/伝わる、その明日から
「それで、ですね!」
「あははっ!そうなんですか!?」
好意を持っている女性が他の
「晴樹!花さんって面白い人だなっ!なんでもっと早くに紹介してくれなかったんだよ!」
「あ、いや。別に・・・」
「そうだよー!私にも紹介してくれればよかったのに!前橋さんって凄く面白いよ!」
「あ、そ、そう・・・それは良かったね」
彼が言葉を言い終わる前にはもう二人の世界に戻っており、一体全体なにをもって自分の名前を呼ばれたのかよく分からなく、ただ、悲しさと虚しさしか彼の周りには残っていなかった。窓を開け新鮮な空気を吸い気分転換しようにも辺り一面には車ばかりで換気にはならない。彼はこの罰ゲームのような空間を脱したく一番かなしい選択をするしかなかった。
「昨日はあんまり寝てなかったし・・・目的地まで寝とこ」
湯船につかるように彼は静かにゆっくりと夢へと入り込んで行く。車のちょっとした揺れ加減が余計早く彼を夢の世界へと誘って行く。しばらくすると膝の辺りが重く感じたため寝ぼけ眼で薄眼を開け見てみる。と、コンビニの袋が器用に置かれていた。隣の席にでも置いておいてくれればいいのにどうして膝に?なんてな事を寝ぼけながら思っているとバックミラー越しに前橋と目が合う。
「目覚めたか?」
「あ、うん。どのぐらい寝てた?」
「三十分ぐらいかな?」
「えっと・・・花さんは?」
「ぐっすり寝てるよ」
そう言うと前橋は助手席へと視線を向け、改めて前を向き口を開く。
「でも、本当に助かったよ!マジでありがとうな!!」
「それは良いけど前橋が好意?思ってる人は一緒に乗車しないの?」
晴樹がそう言うと前橋は乾いた声で笑う。
「彼女は主催側イベンターだぞ?参加側になれる訳ないだろ」
「ん?でも、男女ペアで参加なんだろう?このメンツだと一人余らない?」
「ふふっ・・・そこは安心してくれ。男女ペアって言うのは嘘だったのだよ」
「はぁ?」
唐突な告白カミングアウトに呆れてしまい気の抜けた声が出てしまう。嘘までついて前橋はなにがしたかったのだろうか?意図が読めず不快な表情をしていたのだろう、慌てたような声色でこう続けてくる。
「あ、いや!本当はすぐに告白ネタばらししようと思ってたんだけど、なにかの運命の悪戯か、花さんが丁度善意で参加してくれるって言うじゃあないか。だったらこのまま黙っちゃえって思って!」
「ちゃえって・・・子供じゃあないんだからすぐに本当の事を言って謝罪しろよ。前橋ってすぐに、まいっか、って自己解決して周りによく迷惑かけるよね!いい加減そう言う癖治した方が良いと思うぞ?」
「まぁなー。すまん!」
「まあ、僕は良いけど・・・花さんにはどう説明したらいいか、だよなー」
「あ、それならお前が寝てる時にもう謝罪した」
「あ、そうなの?」
「おう」
「ならいいけどね。でも、花さんだから許してくれたんだぞ?」
「わーってるって!ごめん!!今度から適当に自己解決しませぬ!」
前橋の語尾がもう反省の色が無いことは分かったのでこれ以上言っても何ら進展はないと思い、膝に置いてあった袋の中を見る。と、そこには梅おにぎり、すこんぶ、緑茶が入っていた。すると前からまた声がしてくる。
「それ、花さんが買ってくれたんだぞ。俺が奢るって言ったのに運転してくれるからって言ってな。ホントお前の彼女って心得てるよなー」
「ぶっ」
「うわっ!なにしてんだよ!」
「ご、ごめん」
当然と言えば当然の勘違いなのかもしれない。前橋からみたら休日に男女ペアでキャンプをするというイベントについてくる女性は晴樹の彼女だと間違えてもなんら不思議は無かった。
「は、花さんが僕の彼女!?」
「良い人がいないとか言ってたくせにちゃーんと居るんだもんな。イヤラシイ」
「い、いや!そんなんじゃあないから!!僕と花さんはそう言った関係じゃあないって!」
何故ここまで必死に否定をしている自分が情けなくなってしまう。すると助手席の頭が少し動いた気がした。
「私が・・・なに?」
「へっ!?」
どこから出せばそんな情けない声が出てくるのか聞きたくなるような声で晴樹はとぼける。彼女もちゃんと夢と現実の境を彷徨っていたおかげか、なんとか誤魔化すことができる。バックミラーをみると前橋が悪戯に笑っていたのが少し腹立たしかったけれど、これ以上にこの空気、話題を車の中に漂わせておくわけにはいかなく渋々バックミラー越しで前橋を睨みつけるしか出来なかった。徐々にこちらの世界へと戻ってきた花はなにかを思い出したかのように手をパン。と、一度叩く。
「さっきは晴樹くんが寝てたから聞かなかったけど、今から行く場所で行われるイベントってなにをするところなの?ちゃんとキャンプとかはするの?」
確かにちゃんと前橋の口からなにをするのかと言うのを聞いていなかったことに気がつく。晴樹もまた花の発言に同意するように頷く。
「そう言えばちゃんとは言ってなかったね!キャンプはキャンプだけど・・・」
「?」
「?」
何故か少しだけ気まずそうと言うか言いにくそうな表情になり花と晴樹は首を傾げるしかなかった。そして、前橋は申し訳なさそうにこう続けた。
「実は・・・これキャンプコンなんだよ・・・ね・・・てへっ」
「キャンプコン?」
「おい、前橋・・・それって」
彼は自慢気に微笑み指をこちらに指してくる。と、
「そう言うこと!つまり何人もの男女が集まって何組かのグループを抽選で選び作って自然の中で切磋琢磨しながらご飯を作ったり遊んだりして運命の人を見つけようと言うとっても楽しいレクリエーションなのだー!!」
「なにが楽しいレクリエーションだよ!つまりは壮大な合コンってことだろう!?そう言う大事なことを何で目的地に到着しそうな時に言うかな!」
「へー。そんなのがあるんだー」
晴樹は驚き、花は感心しているようだった。晴樹の口調が強くなるのも分からないでもない。彼は友人の想い人と若干数名でキャンプをするものだと思っていた。が、そうではない。彼の口調からして相当な人数参加が予想される。それも彼はこうも言った。その場で抽選でグループを作ると。そもそも、彼みたいに心を惹かれている人が居るのにもかかわらずこう言った場に行ってもいいのだろうか?真剣に交際を求め足を運んでいる人々に失礼ではないだろうか?彼は数秒の間に色々な事を考え、前橋に言葉を向ける。
「人数合わせでもいい、前橋の気になる人の為に一肌脱いでもいいって思ってた、けどこれはどうなんだ?」
「どうなんだって?」
「だから、中途半端な気持ちでこう言う場に行くのは真剣に出会いを求めてきている人に失礼だと思うんだよね。そりゃあ、遊び半分で来ている人もいるだろうけどこれに賭けている人もいると思うんだ」
晴樹がいつもより真剣な声色で言うも前橋の耳には真剣な声は届いてはいなかった。バックミラーで晴樹を見ると少し微笑みながら口を開く。
「お前ってホント、いい奴だよな。そこまで他人のために考えてあげれるなんて良いと思うよ」
すると、助手席に座っていた花もまた小さく数回頷いていた。
「でもな?大丈夫だって。そこまで重苦しいイベントじゃあないし。年齢層も若いからみんなホント気さくに来てるだけだって。だからそんな心配はノープログレム!・・・よっし、着いたぞー」
ハンドルを切りながら彼は目的地でもある緑新公園の駐車場へと車を止める。窓の外を見てみると結構な数の人が楽しそうに談笑をしたりと随分と思っていた以上に軽い感じであった。しかし、何故か男性は男性のみ、女性は女性のみでの会話が多く見られる。合コン?の前ならそんな物なのだろうか?しかし、なんと言うかここまで徹底して異性同士が同じ空間に居て会話をしていないなんて薄気味悪くもあった。いや、この感じどこかで見覚えもある。すると、シートベルトを外しながら花が笑い後ろを向いてくる。
「なんかさ?ここの人達って中学生みたいじゃあない?」
「中学生?」
「あ、別に馬鹿にして言ってるんじゃあなくて、初々しいと言うかなんと言うか。中学生の頃って男子は女子わたしたちと恥ずかしがって会話したがらなかったもん。ここの人達もそんな感じ」
「あぁ。それだ!僕もどこかで体験したことのある感じだと思ってたんだ!」
「でしょ!ふふふっ」
妙に懐かしそうな表情をしつつ彼女はどこかワクワクもしているようだった。車から降りると同時に近くにあったスピーカーがブオンと言う低めの音が鳴り女性の声が聞こえてくる。
【お待たせいたしました。これより男女別れて頂きクジを引いて頂きます。引いた紙には番号が書いてありその番号の場所へお集まりくださいますようお願いします】
放送のようなものが終わるとゾロゾロと談笑していた人々がくじ引き場へと歩きだす。花は晴樹を見ていたが晴樹はどうしたらいいのか分からずその場から動くことが出来ずにいた。そもそも、コレはあれだろう。あれと言うのはクジによっては花と一緒の組になれないと言うこと。分かっていたけど気づきたくなかった事実。花が他の男性と楽しそうにキャンプをしている光景を描くだけで絶望が襲ってくる自信がある。が、別に花は彼にとっての親しい友人の一人であるからこんな事を思うこと自体、お門違いと言うやつだ。そんな事は重々に承知しているけれど仕方がない。もやもやと色々な事を考えているとどこかへ行っていた前橋が駆け足で戻ってくる。
「お待たせ!えっと、花さんと晴樹は十二番のキャンプ用品の場所に行ってくれ」
「へ?」
そう言うと晴樹が赤色で書かれた十二番の数字と黒色で書かれた十二番の紙を渡してくる。咄嗟の事で晴樹の頭の中は整理が上手くつかずにいた、がその隣にいた花はクスリと微笑みながら晴樹を見てくる。
「前橋さんが私たちは一緒の方がいいからって運営の人に話しをつけてきてくれたの」
「わぉ!」
前橋の粋な計らいに驚き過ぎてしまい外人のような反応をしてしまう。それを見た前橋、花は爆笑してしまう。晴樹もまた照れながら笑い前橋に感謝していた。考えていないようで彼は色々と考えてくれていた。自分の事ばかり考えていた事に恥ずかしくなり無意識に前橋に頭を少しだけさげていた。彼は笑いながら肩を叩いてくるだけでなにも言ってはこなかった。前橋は少し用事があると言いまたどこかへ行ってしまったため晴樹、花の二人は十二番の数字が書かれているフラッグへと向かい歩きだす。各番号にも続々とメンバーが揃い始めぎこちなく挨拶をしている人の姿があれば、自己主張が強いのかまるで自分が一番仕切りが上手いと豪語しているような男性がサバイバルとはなにか、なんて偉そうに語っているところもある。色々な出会いを目の当たりにして彼は少しだけワクワクし始めてもいた。きっとなにか楽しいことが起こりそうな、そんな予感がしていた。キョロキョロと周りを見渡している晴樹を花は微笑ましく見ていた。
「楽しそうだねっ」
「えっと・・・楽しくなるかもしれません・・・花さんは大丈夫ですか?こんな合コン見たいな場所に来ちゃって」
「私は大丈夫だよっ。知らない人と協力してキャンプするなんてちょっと楽しみだったりもするし!」
両手で握り拳を作りながら喋る彼女を見るだけで彼の鼓動はいつもの倍早く脈を打ち始める。
