手の甲へのキス 誘惑

第9話 秘密がばれて絶対引かれるって思ったのに、なぜか協力しようとしてくる天然系ワンコのお話。

「敵対関係の恋っていいよね!!そこからどう手籠めにするのか超たぎる!!ねっ紗英ちゃん!」

「私に振るな」


 隣では、昨日広瀬先輩が見たらしい小説の話をしており、宮本先輩が容赦ない切り返しをしていた。冷たい宮本先輩の視線を物ともせず、広瀬先輩は語っている。私は平常心を保ちながら、目の前のカツ丼を食べていた。……恥ずかしさで身もだえそう。


 広瀬先輩その小説、昨日私が投稿した作品────!!


 私、高崎 鈴は、趣味でとある大型小説投稿サイトに執筆していた。書くことが好きで、同じジャンルが好きな人がいないかなーと軽い気持ちで投稿していたのだが、まさかこんな身近な人に読まれていたとは……。いや、時々聞こえる広瀬先輩のヤンデレ談義とかすごく興味あったけど!私も中に入れてって何度も思ったけど!!


 小説を書いているなんて誰にも言えなかった。書いてる人同士の友達とかできたらいいな、とは思ったのだが、リアルの知人にばれたら生きていけない。私の書いている小説は『病んでる系』だった。されたいって願望はないよ?3次元だったらお断りだけど、2次元だったら異様に萌えるって、よくあるよね。……とにかく、小説を書いているということは私だけの秘密だった。


 先輩たちの会話を聞きながら、今日は何を書こうか考えていると私の前の椅子に誰かが座る気配がした。  


「ちはーっす、高崎先輩!!ここ、いいっすか?」

「…………どうぞ」


 ありがとうございます!!とうっとうしいほど爽やかな笑顔を見せるこの男は吉田 翔太。今年入ってきたサークルの後輩だ。金髪にピアス、おしゃれな洋服と今時の派手なイケメンなのだが、そんな彼が何故か目立たない私に何かと話しかけてくるようになった。私とはタイプが違い過ぎていたので、正直そっとしておいて欲しかった。


「先輩カツ丼っすか。おいしそうですね。でもなんか意外っす」

「……そう。吉田くんはおそばなんだね」

「はい!!今日はそばな気分だったので!」


 カツ丼の私とそばの彼。……吉田のほうが女子力高いな。


「先輩は細いので、ちゃんと食べているか心配っす」

「……私けっこう食べるよ?」

「えぇ!?全然見えないっす!もっと食べたほうがいいっすよ!!」


 お前は私の母ちゃんか。細いかどうかは別として、どんなに食べても縦に伸びなかったんだよコンチクショウ。その高い身長私によこしやがれ。


「……じゃあ、私はこれで」

「えー先輩、まだ昼休みあるじゃないっすか。もっと話しましょうよ」

「寄るところがあるから」

「えー」


 なお渋る吉田を置いて、私は学食を後にした。お前と食べていると1年女子の視線が痛いんだよ。席は空いているんだから別の席に座ってよ。


 私は食器を片づけた後、早めだが講義室へ向かうことにした。


♦♢♦


 むふふふふふ。


 頬のにやけがおさまらない。私は図書室のすみの椅子でこっそり小説を書いていた。自分の家から持ってきたパソコンでカタカタとキーボードを叩く手は止まらない。図書室で書くのが一番はかどるんだよなー。こんな隅っこだれも来やしないし。ああ、ネタが止まらない──。


「高崎先輩!!」


 私を呼ぶ、悪魔の声がした。


「奇遇っすね!レポートですか?」


 集中しすぎて背後から足音を立てずにやってきた吉田に気づかなかった。高い背をかがんでひょこっとパソコンの画面をみる彼。


「────っ!!っちょ、ちょっと!!」


 私は突然の出来事にパニックになり、うろたえた。


「ん?あれ?『執筆中小説編集』?『上書き保存』?……これってもしかして」

「────!!」



 見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!



