波夢現象

未知風

波夢現象

僕は大学生である。

学部は理工学部物理学科である。

そして今日は、待ちに待った日曜日である。

僕はこんな休みの日に決まってやることがある。

それは実験である。

その実験は授業の宿題などではない。

自分がやりたいからやっているのである。

自分が知りたいからやっているのだから、他人に話す必要はあまりない。

授業で実験に関わる時に限って、説明はするのである。

とにかく、実験は好きである。

だから、今日もいろんな実験をやるのである。

僕の実験は、身近にあるものを使う。

なぜなら、実験に使うためだけにお金はかけたくないからである。


しかしこの実験によってあの恐ろしい夢に自分が飲み込まれるとはまだ気が付いていなかった。

それもそのはずである。

まだ何もやっていないし、起こってもいないのだから。

だから、この時は恐怖心などなかったのである。

まさか、あんな恐ろしい現実が起きるとは思わなかったのである。

この時は、まだわくわくした気持ちのまま実験に取り組もうとしていたのである。


さぁ、まずは……

家の台所にあるペットボトル持ってきて、リビングのソファーに座った。

そしてリモコンに埋め込まれているボタンを適当に押してみた。

テレビ画面に、ニュース番組の映像が写し出される。

いつものように殺人事件や放火事件などのニュースが報道されている。

それらを見ていると、いろんなことを考えさせられたりして、意外と楽しいものである。

しかし似たような報道ばかりでつまらない。

また自然災害は大雨や落雷ぐらいである。

地震は大きくても、震度三ぐらいである。

それ以外の大きな災害は、自分が生まれてから特に起らなかった。

だから何かが起こればいいと思っていた。

でも人が死ぬのは見たくなかった。

こんなことを思っているからあんな悪夢に飲み込まれてしまったのである。


しかし僕はこのことを考えるよりも実験に早く取り組むことにした。

昔、小学校で習ったことの復習ともいえる。

僕は何も入っていない二リットルのペットボトルに水を三分の一ぐらいの量を入れ、キャップを閉めた。

「さすがに、重い」とは言えないペットボトルを少し斜めに持ち、その側面の飲み口の近くに爪楊枝をある程度差し込んだ。

そのとき、バコッ、という変な音がした。

そしてペットボトルを横に倒すと、水は流れて行き、水が爪楊枝にあたる。

この実験を簡単に説明すると、次のようになる。

ペットボトルを地面や空、爪楊枝を建物、水を海として、説明をしていくとする。

しかし、現実的に考えて説明できないので、ペットボトルはそんなに大事な物ではない。

大事なのはその中にある、二種類の物体である。

最初は、建物と海は離れていた。

しかし、ペットボトルを横にしたとき、海が建物に向かって流れ込んでいく。

そしてそれらが、ぶつかり合う。

そしてペットボトルを逆さまにすることで、建物は海に飲み込まれる。

なぜなら、飲み口の近くに爪楊枝(建物)が刺さっているからである。


この実験を現象に例えて言うのであれば、『津波』である。

そして今日やる実験も『津波』に関することだらけである。

ただこの実験には日常ではあり得ないことが一つある。

それは現実には説明できないペットボトルの役割である。

つまり地面(ペットボトル)が自由に動き回るなど、絶対にないということである。

また、地面が人間の手によって横たわるなんてことはあり得ない。

架空上の神様の手ならあり得なくないが……

神様ならどんなことがあっても、人を救うだろう。

この実験はこれで終了した。


さぁ、次の実験に取り組むことにしよう。

そう思いながら、僕は家を出て、河原に行った。

外は、晴天だった。

風が吹いていない。

夏に向けて、やや暑い。

そこで、近くにあった石を拾い、川に向かって投げた。

まるで、キャッチボールをするように……

自分はピッチャーで、水面はキャッチャーである

そして、水しぶきと共に波が広がる。

これは、海に隕石が飛んできて波が広がったらこうなると、説明することが出来る。

この作業は楽しいものである。

何度も投げた。

しかし、人は何度も同じことをやると飽きてしまう生き物らしいようだ。

だから、いつも通っている散歩のルートを歩きながら帰ることにした。

扇風機のスイッチを付け、体を冷やすことにした。

Tシャツが波を打つ。

風によって、波が起きる。

母親から、家の手伝いをさせられることによって、実験は中断しなくてはならない。

しかし、今日やる実験は残り一つである。

それは、家の手伝いなどで疲れ切った体を休めるための風呂場の中であった。

自分が入ったお湯を自分の体で揺らす。

波が起き、これが地震による津波と同じことである。

この実験をしていて、あることを考えていたのである。

それは、次のことである。

なぜ、今日はこんなに津波のことを考えるのだろう……


実験をすること以外は、食事をするなどして過ごした。

そして、今日の実験は終了し、眠りについた。

恐怖心などはない。

まさか、あんなことになるとは思わなかった、ということに気が付くことは、この時はまったく感じなかったのである。

この後起きることなど、考えてなかった。




時計のアラームが鳴り、目が覚めた。

学校に行く支度をし、食事を食べようとした。

ご飯と味噌汁とおかずだ。

それを持ち、それが入った茶碗を手で回した。

味噌汁の汁が茶碗からこぼれる。

また津波のことを考えてしまった。

その理由は身近な物が教えてくれた。

自分の耳にニュースの声が入ってくる。

いつものように殺人事件が報道されていた。

しかし、今日はなんか違う予感が漂っていた。

その答えも実験したいと思っていた謎の理由も次の言葉で分かったのである。


「では、次のニュースです。あら、その前に速報が入って来ました。ちょうど日本の反対側から大きな円を広げるように津波が押し寄せて来ました。ブラジル南部の沖合から、津波が発生したようです。そして……ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイは津波により、沈んだようです。大きな津波のようです。まさか、日本に来ませんよね」と、いつもの女性のニュースキャスターが言った。