「んー。でも、最初は驚いたけどやっぱり自然の中で体を動かすっていいかもね?って言うか、みんなで力を合わせてキャンプってなにをするんだろうね?テント立てて、ご飯作って・・・それだけ?」
「言われてみれば・・・」
彼女が言ったようにやることと言えばそのぐらいしか思いつかない。しかし、きっと会社が主催しているのだからなにかイベントのようなものもあるのだろう。とりあえず目的のフラッグへ着き立っていると後ろから声をかけられる。振り向くとそこには黒に黄色のラインが入ったお洒落なマウンテンパーカーにショートパンツにレギンスをはいた明らかにお洒落女子が声をかけてくる。咄嗟の事で晴樹は動揺しあたふたとしてしまう。その様子を笑いながら見ていた花が彼女に声をかける。
「始めまして!あなたも十二番グループの方ですか?」
「は、はい!始めまして!私、浅井ひろって言います!初めてこう言ったイベントに参加するのでよろしくお願いします!」
そう言うと深々と頭を下げてきたため慌てて晴樹も頭を深々と下げる。
「ふふっ。私も初めて参加するんだー。私は・・・」
「僕は・・・」
お互いに自己紹介をし終わり彼女も最初の辺りは緊張している様子だったが次第に打ち解け三人で談笑していると、また、次は少し声が低めで男らしい声が晴樹の背中を押す。すぐさま振り向くとそこには山男と言ってもいいぐらいが体が良くイカツイ男性が晴樹こちらを見ていた。
「君も12番メンバーか?」
「えっと・・・そ、そうです」
花の前だと言うのに彼は大柄の男の気迫に押されてしまい情けない声を出してしまう。戸惑った彼を見かねてか浅井が元気な声で大柄な男性に声をかける。
「こんにちは!浅井ひろって言います!えっと・・・貴方は?」
「あ、自己紹介もせずに急に声をかけてしまって、すみません!俺・・・僕は岐阜真朗って言います!」
「ほえー!岐阜って苗字珍しいですね!!すぐに覚えれそうです!よろしくお願いしますねっ!」
浅井の明るさに助けられ晴樹は彼女の後ろでこそこそとしているのが精一杯だった。その姿を見て花はクスリ、と、彼らしいな。なんて微笑みながら見ていた。すると大きな体をひょっこりと横にずらし晴樹、花の方へと視線を向け第一印象とは全然違いごつごつとした顔を和らげ笑いかけ手を差し出してくる。差し出されたごつごつとした男らしい手を握ると彼もまたグッと力を入れてくる。
「えっと・・・先ほどは名乗らずに急に声をかけてしまってすみませんでした!どうも、俺・・・僕は緊張していると顔が強張ってしまって。こんなガタイですから勘違いさせてしまったならすみません!折角の班になれたんですから楽しくよろしくお願いしますね!」
「あ、は、はい。こちらこそビックリしちゃってごめんなさい。えっと、」
「晴樹くんったら!こちらこそよろしくお願いしますね!花って呼んでくださいね」
乾いた気持ちの良い音が空に向かった響き渡る。花がしっかりしなさい!なんて渇を入れるように晴樹の背中を叩いた音だった。彼も背筋が伸び改めて岐阜に対して会釈を済ませる。自己紹介も終わり次はなにをするのだろう?なんて考えていると一定の距離に立てられているスピーカーからごそごそと音が漏れる、と女性の声が聞こえてくる。
【それでは各グループが決まったところで先ずは、今日泊まって頂くためのテントを共同で作っていただきます。始めて会話をする方ばかりだとは思いますが、キャンプとは協力が不可欠。楽しく、和気あいあいと各自の分担を決めテント作りを開始して下さい!特に男性は高感度を上げるチャンスですよー!では、番号が書かれた場所に行き早速作ってくださーい!完成しましたら、しばらくは自由な時間なので改めて自己紹介などしてはいかがでしょうか!?ではー!!スタートー!!】
妙に高いテンションの放送を聴きつつ辺りを見渡すと他のグループ達は楽しそうに番号が書かれた場所にゾロゾロと向かい始めていた。かく言う晴樹たちも放送を聴き終わり目的地まで歩いていく。花、岐阜、浅井は楽しそうに会話をしつつ歩いていた、が晴樹は少し遅れて歩いている。何故なら三人よりも少し多めのキャンプ用品を持っているからだ。目的地に行く前にフラグの下にキャンプ用品が数多く置かれておりそれを運ぶジャンケンに負けてしまったからだ。岐阜が荷物持ちに立候補したのだけれど、それじゃあ面白くないだろう。と、浅井がいいジャンケンに決まり、一発で敗者が決まる。それが晴樹だった。男性だからと言ってキャンプ用品を持ち歩くだけでも結構な労力を必要とする。彼が持っているのはテント一式、タープ一式、ガスランタン二つ、バーベキューコンロ、もはやジャンケンに負けたぐらいで持たせる量ではない。じゃんけんで決めるのはもう少し可愛らしい罰と言うか笑って許されるようなものである。が、彼に課せられているのはただの重い罰である。
「ジャンケンで決めるにしても・・・もう少し量を均等に分けて欲しかったよ」
文句を言おうにも少し前を楽しそうに歩いている彼ら達に届くことは無く、ただ悶々と重みと戦いながら彼は目的地まで歩いていく。しばらく歩いていると十二と言う数字が書かれたフラグが刺さっある場所へと着きフラグの近くに道具を置きながら浅井が声を弾ませる。
「晴樹さん!お疲れ様でした!本当に最後まで運びきりましたねっ!花さんが言った通りだ!」
「花さんが?」
「はいっ!晴樹さんすっごく大変そうに運んでていつ助けを求めてくるのかなー?なんて思っていたんですよ!?晴樹さんって見た目からしてひ弱そうだからすぐに言ってくると思ってたんですよ!!」
ほぼ初対面でここまで失礼なことを言える子も今の時代珍しいのかもしれない。怒気よりも彼の思考で優先順位は花が自分に対してなにを言ったか、だったためいつになく失礼な言葉を流すことが出来た。それに、彼女は悪意を持って言っている訳ではないと分かるため最初から怒る気にもならない。それよりも早く花がなにを言ったのか、が気になって仕方がなかった。
「でも、花さんは晴樹くんは任された仕事はちゃんと責任を持ってやる人だからきっと助けは求めてこないと思うよ?って微笑ましく言ってました!」
自然と晴樹の左手はグッと握り拳を作っていた。本当は跳ねて喜びたかったのだけれど人前であるため小さく幸せを噛みしめるだけで我慢をする。花、岐阜の二名は手際よく晴樹が運んできたテント袋から骨組みなどを取りだし中に入っていた説明書を読み始めていた。浅井、晴樹ペアは二人のテキパキとした行動に呆気を取られていた。だからと言ってそのまま眺めている訳にもいかず、いつになく機転を働かせ動き出す。岐阜が司令塔となり袋から全部出し地面に置くところから始まった。テキパキとした指示のお陰で始めて作ったテントはすんなりと苦戦することなく完成する。その後、タープも作り時間まで暇になってしまう。タープの下に集まり岐阜が私物としてもってきたクーラーボックスを囲むように簡易椅子を置き少しの間、休息を取ることとなる。
「好きな物を取って飲んで下さい!特に晴樹くんは重い荷物を持ってくれたんだからしっかり飲んで下さいね!」
そう言うと岐阜は豪快に午後の紅茶を手渡してくる。テント作りで距離も近くなった晴樹もまた出会ったころとは違い笑顔で受け取る。自然の中でコミュニケーションをするといつも以上びスピードで初対面の人と仲良くなれる気がする。このキャンプコンと言うのは意外とカップルだけではなく友人を作るイベントとしても良いのかもしれない。花、浅井もクーラーボックスから好きな飲み物をゴクゴクと気持ちよさそうに飲んでいた。その姿に一瞬、見蕩れそうになってしまったがすぐさま我に返り少し温くなった紅茶を飲む。
「あ、そう言えば!今日の夜ご飯とかってやっぱりみんなでバーベキューとかするんですかね!?なんだか外でご飯とか久々だから楽しみだなー」
子供のように浅井はそう言うと花もつられて口を開く。
「だよね!私もこうやって外でしかも、今日あったばかりの友達とご飯を食べるなんて初めてだから楽しみー」
「確かに!俺も・・・僕もそう思います!」
「もう、俺で良いですよ!あははっ」
花の言葉に続けるように岐阜も嬉しそうに話しだし浅井は相変わらず話しの中心に居る。晴樹も彼女たちほどではないけれど会話に参加で来ていた。しばらく話しをしていると、浅井が三人の顔を順番にニコリと微笑みコホンと咳払いをしたかと思えば椅子から立ち上がる。
「えっと・・・時間もまだありそうだし!!少し探検でもしませんか?思った以上に各班ごとに場所離れてますし・・・それに・・・フフフ・・・ちょっと気になる場所があるんですよ」
浅井は子供が悪戯を模索しているような表情を浮かべながら少し先にある山へ視線を向けていた。花、岐阜も探検にはまんざらでもないらしく微笑み、笑いながら椅子から立ち上がる。晴樹も立ち上がるが彼女たちのように明るい表情ではなかった。そう、あの森を最初、見た時に感じたのは靄がかかっているというか薄気味悪い、と言う印象だった。しかし、もう一度見てみると先ほど感じた感覚は無くなっており止める理由もないことから仕方が無く付き合うことにした。
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浅井を筆頭に四人で少し先にある森へと向かい歩いていく。目的地でもある山までは近いようで微妙に遠かった。山もくてきちに向かうには嫌な雰囲気を感じた森を通らなければならない。晴樹は勘違いだ、なんて自分に言い聞かせながら歩き向かっていた。浅井は童心にかえり冒険心をくすぐられているのか、うきうきと足取りも口も軽やかに動き上機嫌だと言うことがよく分かる。岐阜も浅井の提案に意外にもノリノリで話題を個々にも全員にも合ったものを提供し、積極的に会話に参加している。晴樹は岐阜のそう言った配慮に圧倒されていた。圧倒と言うよりも感心と言う気持ちの方が大きいかもしれない。でも、悔しさもあった。花も岐阜の会話に楽しそうに答えているし、なによりも晴樹の話しで彼女があのような楽しそうな笑顔を見たことがない。こんな嫉妬のような情けない感情を抱いてしまっていることが悔しくもあり人間的にも引き離されているようで余計に気分が乗らない。だからと言ってそれを口にするほど、周りに悟られるような態度を出すようなことはしない。単に心で情けない、なんて思ってしまう。すると、花がなにか晴樹の雰囲気を察したのか近くへとやってくる。
「大丈夫?なんだか足取りが重そうだけど?疲れちゃった?」
「へっ!?」
彼女の心配してくれる言葉、表情につい嬉しくなってしまいどうすればこんな声が出るのか?なんて聞きたくなるような高く、鳥のような声が出てしまう。その声に花はクスリと手を口元に持って行き微笑む。体の体温が高くなっていくのが分かる。話しを逸らそうとすれば、するほど頭の中が白くなっていき言葉が上手くでてこない。気が乗らない理由を言ってしまえばいいのだろうけど、彼なりに彼女にはあまりそう言った霊感の事を言いたくはなかった。彼女はどちらかと言えば霊に魅られてしまう体質である。そもそも、霊に魅られてしまうことは誰にだってある、が花は人と比べて魅られてしまう確率が多い。単に、霊感があるからということもあるのだろうけど、もう少し何か理由があるような気もしている。だからと言ってそう言うプライベートの事を聞く勇気もある訳もなく気になったままである。
