第2話 悪夢

 消えていく観客たちを見て、スタジアムには耳をつんざくような悲鳴が木霊していた。冷静さを失った人々は我先にと会場を後にし、至る所で争いの火蓋が切って落とされた。上空ではジャックがその様子を眺め、満足そうにニヤリと笑っている。

 「ジャック!ニラドさんを解放しろ!」

そんなジャックに対し、地上ではダニエルが吠えている。ジャックは見下すような目つきでダニエルと問答を続けた。

 「できないと言ったら?」

 「俺と戦え、ジャック!」

 「お前にその資格があるかな?」

 ジャックがふっと笑うと、ニラド・スロヴァフツキを連れてきた黒いフードを被った三人の男がダニエルの前に姿を現した。彼らはおもむろにフードを脱ぐと、何やらお互いに話し始めた。まず、第一声を発したのは、銀色の長髪の男だった。

 「ふん、こいつがジャック様が言っていたガキか。」

 「弱そうだな。」

 隣にいた銀色の短髪の男もそれに応える。誰だかは知らないが、目の前で繰り広げられる失礼なやり取りにダニエルも黙ってはいない。

 「誰だ、お前たちは?」

 だが、ダニエルのこの質問に、男たちは呆気に取られたような顔をした。

 「僕たちのことを知らないとはもぐりのようだね。ウィル・オー・ウィスプ三兄弟って聞いたことないかい?」

 まだ口を開いていなかった小柄な男が、諭すような口調で自らの名を明かした。


 「ウィル・オー・ウィスプですって?」

 突然男たちの後ろから女性の声が発せられた。そう、声の主はニーナ・ミランだ。バーで手に入れたボディースーツを身に纏い、三兄弟の後方にいる。どうやらダニエルたちの身を案じ駆け付けたようだ。

 「知っているのか、ニーナ。」

 「ええ、悪名高い転売屋よ。初心者を狩って、ドロップしたスーツを高値で転売するの。三年前の『MRの大粛清』の時に消えたって聞いていたけど・・・。」

 ニーナは訝しげな表情で男たちに目をやった。すると、長髪の男、ウィリアム・ヘンドリックスが恨めしそうに答えた。

 「そうだ。三年前、ニラド社とMR社はBRAVEの共同開発契約を締結した。MR社の目的は軍事訓練の場としてBRAVEを利用することだった。だが、ひとつだけ邪魔な存在があった。それが俺たち転売屋だ。軍事用のスーツが闇市場に流れることを恐れたMR社は、俺たちを粛清すると共に、アイテムのドロップを禁止する提案をニラドに持ちかけた。そしてニラドはMR社からの多額の寄付と引き換えに俺たちを売ったのさ。」

 世界有数の軍事関連企業Miritary Robotics社の名を聞いてダニエルも眉をひそめた。彼にもその名前は憶えがあるのだろう。だが、ニーナは裏の事情にはお構いなしのようだった。

 「あなたたちがニラド社とMR社に恨みがあるのはわかったわ。でも、そもそも転売で稼ぐなんてブレイバーとしてどうなのよ?」

 至極正論だ。しかし、短髪の男、オースチン・ヘンドリックスは呆れたような顔を見せている。

 「わかっちゃいねぁな、お嬢ちゃん。それがBRAVEなんだよ。」

 オースチンの発言に輪をかけるように、小柄の男、ウィスパー・ヘンドリックスも呟いた。

 「僕たちのBRAVEを壊した。僕はニラドが憎い。」


 このやりとりを聞いてダニエルは黙っているだけだった。彼にも何か思うところがあるのだろう。すると、沈黙を破るように、ウィリアムが話を続けた。

 「だが、ジャック様は違う。こんな俺たちでも受け入れてくれる。本当のBRAVEを知っている。だから俺は悪夢ナイトメアズとなった。」

 「悪夢ナイトメアズ?」

 ダニエルは初めて耳にするその言葉に、思わず質問をした。

 「ジャック様の指揮する新世界のギルドだ。今頃は俺たちの仲間が世界各地を荒らし回っているところだろう。」

 「くっ・・・。」

 いまダニエルが会話しているこの瞬間も、ジャックの部下たちが各地で暴動を起こしているということだ。その事態にダニエルは何もすることができない。自分の無力さにダニエルは腹立たしささえ覚えていた。そんな折、オースチンが口を開いた。