 声にならない叫びが私の心の中で生まれた。私はバンっとパソコンの画面を閉じ、そのパソコンを持ち上げ思わず吉田を叩いた。


「え、先輩!?いたっ!!」


 私の暴挙に吉田が驚いているすきに私はその場を撤退した。



 どうしよう、どうしよう……!よりにもよって見られたのが吉田。そしてさっき私が書いていたのは何だ?『ひざまづいて私の靴にキスしなさい』──確実にアウトだ!!もう彼の顔が見られない。何が嬉しいのか『高崎先輩!』と期待に満ちた目で呼んでいたのが、『高崎先輩……』とゴミを見るような目で私を呼ぶのだろう?私には分かっているんだ、もう終わったぁぁぁ!!!


 私は頭を抱えながら走った。混乱した頭で道路を渡ろうとした、そのとき、


 何かがぶつかる音と誰かの悲鳴が聞こえた。




 悪いことは立て続けに起こるものだ。……といっても私の不注意なんだけどね。私は車と接触して、右腕を骨折してしまった。ものすごい不便だが、大した怪我もせずよかった。私のちいさい体、あの衝撃をよく耐えたな。大事をとって一日休んだ後、私は重い足取りで大学へ登校した。


「高崎先輩……!」


 右手を吊っている私も見て、吉田が驚いた顔をした。


「……やぁ」

「どうしたんすか、その腕」

「……事故って怪我した」

「そんな、大丈夫なんですか!?」


 私の肩をがしっと掴む吉田。いたい手の力強いな、コイツ。


「──っつ、大丈夫だから」

「わ、すみません!……大丈夫なんすか本当に、」


 しつこいなー。お前が掴んだ肩以外は痛くないわ。内心うっとうしいな、と思っていたが続けられた言葉に私は一瞬止まった。


「小説書くときとか」

「吉田くんちょっとこっちこようか」


 私は笑顔で吉田の手を引っ張り誘導した。……やっぱり、あのとき書いていたのは小説だとばれていたのかとこっそり肩を落とした。



「先輩、こんな人気(ひとけ)のないところに引っ張ってきて、どうしようと……」


 吉田はそわそわしていた。心なしか頬も赤いような気がする。どうしたんだ?お前は告白前の乙女か。


「あの、おとといの小説のことなんだけど……」


 知られてしまったのではしょうがない。これ以上広まらないように口止めをしなければ。私が意を決して口を開いたとき、


「……分かっています」


 と腕を組みうんうんとうなづいていた。あ、私の言いたいこと分かったのかな。いつも鈍感な吉田がめずらしい。失礼なことを思っていた私だが、



「俺が先輩の右手になるっす!!」


 吉田の発想は私の斜め上をいっていた。


「は?」

「やっぱり不便っすよね、小説書くときとか。俺、お手伝いしますよ」

「いや、そういうのは……」

「俺がパソコンに打ち込むので、先輩は書く内容を朗読してください」

「──!?」


 なんの羞恥プレイだ、それ。爆死させたいのか、私を。声に出されるとか、恥ずかしくて悶え死ねるんだけど。時間がかかるがスマホでも投稿できるので、別にそこまで困っていない。


「先輩の書いた小説、読んだっす。なんか、こう……俺の想像を超えていた作品でした!!」


 そうでしょうとも!!『俺もそういうの好きっす!』とか暴露されても困るけどね!3次元はお断りだ。てか読んだんだ。あの短時間でよく私の作者名見つけたな。ここまでくると他人事のように冷めた反応ができる。


「先輩のその、嗜好?っつーの?ああいうのが好きだって初めて知りました」

「いや、まぁでも」

「俺、頑張るっす!!」


 話す吉田は止まらない。頼む話を聞いて!そして頑張るって何。何を頑張るんだ?


「先輩」

「は、はい」


 さっきまでの朗らかさがなくなり、真剣な顔で呼ぶその姿に思わず敬語になった。そのまま彼はひざまづくと、私の手の甲へとキスをした。



「靴にキスはちょっとアレっすけど、このくらいだったらいつでもしますよ!!」



 無駄にいい笑顔の吉田に無性に腹が立ち、思わず彼を渾身の力で蹴った。



 と、ときめいてなんて、いないんだから!!断じて……ない、はず。

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