「やっぱり晴樹くんってたまに面白くなるよね」
「面白くなるって」
苦笑いを作りつつも内心は彼女と二人で会話ができていることが嬉しかった、がそんな時間を破壊するかのように浅井が元気いっぱいの声で話し始める。
「そう言えば、みなさんはどうしてこのイベントに参加したんですか!?私はもちろん面白そうだったんで参加しただけなんですけどね!出会いもそれはあれば良いなーなんて思ってるんですけどねっ!!」
ニシシなんて悪戯な笑顔を向け笑ってくる。正直なところ花がこのイベントの事をどう思っているのかちゃんと聞いていなかったため彼は二人の会話時間を潰されてしまったが、浅井に対して感謝の意を心の中で向ける。すると、岐阜が頭をかきつつ妙に照れくさそうに口を開く。
「俺はもちろん恋人を探したいって言うのもあるんだけど、キャンプって言う言葉に惹かれて参加したんだよね。俺ってキャンプが人一倍に好きで、その好きなことを異性と一緒にできるなんて幸せで、それに、このイベントに来るってことは大なり小なり外で遊ぶことが好きな人が来るってことだから・・・俺のためのイベントかなって思って参加しました。やっぱり出会い目的でした!すみません!!」
「なんで謝るんですか!確かに岐阜さんってテント作る時も手際よかったですもんね!やっぱりキャンプって男の壮大な遊びって感じがします!なるほどー」
浅井は大きく頷き笑いながら岐阜の言葉に賛同していた。浅井のキャラのお陰か岐阜もまた遠慮せずに正直に言えたのだろう。言い終わると頭を下げる。と、自然と三人が拍手をしてしまう。その光景にまた四人で笑い合う。すると浅井が花の方へと手を向ける。花も自分の番なのだと思い小さくうなずき口を開く。晴樹はグッと無意識に耳に力を入れてしまう。
「私も正直なところ出会いを求めてきた訳じゃあなくて、晴樹くんの友達の方に連れてきてもらったんです。最初は外で色々とするんだ!楽しみ!ってぐらいにしか思ってなかったんだけど、こうして浅井さんや岐阜さんと知るはずがない方と知り合いになって仲良くなれるなんてすっごく嬉しい!・・・って浅井さんの質問とはちょっとずれちゃったかも。後半は感想になっちゃった!・・・えっと、参加した理由は特にないですっ!!」
アハハなんて少し苦笑いを作りながら笑っていると浅井も岐阜も嬉しそうに花を見つつ、そんな事なんて無いです!私、俺たちも凄く嬉しいです!なんて言っている。花も嬉しそうに何故か拍手をしていた。その光景に晴樹は見蕩れてしまっていた。なんて言うか彼女のほんわかした表情が可愛いかった。すると、妙な視線を感じたためその方向へ視線を向けると浅井がジッとこちらを見ていた。すぐさま晴樹は視線を空へ向ける、と浅井が口を開く。
「次は晴樹さんですよ!!」
「あ、はい!」
何故か彼女には自分の心の中が見透かされてしまったような感覚を覚え背筋が伸びてしまう。
「えっと、僕も花さんと一緒で友達になにがあるのか言われずついてきちゃって。それで今に至ります!目的もなく来るのは失礼だと思ったんだけど浅井さん、岐阜さん、花さんのメンバーでよかったです!」
「なるほど!なんか結局また自己紹介みたいな感じになったけどみなさん色々な理由で来てるんですね!他の人もどんな気持ちで来たのか後で聞いてみたいなー」
しばらく歩きながら山を目指し歩く。途中に生えている色々な草の説明を岐阜がしれくれる。本当にサバイバーと言う感じで、本人曰く、ナイフ二本で一ヶ月は山籠りはできますね、だと言う。確かに嘘ではない気がする。色々と知らない名前の草を切り何本か口に入れたりもしている。歩きながら岐阜の雑草試食会が行われていた時に腕の裾を引っ張られ、振り向くと浅井がいつになく真面目な表情をしつつ晴樹を見ていた。どうしたのかと思い、口を開こうとした瞬間に浅井の方から口を開く。先ほどの声色とは違い晴樹にだけ聞こえるような声で。小さくボソッと
「晴樹さん・・・私たちの後ろから誰かついてきてませんか?なんだか、足音が一人分多い気がするんです」
晴樹は一気に血の気が引いてしまう。晴樹の耳に入ってくる音は草木が風に揺られカサカサと擦れる音でもなければ岐阜が誇らしげに話している声、感心そうにしている花の声でもない。もちろん浅井も今はこちらをジッと見て口を開いていない。晴樹の耳に聞こえてくるのは確かに誰か視えないナニカの足音、だった。
ドクン、ドクンと心拍数が早くなってくる。運良く岐阜、花はその何者かの足音には気になっていないようで未だ熱心に食用雑草の知識を岐阜が花に叩きこんでいるようだった。が、浅井はそうじゃあない。知ってしまった。いや、きっと気がついてしまったのだからなにかに魅られてしまったのだろう。少しでも意識を感じてしまったらそう言うことだ。もう、なにかなんて言う必要ない。そう、きっと晴樹と浅井を魅ているのは人間ではなく森に住んでいる動物でもない。霊だろう。ごくりと生唾を飲んでしまう。その音が森中に響き渡ってしまうのじゃあないだろうか、と思うぐらいに大きな音に聞こえそれだけ他の音が晴樹の耳には入ってきていなかった。浅井の方へと視線を向けると彼女もまた晴樹を見ており心配させないように、彼女なりに「大丈夫です」と伝える意味も込めているのかニコリと無理やり笑顔を作る。彼は奥歯を噛みしめ、彼女を安心させるように口元を緩める。
「大丈夫。怖いものを怖いと思うのは当たり前の感情だよ。それよりも、なによりもこの場所から一旦離れた方がいいね。まだ、浅井さんも感じるだけで魅ていないだろう?」
魅ていない。そう、彼ら達は人間を魅ることがあってもそれに気がつかれているのかを判断するには彼らを見る必要がある。きっと浅井の口ぶりからして足音が多いと違和感を覚え話しかけたに違いない、いや、そうであってほしかった。晴樹なりの願望も込めた問いかけに彼女はコクリと頭を下げる。
「はい。怖かったので音がする方には視線を、見ないようにしていました。もしも、変な人が歩いて来てて視線でもあったら怖いですから」
「そっか。よかった。ごめんね。もう少し意識しておけばよかった」
「?」
晴樹の謝罪に彼女は首をかしげる。それもそうだ。急に唐突に何もされていないのに謝罪をされると何が何だか分かるはずもない。しかし、彼は少しばかりこの辺りには嫌な感じがするということを最初の辺りで気がついたのだから、もう少し何らかの対処の仕方があっただろう。また浅井が魅られてしまっただけであっても彼には罪悪感が生まれてしまったため謝罪したのだろう。けど、そこまで思っていてもわざわざ本人に全て思っていることを説明する訳にもいかずただ自然と彼女が魅られてしまった事実を受け入れそれを自らの失態として処理し謝罪をしたのだろう。「今から行く方向には嫌な感じがするから行かない方がいい」なんてな事を言っても大体は笑われるか引かれてしまうのだから仕方がないことなのかもしれないけれど。晴樹はもう一度ニコリと微笑み浅井を安心させるように表情を和らげる、とクスリと浅井は微笑んでくる。ふっと垣間見えた幼き記憶。小さな少女が花で作った冠を頭にかぶせてくる。とても暖かく優しい無邪気な笑顔。体全体に伝わる甘い花の香り。
「・・・えっと・・・どうかされましたか?」
心配そうに浅井は晴樹の顔を覗くように見ていた。思った以上に近かった顔に驚き少しばかりのけ反ってしまう。その姿が面白かったのかクスリと笑う。
「なんだか、晴樹さんって先ほどよりもたくましく見えます・・・ふふっ。不謹慎ですよね。変質者が近くに居るかもしれないって言うのにこんな事を言っちゃって。でも晴樹さんが大丈夫って言って下さったので安心しました!それに格闘家みたいな岐阜さんが居れば安心かっ!」
アハハなんて照れくさそうに笑うと晴樹の真隣に立ってくる。晴樹もただ、不器用に笑うしかなかった。確かに変質者がでたらきっと岐阜が一発パンチで大体の生物は片付けてくれるだろう、けれど、今回は岐阜の手でも余る相手であろう。なんせこの世にはもう存在していないものなのだから。すると急に黙りこんだ二人が気になったのか花、岐阜が不思議そうに仲良く雑草を持ちこちらに視線を向けてきていた。
「晴樹くんに浅井さん?どうしたの?岐阜さんの話しがつまらなくなっちゃった?」
相変わらず思ったことをストレートに言う方だ。もう少しオブラートに包んで言えばいいものの、しかし岐阜さんも笑い流してくれているようだ。すると浅井はお腹を押さえ笑いだす。
「すみません!言いだした私が言うのも何なんですけど!お腹が空いちゃって!戻ってお菓子食べませんか!?」
浅井の度胸と言うか口から出た言葉に目を見開いてしまう。足音が後ろからするのであれば進むと言う単語が出てきても戻ると言う単語は出てこない、だろう・・・多分。変質者と言っていたので彼女自身は足音のようなものは霊の仕業だとは思っていない。実質、晴樹自身も今現在は後ろから、歩いてきた方向から嫌な感じはせず脂汗もかいていない。彼女の選択は正しいのであるけれど自分から言いだすことに純粋に晴樹は驚いてしまっていた。浅井の発言に思いだしたかのように岐阜のお腹からグーと大きな音が聞こえてくる。その音に花、浅井は笑う。岐阜もまんざらではないのか頭をポリポリとかきながら笑っている。ほんわか気分を味わいたかったのだけれど晴樹はそれ以上に早くこの場所から立ち去りたい、と言う気持ちが大きく動く。
「よ、よし!じゃあ、浅井さんがお腹すき過ぎてもいけませんし!急いで戻りましょうか!僕もちょっと小腹空きましたし!」
早々に晴樹は来た道を戻りだす。浅井、岐阜も晴樹についていくように後ろからついていく、が花だけはいつもの彼ではないと感じ取ったのだろう。少しばかり目を細め疑いの眼差しを向けつつ歩きだす。花は一見ほんわか優しそうに見えるけれど隠し事をされるのが嫌いな性格である。徐々に遠くからではあるけれど人の笑い声や命あるものが放つ独特な雰囲気が晴樹の頬をツンツンと指す。少ししか歩いていないようで意外と歩いていたことに気がつく。後ろからは楽しそうに三人の笑談が聞こえてくる。晴樹も内心混ざりたかったのもあるけれどとりあえずは少しでも森から離れたく黙々とテントのある場所まで歩いていく。そうしていると見慣れたフラグが立っていた。
「あ!結構歩いてましたね!それー」
浅井がそう言うと両手を広げテントのある場所で走り向かう。それにつられて岐阜もまたごつごつとした体を俊敏に動かし浅井の後を追う。いっけん大男がか弱い女性を追いかけているようにも見えて苦笑いを浮かべてしまう。
「苦笑いを浮かべるぐらい余裕は出来たんだね?」
横を向くと先ほどまでは雑草の知識を学び喜んでいた花の表情がムスッとした怒り顔になっていた。一瞬、晴樹はたじろんでしまう。彼女が決まってこう言う顔をする時は九十五パーセントとばっちりで怒られるからだ。大人のように見えて彼女は意外と中身は子供である。しかし、こう言ったギャップもまた晴樹がほれているところでもある。
「な、何のことでしょうか?」
