、この程度で沈むタマではないだろう。」

 ジャックはにやついた表情で、砂嵐の中のニラドに呼びかけた。

 「ああ、久しぶりだったものでな。少し驚いてしまったよ。帰ってきたんだな、『BRAVE』に。」

 ニラドもにやりと笑っていた。砂嵐が治まると、そこには無傷のニラドの姿があった。


 「ああーっと、なんということでしょう!ニラド・スロヴァフツキ、全くの無傷です!これが生ける伝説と呼ばれた男の実力なのかー!!?」

 実況の掛け声に会場中で歓声が上がった。


 「君の真似ではないが、ジャック君。トリック・オア・トリート。どっちがいいね?」

 不敵な笑みを浮かべながらニラドはジャックに問いかけた。

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BRAVE 中西渢汰 @futa

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