第9話 あぶり出し


「何で戻ってきた?」


坤便を眺めながら環は問う。

縞田由香里に何があったのか。

届け方が間違っていたのか。

それとも依頼主の意に沿わぬことをしたのか。

まだ初心者の環にその理由はわからない。


「はあ。またオヤジに聞かなきゃなんないか。どんな仕事にも、初心者研修ってのは必要なのかねえ」


環はボリボリと頭をかきむしった。正直、もっと簡単な仕事だと思っていた。細々と家業をこなしながら、バイト気分でお届けすればいい、と。ところがどうだ、たかだか1万円で何日も煩わされる。これは勘弁してほしい。時給換算にしたら、かなりブラックな仕事だ。

もっとも、時給だけでなく内容の方がかなりブラックなのではあるが。

なるべく、生身ではない人がうろうろしている外には出ていきたくはないのに。


いずれにしても、縞田家の窓に明かりがともるのは夜が更けてからである。夕方に店を閉めて、実家を訪れても間に合う。

2日続けて文句を言われたくない環は、あらかじめ来訪の旨を母の澄子に知らせることにした。



    ◇


「あれ、オヤジは?」


家に入るなり、倫太朗を探した環の様子を澄子はニヤニヤ笑って、リビングに続くダイニングのテーブルで空豆の皮をむいている。青臭いにおいがかすかにした。


「裏山のお堂に行くっていってたわよぉ。5時頃出て行ったから、もうすぐ戻るんじゃないかしら」


「いつも飲んだくれてるくせに、こっちが用事のあるときに限ってフラフラ出かけやがって、あのクソオヤジ」


環はぼそりとつぶやいた。


「そうなのよ!」


澄子の素っ頓狂な声に、環は振り返った。


「いつも飲んでばかりでしょう。あなたからも言ってよ。私が言ったんじゃどこ吹く風なのよ」


「いや、お母さん。大事なのはそこじゃなくて……」


「なによ、大事なことじゃない。もう年なんだから、身体のメンテナ……」


「おお! もう来てたか」


銅鑼声が響いた。

禿頭を赤くてからせながら、倫太朗がリビングに入ってくる。右手には日本酒とおぼしき一升瓶、左手にはお気に入りの印田の信玄袋をぶら下げている。


〈うわぁ、信楽焼のタヌキかよ〉


心の中で突っ込みを入れながら、環は聞いた。


「聞きたいことがあるんだけど」


「坤便のことだろう。やっぱりやっかいな荷物だったか」


「なっ……! 知ってたなら早く教えてくれればいいじゃん」


「いや、なにせ確証がなくてな。だから、万が一の時のために、裏山に行ってきたんだよ」


倫太朗が言うには、裏の山はこの付近の霊山だという。小学校の子どもでも遠足ついでに上れる小さな山なのだが、頂上のお堂には力のある神様が祀ってあるとか。


「こんな予感がしたから、急遽、御神酒と御札をもらってきた。もらってきたっていってもな、家にあった酒と御札を供えて祈ってきただけだがな」


と言って豪快に笑う。


「笑い事じゃないんだよ」


真顔で説明する環の口調に居住まいを正した倫太朗は、ひとことも口を挟まないでこれまでの話に耳を傾けた。


「とりあえず今日、もう一回届けろ。そして、その家を見張るんだな。絶対に動きがある。誰が、どうやって、坤便を送り返しているのかわかったら、あぶり出す方法も見当がつくだろう。おい、弁当をもたせてやれ」


最後のひとことは澄子に言い、自分はそそくさと晩酌の支度をはじめた。

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