「さぁ、どうですかね。自然災害は人間の予想不可能ですよ。まぁ、来てほしくないですね」と、困惑しながらも隣にいた男性のニュースキャスターが言った。

「また、速報が入ってきました」女性のアナウンサーの髪を持った手が震えながら、続けて言った。

「南アフリカ大陸全域が、津波により沈没した模様です」


俺はこれを聞いて、半信半疑でいた。

そんなときだった。


「どうやら、津波は大きくなり、スピードも上昇中です。気象庁は時期に日本にもやってくるとの報告です。あっ、今、内閣総理大臣からの緊急会見です」

映像が総理大臣の会見を映し出された。


しかし、総理は黙ってカメラを見つめたままである。

いきなり家中に地震速報のチャイムが鳴り響いた。

その騒音は携帯から鳴っていた。

「カエルの大合唱か」と、僕は心の中で呟いた。

画面を見たら、『津波が来るかもしれませんが、今は総理の話を冷静に聴いて下さい』と書いてあった。

そして、テレビ画面を見た。


「えーと、一応のため気象庁はこういう報告をしました。だから、念のため避難の準備に備えてください」


僕は辺りを見回した。母親がいなかった。

自宅の受話器がないことに気付いた。

その時、何者かが廊下から現れた。

その正体は受話器を持った自分の母親だった。


「津波が来るって……」と、困惑な顔をした母親に伝えた。

しかし、母親は苦笑いして自分を馬鹿にしたような口調で告げた。

「私はあなたより先に起きているのよ。知らないわけがないでしょ。学校は休校よ。それよりも父さん、平気かな」


俺の返事を聞かずに、母親は受話器を持って電話を掛けた。


「あっ、もしもし、父さん……」


俺の父親は銀行員である。

『自分の命よりも預かったお金を守る、それが銀行にいる役目だよ』という信念を持っている。

そして、今も銀行で働いている。

俺からすれば、史上最高レベルのバカである。

そもそも、そんな信念を持つこと事態がバカである。

なぜなら、自分の命よりも他人の金を守ることは、無意味な気がする。

それでも、その勇敢な父親の姿が頼もしかった。

そんなバカでも今回だけは違った。

母親は電話を切って俺の方に来た。

返事は自分の願いに応えてくれたようだった。


「父さん、帰ってくるよ」


まさか……あの父さんが帰ってくる。

強盗犯が来ても、中学・高校での部活で習得した、柔道技で追い返した、あの父さんである。

自分の誇りに負けた父親が帰ってくる。

いや、それでいい。

いや、そうじゃないとダメだ。

死んでほしくはない。

そんなこんなで家内が慌ただしいのに呑気に寝込んでいるものがいた。

小学生の妹だ。

こいつこそ津波に飲み込まれてしまえ、と思った時に、誰かがそばにいた。


「兄ちゃん。何が起きたの」


妹だった。

噂をすれば、やってくるパターンである。

何も知らない妹に苛立ちを覚えた。

だから、俺はふざけてこういった。


「お前が起きた」


その時、テレビから自分の声を消すような物音がして、テレビに目線を向けた。

人工衛星から映し出された、地球の映像である。

地球の半分近くが津波に飲まれていた。

建物が飲み込まれている。

有名なピラミッドは、もう波に埋められてしまっているだろう。

スピードが速すぎる。

自分たち、動物のことは考えていないように進む津波である。

止まる気配はない。

逃げたくても、逃げられない津波に飲み込まれるしかないと思ってしまう。

「津波はスピードをあげて、地球が変になっている」と、妹が言った。

妹が言ったことはあながち間違いではない。

詳しく説明すると、波によって押し寄せられた後の国は土色だったのである。

