第5話 魔法師特訓Ⅰ


 というわけで、翌日。


 リリアレットが冷蔵庫からたくさんの食材をだし、朝食を作っていた。

 フライパンのうえで鳴る、ジュージューという音。

 皿をテーブルに置く音。

 冷蔵庫の開閉音。

 そして、食材たちの香りで自然と目が覚めた。

 少し、ほんの少しだけ眠れた。



「ん……」



 異世界で寝泊まりをしていたのは1日ぶりである。

 一昨日はリリアレットが寝てから、現実世界のほうに帰った。


 便利なもので、異世界に来た日が20日だとすると、現実世界にもどったら、また20日の朝から目覚める。決して、日が進むことはない。そして多分、あっちの世界の時は、多分止まっている。



「今日は、なにをつくっているんだ?」



 いつもなら眠たくて朝食が出来るまで起きないが、今日は違った。


 のそのそとキッチンまで歩いていく。

 リリアレットは足音に気付いたらしく、早いね、なんて笑って見せた。



「今日はレイナのぶんもあるし、豪華だよ! ……手伝ってくれない?」

「わかってる、そのつもりだ」

「え、ほんとに手伝ってくれるの!? 大丈夫? 熱でもある?」



 こいつ、バカにしてんのか。

 

 まぁいつも全然何も手伝わないし、しょうがないのかもな。

 俺はリリアレットがシンクでじゃがいもを切っていたため、横に並んだ。



「ちょっと危なっかしくないか? 貸してくれ」



 そういってリリアレットからじゃがいもと包丁を貸してもらう。

 異世界だからか、リリアレットだからか、切り方が雑だった。

 右を見ると、すでにリリアレットによって切られた不格好な野菜たちが、ボウルのなかでぎゅうぎゅうに押しつぶされていた。



「そもそも包丁はここをこう持って、じゃがいもはこういう風に切るんだよ」



 皮をむくためのものもないこの世界では当たり前なのか、どこの料理店でも結構雑にむかれた野菜も幾度か見たことがあった。


 とりあえず一通りむいてやると、じゃがいもは綺麗に皮ひとつもない生まれたままの姿だった。それを見たリリアレットは目を見開いて、



「なにその技術! 手先が器用ねヒビキって。いやー、すごい。魔法とか剣とかない現実世界ってどんなのかと思ってたけど、こんなに料理スキル高いの?」

「あっちでは当たり前だよ。こういうのはできて当然」



 別に自慢することでもないので、褒められると少し照れた。



「じゃあ私がもし現実世界に行ったら恥ずかしいじゃない」

「まぁそういう不器用な人もいるよ……次、リリアレットやってみろ」



 俺がむいたじゃがいもをまじまじと見て、うまくできるかなぁと不安げな顔で包丁をもった。そんなに緊張するものでもないような気がするが、まぁいいだろう。



「こんな感じ?」



 リリアレットが見せてきたじゃがいもは、まぁ細かいところはむけてないが、幾分さっきよりマシになった。



「もっといろいろ教えてやるから、少しずつ覚えろ」

「褒めてくれないからじゃがいもはダメだったのね……」



 褒めてよ褒めてよ、といわんばかりの目で訴えてくる。

 だめだった、なんて一言も言ってないのだが……こういうときは褒めた方がいいのか。


 俺はリリアレットの頭にぽん、と手置いた。



「さっきより成長したよ、よく頑張った」

「……あ、ありがとう」



 褒められて照れているのか、リリアレットは頬を少し紅潮させていた。

 なんだか子供を褒めているみたいで、可愛く見えた。



「お二人とも、なにをしているんですか?」

「うわっ!?」



 叫んだのはリリアレット。

 気づけばキッチンに、レイナがいたのである。

 話していたからわからなかったのか、音をたてずに移動してきたのである。



「リリアレットに料理教えてるんだよ。こいつ不器用でさ」

「なるほど、です。確かに不器用そうに見えますね」



 相変わらず無表情で、何考えているかわからないようなぼーっとしたような瞳。

 レイナは本当に謎があるというか、でも意思表示はできるので、感情がないわけではないようだ。思っていることが顔に出にくいタイプなのだろう。いいよな。



「ぶ、不器用じゃないし……」

「じゃあレイナ、このじゃがいもとこのじゃがいも、どっちが綺麗か?」

