第2話 電子妖怪


 目の前で異常な事が起きているのは、自分の頭が壊れかけているせい。

 俺はそう結論した。

 あとは逆に怖いもんなしだ。何が起きても俺の頭のせいなんだから。

 だって、目の前で、高々3~4cmの厚みしか無い液晶ディスプレイから、女の子が這いずり出そうとしてたんだから。


「お前誰だよ」


 画面から出て来た女の子は、きわどい半透明の布で出来た羽衣みたいなのをまとってる。その下は裸か? 裸なのか? よく見えない。まあ、まともに本物見てないから、妄想もそこまでって事なのかもしれないな。


「私? 私は電子妖怪のスドウちゃん」


 いや、PCから出て来たからって安易に電子とか名乗るなよ。妖怪って何だよ妖怪って。俺になんか用かいってか? 最近の流行りか?

 名前も突っ込みどころ満載。スドウちゃんって何だよ、自分に「ちゃん」付けで自己紹介するとか痛すぎるんだよ。ん? スドウ――sudo かっ! root権限なくても管理者コマンド使い放題じゃん! おっそろしい奴。


「一杯突っ込まれた。いっぱいいっぱいつっこまれたーっ!」


 女の子に「突っ込まれた!」とか言われたらこっちだってどうしたら良いか迷うわい。しかもこいつ、中々ナイスバ――おっと、考えること筒抜けだったんだ。


「ちょ、まてい。勝手に人の考えてること読むお前も問題だ」

「ぶー」


 うわ、嫌な奴。

 周りの奴が変な目で見てる。

 そっか、俺にしか見えないんだ。

 多分これは俺の妄想。

 にしても、俺の考えを全然咀嚼してくれない妄想とか、何が楽しいんだよ。俺。もう少しましな妄想しないか?


「妄想じゃないよー」

「どっちみち、このPCがまともに動かなかったら、仕事にならないんだよ俺は」

「あー、もいっかい電源入れ直してみて?」


 半信半疑にもう一度電源を入れ直す。

 ブーン、ピッ

 あ、再起動した。


「ほら、ね?」

「ほら、ね? じゃないよ」

「なんでそんなカリカリしてるの?」

「俺の考えてる事分かるならとっくに知ってるだろ」

「あー、クソ仕事の見積書ね、簡単じゃん」


 立ち上がったPCで再び見積書のフォームを呼び出す。今度はマウスが固まる事もない。


「あんないい加減な書類をもとに見積もり出すのが簡単だって?」

「うん。相手がいい加減なものしか出してこないから、こっちもいい加減でいいでしょ?」


 なんて短絡思考。感動すら覚える。


「そんなことしたら自分の首絞めるだろうが」

「ん? そんな事無いでしょ。2カ月くらいだなーと思っても、1年掛かりますーとか言っちゃえばいいのよ。(プログラマとデザイナとディレクタの人月)×12で、ほーら見積もり出来上がり~」

「」


 俺は顎が外れそうになった。


「そんなことしたら――」

リジェクトやり直しされる? 他に頼もうとする?」

「あたりまえだ」

「だったらこんなクソな職場やめちゃえばいいじゃない」

「今はなあ、再就職ってなかなか難しいんだよ」

「嘘だ」

「何が」

「本田ちゃんのうなじ」


 あーもうこいつは。


「それは、ちょっとだけだ」

「彼女無し歴二十うん年」

「絞め殺すぞこの」


 周りがざわついてる。そりゃそうだ。こいつはおれにしか見えてないらしい。

 いや、そもそもこいつはおれの妄想なんだ。もう、無視無視。


 冷静になって書類を見る。プレゼンで見せてもらったあのくそな落書きはメールでも届いてる。見たらほんとにクソだ。大半が絵すら描いてない。なんだこれ、ワードアート組み合わせて作ってあるだけじゃん! 絵があると思ったら、めぼしい処は有名どころのアプリの切り貼りだ。

 ひっどいなこれ。


「ほれほれー、こんないい加減やる奴に、まともな見積もり出すだけ人生の損ですよ。お兄さん」


 悪魔のささやきだ。


 しかし――。


 見てたらムカッ腹が立ってきた。


――やるか。


 俺の手はマウスを華麗に走らせ、キーボードの上で踊った。もう止まらない。


★★★


「新藤君!」


 俺の事だ。


「先方がカンカンに怒ったそうだが」

「あんな内容に対して、出しうる最善の見積もりを出しましたが」

「今回の仕事の話は、無しにするとの連絡があったそうだ」


 あー、クビか、減俸か。


「まあ、今回の件は不問に付すが。あんまり無茶な仕事はしてくれるなよ」


――ほらクビ……え?


「今朝のニュースを見てないのかね」

「はあ」


 残業したから、朝もバタバタで、ニュースとか見てる暇なんかなかったわい。


「社会人なんだから、ちゃんとニュースぐらい毎日チェックし給え」


 部長が投げてよこした新聞の経済面に、相手の会社の不渡りの記事がでかでかと。


「大手も厳しい時代だな」


 お、何か知らんがラッキー。


「今日から、本田君が進めてるプロジェクトに入りたまえ。隣りだし、コミュニケーションもしやすいだろう」


 おお、またまたラッキー。


「私、お役立ちでしょ」


 いきなり奴が出てくる。俺の妄想じゃなかったらしい。俺はそのまま部長に一礼して自分の咳に行ったん戻った後、席を立って飲料のディスペンサーの前まで行った。スドウの奴も付いて来る。


「お前、何かやったんか?」

「さあ? 何のことかなぁ」

「まあ、いいや。本田さんに余計なちょっかい出すんじゃないぞ」

「あんなガッチガチのお堅い子より、ほれほれー、私の方がナイスバディ――」

「お前触れないんじゃないか?」

「新藤なら触れるよ?」


 えっ?

 驚いてると、スドウは俺の手を掴んで胸に持って行った。


「ちょ、ま、待て、社内で破廉恥は流石に駄目だ」

「んーもう、新藤くん奥手やねえ」

「化け物と何かしようと思わないだけだっ」

「化け物いうなー」


 やれやれ、変な奴に懐かれたなぁ。


――しかし、本当の問題は、席に戻ってから起きた。


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