つまり家も木も海もないのである。

もっと言うと、動物がいないのである。

人々は波に飲み込まれてしまうのである。

そのうち自分たちの方にも襲いかけて来るのだろう。

恐怖心が自分に襲ってきた。

しかしこの恐怖心は津波によるものだけではない。

実験をしたからこうなったのである。

それにしても変だ。

自分が実験した津波にないものだ。

つまり報道された国は、地震も隕石が降ることもなかったのである。

しかし報道されなかったのだろう……。

いや、報道できなかったのだろう。

しかし人が死ぬのは嫌だ。


まさかこんなことになるとは思わなかった。


自分の体の中から、何かが出る。

目から水のようなものがこぼれおちる。

涙だ。

家族に見られないように、静かに袖で拭いた。

家族はニュースを見ていた。

そのとき、チャイムが聞こえた。

自分がドアを開けたら、そこには父親が困惑した顔で立っていた。

そして衝撃的な言葉を発した。


「この世の終わりだ」


父親が言うことは絶対に間違いではないが、聞きたくなかった。

特にあの父親の口から聞きたくなかった。

父親は母親たちのいるところに行った。

自分も後を追った。

母親と妹は体をふるえていた。

なぜなら、テレビに映る波が茶色や黒ではなかったのである。

それは、薄汚い赤色の津波である。

つまり、動物の血で出来た波である。




しばらく時間がたった。

状況が急に変った。

それは数時間前のことだった。

テレビが終わりを告げたのである。


「津波が日本を囲んで迫っています。しかし、波が大きすぎてどうにもできませんが、出来る限り東京の方逃げてください。そこが、最後の到達地点となるようです」


これを聞いて少し助かった。

自分の住んでいる家は東京都内だったからだ。

しかし落ち着いていられなかった。

そもそも自分の家は二階建てだった。


「よし、二階に上がろう。どこに行っても死ぬなら、自宅で津波に襲われるのを待とう」


父親が言いだした。


「必要な物は上に、運ぼう。特にテレビ」


気が付いたら、窓は完全に閉まっていた。

急に父親が自分と妹に向かってこう言った。


「上にあるもので、自分の命を変えてでも大事なもの以外は下に持ってこい」


そう言われて自分と妹は上に行き、父親の指示に従った。

二階は自分たちの部屋であった。

大事な物はもしかしたらこの部屋の中にないのではないだろうか。

そう思ったときにあるものが眼に入った。

それは実験で使い終わった道具と実験結果を記したノートであった。

僕はあるページを切り取り、それだけ下に持っていくことにした。

それが津波の実験である。

階段を降りようとした時、テレビが上に登ってきた。

厳密に言うと、父親が両腕でつかみテレビを上に運んでいた。

「お疲れ」と父親に言うと、あり得ない言葉が返ってきた。


「いやぁ、軽いね。テレビは。まぁ、年を取ったから、両腕で持ったけど、昔は片手だった」


僕が驚いた顔をしたら、父親が笑いだしてこう言った。


「冗談だよ。冗談。今言った言葉は、冗談だよ」

「冗談がきついよ」

「すまない」


僕は、この津波も冗談だったらいいのに、と心の中で願った。

父親の指示に従ってすべてが準備完了になった。

そして今、二階の自分の部屋に家族全員いる。

テレビをつけた。

映像が映らない。

さらに家中の電気が消えた。

父親がつけてもつかない。


「困ったなぁ。電線もやられたかなぁ」


そう父親が言った瞬間だった。

急にものすごい音が聞こえた。

木のような何かが壊れる音が何度も繰り返される音だ。