 「手始めにお前らを血祭りにあげてやるよ。」

 オースチンは意気込んでいる。

 「調子に乗ってんじゃないわよ。やってやろうじゃない。あんたら三人くらい、私とダニエルで十分よ。」

 ニーナもやる気だ。

 「大層な自信だな。ならば、コースはこちらで選ばせてもらうぜ。」

 「好きにすれば。」

 ニーナのその言葉にオースチンはニヤッとすると、もったいつけたような言い方で高らかにコースの宣言をした。


 「俺の選ぶコースは『闇』だ。」


 その言葉と共にスタジアムに闇が忍び寄る。ブレイバーたちはまだこの闇の外にいるが、時間の問題だ。レースの開始と共にこの闇の世界の中へと突入するのだ。

 「ああっーと!もうすぐ対戦の火蓋が切って落とされそうです!実況は続けて、この私、エドガー・ロビンソンが務めさせて頂きます。」

 突然のレースの開始に、実況のエドガーがうなる。

 「負けるな、ダニエル!」

 「今日も決めてくれ、ニーナ!」

 実況の解説を聞いて、会場から去ろうとしていた観客たちも元に戻ってきた。そして、それぞれの思いを胸にダニエルとニーナを応援していた。

 「当たり前よ!」

 それに応えるようにニーナも大きく手を振った。

 「観客たちの熱い声援の中、ダニエルとニーナが位置に着きました!対するウィル・オー・ウィスプ三兄弟には声援がありません。」

 「僕たちは嫌われ者みたいだね。悲しいね、兄さん。」

 「思ってもないことを。」

 ウィスパーとオースチンも余裕そうに位置に着いた。

 「両者お互いに位置につきました!」

 実況の声にブレイバーたちの目つきが一瞬で変わった。選手の真剣な眼差しを見て、実況にも一層の緊張が走る。そして、大きなブザー音が会場を包み込んだ。レースの始まりだ。


 「ブレイブ・オン!」


 暗闇の中を若きブレイバー達が駆けていった。もはやお互いの顔も見えない。経験と直観だけを頼りに自らの道を切り開いていく。『闇』。それは、経験豊富なブレイバーのみに許される至高のコースだった。

 「格の違いってものを思い知らせてあげるわ。」

 しかし、百戦錬磨のプロブレイバーであるニーナ・ミランは、この上級者向けのコースをも熟知していた。彼女にはゴールまでの地図が見えているようだ。

 「気を付けろ、ニーナ。この場所を選んだのは奴らだ。必ず何かある。」

 「わかってるって!」

 「おい、ニーナ!!」

 ダニエルの忠告を振り払ってニーナは加速を続けた。

 「あんたもぼさっとしてないでさっさと加速しなさいよ!そんなところにいたら邪魔よ!」

 ニーナの言うことはもっともだった。このコースは闇で視界が塞がれている。それなら前から攻撃しようが、後ろから攻撃しようが文字通り闇雲に攻撃するしか方法がない。ならば、先行した方が圧倒的に有利なのだ。ニーナはさらに加速すると、ダニエルの声の届かないところへと消えていった。

 「くっ。」

 ニーナはこれから後方に何か攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。ダニエルはもやもやとしたものを抱えながらも、ニーナの邪魔にならないよう彼女と同様に加速を始めた。そしてコースの端の方に寄り添うようにしながら前へと進んでいった。


 現在、このコースの先頭を走っているのは紛れもなくニーナだった。ウィル・オー・ウィスプ三兄弟の姿形はどこにも見当たらない。ニーナはひとり独走しながら、新調したスーツの使い心地を試していた。

 「さぁ、エメラルド・リオン。あなたの力を見せて!」

 ニーナがそう言うと、彼女の周囲に風の渦が出来始めた。

 「すごい。これがエメラルド・リオンの力・・・。」

 ニーナは楽しそうに後ろを振り向くと、右腕を高く掲げ何かに狙いを定めたように指を弾いた。すると、轟音と共に風の刃が暗闇に沈んでいった。ニーナはしばらく自分の攻撃の凄まじさに目を見開いていたが、我に返るとふっとため息をついた。

