/伝わる、その明日から~エピローグ~

案の定あの後こってりと岐阜さんに説教をされてしまう。勝手に夜の森の中を歩きまわるなんて言語道断。野生の動物等に襲われたらひとたまりもない、などと夜の森の中の危険性を重々教えられ叱られてしまった。しかし、どこか浅井の表情は怒られているのにもかかわらず妙に晴れやかだった。そんな表情を見つつこれ以上言っても伝わらないと思ったのか岐阜はすぐにテントへ行き寝てしまった。意外にも岐阜が怒っている時に晴樹たちをフォローしてくれたのは花、前橋であった。九条は用事があったらしくその場には居なかった。バーベキューコンロでたき火をしつつ四人で向きあい二人で本当は何をしていたかなんて根掘り葉掘り聞かれた時はどうしようかとおどおどしていたが、浅井の明るさと機転良さで二人の質問を見事にくぐり抜けていった。晴樹はただ、彼女の問いに頷くだけだった。実際に彼には記憶が断片的になくなっており本当に何をしていたのか分からなかったため浅井の会話に合わせるぐらいしか出来なかった。夜も深くなり昼間には宝探しをして体を動かしアルコールも入った大人たちに睡魔が襲ってくることはそう遅くなかった。前橋を筆頭に次々と睡魔にやられ続々とテントへと入っていく。その場に残ったのは晴樹、浅井、花の三人だけが残りたき火を囲み特に話す事もなくただ、パチパチと爆跳音を聞きつつ静かに火を眺めていた。爆跳音が丁度いいリズムで鳴るため花は座りながら頭をコクコクと揺らし目を瞑っていた。その姿を見ているだけで晴樹の口元は緩んでしまいそうになる。たった一日しか経っていないのに随分と長い間キャンプをしていたような感覚であった。空を仰いでみると相変わらずの満開の星空。手を伸ばせば星が掴めるんじゃあないかと思えるぐらい近くで輝いているようだった。

「晴樹さん」

「ん?なに?」

視線を声がする方へと戻してみると浅井が木の枝で炭を突きながら笑っていた。無邪気な表情で見てくるためこちらも自然と口元が微笑んでしまう。晴樹の頬笑みを嬉しがるように彼女の表情は微笑みから笑みへと変わり顔を見つめてくる。自然と晴樹も顔を逸らすことなく、どうしたの?、と聞くように顔を少し曲げると浅井が口を開く。

「今日は凄く楽しかったですね!私、こんなに青春したの始めてかも!」

「青春?」

「はい!私、こう言う風に外で宝探ししたり、みんなで外でご飯を食べたり、火を囲んで話しをすることとか凄く好きなんです。昔はすごく好きだったんですけど・・・中学とか高校とかでも誘われたりはしたんですけどどうしてもキャンプになると色々と思いだしちゃって出来なくて・・・だけど、今はその分を取り返してるみたいで!」

「色々と思いだしちゃうって言うのは・・・」

次の言葉が言いにくそうにしている晴樹を見ると浅井は晴樹が抱いているであろう感情を吹き飛ばすかのようににこやかに笑いながら、

「はい!私、晴樹さんにトラウマの話しをしましたよね?」

「・・・ああ、うん。でも結局ちゃんと話し聞いてあげれなかったし・・・でも、今からでもよかったらちゃんと聞くよ!」

晴樹が自分を心配してくれて力になってくれようとしていることに彼女は嬉しくなってしまう。純粋な善意。彼女にとって久々の優しさに触れた気がした。どこかこそばゆくてだけど全然嫌な気分にならない、いや、むしろ暖かく柔らかい気持ちになる。昔に一人の男の子に抱いた気持ちと少し似ているようだな、なんて思ってしまう。

「・・・」

「あ、浅井さん?」

心配そうな表情で晴樹が声をかけてくる。そんな晴樹の顔を見ると彼女は笑顔になり、

「大丈夫です!私、トラウマって悪いことだと思ってたんです。きっと人にとっては拭えないトラウマだって多々あると思うんです。私だってトラウマがすぐに克服できるなんて思ってもいないですし、もしかしたら一生引きずっちゃうかもしれないです。だけど、そのトラウマもひっくるめて自分を好きになろう。ってみなさんを見て思えたんです。馬鹿話をしていたみなさんだって色々と考える事はあると思うんです。だけど、こうやって今日始めて会った人とここまで仲良くなれて笑いあえるなんてとても素敵だなって!過去トラウマを乗り越えてこそ人生かなって。あと、約束もしましたし!」