「あー!またそうやってはぐらかすんだー。私、知ってるもん。晴樹くんがたまに突然に挙動が不審になる時は決まってなにか隠し事をしている時だもん。絶対に晴樹くんなにか私に隠し事をしてるでしょっ!」
そう言うと彼女は後ろに組んでいた手を離し肩にチョップをおみまいしてくる。当然、彼女の華奢な体から出されるチョップは成人の男性が受ける分にはまったくと言っていいほど痛みは襲ってこない。むしろ、晴樹にとっては癒し効果がある、と言ってもいいぐらいだろう。花からしたら怒っているのにヘラヘラと笑っている晴樹の表情は当然腹が立つ。
「もー!晴樹くん!嫌い!」
「はっ!?」
花はプイとそっぽを向き歩く。晴樹は絶望の淵に立たされているような、希望を見失ったかのような表情でテントまで歩いていく。
「よお!どうした?そんな面白い顔をして?」
視線を声のする方へ向けてみるとスーツを着た凛とした女性、前橋、岐阜、浅井が仲良く椅子に座っていた。
「あ!前橋さんも私たちのグループなんですか?」
花は晴樹に向けていた怒り顔ではなくいつも通りの表情に戻り空いていた椅子に座る。つられて晴樹もどんよりした表情で椅子に座りスーツの女性がこちらを見ていたので軽く会釈を済ませる、と彼女も小さく頭を下げる。案の定、前橋が饒舌に話しを始める。
「えっと!このスーツを着ているとても美人な女性は皆さんも見たことがありますね?」
そう言いながら座っている人々に視線を向け頷く。
「そう!最初にマイクで話しをしていた方です!えっと、自己紹介・・・」
「前橋くん!初対面の人にそういう自己紹介はやめて欲しいんだけど!」
ため息をつきながら申し訳なさそうに前橋の言葉を止め口を開く。声も凛としておりできる女性とはこの人の為にある単語だと思わせるぐらいに仕事ができるオーラが漂っていた。呆れられている事も気がつかず前橋は情けなくニヤニヤとした表情をしている。きっと気になる人と言うのはこの人だろう。しかし、外見だけなら確かに釣り合っているような気もするけれど、内面的にはどうなんだろう。
「えっと、自己紹介が遅くなってしまいすみません。私は九条ひかりと言います。今回はわが社のイベントにご参加くださいまして誠にありがとうございます」
「ひかりさんですね!よろしくおねがいしますっ!でもー!どうして会社の方が私たちの班に居るんですかー?」
不思議そうに手をあげ浅井が彼女に質問をする。確かにそうだ。こう言ったイベント等は会社の人は基本的に外部から手助け等をするのではないだろうか?彼女は小さくため息をつき前橋の方を一瞬だけちらりと見るとまたこちらを見つつ口を開く。
「本当はお客様の空間に私たち社員が入ることは禁止されているのですが
誇らしげに前橋は頷き岐阜も「凄いですね」なんて言っているけれど女子側は皆声を出してはいないが軽蔑と非難の視線を向けていた。浅井、花がそのような視線を向けているといると言うことは相当、前橋の行動は褒められたものではない。九条は、やれやれ、と言う感じで諦めている様子だった。
「あ、そう言えば!」
思い出したかのように浅井は九条の方へと視線を向ける。
「この後ってなにかレクリエーションとかあるんですか?流石にテント立てて会話してだと飽きちゃいますよね?」
「それはご安心ください!色々とレクリエーションと言うかゲーム等を用意しておりますよ!それにこのイベントの一番重要なところは大人の子供ですので」
「大人の子供?」
岐阜、花、前橋は声を揃えて九条の発言に首をかしげる。九条はその光景を見つつ微笑む。
「ふふっ。えっとですね。このイベントのコンセプトは自然の中で
「マジかー!!こいつぁー楽しみだぜ!!」
前橋は分かりやすく喜んでいた。明らかにやましい心を持っていることがよく分かる。岐阜、花も怖いと言いつつもほほ笑んで楽しみそうにしている。しかし、ここで一番はしゃぎそうな浅井が意外にも冷静と言うか静かであった。
「どうかしたの?」
「え!?・・・い、いや!楽しみだなー!」
「・・・」
「あ、そう言えばちょっと喉渇いたな!岐阜さん!飲み物貰ってもいいですか?」
誤魔化すように彼女は笑顔を作り少し離れた場所にあるクーラーボックスの方へ歩いていく。晴樹を除く四人はなんだかんだ意気投合したのか楽しそうに探検に必要なものは何なのかを九条に探りを入れいた。先ほど見せた表情が気になり晴樹は浅井の後を追う様に席を立ち向かう。すると、浅井も別に晴樹と話したくなかった訳ではなさそうでしゃがみ込みペットボトルを1つ差し出してくる。
「ありがとう。それよりどうしたの?気のせいだったらごめんだけど、浅井さんなにか思うことでもあったの?」
「あはは・・・晴樹さんって最初の印象と全然違いますね。最初はひょろひょろの頼りなさそうなお兄さんって感じだったのに今じゃあ、少し頼りないけど心強いお兄さんって感じです」
褒められているのか分からなかったが薄笑いをしつつ空を仰ぐ。
「晴樹さんって過去とかって振り返ったりしますか?」
「過去?まあ、昔のアルバムとかを見ることはるかな。でも、たまに同級生とご飯を食べるときとかでそんなには思い出さないかな?」
そう言うと浅井は少しだけ渋柿を食べたような何とも言えない表情を向ける、と
「違います。
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「トラウマか・・・」
彼は少し遠い場所を見るように空を仰ぐ。別に忘れていた訳じゃあないし忘れようともしていなかった。いや、きっと信じたくなかったのかもしれない。信じてしまえばきっと本当にそれは過去になってしまうから。別にトラウマが悪いという訳ではない、と晴樹は思っている。トラウマを克服して新しい視野が広がることだってよくあることだ。【トラウマこそ人生の肥やしにするべし】学生の時に先生から学んだ数少ない名言でもある。若かりし頃の自分にはわからなかったけれど大人と言う分類に分けられた時、大人が口々に言っていた言葉が身にしみる。だからと言ってこの言葉を晴樹は誰かに言うつもりもなければ押し付ける気もない。人それぞれには価値観があり思考がある。トラウマを思い出すことがあるか?そう聞かれた時、どう答えていいのか分からなかった。ただ、純粋に思いだす事はあるけれど、ただそれだけ。浅井にとっては冷たい言葉になってしまうのかもしれないけれど、晴樹にはそう言った【過去を思い出す】と言う感情が少しばかり欠落しているようだった。それはきっと幼いころから周りの人間が視えてないモノを視てきてしまったから。そのことで彼は虚言癖があると言われてしまっていた。虚言癖と言われていたせいで救えなかった命がある。きっと彼のトラウマはそのこと。仰いで見ていた空は果てしなく全てを知っているような色。何もかもを包み込み受け入れてくれる色。全てを飲み込み個としての価値を無くしてしまいそうな色。色々な色が混ざった表情をしていた。瞳を一度閉じ彼は浅井へ視線を向ける。浅井もまた悲痛を向けるような表情に少しだけ躊躇いの色が混ざる。きっとそれは、晴樹もまた同じような色をした表情をしていたから。
「浅井さん、僕もね・・・」
「ごめんなさい!」
浅井は咄嗟に立ち上がり頭を深々と下げ謝罪をしてくる。一体全体に何がどうなっているのか全く分からずただ、ただ戸惑うことしか出来ずにいた。しかし、彼女はただ、ただ、涙を流しながしながら謝罪を続ける。その涙は自分に向けたものではなく晴樹に向けられた涙。彼女なりに察したのであろう。彼もまた同じ重さを背負っている、と言うことを。しかし、晴樹に分かるはずもなく咄嗟にポケットにしまっていたハンカチを出すとすかさず彼女に渡す。彼女も晴樹の好意を汲みハンカチを受け取る。ふんわりと優しくて甘い匂いがした。
「イチゴ?」
自然と匂いの疑問が口に出てしまう。自然を晴樹の方へと視線を向けてみるとニコリと優し微笑みを向けてきていた。
「そうなんだ。最近、新しい柔軟剤を買ってそれが日差しに浴びせると色々なフルーツの香りがするんだ。凄いでしょ?!」
「あはは・・・凄いですね」
どこかぎこちない空気が二人の周りを漂う。すると、意を決したのかグッと握り拳を作りながら浅井がこちらを見てくる。
「晴樹さん。実は私・・・」
「おーい!晴樹に浅井さーん!ちょっとこっちまで集合・・・ってどうしたの!?浅井さんが泣いている!!いや、泣いた後か!?目が充血してるし、なによりちょっと鼻声じゃあありませんか!!こらっ!晴樹!お前一体何をしたんだ!こらっ!」
間の悪いところに前橋が登場。気がつかなくていい所に気がつく。確かに第三者が見ればきっと女の子を泣かせている男子、と言う風にも見えなくはない。しかし、説明次第ではそうじゃあなかったのかもしれない。しかし、前橋が来たことによってちょっとばかり面倒くさいことになった気がする。晴樹は咄嗟に否定をしようと思ったけれど間接的には自分が泣かせてしまったのじゃあないだろうか?なんて思ってしまったせいですぐには否定が出来なかった、がすぐに浅井が否定をする。
「ち、違います!晴樹さんのせいで泣いていたんじゃあないです!花粉症・・・そう!私鼻炎なんです!それを晴樹さんに聞いてもらってて!だから晴樹さんを悪く言うのはやめてください!」
先ほどの少し幼く天真爛漫な雰囲気とは違う浅井に前橋も驚いたのか戸惑いの表情をしつつも頷く。
「そ、そっか。花粉症で鼻炎ならし、しかたないな!そっか、そっか!とりあえずもう少ししたら宝探し?が始まるらしいから一旦最初にいた場所まで集合だってよ!」
そう言うと前橋は花たちがいる場所へ戻り椅子の片づけを始めていた。なによりも花粉症で鼻炎持ちと言う言葉を素直に信じられるところが凄いと感心してしまう。浅井もこの手で誤魔化せるとは思っていなかったらしく意外そうな表情を晴樹に向けてくる。
「本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です。急にホント、すみませんでした!ハハハ・・・まいったなー。これじゃあちょっと痛い女の子として見られちゃうよ・・・しまったなー」
そう言いながら浅井は苦笑いを浮かべる。ここで「そんな事はないよ」なんてフォローを入れてあげることができれば男としての株は上がったのだろうけれど晴樹はそう言った事に疎いため何も言うことなくただ、彼女の側で同じような表情をすることしか出来なかった。
「さて!気を取り直して行きましょうか?!遅れて行って気を使われても申し訳ないのでねっ!よーっし!私が一番に宝を見つけてヒーローになってやりますよ!」
彼女は自分になにかを言い聞かせるようになにかボソッと言うと出会ったころのように元気はつらつの女の子に戻る、が晴樹はその姿が痛々しく見てられなかった。晴樹でさえ分かる偽物の元気。きっと彼女は気を使ってそうしているに違いない。分かっているのに晴樹は何も出来ない自分に苛立ちを覚える、が彼女がそう振舞うのであればこちらもきっと同じようにするべきだと思い晴樹もまた笑顔を作り向ける。
「そうだね!僕たちの班が一番に見つけて目立とうね!!」
「はいっ!同じ班だけど晴樹さんにも負けませんよー!」
