第3話 孤島の秘密と悪女の嘘
それからジョセフィーヌは、石畳にしどけなく座って、こう切り出した。
「この島に伝わる伝承よ。六月の、引き潮の刻、満月の夜、この島の裏手にある洞窟を幾多くぐり、丘を抜け血を捧げたものに、神よりのめぐみと栄誉が授けられるって話よ。お父様がご存命の折話してくれたの」
「神よりの恵み……」
「それは本当なのか?」
眼鏡を装着したボナポルトと、訝し気なアラン。ジョセフィーヌはくす、と漏らして、石畳をなす青い石の一つをねじとって、それで土を掘る。
「ああ、ほら、出てきた」
「ひいいいいい」
彼女が地より掘り起こしたものに、ボナポルトが絶叫する。それは骨、であった。もう、少し力を入れればパキ、と折れるほどもろいものだが、確かに骨に相違なかった。
「この地で神の恵みにあずからんとしたものは千はくだらないわ。けれどみーんな、最後にはこうなっちゃうわけ」
「なんと……」
軍人の二人は唖然とする。その後でボナポルトは身を震わせながら。
「絶対、絶対に、連れて行かないでくださいよ! 僕はそんな危険を冒すなんて、死んでもご免だ! 僕はただ平和に生きていたいんだあ!」
すかさずジョセフィーヌが、ボナポルトの眼鏡をかなぐり捨てる。
「今夜中に必ず連れていけよ、ジョセフィーヌ。お楽しみはその後だ」
豹変するボナポルトに、もはや免疫のついたジョセフィーヌである。
「何がお楽しみよ何が」
「と、まあ、話は決まったわけだ。問題は、この警備を抜けてどうやって洞窟までたどり着くか、だな」
アランがすかさず柵の内からあたりを見渡す。あたりは潮騒が騒いでは、凪いで、月のたゆたいを海がその面に浮かべている。
「なんだか、静かだね? 」
これにジョセフィーヌがふふんと、笑む。
「今夜はこの町の貴顕を集めた舞踏会なんだわ。それだから警備の数をそちらに割いて、こちらは警備が手薄なのよ」
「それにしても静かすぎるような……」
「とにかく」
と、アランが口をはさんだ。
「何にせよ我々にはラッキーな状況のようだ。やるなら今宵しか、ないな」
「ええ、ではいくわよ」
と、そこでジョセフィーヌが鉄柵右端の棒を下に沈め、ぐりぐりと時計回りに回し始めた。すると鉄の棒は思いのほか簡単に外れた。
「おわ」
軍人二人もこれには愕きを隠せない様子である。ジョセフィーヌはご満悦気味だった。
「ふふ、この秘密は総督だった頃、父がこっそり教えてくれたの。まさか娘がこれを悪用するとは思わなかったでしょうけれどね」
そう言ってから、ジョセフィーヌはにっこりと破顔して。
「では、お先にお行き遊ばせ」
と告げた。その心のうちはどす黒い計算に満ちていた。
(これでこいつらが先に行って、看守と遭遇したらきっと倒してくれるわ。そうしたらあたくしはその後で優雅にここを出ていけばいいもの。うまくいけばお宝もあたくしのものかも……男って本当に便利だわあ。うふふ、くふふ)
「っていったああああ!! 痛い痛い背後からあたくしを押し出そうとするのやめて! ちょ、やめてええ」
そんな風に思案をめぐらしていたジョセフィーヌを、細い柵の間から外へ押し出そうとするのは無論、ボナポルトとアランであった。ジョセフィーヌは鉄柵に圧迫されながら叫ぶ。
「何すんのよお!! やめてえ」
「お前のどす黒い計算なんかまるっとお見通しなんだよ!」
「悪いが俺様にもレデイ―ファーストの精神が宿っているものでね」
二人は悪い男の顔をしながら、ジョセフィーヌを下界へ送り込む。
「やめてえーあたくしをねじりパンみたいにするのやめてええ」
スポンっ。
ジョセフィーヌがようやっと柵の外へ脱出に成功した。その時である。
「何をやっているんだ」
角を折れて現れた、看守に見事に見つかった。あ……と三人は石像のごとく固まる。
「な! まさか、脱走か!!」
思わずサーベルのつばに手をあて、身構える看守へ、ジョセフィーヌは予想外の言葉を口にした。
「待って、待って頂戴! あたくし、あなたにお会いしたくてここを抜けようと思ったの!」
「えっなっ」
その、潰したにきび跡夥しい、鼻毛のちらと見える、赤ら顔のもてなそうな看守へ、ジョセフィーヌがうっとりしたようなまなざしを送る。
「毎朝あなたの凛々しい素敵なお顔を拝して、毎晩あなたに胸をときめかしていたの。あなたに比べたら、ここの二人なんて毛虫蛆虫みたいだったわ! だから、そんな毛虫どもより逃れて、早くあなたのお顔を拝したいと思って、思わず脱走を試みてしまったというわけなの」
この上なく美しいジョセフィーヌにそう囁かれ、看守は茫然としている。牢の二人は唖然としている。
「なっだが、しかし……」
いまだ任務と愛の重さを測りかねている看守へ、ジョセフィーヌが潤んだ瞳を見せる。
「やっぱりおいや、よね……こんなあたくしでは、この上なく素敵でハンサムなあなたとは、釣り合わないって、ことよね……わかってたわ。わかってたの……」
「いやはやそんなことは!!」
思わずジョセフィーヌの肩を掴む看守へ、ジョセフィーヌは媚態を繕った。
「ねえ、あたくし、あなたと誰もいないところへ行きたいわ……」
「誰も、いない、ところ……」
ごくり。
看守が生唾を飲み込む音まで聞こえた。思えば看守は少し酒が入っているようだ。おそらく舞踏会の祝い酒を少しあおったのだろう。
「そ、そうだね。いこう、二人きりで、快楽の宴を、催そうじゃないか……」
このいたく気持ち悪い一言を残し、看守はジョセフィーヌの肩を抱いて人気のない角を曲がっていった。その際、ジョセフィーヌがちらと牢を一瞥した。この隙に出ろ、ということなのだろう。二人はちょっと唖然としたあと、柵からの脱走を試みながら。
「ね、だから言ったでしょ? ああいう女は悪女に違いない、って」
「うむ……俺様もああいう女には重々気を付けるとしよう」
無事脱走出来たところで、二人はさっそくあの悪女の姿を探した。
「なんだかんだであの女は助けてくれたからな。今度はこちらが助けねばならん」
ボナポルトがあたりをうかがっていると。
ボンっ!!
何か岩が破裂したような音が響いた。まるで何者かが超人的な力で何かを破壊せしめたかのような。軍人二人の顔が青くなる。
「まさか、ジョセフィーヌ……!!」
角を急いて曲がり、そこに広がっていた光景に二人は息を呑んだ。そこでは看守が泡をふいて倒れ伏していた。ジョセフィーヌがそのかたわらにいてハンカチーフで手を拭いている。
「な、ジョセフィーヌ、これは……」
ジョセフィーヌは何でもないことのように言う。
「おっぱいチラ見一回でアッパー百連発の刑よ♪」
「いや、本当お前だけは敵に回したくないわ。いや、本当に」
男二人は怖気を感じながら、洞窟を一路目指した。
◆
眼鏡を外せば皇帝陛下! @ichiuuu
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