 「あーあ、こんな場所じゃなくてもっとちゃんとしたところで見たかったなぁ。」

 残念そうな声とは裏腹に、ニーナの口調には勝利への確信めいたものが見え隠れしていた。


 「くあっ!」

 オースチン・ヘンドリックスは呻き声を上げた。彼の左腕に突如として痛みが走った。

 「大丈夫か、オースチン。」

 轟音の鳴り響く中、長男のウィリアム・ヘンドリックスは弟に声をかけた。

 「ああ、なんとか。だが、左腕がやられた。何かに切られたようだぜ。」

 「そうか、まぁ無事なら良い。」

 「へっ、危うくリタイアするとこだったぜ。あぶねぇ、あぶねぇ。だが、今のは何だ。俺には何も見えなかったぜ。」

 「私もだ。やはりあの女の攻撃か。」

 ウィリアムは赤外線暗視スコープをズームすると、遠くにいる熱源体を凝視した。ニーナらしき人影が映っている。

 「こんな技を使うなんてデータにはなかったぜ。あの女のスーツはクリスタル・パピー。小回りが利くだけのただのオンボロだ。」

 オースチンは暗視スコープ越しに、右腕につけたブレイブアナライザーでニーナのデータを検索しているようだった。

 「おい、ダニエルのスーツ、『unknown』だぞ。待て、これは違法改造スーツじゃないのか。」

 「愚か者め。相手の情報くらいレースの前に検索しておけ。」

 ウィリアムは冷ややかにオースチンに言い放った。

 「すまねぇ。いつもみたいなただの雑魚かと思ってよ。ちくしょー、やばそうな奴らじゃねーか。」

 「弱気になるな。結果は変わらない。俺たちがこの『闇』のコースを選んだ時点で勝利は確定した。」

 「ははっ、そうだな。なら、そろそろ反撃といくか!」


 オースチン・ヘンドリックスは腰から銃のようなものを持ち出すと、ニーナと思しき熱源体に銃口を向けた。

 「まずは歓迎のご挨拶だぜ。」

 オースチンが引き金を引くと、青白い光の玉が銃口から放たれた。電気銃だ。


 「やばいっ!」

 ニーナは背後で発光する物体を感じて咄嗟に屈んだ。青白い光の玉がニーナの頭上をかすめた。

 「くっ、また!」

 光の玉がさらに数発立て続けに飛んでくる。

 「私の居場所がばれてる!?いや、そんなことはないはずだわ。とりあえず今はっ!」

 ニーナは大きく旋回すると標的となっていたゾーンから距離を置いた。青白い玉はニーナが元いた場所の方に立て続けに放たれている。

 「やはり、闇雲に打っていただけってことね。光源はあちらの方角かしら。さぁて、技の名前は何にしようかしら?」

 ニーナは余裕そうに微笑むと身体の回りを風で包み込んだ。そして、右腕を高く掲げ光源に向けて狙いを定めた。

 「リオンズ・ロ・・・ああっー!!!」

 背後から迫った電撃がニーナの体を直撃した。ニーナは叫び声をあげると全身を痙攣させていた。体内に走る重たい衝撃がニーナの意識を刈り取りに来ている。ニーナは倒れまいと必死に姿勢を保とうとしていた。

