足の甲へのキス 隷属

第10話 鳥籠の入り口

「ひざまづいて私の靴にキスしなさい」


 私は豪奢な椅子にふんぞり返りながら、目の前の男の子にそう言った。私の要求に男の子は涙目になりながら震えており、シャツの袖をきゅっと握った。


「早くしなさい」


 もたもたしている男の子に私はいら立ち、さらに傲慢な声でうながした。男の子はびくり、と大きく肩を動かすと、ゆっくりとしゃがみ震える手で私の靴を手に取った。その瞬間、私は男の子を蹴る。


「いたいっ!」


 男の子は腕をかばいながら怯えた目で私を見た。


「本当にしようとするなんて、あなた本当におバカさんね。プライドはないの?すこしは言い返してみなさいよ」

「ご、ごめんなさい……」


 弱弱しく呟いて大きな瞳からぽたぽたと涙をこぼす姿は、まるで女の子のようだ。それを見て興が削がれた別のことをしようと思った。


「もういいわ。あちらでお人形遊びをしましょう、陸斗」

「……はい、亜理紗さま」



 私の前世はアルトゥル王国のベアトリス=レイグラーフという子爵家の令嬢で、軍人だった。そして今は白鳥 亜理紗として生を受けていた。私の前世とはだいぶ違う生活様式や建物、文字など最初は戸惑うことが多かったが、今ではもう当たり前のように暮らしている。ここは『にほん』という国なのだそうだ。


 白鳥家は代々由緒正しい家柄で、大きな権力を持っていた。私は白鳥家の長女として生まれたのだが、上には歳の離れた兄が2人いて、待望の女の子だったということもあり両親にも兄たちにも大変可愛がられて育ってきた。蝶よ花よと大切に甘やかされて育てられ5年、お父様は遊び相手にと取引先の男の子を連れてきた。


「息子の陸斗です。亜理紗様、よろしくお願いします」


 優しげに私に話しかけてきた男性は、前世の憎き敵の面影によく似ていてぎょっとした。こいつ、まさか……。警戒している私に、さっきからひっついて離れない男の子を挨拶させようとしていた。


「ほら、陸斗。挨拶をしなさい」

「…………」

「陸斗」

「……はじめまして、あ、亜理紗さま。たち、ばな……り、り…っりくと、です……っ」


 たどたどしく話す彼を見て、私は叫びたくなった。


 リクハルド=シネルヴァ!!!!お前も生まれ変わっていたのか!!!!!!


 お父様の手前、ぶん殴ることもできず「白鳥 亜理紗です。よろしくお願いいたしますわ」と幼くも礼儀正しい令嬢を演じた。内心それどころでもなかったのだが。


 リクハルド=シネルヴァ、敵国の軍師であり対立していた相手だった。この男の策で我がアルトゥル王国は滅び、最後はリクハルドにより捕まってしまった。この男に捕まって、つかまって──?この先は曖昧で覚えていないのだが、きっと手ひどいことをされたに決まっている。『陸斗』と名乗ったリクハルド=シネルヴァの顔を見ているだけで、苛立ちが止まらないのだ。


リクハルド──陸斗の家は先代が興した会社の事業が成功した──いわゆる成金というものだった。だが、その勢いは無視できるものではなくなってきたらしい。陸斗のことを警戒していた私だったが、彼は前世のこと、私のことを憶えていないみたいだった。これ幸いと、私は陸斗に子どもらしいやり方で前世の憂さ晴らしをすることにした。「お父様に言いつけるわよ、おほほほほ」と高笑いして、陸斗の悔しがる顔が見たかったのだ。


 しかし陸斗は従順に私のわがままを聞いた。


 涙をこらえながら「はい、亜理紗さま」と素直に私に従う陸斗を見て、逆に戦慄が走った。陸斗は大人しい、気弱な男の子だった。私に逆らったことなんて一度もなかった。これが、今のリクハルド……。かつては軍の最上部に君臨した唯我独尊男が、今はフリルたっぷりのドレスを着ているなんて!!


「……嫌なくらい似合うわね」


 頭にリボンを結んであげると、それはもう人形と見間違えるほどのかわいい女の子が出来上がった。嫌がらせのつもりで着せていたのに、私よりも似合うなんて。……逆に腹立つ。


「なんでもかんでも言うことを聞いてるんじゃないわよ。私よりも意地悪な子なんてたくさんいるんだから。すぐに笑いものにされるわ」

「はい、亜理紗さま」

「嫌なら嫌っていいなさいよ」


 言ったところでどうにもしてやらないけれど。


「……僕は、亜理紗さまのお役に立てればうれしいんです」


 はにかんだ笑顔を見ながら、どこまでも昔と違うのだなと思った。


♦♢♦


「さぁ、どうします?」


 私の目の前の男は、楽しげに私を見ており椅子にふんぞり返っていた。


 12年後──私たちは高校2年生になった。陸斗は学校に入ったとたん力をつけてゆき、今では生徒会長をしていた。その優秀な頭脳と端正な顔立ちから、ファンが絶えなかった。私は私でせっかく生まれ変わったのだから、今の人生を謳歌しようと彼に関わることをやめ、同じ学校だが接点のない日々を過ごしていた。


 突然、生徒会室へと呼び出しをされた。


「会長にお呼ばれしたのですって?」「さすが亜理紗様」など憧憬のまなざしを受けながら導かれた。しかしこれは甘ったるいものではない。なぜ呼び出しをされたのかは私は身をもって知っていた。


「経営不振のあなたの家の力添えをするかわりに、俺とあなたが婚約をする──。どんなに成長目覚ましいといっても俺の家は成金。そこで身内に由緒ある白鳥家を後ろ盾にすることで、偉そうにわめいている輩を黙らせることができる。いわゆる政略結婚ですね」


 私の家は現在、経営が非常に苦しかった。詳しくは分からなかったが、「亜理紗は心配しなくていいよ」、と頭を撫でる兄たちの顔は疲れ切っていて、よほど切羽詰まっているのだろうと思う。


 そんなときに舞い込んできた婚約話。


 破格の内容だった。条件は私を差し出すこと。今の状況を切り抜けるには、それが一番だった。しかし、私を溺愛していた家族はすぐには首を縦には振らなかった。私は偶然そのことを聞いてしまったのだけれど。


 私は白鳥家の娘。政略結婚も覚悟していた。本来ならば迷わず婚約を選ばなければいけないと頭では思っていたが、相手は陸斗──リクハルド。前世での葛藤が私を苦しめた。今の陸斗はかつてのリクハルドにそっくりだった。自信たっぷりで傲慢な──。幼少期に散々いじめたツケがある。今後は決して明るいものではないだろう。


 だがしかし。


 どこまでも私に優しかったお父様、お母様、お兄様たちの顔を思い浮かべると、断るなんてできなかった。白鳥家を没落させるわけにはいかない──私は意を決した。


「婚約のお話、お受けいたしますわ」


 たとえその先がいばらの道であろうとも。


「そう、なら──」


 陸斗は綺麗な顔にさらに綺麗な笑みを浮かべた。声はどこまでも愉快そうだったが、その根底に、従わせるような何かがあった。





「ひざまづいて俺の靴にキスしろよ────ベアトリス」



 今度も逃がしてあげないから。













「高崎先輩の新作読んだっす!!なんか今回もこう……ドロドロでしたね!」

「!?──っうあぁぁぁよしだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「いたっ痛いっす!先輩!!」

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