「約束?」

少し照れくさそうに彼女は自分に対して言い聞かせるように何度も頷き空を見上げる。浅井が言った言葉の全ての意味が分かるはずなんてない。だけど、彼女が言った言葉の全てを全て受け入れるように晴樹は頷き同じように夜空を見上げる。彼女の宣言を祝福するかのように流星が連続で夜空を切り裂く。晴樹は驚き浅井の顔を見るけれど、下唇を噛みしめながら浅井は夜空を見上げていた。晴樹ももう一度空を見上げ星空を見ていると、ズズっと鼻をかんでいるようだった。すると焦ったような声が聞こえてくる。何気なく視線を向けてみるとなにか申し訳なさそうな表情でこちらを見てきた。一体なんのことかと思い見ていると浅井は晴樹のハンカチを見せてくる。

「ごめんなさい。私のハンカチだと思ってたら晴樹さんのでした・・・私の晴樹さんに貸したままで・・・」

「あっ!?そうだったね!って言っても僕の鼻水がついてるから返せないし・・・でもなんで謝罪?」

彼女は照れくさそうに笑いながら、

「そう言えば晴樹さんってどうしてこのイベントに参加されたんですか?」

「ん?えっとね、前橋の気になる人が主催するイベントがあって人数が足りてなくてどうしても参加してくれってことで半ば強制的に参加させられたんだ。花さんも言ってみれば僕と同じで被害者」

「あははっ。被害者って!・・・そっか。そうですよね。晴樹さんには居ますもんね。・・・んー私もそろそろ寝ようかな!色々と疲れちゃいました!」

背伸びをしつつ椅子から立ち上がり花の方へ視線を向ける。

「えっと、花さんはどうしましょうか?」

「ああ。もう少しこのままにしておいた方がいいかも。寝かけの花さんって寝ぼけて殴ってくることもあるから」

どこかからかうような表情を向ける晴樹を浅井はジッと見つめてしまう。

「ん?」

「おっと・・・え、えっと!じゃあ、花さんの事はお任せしました!私はぐっすりと寝させて頂きます!!」

「あ、うん!おやすみ。敬礼って」

浅井は晴樹の小さなツッコミに笑いつつ女子テントへ入っていく。パチパチと未だに衰えを知ることなく火は燃え続けている。九条が戻ってくるまで待っていようと思いつつ火を眺めているとふと、睡魔が襲ってくる、がすぐにそんな睡魔は吹っ飛んでしまう。ジャリっという音が聞こえたかと思えば花が立ち上がり、あろうことか晴樹の横に開いてある椅子へ座ってきたのだ。

「は、花さん!」

「浅井さんとなんだかいい感じでしたねー」

「い、いい感じって・・・って起きてたんですか!?」

「起きてたって言うかうたた寝してて気がついたら晴樹くんと浅井さんがいい感じに話しをしていたから私が急にそこに入るのはいけないことかなって思って空気読んでたんだよ」

少しだけ声色に怒りがこもっているような何とも言えない重圧を感じる。別に悪いことをしていたつもりもないし実際に悪いことなんて一つもしていない。なのにどうしてか自分が悪いことをしてしまったんじゃあないか?なんて思ってしまうような空気が晴樹の周りを漂っていた。花は晴樹の言葉を待っているようで火バチで炭をツンツンとつつているだけだった。

「は、花さん?」

「なにー?」

「どうして不機嫌になってるんでしょう・・・か?」

「不機嫌になんてなってないよっ!」

そう言うと彼女はジッと晴樹の顔を見つめてくる。先ほど浅井とも見つめ顔を合わせることはあったけれど花は別格。好きな人とこうして隣にいるだけでも緊張するのに見つめられるなんて嬉しいを通り越して心臓が痛くなる。不本意ながらも視線を逸らしてしまい心で自分自身を叱ってももう遅い。晴樹は視線を落としつつ口を開く。

「えっと、なにか僕が悪いことをしたんなら謝ります。ごめんなさい。でも、ホント前橋と一緒に質問してきた時に全部言いましたよ?」

「んー。それは分かってるんだけど、なんかそれでも私に隠し事をしているような気がしてさ!」

「な、なんでそう思うんですか!?」

「ん」

そう言うと花は晴樹の顔へ指を刺してくる。晴樹ははっとした表情をすると顔を両手で覆う。

「あー!やっぱりね!もー晴樹くんってそんなに意地悪だったっけ!?」

「ち、ちが・・・」

そう言うと花は不貞腐れたかのように炭をツンツンと突いていた。その仕草も可愛くつい微笑んでしまいそうになるけれどなんとか手で口を覆い隠す。不貞腐れている花に頬笑みを向けてしまうときっと余計に怒らせてしまう。大人のくせにこういう子供っぽいところも大好きだ。小さく深呼吸を繰り返し空を見上げる。先ほどよりも時間が経ちより黒色の空が銀色へと変わっていた。