「ちょ、それは反則でしょ!」

「反則もクソもあるか、認めろ。で、どっち?」



 俺は右手に俺のむいたじゃがいも、左手にリリアレットの皮付きじゃがいもを持った。


 レイナは静かに左手の人差し指をあげて、



「ヒビキが右手に持っているじゃがいもは、綺麗ですけど……なんですか、その左手にあるじゃがいもは。それ皮むいたものですよね、まだまだ皮がありますけど」

「うっ……」



 レイナは嘘をつかないように見えるので、多分嘘はついていないだろう。

 リリアレットは深く傷ついたようで、顔を手で覆った。

 その姿を見て、なんだか俺も無性に可哀想に見えてきて、レイナに耳打ちした。



「ちょっと褒めてやってくれ、可哀想だから」



 そういうと、レイナは少しすねたような表情を作り、



「いいんです。恋敵には、これくらいが十分なのです……」と言った。









 リリアレットは食事を済ませると、今日は給料日だから、とギルドに行った。

 一方、俺とレイナはというと、リリアレットといつも魔法修行をしている、街の広場に今いる。

 今この広場にいるのは、俺とレイナと数名の魔法師たちだった。


 広場はとても広い面積をもつ。

 ここで魔法練習をする人や、広場内に飲食や休憩ができるスペースがあるため、そこで座っている人もいる。

 広場付近には、様々な職業に必要な武器、マジックアイテム、装備、資格取得会場、その他もろもろの店や建物がある。

 俺がこの世界に来て3日くらいは、ここに通っていた。



「まずは、魔法の種類について話すか。魔法師は覚えないといけない初級魔法がある。基本的に初級魔法は全属性の魔法を少しずつ、かいつまんで簡単なものを覚えていく。例えばこんな感じだ」



 レイナにゆっくり、わかりやすく実演してみせる。



「……グリマー」

「ヒビキ、すごいです!」



 右手の人差し指にかすかな光を灯す。

 レイナが、こんな簡単な魔法で喜んだ。



「レイナは何色が好きか?」

「私は、やっぱり薄い桃色です」



 その右手の人差し指の光に、左手をかざす。



「……グリマー・ピンク」



 そう言うと、人差し指の淡い光が桃色になっていた。



「と、戦力にはならない程度の魔法が初級魔法。グリマーは光を灯す魔法で、道が暗いときに使ったりするかな。初級魔法の応用であり、戦力になる魔法が中級魔法。そしてレベルが4以上の魔法師が使う魔法が、上級魔法。上級魔法よりも上の魔法が、神級魔法しんきゅうまほうの4つかな」

「なるほどです、まずは初級魔法から、ですね」



 もちろん俺はまだ中級魔法しか使えない。

 初級魔法は簡単だからすぐ取得できるし、中級魔法にもすぐ入ることが出来る。ただし、中級魔法から上級魔法に上がるなんて相当腕を積まないとだめらしい。

 ちなみに、昨日豚を捕まえたときに使ったのは、無属性の中級魔法である。だが、初級魔法の応用みたいなのものだから、初級魔法と同じなのだが。



「次は属性の話をするか。属性は火(炎)、水(氷)、木(土)、風の4大属性と、雷、闇、光の派属性。そして、それ以外の無属性があるんだ。俺は火属性だが、人によって選べる。さっきも言ったが、初級魔法は各属性の魔法をかいつまんで覚える。その過程によって、自分に合った属性を選択する、って感じかな」

「……だいたいわかりました。初級魔法を覚えるにはどうしたらいいんですか?」


 

 リリアレットから教わったのは、このくらいだった。

 あいつは全然言葉で教えてくれず、体で覚えろみたいな感じだったが、レイナは賢そうだから言葉で説明したこともすぐ呑み込める人か。



「魔法は魔法師から教えてもらう人と、学校に行く人、多分独学もいるんじゃないかな。俺はリリアレットから教えてもらったけれど、知り合いに魔法師がいない人とかは学校に行くみたいだよ」

「じゃあ、私はヒビキから教えてもらえるのですか?」

「どうだろう。初級魔法は教えてあげられるけど、中級魔法は俺もまだリリアレットに教えてもらうから……どうなんだろうな?」



 今日はリリアレットがいないから俺が教えているけど、正直リリアレットの方が実力も経験もおありだし、俺も自分のことで精いっぱいだし。当の本人も忙しいだろうから、俺に任せられそうだが。