ついに津波は自分の家に来たのだ。

これが本当に冗談であってほしかった。


ついにガラスも割れてしまった。

水がどんどん入ってくる。


「うわー、波が迫っているよ、父さん。」と、妹が悲鳴混じりに言う。

「窓から天井へ……ギャー」と、父親は指をさしながら言った。


その指を向けた場所に窓はあった。

いつも自分が見た、窓ではなかった。

そこにあったのは、赤く染まった水と朝見ていたテレビに映っていた女性アナウンサーがあった。

さらに悲劇は続く。

水がドアの隙間から入り出す。

母親や妹、さらには父親までもヒステリアスな悲鳴を上げている。

自分も悲鳴を上げている。

しかし水は止まる気配はなく、家に入っていく。

さらにものすごい音を立てながら、水は家に浸水していく。

ついに家の限界を達してしまったようだ。

ドアと壁が破壊されると同時に、屋根も破壊されてしまった。

ついに自分たちは血の津波に巻き込まれたのである。

僕は目をつぶった。

そしたら水に当たる感覚が消えていたのである。




僕は不思議に思い、目を開けた。

自分は何かの上に乗っていたのである。

下を見たら布団だった。

屋根もドアも窓も壊れていない。

床も水にぬれた気配はない。

しかも父親が頑張って持ってきたテレビなどがない。

しかしものすごい音が聞こえる。

窓を見た。

雨は降り、雷が鳴いていた。

そういえば昨日言っていた予報が当たっていた。

俺はドアを開けた。

家は水に濡れていなかった。

念のため、家族の部屋を見に行った。

各自の部屋に家族はいたのである。


俺はこれで確信した。

僕が見たのは現実ではない。

夢だったのである。

いや、悪夢だったのである。


そして僕はこれを『波夢現象』と呼ぶことにした。

食べるハムみたいで気にいってしまった。

この話は誰にもしないことにした。

なぜなら実験のやり過ぎだからこうなったと言われそうだからである。


お茶を飲んで、二度寝することにした。

また汗もかいたので服を取り換えた。

寝る前に日付と時間を見た。


日付は変わっていた。

七月三日月曜日になっていた。

時間は午前三時であった。

僕はこの日を波の日だと気が付かされた。

波夢現象のこともノートに書いた。

さらに三十分が過ぎていた。

忘れることはないが、それを防ぐためである。

僕は夢に襲われたことで実験をやめる人間ではない。

むしろ次の実験でやりたいことが頭に浮かんだ。

それは夢についてである。

希望を持つ夢ではなく、寝たときに見る夢である。

まさしく今見てきた悪夢である。

そういえば、正夢とは本当に起こることなのだろうか。

色々気になることが出てきた。

また『波夢現象』のおかげで、夢の中は異空間に入れることだと知ることが出来た。

つまり現実に似ている世界に入れるのである。


そんな意味で、『波夢現象』は役に立ったのである。

恐怖心は少し消えて、実験したい欲望が芽生えてきた。


僕はこの実験をするために寝ることにした。

雷や雨の音を聞きながら、寝ることにした。

すぐに眠りについた。


そして明日になっても、家族も自分も何も起きなかったのである。

いつもと同じように生活をすることが出来るのであった。

自分にとってそのことが大きな望みでもあった。

そして実験に取り組んでいくのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

波夢現象 未知風 @michikaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る