 「大丈夫ですよ。電流は下げてあります。僕は楽しみは最後まで取っておくタイプなんでね。」

 ウィスパー・ヘンドリックスはささやくようにそうつぶやくと、ニーナがうめく姿を見てほくそ笑んでいた。


 「大丈夫か!ニーナッ!!」

 ダニエルはニーナの悲鳴を聞きつけて、暗闇の中に向かって叫んだ。だが、彼女からの返答は返ってこない。ダニエルはニーナの悲鳴が聞こえた方角に向かって懸命に走った。


 「ダニエル、今度はお前の番だぜ!」

 「待て、オースチン。三方向から奴を囲む。お前は右舷へまわれ。」

 「何だ、いいとこだったのによぉ。」

 「いいから行け。その方が確実に仕留められる。」

 「了解ィ!」


 オースチンはダニエルの右方へ移動した。ウィリアムが後方から、ウィスパーが左方からダニエルを囲むようだ。

 「ちっ、しかし兄貴も神経質だぜ。わざわざ囲まなくたって適当に打ってりゃあたるだろうによ。」

 オースチンは愚痴を言いながらダニエルの右方へまわると、ダニエルに向かって射撃を始めた。

 「はははー!!くたばれー!!!」


 左方にいるウィスパーもダニエルに向けて照準を絞った。

 「オースチンのやつ・・・。あれじゃ当たったら終わりじゃないか。僕はもっと狩りを楽しみたいんだよ。」

 ウィスパーは不満そうな顔でダニエルの先にある熱源体を目掛けて電撃を放った。


 「うおっ、あぶねぇ。ウィスパーのやつどこ狙ってやがる・・・。」

 向かってきた光の玉を避けながら、オースチンはニヤニヤし始めた。

 「そうかいそうかい。ならウィスパー、お前も一緒にくたばりやがれ!ははー!!!」

 オースチンはダニエルとウィスパー目掛けて銃を乱射した。


 無数の光の玉を避けながら、ダニエルは確実にニーナに近づいていた。ふたつの熱源体が近づくのを見ながら、ウィリアムは少し苛立っていた。

 「馬鹿どもが。何をやっている。取り逃がすぞ!」

 ウィリアムは照準を絞ると、ダニエル目掛けて引き金を引いた。


 「ニーナッ!!」

 青白い光が交錯する中、ダニエルの目にはかすかにニーナの姿が映し出された。ダニエルはニーナ目掛けて加速すると、ニーナをそっと抱き寄せた。

 「大丈夫か、ニーナ。」

 「ん、ダニエル・・・?」

 「よかった、無事で。」

 「私・・・。」

 「ぐああああーーー!!!」

 「え?」

 ダニエルの背中にはウィリアムの放った電撃が直撃していた。ダニエルの体は痙攣を起こし、体の節々から青白い光を放っている。ダニエルはかろうじて意識を保っていたが、今にも気絶しそうな勢いだ。

 「だっ、ダニエルッ!!」

 突然の状況にニーナは立ち往生していた。そんなニーナを見て、ダニエルはゆっくりと顔をニーナの耳元に近づけると、力を振り絞って話しかけた。

 「ニーナ・・・、風を・・・風を感じるんだ・・・。」

 「え!?」

 「おれたちはきっと・・・風になれる・・・!」

 「どういうこと!?ダニエル!!?」

 「風を・・・。」

 「ダニエルッ!?ダニエルッ!!?」


 意識を失ったダニエルを眺めながら、ニーナは冷静さを失っていた。周囲からは高笑いの声が聞こえる。ニーナはダニエルを抱きかかえると、とにかくその場を離れた。これ以上同じ場所に居てはただやられるだけだ。ニーナのブレイバーとしての直観がそう判断したのだろう。だが、ヘンドリックス兄弟にとってはそんなことはどうでもよかった。

 「私から逃げられる訳がないだろう!」

 ウィリアムは威勢よく叫ぶと、ニーナ目掛けて射撃を開始した。弟のオースチンとウィスパーも続いて射撃を開始した。青白い光の弾幕の中、電撃がニーナに直撃するのも時間の問題だった。

 「この戦況を打破する方法は・・・。くそっ、見つからない!だけどこのままでは!いや、こんなときだからこそ落ち着くのよ、ニーナ・ミラン!」

 ニーナは大きく息を吸うと、深呼吸をして呼吸を整えた。

 「そう、そもそもなんであいつらは私たちの居場所を的確に狙えるの?ここは闇のコース。常識的に考えれば、私たちがどこにいるかなんてわかるはずがない。なら、考えられることは、何かしらの手段で私たちの居場所を探知しているということ。一体ど・・・。違う、そうじゃない。相手が私たちをどう探知しているかは実は問題じゃない。問題は私たちが相手を探知できるか否か。そして私は、その方法を知っている!」

