たのしいIT企業での過ごし方
吉村ことり
第1話 仕様書が無いんですけど
新しい仕事の打ち合わせは、やっぱりちょっと緊張する。
小奇麗な応接室に、プロジェクター。売れてる一流企業らしい立派なテーブル。
そこに、クライアントの担当者がやって来て、名刺をかわすと、PCをプロジェクターにつないだ。
今度の仕事は携帯の実用アプリらしい。
プロジェクターで、なんとなくかっこいい(でもはっきり言って落書き)のフリップを20枚くらい見せられた後、担当者がドヤ顔で説明してくれた。
「では、工数見積もりを――」
担当者がいきなりそう言いだしたので、俺は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「はい?」
「これ、アプリの画面をこうしてほしい、っていう所だけですよね?」
「このアプリの仕様ですが、なにか?」
「仕様……って、これ企画書にもなってない気が」
「これだけ画面が有ったら遷移図起こして、動作まで作り込めるんでしょう?」
「そんなの、それこそ資料にまとめて頂かないと――」
「以前の会社は、ここまでで作って頂けてましたが。出来ない。とでも?」
ぐああああああああああああああああああ。
やられた。腐れ仕事だ。
落書き20枚で見積もり出してアプリを作れと言いたいらしい。勘弁しろよ。更に文句を言おうとしたら、無理やりついてきた営業が俺を遮った。
「大丈夫です、やります。工数はいったん持ち帰りまして、本日中に文章にまとめます」
ちょ、ちょっと待て上島。言うに事欠いてこれだけで本日中に工数まとめるって、それ誰の仕事だよ。お前がやるんだろ? そうだよな?
「という事で、本日中に頼むよ」
上から目線だ。
ふざけんな糞野郎。
持ってきているノートパソコンを握りしめて、営業の顔目がけて叩きつける。営業の前歯が折れて飛び散り、掛けている眼鏡はフレームが曲がり、レンズは粉々になって、奴の顔に破片が刺さった。血まみれだ。
次に俺は応接室のガラステーブルを持って振り上げると、客先のドヤ顔男の脳天目がけて振り下ろす。潰れたカエルみたいな音を出して、ドヤ顔男の顔が胴体にめり込んだ。いい気味。
――はい、妄想終わり。
「あーもう、勘弁してくれよー。本田さんもそう思わない?」
開発室に戻って、隣の席の女子プログラマにくだを巻く。うちの職場、なぜか開発の女子比率高いんだよな。しかも割といい線行ってる子が多い。残念なのは、お手付きが多い事。
隣の子も、外に付き合ってる彼氏がいるらしい。対して俺は独身で、浮いた噂の一つもない。
「その場ではっきり出来ない、って否定しなかったんですよね」
「だって、営業の上島が出来るって言いきっちゃうしさぁ」
「その後に否定して話をすることだって出来たんじゃないんですか?」
取りつくしまもない。
彼女は作業中のPCを終了させて、さっさと立ち上がる。
「じゃ、お先に失礼しまーす」
「ああ、はいおつかれー」
他の連中も、帰れる奴はさっさと部屋を出ていく。
俺は居残りだ。他に居残って仕事をしてる連中は2、3人は居る。しかし、あいつらは要領が悪い奴だ。俺みたいに罠にはまる様に余計な仕事をしょい込んだわけじゃない。
――いや、やっぱりおれも要領が悪いのかなぁ。
前の仕事も酷かった。
先方の会社でブレインストーミングをするから、というので行ってみた。成程いろいろ楽しい話が出来る。「イメージを出来るだけ広げて、それの中から使えるものを選びましょう」と、相手方のプロジェクトリーダーに言われて、俺も調子に乗ってどんどん無茶なアイデアを出していった。相手のチームの人も、あーだったらいいなー、こううなら面白い、と、夢を語る感じで話してた。
翌日来た仕様書に、ブレインストーミングの内容が余さず仕様で入ってた。
しかも、半年の地獄の上に、相手方の内部の不祥事で仕事が飛んだ。
しかも、責任者は行方不明。
おいこら待てよ。責任取らずに何の責任者だよ。
俺はなんでか知らないが責任を取らされて減俸を喰らった。
ブツブツ言いながらPCの書類作成ソフトを立ち上げて、見積もりフォームを呼び出す。
「あーもうしゃーないなー」
そう言いながらマウスを動かそうとしたが、カーソルが一向に動いてくれない。
「またマウスの通信が切れた」
イライラしてきた。bluetoothの設定の所から、一旦マウスを削除して再度ペアリングする。
動かん。
「しゃーないなぁ。取り敢えず、キーボードショートカットで、マシン再起動するか」
しかし、キーボードも効かない。
「ったくなんだよ、こんな時に!」
俺はすっかり腹を立てながら、PCの電源スイッチを5秒押す。これで強制電源OFF。再起動すれば多少はマシになるだろう。
だが、10秒押しても、20秒押してもPCの電源は落ちない。
「ウソだろ、壊れたか?」
PCの入れ替えは二日仕事になる。今夜書類を作れとか言われていやいややってるのに、それは無いわ。
「あーもう、やーめたやーめた」
また減俸か? 最悪はクビかも知れない。
まあ、しゃーない。
本田さんのあのうなじが見れなくなるのはちょっと残念だけど。
「結構、スケベなんだね」
変なところから、女の子の声がした。
「ななななな、何の話かな」
あれ。ちょっと待て、俺今口に出してはいなかったぞ。
「うん、君は想像してただけ」
慌てて飛びずさる。周りの居残りが迷惑そうに顔をこっちに向ける。異常事態には気が付いてないらしい。どういう事だ?
「あー、あたしの事は他の人には見えないし、声も聞こえないから」
というか、俺もお前の姿なんて見えてないんだけど。
「あ、ごっめーん。見えるようにするね」
言うに事欠いて、液晶ディスプレイから、うんしょ、うんしょ、と、まるで貞子みたいに女の子が出てきた。
おいおいおいおい。俺とうとう頭がおかしくなっちゃったよ。
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