りぼん

 覗くつもりはなかった。

 でも本当に偶然、彩花に届いた通知が目に入ってしまったのだ。


『明日、楽しみにしてるわね』


 楽しみってなに!? 明日、二人はなにをするつもりなの!?


 いてもたってもいられなくて、私は彩花の尾行を決意した。

 朝早くから玄関近くに張り込み、出てきた彩花の背中を密かに追いかけた。

 ちなみにこれはストーキングではない。あくまでも彩花を守るための行動であって、親友としての使命である。



「…………むむむ」


 駅前にやって来た彩花は、不安そうな面持ちで何度もスマホを確認していた。

 おしゃれなワンピースを着た彩花はいつもより可愛く見える。私と遊ぶときはだいたいTシャツにズボンなのに。うむむ。

 

 ポストの影に隠れて監視する私を、道ゆく人たちが怪訝そうに眺めている。

 ……中学生じゃなかったら普通に不審人物だよね。若くてよかった。


 今日も今日とて、刺すような強い日差しが降り注いでいる。麦わら帽子を被ってきたのは正解だった。彩花は暑そうで心配だ。

 五分くらい経っただろうか。反対側からやたらと目立つ人が歩いてきた。


「…………あ」

 やっぱりプールで会ったあの人だ。

 あの顔とスタイルは間違いない。夏らしい装いの彼女は、ゆっくりと彩花に近づいて声をかけた。彩花が俯きがちに何かを話しているのは分かる。


 だめだここからだと何も聞こえない。

 かといって近づいたらバレちゃうし。

 どうしようかと迷っていると、ふいに背後から「ねえ」と声をかけられた。びっくりして振り返る。


「あなた、さっきから見てるわよね。なんなの、知り合い?」

「あ…………い、いやあその」

 いつの間にか背後に立っていたのは、つり目が印象的な女の子だった。

 年は私と同じくらい……かな。身長も私とほとんど変わらない。私がクラスで二番目に小さいから、つまりはそれくらいだ。

 髪は染めているのか栗色に近い。それをリボンでツインテールにした彼女は、不機嫌そうに私を睨んでいる。


「知り合いじゃないなら不審者なの? 通報するわよ!」

「し、知り合いです!」

 とっさに答えてしまう。

 ……私からすると、あなたの方が不審者なんですけどとは言えない。

 なにそのフリフリの服とスカート。


 謎の少女はふんと鼻を鳴らす。

「あの中学生の知り合いね? あの子、渚のなんなわけ? 急にしゃしゃり出て来て!」

「……渚?」

「あの超絶可愛い美少女の名前よ! 知らないの!?」


 あの人、渚さんっていうんだ。

 それにしても言葉に熱がこもってて怖い。


「ぐぬぬ……あんなに楽しそうに……!」

 謎の少女までポストに隠れて監視を始めてしまう。予想外の展開に頭を抱えた。いやもうこっち向かれたらバレバレだよ。


「……で、あんたは誰なの?」

「私は御浜みはま珠姫たまきよ! 覚えときなさい!」

「…………」

 結局誰なのか分からない。

 渚って人の知り合いなのは確かだけど。よく見るとこの子も相当可愛い……でも色々と損してるかも。


「あ! 移動するわよ!」

 珠姫に言われて二人を見ると、改札口に向かうところだった。慌てて飛び出そうとする彼女の服を摘んで止める。フリフリとかリボンとかたくさんついてて掴みやすい。

「いや今追いかけたらバレるよ!」

 駅前ほとんど人いないし、振り向かれた瞬間終わりだ。

「でも電車に乗られたら……!」

「この時間ならあと十分くらいは来ないよ!」

 すると急にキョトンとする珠姫。

「そうなの?」


 というか、いつの間にか尾行に参加する流れになっていた。

 結局この子が何者なのかはよく分からないし、あの渚さんって人のことも分からない。

 ……知るためにはついて行くしかないかな。でもなあ……明らかに怪しいし。



「おねーちゃんたち何してんの?」

「ひえっ!?」

 突然、自転車に乗った小学生の集団に声をかけられた。 

 珠姫は突然のことに驚き、こちらに倒れ込んでくる。二人して地面に転ぶ瞬間、思わず悲鳴を上げてしまい、慌てて口を噤んだ。


 倒れたまま彩花の方を確認する……改札近くこちらを振り返り、キョロキョロと見渡していた。心臓が強く脈を打つのを感じる。

 どうかバレませんように。半ば祈るように身体を縮め、必死で誤魔化す。

 ……珠姫の下敷きにされているから重いけど。


 結局、二人は気づかないまま改札を通って行った。

「……ふう、何とかなったわね!」

「……重い」

「なっ!? 女性に向かって重いとは何よ!」

 私たちを見て呆れたのか、小学生の集団はいつの間にかいなくなっていた。

 珠姫はパンパンとスカートを叩きながら立ち上がる。

「まあ、下敷きになってくれたお陰で汚れずに済んだわ。感謝するわね!」

「……はいはい」


 こうして私は謎の少女珠姫と共に、彩花を尾行することになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふわふわうかぶ 南極海鳥 @nankyoku_umidori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