そう言いながら彼女は走りだし少し先に歩いていた前橋たちと合流をする。晴樹もまた前橋たちの居る少し後ろに少し距離を開けつつ歩く。浅井は周りの空気を感じ取り早速会話の中心へと不自然なく入っていく。けれど、晴樹にはその自然さが不自然に感じてしまう。どこか周りの目を気にして自分を殺しているような。自分を見せているようでまるで見せていない気がしてならなかった。まるで昔の自分を見ている気がして体の奥から妙に暖かくふつふつとした熱きもちが顔を出してくる。頭を数回振り気持ちを切り替えようとする。彼女が切り替えているのだから他人である彼が気にする事ではない。気にすることこそ優しさのように見えるけれど、ただの偽善おせっかいである。本人が入って欲しくない場所なら勝手にそれも土足で入る訳にはいかない。けれど、お節介だと分かっていても彼女が先ほど見せた表情が気になってしまう。分かっている、頭では分かっているけれど晴樹はそうそう感情をすぐに切り替えれるほど賢くはなかった。
「あーもう。自分が腹立つなー」
「なーにが腹立つの?」
「うぇ!」
「な、なんて声だしてるの!」
独り言を言ったつもりがいつの間にか隣で歩いていた花に聞かれ疑問を聞きかえされてしまい喉の奥から変な鳥のおもちゃが出しそうな何とも言えない甲高い声を出してしまう。彼女もそんな人間のどこから出たか分からない声色に多少驚き戸惑っているようだった、がすぐにクスリと微笑み晴樹の顔を見てくる。
「どーせまた自分のことじゃあなくて他の人の事で悩んでるんでしょ?晴樹くんっていつも自分の事ではあまり悩まない癖に他の人の事だと必死に悩むよねっ!」
「癖にって・・・いや・・・まあ、そうなんですけどね」
「でも、どうせ!私には関係ないから相談できないっていうんでしょ?!もー晴樹くんってそう言うところセコイよねー!私だって少しは晴樹くんの力になれるかもしれないのにっ!」
なにも話しをしてくれない晴樹に向けられている怒りなのか困っている人を見てもなにも助けてあげることが出来ない自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えているのかどちらか分からない。でも、きっと後者の気持ちの方が強いのだろう。口調こそ晴樹を責めているように聞こえるけれど彼女なりに晴樹を心配しての事だろう。花の気持ちを分かっている晴樹は嬉しくどうしても顔がゆるんでしまう。嬉しくてゆるんでしまっているのだけれど花にはそうは見えなかったらしい。ぷくっと小さな頬を膨らませ非難を含めた視線を向けてくる。
「晴樹くんって意外と意地悪な男の子なんだねっ!」
「い、いや!そんな事はないですよ!僕が花さんにいじわるなんてした事なんて一回もないですよ!僕はただっ!!・・・・・・」
「ただ?」
「あ、いや・・・なんでもないです」
「あー!やっぱり!意地悪だっ!!」
好意を寄せている女性にそんな事を言われたら生きていけない。晴樹は必死に彼女の言葉を否定する。しかし、本当の事を言ったらきっと彼女自身も苦しめることになる気がしていたため本当の事は言えなかった。彼の脳裏にずっと微かに残っていたモノがあった。きっとそれがあるからこそ花には関わらせたくない、という気持ちが強かったのだろう。グッと喉の奥に力を入れゴクンと言葉を飲み込む。隣で歩いていた花も小さくため息をつく。
「さっきから本当にいつもと違うよ?さっきは冗談で嫌いとか言っちゃったけど本当に大丈夫?私で力になれることがあったらいつでも言ってね?」
「は、はい。ありがとうございます」
「それで!?一体何があったの?」
にこやかな表情で彼女はまた問いかけてくる。彼女はこう言った気になったら解決するまで問いかけてくると言う若干面倒くさい衝動を持っている。以前にも違う出来事でこう言うことがあったのだけど、あの時も相当に苦労させられてしまった。好意を持っている女性と話しが出来るだけで幸せだと分かっているのに何故か、あの時の再来か、なんて思うと気が重くなり小さくため息が出てしまう。
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しばらくの間、花はめげずに質問をしてきたけれどなんとかお茶を濁す事に成功する。苦肉の策で岐阜に教えてもらっていた野草の話題を向けると先ほどから質問をしていた事を忘れてしまったかのように野草の説明を得意げにしてきたのだ。こればかりは晴樹も苦笑いをするしかなかった。浅井も周りに気を使わせないように振舞っているのか元気よく前橋たちと楽しそうに会話をしつつ歩いている。ゾロゾロと集合場所に近づくにつれて人も多くなってくる。最初は緊張して顔が強張っていた人達も数十分で打ち解けたのか笑顔で会話をしつつ歩いている人ばかりだった。
「すごいですねー。ものの数十分でここまで人の表情が笑顔に変わるんだ!やっぱり自然で共同作業をする事って恋人を作るにはもってこいなのかもね!これ今後もはやりそうですな!ふむふむ」
浅井はどの立場で言っているのか腕を組み少し偉そうに口を開く。九条にも聞こえていたのか笑いながら頭を下げる。花、岐阜、前橋も浅井の言葉に微笑んでいた。しかし、晴樹だけはどうしても頬笑みを向けることが出来ずにいた。彼女が演技むりをしているように見えて仕方がなかった。ジッと浅井を見ていると、トンと岐阜が肩を叩いてくる。
「いやーいい天気ですね!」
「そうですね!これから宝探しがあるってことですから一番目指して頑張りましょうね!」
晴樹が握り拳を作りガッツポーズを向けると岐阜は驚いた表情をしたかと思えばニコリと微笑み握り拳を作り晴樹の手へとぶつけてくる。
「痛っ!やっぱり岐阜さんは力強いですねー。それに指の1つ1つが太い」
「おっと!ごめん!ごめん!ちょっと力を入れ過ぎてしまったかな?しかし、晴樹くん。もう少し筋肉をつけて男らしくならないと大切な人は守れないぞ!風邪なんかひいた時なんてすぐに熱を出すタイプだろ?」
あと、どんなタイプがあるのかとても気になったけれどこれ以上岐阜と話しをしていると筋肉談、野草談になってしまいそうだったため、いつもの悪い癖でもある笑いながら相槌を打っているとキーンと言う不快音が数か所に置かれていた黒塗りのスピーカーから主催者でもある会社員の声が聞こえてくる。スーツを着て堅苦しい雰囲気ではなく彼もまた私服姿であり客との距離を感じさせないような明るい親しみのある声色を使い説明を始める。数か所では雑談の声も聞こえるが殆どの人たちは彼の説明に耳を向けていた。多少ではあるけれど主に男性陣の辺りから熱も感じる。きっと同じグループの女性にいいところを見せることと最初に宝を取り夜の酒の肴にしようとしているのだろう。前橋もその一人なのか瞳の奥から力強い意思が伝わってくる。
「そして!なんと、一番最初に宝を見つけ持ち帰ってきたグループにはなんと!メンバー全員分の箱根温泉二泊三日券を差し上げます。もちろん、メンバーの方と行くもよし!一人旅に使われるのもよし!女性同士で仲良くなったならば女子会として行ってもよし!男子会としても使ってよし!よりどりごじゃれ!一番最初のグループ以外にもちゃんとした景品はありますので是非!頑張って宝を探し、ここへ戻ってきてくださいね!では、班の代表者は地図をとりに来て下さい」
一気にざわつき始める会場。先ほど興味がなさそうだった女性陣も楽しそうに話しを始めている。恥ずかしげもなく前橋は全力で走り地図をとりに行ってしまう。その姿を九条、浅井、花は呆気にとられながらも笑い見送っていた。晴樹は少しだけ関心をしてしまっていた。いつもなら呆れるなりするのだろうけど今回は違った。
「あれだけ好きな人の為に全力で動けるなんてすごいですよね・・・」
「えっ!?」
晴樹自身が思っていた言葉が自分ではなく隣から聞こえてきたためつい驚きの声を出してしまう。隣にはもちろん先ほどからずっと笑顔を絶やさないで居た岐阜が居た場所。姿はそのままで声も岐阜であるけれど、妙になにか違う気がしてしまう。霊に魅られてしまっているような不気味な雰囲気を纏っている。一体いつ霊に魅られた?晴樹の脈は嫌でも早くなってしまう。魅られる要素なんて無かったはずだ。一体どこで?晴樹の頭の中は混乱寸前であった、がそれでもこのままほっておくと花になにかあるかもしれない。そんな思いだけが晴樹を突き動かす。今にも消えかかりそうなか細い声で彼に話しかける。
「ぎ、岐阜さん?」
「・・・ん?どうしたんだい?俺のおでこになにかゴミでもついていたかな?ハハハ」
晴樹の知っている笑みをこちらに向けてくる岐阜は気さくに会話をしてくれていた彼そのものだった。しかし、どう言うことだろうか?先ほど感じた違和感は間違いなく本物だ。あれは確実と言っていいほど霊に魅られていたに違いない、が、その事を本人に言ったところで解決できるわけもない。もちろん晴樹にもそんな除霊のような大それた力なんて持ち合わせていない。ただ、感じることができるだけであったその後はいつも行き当たりばったりで解決してきたためこの様な場合の対処なんて最初から考えてはいなかった。花から言わせればきっと「何も考えなしで動くことは勇気ではなく無謀なことだよ!」なんて注意されるに決まっている。
「あれ?顔にゴミがついているだとベターだと思っておでこにしたんだけど面白くなかったかな?ハハハ」
「あ、いえ!とても面白かったですよ!」
「そ、そうかな?ハハハ!あとで前橋くんにも教えておこう」
豪快に笑い腕を組み女性陣が集まっている場所まで歩いて行ってしまう。その間も晴樹は岐阜の背中を目で追っていた、がこれと言って気になる事は無く普通の一人の人間に見えた。当然、先ほど感じていた違和感は無くなっていた。
「なんだったんだ。まるで岐阜さんの中に誰かが居たような・・・けど、今見てもそんなことないし・・・気をつけて見てるしかないな・・・なにかあった場合はいつものようになんとか出来るだろうし・・・うん。よっし、頑張れ・・・自分」
誰に言う訳でもなく自分に困った時にはこれを言えと母親から言われたように何度も呪文のように「大丈夫」と小声で唱える。
「・・・」
視線を感じ振り向くとほんの一瞬だけ浅井と目があったような気がした。声をかけようとした瞬間、全速力でこちらに向かってくる男が目に映る。両手には何故かスコップを持っており頭には何故かヘルメット姿。軽めの
「時間が勿体ないから一人で持ってきた!よし!とりあえず地図を頼りに探すらしいぞ?あと、スコップは岐阜さんと俺が持つから!」
息を切らしながらも前橋は両手に持っていたスコップを岐阜に1つ渡す、と水を得た魚のように岐阜のテンションは最高潮に達したらしい。彼もまた鼻息が荒くなっているようだった。その姿を見た花はツボに入ったのかクスクスと本人を目の前にして笑っていた。当の本人も満更ではないのかスコップを持ちながらボディービルダーの取る姿を真似したりして九条、浅井、前橋の笑いも取っていた。
「よし!早速宝探しに行こう!!目指せこのメンバーでの温泉旅行!混浴!混浴!!」
前橋は調子に乗ってしまうとつい思っていることが口に出てしまう。最初の言葉を聞いて女性陣も相槌を打とうとしていたようだったけれど後半の言葉を聞いて苦笑いをしつつ前橋の後をついていく。
