第3話 納期は延びないのに仕様追加だって

――席に戻ったら、周囲の殺伐とした雰囲気に気が付いた。


 まあ、あのプレゼンの前からちょこちょことやり取りしていたから、例の案件で手いっぱいで、周囲の様子なんてろくに目に入ってなかったしなぁ。俺。


 本田さんのチームはちょっと今炎上していた。


 クライアントがでかい仕様追加をしてきたのに、納期は変わらないらしい。道理で本田さんの下の連中がよく居残りしたり、殺気立ったりしていると思ったわ。

 そして俺も今日からはその一員。


「本田さーん、ソースファイル、サーバーのどこにあるか、メッセンジャーで送ってもらえますー?」

「新藤君。先程流したメッセージに同梱した資料に、そういう一覧も載せてたんですけど」

「あれ? 済みません、見過ごしたかも」


 本田さんは溜息をつく。部下の件とかでカリカリ来ているんだろうけど、俺はそんなに不良社員じゃない。いや、素行はちょっと悪いかもしれんが、仕事はきっちりやってるつもりだ。給料泥棒じゃない。添付ファイルが有ったらちゃんと開いているはずなんだ。


「ええと、メッセージメッセージ……」


 にょっ。


 ディスプレイから足の親指が出てきた。


「うおっ?!」


 周りの視線がいきなり集まる。


「え、ああ、マシンがちょっと固まったんで。もう大丈夫っスー」


 誤魔化した。

 親指の先の本体はぬるん。という感じで太ももまで出てきて止まった。ちなみに前回から着ている半透明なスケスケ服の下には、きっちりホットパンツ穿いてやがった。たぶん上も何か着てるんだろう。詐欺だ。

 スドウの足はバタバタと暴れている。何か引っ掛かっちゃってるようだ。


「スドウ――」


 俺は頭を抱えつつ、腿に腕を回して、周りから見えないように気をつけながら引っ張る。幸い、パーテーションがある程度の高さなので、ちょっとくらい変なことしてても見える心配はない。どうやら腰の所に服がまとまってしまって、そのでかい尻と相まって出て来れなくなったらしい。

 ちなみに、あんまり役得感は無かった。何せ蹴飛ばされるし、大人しくしてないからそれだけで疲れてしまう。

 それでも、よいせっ、と引っ張ると、ずるるるっとその後の全身がくっついて出てきた。体重は見た目より軽いかな。40キロ前後?


「ぷっ……はぁ」

「お前、不器用だよな」

「う、五月蠅い」


 自称電子妖怪、スドウ。外見年齢は15~18歳くらい? 乳と尻は適度に成長している風に見えるが、何せ妖怪だからよく分からない。髪の毛は淡い栗色で、緩いウェーブが掛かっている。顔はちっちゃい。少し緑がかって光る瞳が、彼女が人外であることを示している。てか、その眼はグリーンLED仕込んでるだろ。眩しいんだよ。


「何やら面倒なチームに配属になりましたなー新ちゃん」

「その呼び方やめれ。尻出して踊りたくなったらどうする」

「私が舐めてあげる~」


 鉄製の定規が目に入ったので、思いっきり奴の頭に振り下ろす。

 あっちこっち好き勝手に物体抜けをやるスドウだが、俺が持っていると素通りできないらしい。定規は見事にヒットして、奴はべそをかいた。良く頭が割れなかったなぁ。

 定規が当たった辺りにノイズみたいなパターンが出ている。

 怪我するとそこの解像度でも下がるのか。


「んもうー、痛いじゃない」

「俺の考えが読めるんなら、避ければいいじゃないか」

「あーあのプラグイン、メモリ食うからアンインストールしちゃった」


 プラグイン? こいつプログラムなのか? メモリって一体……。


「それより見てよこれ~。この怪我、人間だったら頭割れて脳みそ飛び出してるよ」

「知るか、お前妖怪なんだろ。手加減なんて、する必要ないと思ってな」

「うもぉ、唾付けなきゃ治んないじゃん」


 むしろそれで治る方が問題だ。しかしそうか、今の奴は俺の心は読めないのか。とか思ってると、スドウは頭に唾をつけた。みるみるノイズっぽい処が収まっていく。

 唾付けたら本当に傷が治るとか、こいつどんな体の構造してるんだか。


「ついでにその目玉のLEDの輝度も落とせたらいいのになー」

「落とせるよー」

「じゃあさっさとやれよ」


 また定規を手に持つと、スドウは素早く目の輝度を落とした。


「んで、お前はまたどんなちょっかいを出しに来たんだ」

「これー」


 スドウは指先に変な――フォルダみたいなものをつまんでいる。あ、これ添付ファイルじゃん。何で実空間に引っ張り出せるんだよ。


「ひょっとしなくても、これ俺に来たメッセージに本田さんが付けてたやつだろ」

「ご名答~」


 道理で、貰ったメッセージには添付ファイルは無かった。こいつが横からかすめてたわけだ。


「仕事の邪魔すんなよ、それ寄こせ」

「だぁめ、だいたいこれ、新藤ちゃんには触れないし」

「ぐぅ」

「ちょっと解析したり色々おまけ付けといたから」


 そう言って彼女は、フォルダをメッセンジャーのウィンドウに出ている本田さんのメッセージに貼り付けた。


「余計な真似すんな」


 ひそひそ声で話してはいたのだが、本田さんが心配そうにパーティーション越しに覗いてくる。


「大丈夫?」

「あ、平気平気、よく独り言話すって言われるんだ」

「控えてよね」

「悪かった」


 しかし、その時本田さんが、スドウの居るあたりを見て目をひそめた。まさか見えてる?

 本田さんは20代前半、黒髪のストレート。身長は158cm辺りだろうか。スドウより少し長身っぽい。服装は、この寒い時期という事もあって、ハイネックのセーターを着ている。お蔭で胸が強調されてる。これはDはありそう。

 女子のサイズ分析なんて得意じゃないから、スリーサイズとかはよくわからないが、スレンダーながらに良い身体をしてる。

 目は技術者の常で余り良くは無いらしく、オーバーリムのピンクの細い縁の眼鏡を掛けている。


「ど、どうかしたんですか」

「新藤君のスペース、ちょっと埃っぽいのかしら、PCの脇の辺りが少しモヤモヤしてるわね」


 ヤバい、なんか見えてるらしい。


「あー、今ちょっとバタバタ整理してて、直ぐ落ち着くと思います」

「そう?」


 本田さんは何となく首をかしげながら自分の椅子に戻って行った。


「にひひ、敏感な人には、ピントを合わせてなくても何となく見えてるみたい」

「にひひじゃないだろこのタコ星人」

「あ、ひどいんだ。人がせっかくファイルの中の問題点を教えようと思ってきたのに」

「問題点?」

「教えてほしい?」


 にやりと笑うスドウに、薄気味悪さを覚えた。

 やっぱりこいつは物の怪なんだよなあ。


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たのしいIT企業での過ごし方 吉村ことり @urdcat

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