唇へのキス 愛情
第11話 親愛が愛情に変わるとき
日曜日。
街はたくさんの人で溢れ返っていた。みな思い思いの休日を過ごしている。私もそのうちの一人だ。だが、周りからたくさんの視線を感じるのはおそらく気のせいではないだろう。
特筆すべきものなど何一つない一般人の私の隣には、まばゆいばかりの天使がいるのだから。
「さえちゃん、あそこで何かやってるみたいだよ」
「ほんとだ。行ってみる?」
「うん!」
隣にいる悠は、ぱぁぁっと顔を輝かせて嬉しそうにうなずき、私の手を引いた。私はというと、今日も悠は天使だと満足げに思った。
本日は、悠が行きたいところがあると言ったので街に出てきた。上目づかいに小首をかしげて「だめ?」なんて言われたら、もうどこにでも連れていきますってかんじですよね。えぇ、即答yesでしたが何か?そのあとの「ありがとう、さえちゃん!」と喜ぶ姿も天使だった。スマホ録画余裕だった。
悠の誕生日の後──私たちは特に変わらなかった。悠はいつも通りに天使だったし、私もそんな悠をいつも通り愛でていた。
変わったことといえば、悠のスキンシップがちょっと多くなったくらいだろうか。外にいても隙あらばキスしてきたりする。頬だけどね。……真理子に見られていたらしいが。
私たちは変わらなかったのだが、その周りが不穏な伝言ゲームをするようになった。
「あら~さえちゃん。申し訳ないのだけれど、さえちゃんのお父さんとお母さんの都合のつく日を教えてもらってもいいかしら?やっぱり、一度みんなで顔合わせをしたほうがいいと思うから……」
「さえ、悠くんのところいくの?悠くんのママさんに会ったらちゃんと挨拶するのよ。『ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします』って」
「さえちゃんはドレスがいい?お着物がいい?さえちゃんは綺麗だからどっちも似合うわよねぇ。選ぶときはおばさんもついて行きたいわ。さえちゃんのお母さんにも伝えておいてくれないかしら」
「さえ。悠くんと一回男同士の話をしたいから、今度うちに連れてきてもらえないか」
私はひきつった笑いでその場をしのいだ。直接言ってくれ。私を経由するな。
路上パフォーマンスが終わり、拍手を送る。感想をいい合いながら悠と一緒にまた歩き出した。
「すごかったね」
「うん。ところで、悠はどこへ行こうとしてるのかな?」
「んーふふふ」
「……?」
私の問いかけに悠は曖昧にはぐらかし、人差し指を唇にあてこう言った。
「ひみつ」
周りで女の子の悲鳴があがる。私はというと、
「~~~~っかわいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
悠のかわいさに体を震わせていた。
なにあれ、もう私を射殺そうとしてるよね!!心臓停止級のかわいさだよ!最近の悠くんは小悪魔的なかわいさも身に着けており、私はもう瀕死状態だった。たとえついて行った先が断崖絶壁だとしても、喜んでドナドナされますよ!!
「ついたら分かるよ。さえちゃんいこ?」
「っうん!」
「そうだ。さえちゃん、今度の土曜日って空いてる?ずっと見たいって言ってた映画が公開されるから、一緒に見に行こう?」
「いいね!……あー、いや、土曜日はごめん。ムリだ」
「え……」
土曜日はゆかりちゃんの誕生日なので、みんなでお祝いする予定だった。メンバーは真理子と彰人くん、そしてゆかりちゃんのお友達が来るらしい。吉田くん、とその彼女さんだったかな?お友達が男だってばれて、真理子はひと騒動をおこしたのは余談だ。
私は宗也をこっそり連れて行こうと思っている。いやぁー私が以前口を滑らせちゃったから、悲惨なことになってしまったんだよなぁ。あんな修羅場初めてみた。あと少しってところで真理子に邪魔をされたので、マジ申し訳たたない。罪滅ぼしをしようと思う。
色々あって、真理子も宗也のことをしぶしぶ認めてるかんじがするので、最初ひと騒動あった後はスムーズに誕生日会は進むだろう。宗也は何だかんだいいながら良い奴なので、下手な男とゆかりちゃんがくっつくくらいなら宗也とくっついたほうがいいかな、と私は思っている。
「大学の子の誕生日会をするんだ。だから土曜日はちょっと……」
「そっかぁ…………」
しゅーん、とうなだれている姿に、胸がきゅっとしまる思いがする。あぁ、そんな顔しないでよ、悠。私も悲しくなってしまうじゃないか。
「で、でもね!」
「……?」
「日曜日だったら空いてる。日曜日に行こ?」
「…………!うん!!さえちゃん大好き!」
途端に笑顔になった悠は、私の手をぎゅっと握りかえした。今聞きましたか奥さん!天使の悠が天使みたいに可愛らしい笑顔で天使みたいに素晴らしい言葉を口にしましたよ!!私は悠の「さえちゃん大好き」にめっぽう弱かった。もし悠が私より背が低かったらぐりぐり頭を撫でていただろう。
「あーもう悠のかわいさは破壊力がありすぎる……」
「ふふふ……。さえちゃんは僕のこと、いつも『かわいい』って言うよね」
「うん」
即答した私に悠はちょっと苦笑した。男の子だもんね、かわいいって言われても複雑なのかもしれない。
「嫌?」
「うーん、さえちゃんが言ってくれる『かわいい』は嫌いじゃないよ」
「そっか」
「うん、でもそうだね、」
悠はそこで言葉を切った。不思議に思い私は悠を見上げる。
ふわりと香る、石鹸の匂いと悠の香り。
それは唇のやわらかな感触とともに訪れた。
「いつかは、『かっこいい』って言わせてあげるから」
ちょっと大人びた表情と心底いとおしそうなまなざしで見つめる悠に、私はもう、『かわいい』はおろか、何も言うことができなかった。
君が告げる『好き』のサインはいつでも甘い。
ちなみに、着いた先はジュエリーショップで私が慌てるまであと少し。
君に告げるサインは甘い 真咲 透子 @toko18
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