 レイナには、とりあえず初級魔法を一日ひとつの属性の魔法を覚えさせよう。

 俺は、まず火(炎)の魔法から教える。



「火の魔法は炎も中級魔法から使うんだ」

「火と炎は、どう違うのですか?」

「火は殺傷能力のないもので、炎は殺傷能力があるものかな。火は基本的に日常生活で使う範囲だけど、炎は戦力になる魔法だね」



 レイナは割と興味津々、といった感じだった。

 ちゃんと話を聞いてくれるし、質問もしてくれる。



「まずはロウソクくらいの火を灯す魔法から。魔法には呪文があるのは分かると思うけど、1節呪文と2節呪文、3節呪文がある。基本的に1節が多いみたいだ。火を灯す呪文は『ライト』」



 こくこくと頷いて集中するレイナに、嬉しさを感じつつ、手のひらを空中に向けて、目を瞑る。



「このとき、集中しないと魔法は発動しない。最初はじっくり感覚とコツをつかむんだ。何回もやると、腕が上がる」



 初級魔法とはいえ、失敗するとかっこ悪い。

 俺は深く息を吸い、吐いた。



「……ライト」



 手のひらの先に少し熱さを帯びた火の玉が、ゆらめいていた。

 その大きさは本人によって変えられるが、まぁロウソク級の火だから限度はあるのだが、俺は手のひら弱の火の玉の大きさにした。



「なるほどです。私にも、できるでしょうか?」

「頑張れ、きっとできる。まずは手のひらをかざして、俺は瞑想して集中を高めて、詠唱するだけだ」

「やってみます」



 レイナの初の魔法。

 レイナはおずおずと手のひらを前にだし、ゆっくりと瞳を閉じた。

 カウントして10秒。レイナが桜色の薄い赤ちゃんのような唇を、開く。



「ライト…………できました!」



 ゆっくりと、閉じていた瞳を開ける。

 手のひらから現れたのは、俺よりも少し小さい火の玉だった。

 


「よく頑張った、できたな」

「それでも、少し小さいです」



 悔しいのか、嬉しいのか、悲しいのか、レイナは複雑な顔を浮かべた。

 それでも初心者だからできただけいいほうである。



「最初はそんなもんだ。何回もやって、大きくなっていくもんだよ」

「頑張ります、もう一回やってみます」



 レイナはそう言って、何回も何回も繰り返した。

 俺はそれを見守ったり、自分も初級魔法の練習したり。レイナは気に入ったみたいで、次の魔法を教えてくださいと頼んできた。



「んー、次は水かなぁ。でも水は使いにくいし、風を教えよう。そして、今日は最後に混合魔法を教える」

「混合、魔法ですか?」

「うん。無属性の魔法、とも多分言えるんだけど……むずかしそうに考えなくていいよ。初級魔法でもできるから」



 混合魔法、と聞いてむずかしそうと決める人はほとんどかもしれない。実質、自分も最初はそんなのできるかと思ったけれど、各属性の魔法を一つ以上覚えたら出来る魔法である。



「まずは風の魔法。呪文は『ガスト』。魔法は基本的に呪文が変わるだけで、手順は変わらない……ガスト」



 そうすると、一つの渦巻きが手のひらに現れた。



「これにさっきの火の魔法を使うんだ……ライト」



 右手のひらを上に向けて渦巻き風を固定し、左手のひらをそれに向ける。

 そして呪文を唱えると、火の玉が風とからみあって、火を帯びた風が出現するのである。炎の場合は攻撃になるが、今回は熱風みたいなもので、試合には使わない。



「なるほど、これが混合魔法ですね……チャレンジしてみます」



 と、そこに妨害者が乱入してきた。



「お給料もらってきたよ~!」



 脇目もふらずに全力疾走してくる。

 声がでかいため、周囲にいた人たちがリリアレットの方を見て、俺らの方を見た。……ため息をつき、首を横に振る。まったく、恥ずかしい。



「声がでかい、うるさい、走るな」

「あうっ!?」



 俺はリリアレットの頭を軽く叩いてなだめた。

 



 

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異世界で世界構築ライフ! くれはちづる @tpdjg

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