 ニーナの頭の中に閃光が走った。

 「風よ!」

 ニーナは目を瞑ると全身の神経を集中させ、風の動きを読み始めた。次第にニーナの体は風と同調していき、数十メートル先の物体に流れる風の動きまで感じ始めていた。

 「ふふっ、見つけたわ。ありがとう、エメラルド・リオン。そして、ダニエル!」

 ニーナがかっと目を見開くと、暴風が3人の男目掛けて襲い掛かった。


 「うおっ、なんだこの風は!!」

 かろうじて暴風の直撃は避けられたものの、ウィリアムの額には汗が流れていた。直撃を受けていたら再起不能になっていたであろう。

 「最期のあがきか。だが、お前には俺たちの居場所はわかるまい!」

 ウィリアムは別の場所に移動し、そこからニーナを狙い打とうとした。だが、またしても暴風がウィリアムの傍を掠めた。

 「うっ!なんだ、これは偶然か?いや、前より風が近づいていた。私に狙いを定めているんだ!」

 ウィリアムはコースをジグザグに移動し、できる限りニーナの攻撃に当たらないようにニーナとの間合いを詰め始めた。

 「確かにこのままではいずれ私がやられるだろう。だが、甘いぞ!接近戦なら風は使えまい!」

 ウィル・オー・ウィスプ3兄弟は皆同じことを考えたのだろう。彼らは一斉にニーナとの間合いを詰め、接近戦を選んだ。


 「くたばれぇい!ニーナ・ミラン!!!」

 ウィリアムはそう言うと同時に引き金に手を伸ばした。だが、それよりもはやく風がウィリアムを包み込んだ。ウィリアムは暴風に巻き込まれながらも、その風になんとか耐えていた。しかし、風が粉塵をまき散らし、暗視ゴーグルは完全に目標をロストしていた。

 「どこだあああ!!!」

 ウィリアムが叫んだその言葉も、暴風によってかき消されていた。ウィリアムは血眼になってニーナの姿を探した。この暴風の中ではニーナもウィリアムを探知することはできない。先に相手を見つけた方が勝ちなのだ。


 少しずつ風が鳴り止み、視界が戻ってくると、ウィリアムはうっすらと複数の熱源体を探知した。前方に二つ、後方に二つだ。そして後方の熱源体は完全に動きを停止している。

 「ちっ、馬鹿共が!先にくたばりやがって!」

 ウィリアムは動いている前方の熱源体に向けて素早く銃を構えると、即座に引き金を引いた。

 「死ねえええええ!!!!」

 引き金を引き終えた後、それとほぼ同時にウィリアムは全身を痙攣させ、地面に倒れていた。


 「Winner!ダニエル・カートナー&ニーナ・ミラン!!!」

 実況のエドガーがそう叫ぶと、コースを覆っていた闇が晴れ、地面に倒れたヘンドリックス兄弟と、お互い肩を抱き合っているダニエルとニーナの姿が現れた。

 「なんということでしょう、ウィル・オー・ウィスプ3兄弟!まさかの同士討ちです!!信じられないことが起こりました!!これが闇のコースの恐ろしさなのかー!!!」

 実況のテンションに釣られ、観客たちも盛り上がっている。

 「同士討ちだって!!?」

 「あいつら自滅したのか!!」

 会場の真ん中で倒れているウィリアム、オースチン、ウィスパーの3人はいまだに目を覚まさない。暗闇の中でお互いが放った電撃を浴びて、失神してしまったのだ。それとは対照的に、ダニエルとニーナはゆっくりと立ち上がり始めた。その姿を見て、観客たちの声援も一層高まっていく。

 「いいぞーふたりともー!!!」

 「最高だぜー!!!」

 ニーナは力なく観客に手を振ると、気恥ずかしそうに微笑んだ。しかし、試合での疲労が溜まっていたのか、足はがくがくと震えていた。そんな様子を見て、医療班も担架をもってすぐさまふたりのもとに駆け付けた。

 「ありがとう。私の試合、どうだったかしら?」

 「最高でした。医療班として数々の試合を見てきたつもりですが、その中でも最高と言っていい試合でした。私もあなたのファンになってしまいそうです 。」

 

 そんなやりとりをモニター越しに眺めながら、メイド姿の女性・パトリシアは優雅に紅茶を飲んでいた。

 「あらあら、なんとも楽しそうですね。」

 パトリシアはにっこりと微笑みながら、宙に向かって話しかけている。

 「ええ、そろそろ私も行こうかしら。もちろん、わかってますよ。はいはい、それでは切りますよ、ジャックさま。」

 パトリシアはすっと立ち上がると、ひとり闇の中へと消えていった。

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