「・・・」

本当は正直に花には話してもよかった。けれど、その花に隠そうとしていたことをごっそりと誰かに切りぬかれてしまったのかと思わせるぐらい思い出せずにいた。断片的には思い出せるけれど確信的な事は何一つ覚えていない。覚えているのは浅井がトラウマの話しをしようとしてくれていたことぐらい。きっとその事と関係しているのだろうけど浅井は自分で答えを見つけ納得しているようだったため直接抱いていた疑問を問うことは出来なかった。もしかしたらその質問でまたトラウマの傷をえぐってしまうかと思い怖かったのだ。浅井を傷つけてまで晴樹は自分を守りたいなんて思わなかった。好きな人に自分の事が嫌われるかもしれないのに浅井の事を思い行動するなんて相変わらず晴樹はお人好しである。そんな晴樹を花はばれないように見つめていた。お人好しもここまでくると愛おしくなってしまう。花はこの感情の本心をまだよく分かっていない。けれど、晴樹が自分以外の女性と楽しく話しをしているとちょっとだけ胸の奥の辺りが熱くなって締め付けられているような感覚がある。世間では大人という分類に分けられるかもしれないけれど彼女はまだ、恋と言うものを体験したことがない。困り顔の晴樹をずっと見ていても飽きないけれど流石に可哀想だ。花は少し前の自分の反応を反省する。晴樹の人なりは誰よりも自分が分かっているはずなのに、あんな態度をして悪かったな、なんて思いつつもう一度晴樹を盗み見ると偶然にも視線が合ってしまう。

「わぁ!」

相変わらず面白い反応をする晴樹に花はクスリと笑い名前を呼ぶ。

「ねえ。晴樹くん」

「は、はい!?」

盗み見ていた花がこちらを見てそれもまさか目が合うと思っていなかったのかいつものように大げさに驚いてしまい頭の先から発したような甲高く変な声が出てしまう。花は晴樹の反応に馬鹿にした笑いではなく優しい笑みで見てくる。そのほほ笑みはとても暖かくいつもなら視線を逸らしてしまう晴樹が彼女の大きな瞳を見つめてしまう。

「今日は本当にお疲れ様でした」

そう言うと彼女は頭を軽く下げてくる。晴樹もつられて頭を下げ一体何に対しての、お疲れ様でした、かはよく分からなかったけど、きっとその言葉で晴樹の疲れは吹っ飛んだに違いない。

「えっと、花さん」

「ん?」

「・・・やっぱりなんでもないです!」

「なんだそりゃ!・・・あ、そうだ!忘れてた!」

そう言うと花は急ぎ立ち上がり水飲み場の辺りまで向かいなにか両手で持ちながら戻ってくる。両手にはざるの中に豪快にこれでもかと言うぐらい入れられたイチゴが入っていた。

「これさ、違う班の人からおすそ分けだって言われて貰ってたのに晴樹くん達に質問ばかりしてて忘れてた!早めに食べて下さいって言われてるんだけど・・・私しか知らないし、二人で食べちゃおっか!」

どこか悪戯っぽい表情をつくり晴樹の隣に座ってくる。私、いちごのヘタ取るの得意なんだよ、なんて言いながらヘタを取り食べやすいようにして渡してくる。

「はいっ!どうぞー」

「わざわざありがとうございます!・・・美味しい・・・」

「真赤だから甘いね!ふふふ!こんなに起きてたの久々かも」

時刻はもう明け方。夢よるが終わり現実あさがやってくる。きっとまた二人ともいつも通りの朝を迎える。相変わらず晴樹は自分で凄いことをしているとも知らぬままいつも通りの生活へと戻るのだろう。けれど、きっとそれは素敵なこと。朝が来るあと少しの時間だけ晴樹は花との二人の夢の時間を過ごす。いつもよりも朝日が昇る時間が遅い気がする。でも、それは、きっと誰かから晴樹に向けられた感謝の奇跡プレゼントなのだろう。

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それは、そうなる為にあるもの 明日ゆき @yuki-asita

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