第10話 消滅

その日の夕食は珍しく肉料理だった。

常日頃から「もう肉は胃にもたれるんだよ。年だなあ」とこぼしていたくせに。

しかし、食卓に並んだ料理を見て納得した。

真っ赤な肉だ。白い部分がほとんどない。


「グラスフェッドビーフ?」


「よくわかったな。牧草だけで育ってる牛だから、サシがほとんど入らない。脂っこくないし胃にもたれない。不思議といくらでも食べられるんだぞ」


白い皿の上には、真ん中がほどよく赤い程度に焼けた肉塊がグレイビーソースをたっぷり乗せて湯気を立てている。カリカリに焼いたニンニクも添えられていて、匂いと視覚情報だけでごはんが3杯くらい食べられそうだ。


「ヒレ肉だぞ。さらに健康にいい。母さんが最近、健康健康うるさくてなあ」


話しながらすごい勢いで肉が口の中に消えていく。


「いくら胃にもたれなくても、ちょっとは噛めよ」


そう言う環もあっという間に平らげてしまった。そのうえ、弁当には、この肉を使ったステーキサンドを所望し、ほくほくしながら縞田家に向かった。



縞田家は明かりがついていた。昨日のようにチャイムを鳴らすと、やはり娘が出てきた。環のことなど覚えてもいない様子で同じようにサインをすると、門扉から玄関の間にある、よどんだを平気で踏みつけて家に入っていった。


環はそれを見届けるとバイクごとそっと移動し、はす向かいの駐車場の陰に身を隠した。幸い契約者のないブースのようで、賃貸者を示す白いネームプレートは空白だった。

ここからだと、あまり苦労せず縞田家の前を見張ることができそうだ。裏口が存在しないのは、先ほど確認済みだ。


3時間ほど見張り、冷めたステーキサンドも意外にいけると、舌鼓をうっていると門扉を開ける耳障りな金属音がした。時計を見ると夜中の0時を5分ばかり回っていた。

出てきたのは、中年の男だった。おそらく由香里の父親だ。ジャージかスエットのようなラフな上下を着ており、右手に小さな包みをぶら下げている。


〈弁当箱だ!〉


慌てて残りのステーキサンドを口に押し込むと、いつでも飛び出せるように革手袋をはめた。しかし、意外なことに男は数十メートル歩くと立ち止まり。包みを放り投げた。


ガシャッ


ちいさなプラスチック音がしたかと思うと、男はこちらに戻ってくる。何事もなかったように、門を開け家に入り、しばらくすると2階についていた明かりも消えた。


環は男が立ち止まった辺りに、慌てて駆けつけた。


【演良町5丁目ゴミ集積場】


素っ気ないブロックを3段ほど積み上げてつくったコの字型一角。中には白いビニール袋が3つほど置いてあり、その間に挟まるように、小さな荷物が投げ捨ててあった。


「あらまあ、坤便を捨てちゃったよ」


ため息と共に、環ははき出した。

昨日のように乾坤一擲まで届けるのが面倒になって捨てたのか。これを誰かが取りに来るのか。

このままにしておいてゴミとして集積され、燃やされたら坤便は消えるのか。

頭の中にはたくさんの疑問が沸いてあふれてきた。

しかし、その心配はすぐに消えた。


坤便が徐々に消滅しだしたのだ。

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