「結果」が溢れる世の中で
おはようございます、埴輪です!
先日、Twitterでお勧めされていた『仮面ライダーをつくった男たち 1971・2011』を購入し、読んでみましたが、とても刺激になりました!
内容は読んでからのお楽しみ……ということで、「仮面ライダーに興味を持ったら読んでほしい本」と、Twitterのお勧め文をそのまま掲載させて頂きます!
また、こんなツイートの引用も見ました。(文章は一部書き直しています)
・日本人はレビューがないと商品を買わない。
・食事でも宝くじでも、行列があるとそこに行きたがる。
・自分で判断する意識が低い。
……まさにその通りだと、言わざるを得ませんでした!
──でもって。
なぜこんな風になってしまったかと考えたところ、今は世の中に「結果」が溢れているからではないかと考えた次第です。
たとえば、仮面ライダー。
仮面ライダーを視たことがない人もいるかと思いますが、仮面ライダーという言葉を知らないという人はいないのではないかと思います。
それは生まれた時から仮面ライダーが存在しているからに他なりませんが、そんな仮面ライダーも1971年までは存在しておらず、また、これほど人気が定着するまでには紆余曲折もあったわけですが、その経緯を知ることなく、人気のキャラクターとして仮面ライダーを認識している人も、少なくないのではないかと思います。
これは仮面ライダーのようなキャラクターに限らず、テレビゲーム然り、インターネット然りと、あらゆることに対して言えることで、世の中はそうした無数の結果の上に成り立っていると言っても過言ではないと思います。
それだけに、その成り立ちを知らないままであることは増える一方ですし、それら全ての始まり、原因を知るということにも限界があるため、人は結果を結果のままとして受け止めていかなければならない……その性質の一端を言い表しているのが、前述のツイートではないかと思うのです。
それほどまでに情報量が増えているということで、それらの情報を全て自分で判断することはとてもできないという防衛機能が、判断をレビュー……つまり、他者に委ねるという態度に繋がっているのではないかというのが、私の考えです。
それは処世術としては必要な能力かも知れませんが、良いも悪いも自分で判断するという意識は決してなくしてはならないと思いますし、それをなくしてしまったら、この先、AIに勧められたものを勧められるまま享受していくことになってしまうのではないかと思います。(何を根拠に勧められているのかを知らないまま)
……なお、私は勧められるまま『仮面ライダーをつくった男たち 1971・2011』を購入しましたが、それはあらゆる人、メディアからその何倍、何十倍も勧められたものをスルーしてきたからこその出会いだったと確信しております!(私の場合、勧められたものを勧められるまま購入できるだけの資金がないので、慎重に厳選せざるを得ないという実情もありますが……なお、厳選の基準は自身の直観です!)
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