「晴樹くんも早く来ないと置いていかれちゃうよ?」
花が振り向き不思議そうな表情を向けながら声をかけてくる。急ぎ花だけには悟られないように笑顔を作り小走りで向かう。しばらく歩き宝を探しているけれど流石にすぐに見つけれる場所には隠していなかった。各自配られる宝の地図の場所は違っており他の班についていけば見つけれる、と言う安易な方法は取れないように工夫されていた。各班バラバラに振り分けられた宝を探すのは至難の技であった、がこう言った無理難題を向けられれば向けられる程燃えたぎる男を知っている。今まさになにかを言いだそうとしている男。スコップを空へと突き上げなにかを宣言するように前橋は口を開く。
「ふふふ。分かった!分かったぞ!!みんな、戻ろう。答えはそこにある・・・箱根温泉混浴旅行は俺たちが頂いた!!」
前橋以外は当然のように何を言っているのかさっぱりであったけれど妙な自信を纏っている彼の姿は何故かいつも以上に説得力があり誰も戻ることに反論する人は居なかった。急ぎ足で戻ると会場には未だどの班も居らず簡易ステージには先ほど説明をしていた会社員の方が立っているだけであった。急ぎ向かい会社員の待つ場所へと向かう。
「おっと!流石スタートダッシュで一番に駆けだしたグループが戻ってきました!!・・・あれ?」
会社員は不思議そうにこちらを見てくる。流石に彼が何を思っているのかは手に取るようにわかったのだけれどそれ以上に前橋が勝ち誇ったように堂々と腕を組み笑っていたため皆、彼の言葉を待っていた。すると、誇らしげに彼は口を開く。
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「流石にあれは無いだろ!」
「俺は正解だと思ったんだよ」
宝探しも終わり夜ご飯の準備をしている時にたまらなく晴樹が口を開いてしまう。夜ご飯はキャンプの定番でもあるバーベキューであり火を熾す係、食材の調理係に分かれ分担することとなり男性陣は火をつけたり机を作ったりとして女性陣は野菜など楽しそうに切り会話をしている。岐阜に至っては必死に火をおこし飯盒をジッと見つめている。彼曰く飯盒でご飯を炊くといつもより五倍は美味しい白米が出来上がるらしい。しかし、炭でやるよりも枯葉、周りに落ちている木なので燃やした火の方が美味しくできるらしく一人黙々と作業に徹していた。手伝おうとしたけれど、上手く断られたためすることが無くなり火を見つめつつ前橋と雑談をするしかなかった。炭を突きつつ晴樹は少しだけ呆れた声を出してしまう。
「誇らしげに、宝物は目的地まで行く間に培った友情です、とかよくそれが正解だと思ったね。会社員の人、凄く困った表情してたぞ?それに僕らだって恥かいたし」
「でもよ?俺のお陰で特別賞もらったからよかっただろ?」
そう言いながら特別賞と言うことで貰った麦茶一ケースの封を切り取りだし一本投げてくる。
「にしても凄いよな!ビールも各班に一ケースずつ配るとかどれだけ気前がいいのかって話しだよな!」
「まあ、確かに気前はいいね」
パチパチと炭が爆跳する音はいつ聴いても心地が良い。自然と耳をすますため目を閉じる。楽しそうな話し声、遠くから聞こえてくる他の班の笑い声、クスクスと何やら良からぬ企みを思い描いているであろう笑い声。自然とため息が漏れる。
「前橋さ。もう少し自然を楽しもうとか思わないの?」
「え?どうしたんだよ急に?」
「さっきから嫌らしいというか男の欲望を現したかのような笑い方してて、正直言うと気持ち悪いよ?多分、無意識に笑っていることなんだろうけどそれって女性陣からしたら凄く不快と言うかあまり快く思われていないと思うよ?」
友人の言葉に彼は意外そうな表情でこちらを見てくる。グッとお茶を流しこみ前かがみになり周りに聞こえないような声で、
「マジかよ・・・でも、多分ここに来ている男は大なり小なりそう言うことを考えていると思うぜ?やっぱり恋人を探しに来たんだから少しぐらいエロイ事を考えないと逆に失礼だと思うんだ」
「何が逆だよ」
これ以上、前橋に何を話しても伝わらないと諦め火バチで炭を突いていると、前橋が肩を叩いてくるなり、
「火の調節は任せた!俺は九条さんが居る調理を手伝ってくる。岐阜さんも一緒に行きませんか!?」
「いいね。丁度、ご飯もいい感じに蒸らせば良いだけだっし行きますか!・・・でも、晴樹くんは行かなくても?」
晴樹に気を使い少し遠慮気味に言うと前橋は笑いながら手を左右に振るなり、
「こいつはもう心に決めている人が居るっぽいんでほっておいていいんです」
「お、おい!」
「そうなんですかー!そりゃあ、今日の夜にでも聞かせてもらいましょうかね」
そう言うと二人は颯爽と調理をしている女性陣の方へと向かって行く。一人置いていかれてしまったため仕方が無く炭を入れ火力を調節しつつ炭のパチパチと爆跳を聞きながら目を閉じる。後ろの辺りで楽しそうにワイワイと前橋や花の楽しそうな声が聞こえてくる。
「ははっ・・・なんか昔を思い出しちゃうなー」
「何を思い出すんですか?」
「おお!」
振り向くと両手を体の後ろで組みゆらゆらと風のようにゆっくりと揺れている浅井の姿が映る。あまりにも唐突な登場に驚き戸惑いの声が出てしまう。浅井は近くに在る簡易椅子へ座りバーベキューコンロに向けて手をかざす、と何かを思い出したかのようにクスリと笑いだす。晴樹も良く分からずハハハなんて分かりやすい愛想笑いをしてしまう。
「いつも驚かせてすみません。晴樹さんって驚きやさんなんですね。なんだか可愛いです」
異性からそれも年下の女性から「可愛い」なんて言われた事が無いためどう言った反応をすればいいのかますます分からなくなりお茶を一気に飲み干してしまう、が慌てて飲んだせいか気管へと少し入ってしまい咽てしまう。
「は、晴樹さん!はな垂れてます!」
そう言うと彼女はポケットから自分のハンカチを晴樹へと渡す。晴樹も咄嗟の事で自分のハンカチを使えばよかったのだろうけど彼女の好意を受け取りハンカチで鼻を押さえる。当然のように鼻を押さえたハンカチにはべったりと鼻水がついてしまっていた。
「ご、ごめん!」
「いいです!いいです!気にしないでください!私、そう言うの気にしないタイプなので!」
そう言いながら彼女は笑い近くにあった火バチを手に取るとカチャカチャと炭を積み上げたりと遊び始める。きっと岐阜がみたら卒倒するだろうけれど幸い今は前橋たちとの会話で忙しいためこちらに気は向いていなかった。
「これ、洗って返すから」
「気にしなくていいですよー」
「いや!こう言った事はちゃんとしなきゃ気が済まないんだ!ごめんけど、やらせてほしい!いや、僕がやりたいんだ!」
「・・・」
「あ・・・ごめん。やっぱりそれって独りよがりかな・・・?ハハハ・・・」
「い、いえ!そうじゃあなくて!やっぱり似てるなって思って・・・」
「似てる?」
浅井はとどこか懐かしそうなものを見るかのような表情で晴樹を見てくる。
「・・・はい。晴樹さんって昔からの友達にそっくりなんです」
----------
浅井はどこか懐かしむような親しみのある表情を晴樹に向けてくる。その表情はどこかで見たことのある懐かしさがあり柔らかな風が頬を撫でる。自然と頬に手をやるけれど誰が触っている訳でもなくただ、自分の頬の暖かさが伝わってくるだけだった。誰かが触れたようなそんな感覚があったのだけれど気のせいだったらしい。浅井の方へと視線を戻すと口元は微笑んだままこちらを見ていた。
「仕草まで圭くんにそっくり・・・ちょっとだけ私の昔話に付き合って貰ってもいいですか?」
彼女はそう言うとパチパチと小さな爆跳音がなる炭を突きながら口を開く。晴樹もまた彼女ではなくゆらゆらと燃える炭へ視線を落とし、
「僕でよければ聞かせてもらうよ」
そう言うと彼女は「やっぱり晴樹さんって優しいですね」なんて笑いながら空を仰ぐ。彼女には昔からの幼馴染が居たらしい。どこか気さくでいつも遊ぶ時は一緒に出かけ家族ぐるみでも仲が良く旅行もしばしば行っていた仲。両親とも共働きで家も近所だったということもありほぼ、毎日遊んでいた。同級生からはよくからかわれたりもしたのだけどまったくと言っていいほど二人とも気にしていなかった。いや、彼女はそんな事を言われることが少しだけ嫌だった。嫌というよりも彼になんだか申し訳ない気持ちがあった。「女子と遊ぶなんてダサい」なんて友達から言われている彼が可哀想に映っていたのだ。しかし、彼はいつも笑顔で「ひろを俺がいつも一人占めしてるからみんな嫉妬してるんだな!悪いけどひろはずっと俺の側にいてくれよ!」なんて笑顔で言うたびに彼女は救われ次第に気にしなくなっていった。小学校、中学校と仲もよく次第に男友達ではなく男性として彼女は意識し始めていく。それは自然なことでいつも彼女の側に居続け困った時などは相談もし、部活の悩みなども相談されたことだってある。気心の知れた二人が惹かれあうにはそう時間はかからなかった。中学二年の夏。毎年の恒例行事のように彼の家族と彼女の家族はいつものように旅行へ行くこととなった。今回は旅館などに泊まるのではなくキャンプをしようと言うことになったのだ。目的地に着き彼女はある決心をしていた。そう、解放的になった今なら彼に対しての気持ちを伝えることができる、と、思い彼女は彼を誘い近くにある山へ探索をしに行こうと誘い二人で出掛ける。青々とした木々たちの間から太陽の日差しが漏れ神々しささえ感じる雰囲気に包まれていた。彼はどこで拾ったか分からない木の枝を持ちながら鼻歌を歌っている。楽しそうにしている姿を見るだけでも心が熱くなり顔が火照ってくる。そんな甘酸っぱい恋心に気がつく訳もなく彼はいつもと変わらず彼女を見るなり笑顔を向け少し前を歩いていた。決まって彼は彼女の前を歩く。「危険が迫った時、守りやすいから」だと笑って言っていた。彼女は決心していたもののやはり言いだすタイミングが分からなく時間だけが過ぎていく。しばらく二人して何気ない会話をしつつ歩いているとふと、彼がある異変に気がつく。辺り一面同じような景色ばかりでどちらから歩いてきたのか分からなくなってしまっていた。彼女は少しだけパニックになってしまった、が、彼はいつもの笑顔で「大丈夫。父さんたちが探しに来てくれるよ」なんて笑いながら手をとり近くにあった木の近くに腰をかけ笑っていた。しばらくしても大人たちは迎えに来てくれることは無く次第に辺りは暗くなりぽつぽつと雨も降り始めてくる。近くに丁度一人分入れるぐらいの木の穴を見つけそこへ逃げ込む。彼は当然のように彼女を入らせ彼は外で雨に打たれていた。変わろうとしても彼は笑いながら「雨に濡れてる男も格好良いでしょ?それに俺の方がでかいから出てた方が父さんたちが見つけやすいでしょ!それにひろを雨に濡れさすわけにはいかないよ」そう言い彼はずっと外で雨に打たれ続けていた。しばらくすると少し遠くの方から呼ぶ声が聞こえてきた。彼ら達はやっと助かる、なんて思いながら待っていても声が違う方向に向かって歩いている事に気がつく。彼は笑いながららが「俺が呼んでくるから待ってて!絶対にここから動くなよ!?なっ!」そう言って彼は深い森の中を走り去ってしまう。彼女が木の穴の中に居たのを見つけたのは翌日の昼過ぎことだった。彼ら達は知らず知らずのうちに進入禁止エリアへ入ってしまっていたらしい。彼は助けを呼ぶ途中に足を滑らせ頭部を強打し亡くなったと知らされた。
