劇場版「光のお父さん」 ~テキストチャットは現代の手紙~

こんにちは、埴輪です!


劇場版「光のお父さん」が公開となりました!


どんな映画かざっくり説明すると、FF14プレイヤーの主人公が、お父さんにもFF14を勧め、ゲーム中では子供であることを隠して共に冒険し、最強の敵を倒した後で正体を明かす……そんな「実話」を原作とした作品となります。


それなら、FF14プレイヤーしか楽しめないのでは……と思われるかもしれませんが、ご心配は無用です!(もちろん、FF14プレイヤーならなお楽しめますが!)


なぜなら、原作を含めた「光のお父さん」のテーマが、原作者の「父が亡くなった時、自分は涙を流すのだろうか?」という想いにあるからです。


家族でありながら、知らないことばかりの父。

そんな父のことをもっと知りたい……そのための手段として選ばれたのが、たまたまた原作者がプレイしていたFF14というオンラインゲームで、テーマが普遍的なものだったからこそ多くの共感を呼び、書籍化、ドラマ化、そして映画化と、発展していったのだろうと思います。(……とはいえ、FF14という土台がなければ、ここまでの発展はなかったことは間違いないと思います!)


──はてさて。


私が「光のお父さん」を見て実感したのは、テキストチャットは現代の手紙であるということです。


昨今はボイスチャットも当たり前になりつつある中、FF14の基本的なコミュニケーション手段がテキストチャットだったらこそ、「光のお父さん」は成立したのだろうと思います。(正体を隠し、ボイスチェンジャーを使った上ででも会話ができるなら、「光のお父さん」のような迂遠なことをする必要はありませんからね!)


ゲームに限らず、テキストでのやり取りは誤解を招きやすいものです。

面と向かって話している時は、身振りや手振り、表情、声のイントネーションなどで、口にした言葉以上の情報を相手に伝えることができますが、テキストで伝えられるのは言葉だけです。(顔文字やスタンプなどは、テキストだけでは伝わらないものを伝えようとする努力から生み出された文化だろうと思います)


だからこそ、テキストを打つ時は誤解がないようにと気を遣いますし、テキストを読む側も、その真意を慎重に読み取る姿勢が必要となります。(テキストチャットで生じるトラブルの大半が、テキストを打つ側か、テキストを読む側、あるいはその両者が配慮を怠ったことに端を発しているのではないかと考えられます)


要は相手のことを考えて言葉を選ばなければならないのですが、それは手紙を書く時の心構えと、根は同じではないかと思うのです。


今や日常で手紙を書く機会はほとんどなくなりましたが、メールやSNSで毎日のように言葉を綴っていることは事実ですし、その一方で、誰もが携帯電話を持ち、いつでも話せる環境が整っている今でも、離れて暮らす家族と何年も連絡をとっていない、あるいは、一緒に暮らしているのに言葉を交わすこともない方がいるであろうことを考えると、書くことと話すことには違いがあるのだろうと思います。


私はこれから先も、FF14でボイスチャットを使う予定はありません。

テキストチャットでのやり取りが、丁度良い距離感だと感じているからです。


ボイスチャットを使うと、どうしても現実が入り込んできますし、それにより、交わす言葉もより現実に即したものとなっていしまうと考えているからです。


私はそうした現実から離れて、より自由に、より正直に生きられる場所がオンラインゲームだと思っているので、それをこれからも楽しんでいきたいと思います!


私が小説を書いているのも、口では伝えられない言葉があるからだと思いますし、それを伝えるための手段として、テキストが適していると考えているからです。


──映画「光のお父さん」のラスト。

お父さんから息子への言葉が、声ではなくテキストで綴られたことも、決して偶然ではなく、それでなければ伝わらなかったからだろうと、私は思います!

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