「あの時・・・私が告白をしようと森に誘わなかったら・・・」
「・・・」
グッと彼女は奥歯を噛みしめもう一度空を仰ぐ。晴樹もつられ空を仰いでみる、とゆらゆらと茜色に染まった雲がゆっくりと流れていた。すると浅井が自虐っぽく笑う。
「アハハ・・・ごめんなさい。どうしてだろう。急にこんな事を話されても困りますよね」
「そんな事は全然ないよ。少しだけ浅井さんの後悔きもち分かるし。誰に話してもそれは拭えないし納得できるわけじゃあないことは分かってる。けど、少しでも話しを聞いてもらうだけでも楽?になるよね」
ぎこちない笑顔を浅井に向ける。ふと彼女は驚いた表情を彼に向けていた。顔になにかついているのかと思い数回拭ってみたけれど何も手に汚れは付いていなかった。しかし、彼女は未だ驚きを隠せないのか目を見開いたままであった。不思議に思い晴樹はもう一度アハハなんて困り気味な表情を向ける、と浅井が口を開く。
「さ、さっき栄太君が居たような?」
「え?」
彼女が見ていたのは晴樹ではなかった。そう、晴樹のすぐ横に視線を向け驚いていたのだ。だとしたらそれはきっと霊だったはず。晴樹が気がつかない訳がない。だったらただの見間違いだろうか?きっとそれは違うだろう。気のせいだったらきっと彼女も口に出したりはしないだろう。きっと見間違いなんかじゃあない、晴樹には妙な確信がありきっと浅井の友人でもある斎藤栄太が彼女になにか伝えようとしているのではないかと言う考えに行き着く。ふと、森の中で見せた彼女の表情を思い出し、この疑問を口にしようか迷ったのだけれど晴樹はグッと心の中で謝罪をし未だ驚いている浅井に対して口を開く。
「浅井さん?えっともしかしたらの話しなんだけど・・・その・・・栄太さんと浅井さんが迷った森ってこの近くかな?」
驚いたような表情を最初はしたもののすぐに彼女は数回頷く。
「そりゃあ、急にこんな話しをしたら分かっちゃいますよね・・・でも、大丈夫です。最近になってこの辺りは開拓が進んでもう殆ど人の手が行きわたってて昔の森みたいに迷うことは無いらしいです。レジャー施設になってるんだから当然ですよね」
「そっか・・・」
「アハハっ!急にごめんなさい!でも、晴樹さんって本当に聞き上手ですよね!花さんが言ってた事は本当だったんだー」
よいしょっと。と、言う掛け声と共に彼女は未だ馬鹿話をしている前橋たちが居る場所へ戻っていく。晴樹は椅子に座ったまま少しだけ自分に対してイラつきを覚えていた。本当は自発的に動くことはしたくなかった。それはきっと自己満足であり自分の感情の押し付けになることだってあるから。昔、よかれと思ってやった行動が相手にとっては有難迷惑であり非難されたことだってあった。それが原因である人を間接的にであるが入院させてしまったことだってある。周りは晴樹のせいではないと言っていたが晴樹自身はそう思えなかった。昔の鎖トラウマのせいで浅井に伝えれる言葉があるにもかかわらず躊躇している自分にイラつく。きっと浅井にはこれから過ごして言ってもきっと聞けないはずの言葉。けれど、晴樹にはその聞けないはずの言葉を代わりに伝えることだってできる力を持っている。
「絶対に見間違いじゃあない。斎藤栄太さんは浅井さんに伝えたいことがあるんだ・・・。きっとずっと待っていたんだね」
すると、バチンと返事をするようにひと際大きく爆跳音が響く。視線、存在を感じないということはきっとここまで来れないのだろう。彼はずっと森の中で浅井を探し心配し続けているのだ。彼の記憶はあの時のまま。声がする方へ視線を向けるとそこには楽しそうに花がみんなと会話をしていた。晴樹はその姿を見て小さく呟く。
「伝えれるか分からないけど、伝えておきます」
夜ご飯も終わりかけの頃、丁度雑談にも花が咲き始めた辺りにキーンとスピーカーにマイクの電源が入ったような音が聞こえてくる。一番最初に反応したのはもちろん前橋であった。
「おっ!そろそろあの時間が来たかなー!」
お酒も少し入りいつも以上にテンションが高めの前橋を見つつ女性陣は微笑み岐阜は完全にお酒にのまれてしまいコクコクと一定のリズムで頭を踊らせていた。浅井も夕方に見せた表情はあのあと一切出さず相変わらずピエロを演じているようでどこか胸が痛んでしまう。するとスピーカーから声が聞こえてくる。
【皆さま、お楽しみ中のところ失礼いたします。今から十分後に集合場所にて肝試し大会なるものを開催しようともいます。これは強制参加ではなく自由参加出ございます。何個か注意事項がありますのでアナウンスさせていただきます】
注意事項を聞くなり岐阜をどうするかと言うことに話しが始まる。注意事項の中の1つに酔っぱらいすぎた人は参加を控えるように、と言われてしまったからである。安全面も考えると当然と言えば当然の配慮だろう。しかし、岐阜は頑なに留守番を拒否してくる。当然と言えば当然だ。折角楽しそうなイベントを少しお酒が入っているため諦めろなんて言われたら誰だって駄々をこねるに決まっている。大柄なガタイを男二人で宥められるわけもなく仕方がなく六人で行くこととなった。水を二リットルのペットボトルを一気飲みしたお陰か岐阜は先ほどの眠気を気合いで吹っ飛ばしたのかすぐにしらふの状態へ戻る。流石野生の申し子なんて言われどこか誇らしげであった。広場に向かうと思った以上に参加者は多く意外であった。広場に行く間にちらほらとコクリコクリと椅子に座ったまま寝ている人もいたがきっと放置されていたのだろう。少し可哀想に思いつつも来てしまった。ざわざわとしている会場内。妙に宝探し以上に男から熱気が伝わってくるようにも思える。以外にも先ほどまで元気だった前橋が静かに女性陣と会話することなく立っていた。嵐の前の静けさだろうか?そんな不吉な予感がしたため声をかける、と青ざめた表情をしていた。震える両手を見ながら
「晴樹・・・どうしよう。俺、九条さんとペアになったら抱きついてしまいそうだ・・・これが武者震いか」
「武者震いってそういう風に使うか?それより本気で九条さんの事が好きならそう言ったことを考えるのはやめた方がいいよ?冗談でもね」
「わっはっはっ!抱きつくのは冗談でも手ぐらいだったら繋ぎたいな!」
「だから、そう言った事を口にするなって何度も言ってるのに」
「でもよ?内心でグへへって持ってる方がキモくないか?思っていることを直接言って引かれたら仕方がない!引かれたらまた惹かれる男になればいいだけだ!何回も引かれても努力と根性で惹かれるようになればいいだけだ!内心で思い続けててもなにも変わりはしないだろうよっ!!!」
当然のように近くに居た女性陣には全て筒抜けであったけれど、お酒も入っていたのが幸いしたのか笑い流されていた。きっとグループでの会話で前橋と言う人間はそう言うやつだということが分かったからだろう。それに、口だけで前橋はちゃんと大人としての分別をわきまえる事ぐらいできる男だと分かっているため晴樹も呆れながら一応、と、言う感じで注意をする。しばらくすると企画社員の一人でもある男性がステージに立ち女性、男性に分かれて箱の中の紙を取るようにと指示してくる。グループ内での振り分けかと思いきや集まった人数での振り分けに多少戸惑いの声も出ていたがアルコールのお陰かどうかわからないけれどすぐに状況を呑み込むとクジを引きに列に並ぶ。次々と流れ晴樹の順番になり箱の中に手を入れ紙を取る。
【みなさん引き終わりましたでしょうか?では、番号順にお呼びしますのでお持ちの番号が呼ばれましたら私のところまで来てください】
そうアナウンスされプツンとマイクのスイッチが切られた音がスピーカーから漏れ切れる。簡易照明により周りの表情がみえるのだけれどなんとなくみんなソワソワしつつも楽しそうであった。次々と番号が呼ばれステージの方で叫び声のような声が聞こえる。一斉にみな視線を向けると前橋がガッツポーズをしつつステージの男性と握手をしていた。その傍らで恥ずかしそうに俯いているのが九条。きっと、前橋のペアは九条だったのだろう。晴樹は九条に対して手を合わせ友人代表として謝罪を向ける。
【えー次!12番の方お集まりください】
持っていた紙に書いてある番号であったためステージの方へ向かう。これだけ多くの中から誰が来るのだろうか内心ではドキドキであった。花であったらどれだけ運命的なんだろう、なんて柄にもなく胸をときめかせ歩いていると見慣れたマウンテンパーカーを着ている女性が先に着いていたのか紙を見つつ待っていた。顔をあげ晴樹を見るなりパッと表情が明るくなり近づいてくる。
「え!?晴樹さんですか!この確率すごいですね!」
驚きつつもどこか楽しそうに笑っている。晴樹も同様にまさか同じ班のメンバーの人となるなんて思ってもいなかったため驚きを隠せずにいた。
【では、お二人にはBルートを通って目的地の場所まで向かって頂きます。肝試しと言ってもただ、夜の森を少しだけ歩いて頂くだけなので危険はございません。そして、目的地には花火が置いてありますのでそれを一つ取って戻ってきていただくだけでございます。しかし、この森には夜な夜な誰かを呼ぶような青年の声が聞こえてくることも多々あるそうなのでお気を付けを・・・。しかし、その霊を寄せ付けない方法がございます。それは手を繋ぎ歩くことでございます】
そう言うと司会の人は雰囲気を作るためか顔にライトを照らし影を作りつつ懐中電灯と目的地までの地図を渡してくる。それを受け取り促されるように手を繋ぎ夜の森へと足を踏み入れる。懐中電灯で足元を照らしながら歩いている、とアハハなんて遠慮がちに笑いながら浅井が口を開く。
「あれって、きっと栄太君のことですよね・・・はは・・・」
あれ、きっと浅井が示した言葉は先ほどの司会の人が言った言葉だろう。彼も仕事の為少しでも盛り上げようとああ言った恐怖心を煽るような事を言ったのだろう。悪気があって言った訳は無いと分かっている。だから、途中で彼の言葉を遮るような事はしなかった。今さら途中でも意味不明だと思われてもあの場面では言葉を止めればよかった、なんて今さらながらに後悔をしてしまう。いつも、終わって後悔ばかりする自分にまた、苛立ちを覚えてしまう。やっても、やらなくてもどちらでも後悔している。ふと、そんな時前橋の言葉を思い出す。「引かれてもいい。引かれたらまた惹かれる男になればいいだけ」ドクンとなにか晴樹の胸の奥からこみ上げる大きな鼓動がなる。
「浅井さん・・・」
「はい?」
きっと今からしようとしている事は自己満足であり自分の押し付けなのかもしれない。けれど、彼は意を決し彼女に言葉を向ける。
「こんな事を急に言って頭のおかしい奴だと思うかもしれないけど、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
ゴクリ、と緊張のせいで生唾を飲んでしまう。飲んだ音が彼女まで伝わってしまってしまったんじゃあないかなんて思うほど晴樹たちの周りは静寂に包まれていた。浅井も晴樹の表情に真剣な面持ちで次の言葉を待っていた。先ほどまでま広場に人がいたため気がつかなかったけれど二人が立っている場所はただ深い夜の色に染まっている森で命が感じられなかった。確かに幽霊が徘徊しているなんて言われると信じない人はいないだろうと思わせるほど深く黒い色のした景色しか視界に入って来ない。ジッと見つめたままの彼女が少しだけ晴樹に近づいてくる。咄嗟の事で戸惑いを隠せずにいる小刻みに震えているようだった。辺りを見渡しても誰かが居るような気配はない。それに暗いと言っても懐中電灯の光りもあれば晴樹だっている。が、彼女はなにかに脅えているようだった。晴樹は苦手ながらも浅井の方を掴み微笑む。
「だ、大丈夫?」
「あ、ははは。ごめんなさい。私、夜の森が苦手でして・・・ははは」
自虐を込めた微笑み。その表情を見るだけで胸の奥の辺りが痛くなる。まるで昔の自分の顔を見ているようで。彼はグッと奥歯を噛みしめもう一度彼女の顔を見つめる。
「浅井さん。実は、僕、幽霊と会話ができるんだ」
浅井は、晴樹の言葉を受け入れるように黙り瞳をずっと見つめる。晴樹も言葉を続ける。
「実は、栄太さんが僕のところに来たんだ・・・それでね・・・」
「えっ・・・」
唐突な言葉に彼女は流石に驚きを隠せなかった。しかし、目の前に居る男性が嘘、からかいを込めた言葉を向けているとは思えなく、事実を言っている、としか思えなかった。が、流石にすぐにその言葉を受け入れることは出来なかった。浅井の分かりやすく戸惑っている表情を見ると目の前の彼はうっすらとぎこちなく、だけど自然に彼女をなぐさめるように頬笑みを向けてくる。懐かしい微笑み。この頬笑みを彼女は知っていた。そうだ、きっとこれは初恋の相手がいつも彼女に向けていた笑顔。懐かしさのあまりに彼女の瞳から自然と涙が流れ落ちてくる。ぽたぽた、と頬から流れて行く暖かい
「すげー美人になったな!あと、今までごめんな!俺ずっとひろに伝えたいことがあって後をつけてたんだ!ははっ!だらしないよな!でも、俺って死んでんじゃん!?でも、伝えたいことがあって色々としてみたんだけど全部ひろを怖がらせることしか出来なくて・・・」
「んーん。やっぱり栄太君だったんだね・・・私もそう思った時もあったんだけど・・・でも、私は・・・」
「ははっ!いいよ!ひろが謝ることなんてないんだよ。いっつも雨の日は部屋で泣いて、ごめん、ごめんって言ってたよな。俺さ、本当にひろには悪いことしちゃったなって思って謝りたかったんだ」
「なんで、栄太君が謝るの!?悪いのは全部私なんだよ!あの時、栄太くんを誘って森なんかに行かなかったらこんな事にはならなかったんだよ!私が悪いの・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
彼女は泣きながら地面へ座りこんでしまう。それを見ると彼も同じように腰をおろし優しい昔と変わらない表情で微笑み頭を撫でてくる。
「あのさ、少しでいいから散歩しない?」
そう言うと彼は彼女の手を取り歩きだす。手を引かれつつ立ち上がり少し先を歩く彼。懐かしい光景。いつも彼は彼女の少し前を歩き安全を確認してくれていた。昔の事を思い出しながら歩いていると彼が笑いながら振り向いてくる。
「てかさ!俺、死んでるのにこうして手を引いて歩いているとか怖いよな!嬉しいんだけど、こえーよ!・・・それより、久々に逢えたんだから昔みたいに笑って話そうぜ!?なっ!?」
彼の笑顔につられて少しだけ彼女も表情を和らげることが出来た。
「くすっ・・・うん」
「へへっ」
彼女は手を引かれながら彼に聞いてほしかった色々な話しをした。高校で友人を虐めていた男子をボコボコにしてしまい高校三年間女王として崇められていたこと。高校の部活で全国大会に行ったこと。兎に角、今まで自分が生きてきた事を全て話した。彼に聞いてほしかった。次々と言葉と共に涙もずっと頬を濡らしていた。それでも、彼はずっと笑いながら話しを続聞いていた。一体どれだけ時間が経ったのだろう。空を見上げると一面銀色の星たちがキラキラと輝いていた。彼女も色々と話し終え少し疲れたのか彼の肩に頭を預け目を閉じながら話しをしている。彼は少し寂しそうに気がつかれないように彼女の方へ視線を向けた後、空を仰ぐ、と流星が夜空の闇を切り裂く。もう少しで終わりの時間。ずっと彼女の側に居たかったけど、それももう少しで終わり。今感じている暖かさは自分のものじゃあない。一時の夢。借り物。彼は空を仰ぎながら口を開く。
「もう少しで本当にお別れだ」
「えっ!?」
彼の言葉に驚き顔をあげると相変わらずあの頃と変わらない笑顔を向けてくる。悪戯っぽくだけど優しい笑顔。
「本当によかったよ。俺が成仏する時間があと少しだったんだぜ!?成仏に時間があるなんて俺も知らなかったんだけどね!でも、最後にこうしてひろと話しが出来てよかったよ!」
彼女は必死に彼の服を掴みながら左右に首を振る。さっきまで言葉が出ていたのに上手く言葉が出てこない。もっと話したい事は沢山ある。彼女の想いを彼は分かっているよ、なんて言うと頭を撫でてくる。
「きっと、これで本当にお別れ。これからは俺はいなくなるから物とか急に落ちたり森に来ても足音のようなものはきっと聞こえないと思うから安心してくれよ!」
笑顔で別れたい。彼女の心の中にずっと居続けてはいけない。それが彼女の幸せだと分かっているから。自分にそう言い聞かせながら言葉を続ける。
「ひろはきっと俺が死んだのは自分のせいだと思ってるかもだけど全然そんな事を思わなくていいからな!というより死んだのは誰のせいでもないんだ。だから自分を責め続けないで欲しい。ははっ。なんて顔してんだよ!折角の顔が台無しだぞ?」
そう言うとポケットに入っていたハンカチを彼女の頬を濡らしている涙を拭き手渡す。
「で、でも・・・私・・・私・・・」
「だから良いんだって。本人が良いって言ってるんだからいいんだ!分かった!?」
「・・・」
「そう言うところ頑固だよな!死んだ俺を思い続けても絶対に叶わない恋なんだから!だったら、俺は新しい大切な人を見つけてその人の事を好きになって欲しいな・・・じゃないと心配で成仏できねーよ」
彼女の表情を見つつ困ったように笑いながら髪の毛をかく。けれど、どこか嬉しそうな表情をするともう一度彼女へ視線を向ける。
「ありがとう。本当は凄く嬉しいよ。死んでも思い続けてくれるなんて幸せなことだし、ひろが俺の事を好きだって思ってくれてて凄く幸せだった。けど、最初は好きって気持ちだったのかもしれない。けれど、今はきっと違うんだ。んーなんて言えばいいのかな?情が移った?ちょっと違うか!アハハ。でも、俺を思う後悔の気持ちはちゃんと受け取りました。だから、もう自分を許してあげて欲しい。最初で最後の初恋の相手からのお願いです」
照れくさそうに最後の言葉を言うと笑顔を作り手を出してくる。きっと、この握手をすれば終わり。奇跡ような夢の時間が終わってしまう。彼女は彼が差し出す手を取ることが出来ずにいた。彼も困り顔で、ほらっ!成仏できないだろ!、なんて笑いながら待っている。彼を見たくても涙でよく見えない。けれど、一生懸命彼を見る。
「なんて顔してんだよ!ははっ!最後は俺が好きだったひろの笑顔で見送ってくれよ!なっ!」
彼女は深く頷き彼の顔を見る。
「・・・私も、栄太君を好きになってよかった・・・最後までありがとう・・・」
差し出された手を精一杯の力で握る、と彼もギュッと握ってくる。
「ありがとう。すっげー大好きだったよ!じゃあな!」
目の前が真っ白な光に包まれ意識が少しだけ遠のいていく。
----------
「・・・んー」
昔にどこかで嗅いだ事のある甘い匂いが花を包む。目を開けるとなにか布のようなものがおでこにかけられていた。何気なく取って見ると少しだけ濡れた誰かのハンカチだった。起き上がったことに気がついたのか急ぎ晴樹が近づいてくる。
「だ、大丈夫!?」
「えっと・・・私・・・えっと・・・ここは?」
彼女はおでこに着いていたハンカチを手に持ちながら晴樹に声をかける。
「あーよかった。やっぱり浅井さんもここに来た記憶がないのか。僕も少し記憶がないんだけどいつの間にかここで二人で座って寝てたんだよ!」
不思議そうに晴樹はそう言いながら懐中電灯で辺りを照らす。浅井もまた、辺りを見渡す。そこは自分たちが最初に居たはずのキャンプ地であった。不思議そうな表情をしつつ晴樹は辺りに誰かいないか探しているようだった。その姿が先ほど真剣にどこかぎこちない笑顔を向けていた彼とは思えないほどおどおどしていたためおかしくなり控えめに笑ってしまう。
「え!?どうかした?」
「いえ。なんだか晴樹さん焦ってるみたいで面白くて」
「そ、そう!?でも、記憶がないって怖いよね!知らず知らずにこんな場所まで歩いてきて、寝てるなんて・・・確か、僕と浅井さんが一緒に夜の森に行って・・・それでどうしたんだっけ?」
真剣に悩む姿を見るときっと晴樹が自分に言おうとしていたことも忘れている。と、なんとなく分かる。きっと話そうとしたことは、栄太自身が晴樹の体を借りて直接伝えてくれた言葉だと言うことも分かった。しかし、それもまた彼女が見ただけの夢だったのかもしれない。視線を落とし手に持っていたハンカチを見るとどこかで見覚えのあるものだった。それは、栄太が泣いていた時に手渡してくれたハンカチと同じ柄。ふと優しい笑みがこぼれてしまう。
「くすっ・・・栄太君・・・晴樹さんのハンカチを勝手に使ったら悪いよ」
空を仰ぐとそこには一面の星空が広がっていた。キラキラと光る星。きっと彼はその星のどこかに旅立ったのだろう。小さな声で彼女は追悼のようななにかに別れを告げるように、
「ありがとう。本当に大好きでした」
好きでした。すぐにはきっと彼の思い出を過去のものにできるはずがない。けれど、いつかは彼女が告げた言葉の通り過去形おもいでにできるのだろう。そして新しい恋愛にだって進めるのかもしれない。それが、いつかなんて分からないし、彼の事を過去のこととして整理出来ないかもしれない。けれど、それできっといのだろう。彼女の胸の奥につっかえていた昔の気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ薄れたような気がした。しばらくすると遠くの方から浅井と晴樹の呼ぶ声が聞こえてくる。きっと急にいなくなった二人を探してくれているのだろう。パニックになっている晴樹にはまだその声が聞こえていないのだろう。浅井は微笑み晴樹の背中を押しながら、
「晴樹さん!前橋さんたちが私たちの名前呼んでる声が聞こえますよ!行きましょう!」
「マジ!絶対に急に居なくなったから怒ってるだろうな・・・花さんも・・・あぁ・・・」
頭を抱えながら晴樹は浅井に引っ張られるように声が聞こえる方へと歩きだす。彼女の表情はどこか柔らかくあの時、初恋の相手(栄太)に見せていた優しい誰かの事を純粋に信じられる笑顔へと戻っていた。
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