第4話 豚の育成



「もー、仕方ないわねカフェは明日にしましょう」



 レイナを仲間に入れて、街に戻った時はもう夕暮れ時だった。

 ひとまずなにも職業も魔法も使えないのだから、リリアレットと俺で魔法師に育てようとリリアレットが言った。


 各街にはギルドが必ず一つ、国によって建てられている。

 魔法師は必ずそのギルドに所属しなければならない。もちろん俺もリリアレットも所属していて、登録を済ませたら魔法師と名乗れるのである。



 ギルドはとても大きく、中は相変わらず酒場スペース、飲食スペースがにぎわっていた。このギルドは料理がすごくおいしく、異世界料理というものに戸惑いがあったけれど、無理なく美味しく食べられた。



「おかえりなさい、リリアレット、ヒビキ。そちらは、新しい仲間?」

「ただいま、アリア。豚のぶーちゃんよ」

「いやいや違います、依頼中に会ったんです」



 豚とかいうな、今は人間なんだから。

 リリアレットは調子がいいと、すぐペラペラと喋りだすもんだから容赦ない。



 アリアというのはギルドの副ギルドマスター兼ウエイトレスである。

 もともとはウエイトレスだったのだが、アリアは過去に優秀な魔法師であったらしく、その腕が買われてウエイトレスと副ギルドマスタ―なんてことをしているのだ。ちなみにギルドマスターは見たことがない。


 ギルドマスターは長らくここを空けているようだった。

 リリアレットも見たことがないらしく、俺ももちろん全然知らない。アリアは多分そのギルドマスターから任されたのだと思う。



 レイナに自己紹介をするように、促す。



「……レイ、ナです。え、えっとこんばんは」

「こんばんは。私はここの副ギルドマスターとウエイトレスをしているアリアです。魔法師登録をしたいのかな? それなら私についてきてください」



 レイナのおどおどした態度を気にもせず、アリアはいつもの笑顔とゆっくりとした喋り方でおじぎをした。彼女の腰まであるウエーブがかった金髪も、彼女と一緒におじぎをした。


 アリアは俺達に後は任せて、と言わんばかりのウインクをすると、レイナをギルドカウンターまで連れて行った。




「さぁ私たちはどうしますかねー」

「レイナが戻ってくる前に夕食でも頼んでおこうぜ」

「そうね、飲みましょ飲みましょ!」



 リリアレットと俺は空いていた4人掛けの席に座り、メニューを広げた。

 相変わらず見た目はちょっと気持ち悪いのも多いが……。


 リリアレットが近くでテーブルを片付けていたウエイトレスを呼ぶ。



「すみませーん」

「はーい」



 茶髪のウエイトレスさんが呼ばれてこちらへ来た。



「ご注文をどうぞ!」

「まずはカエルの唐揚げよね~あと今回の豚ちゃん持ってきて調理してもらいたいわ……ヴォルガノスのワイン漬けも。ブルファンゴの照り焼きも。あとは白ブドウ酒、食後にアフォガードをよろしく」



 これを一人で食べるんだから、食費がすごいったらありゃしない。しかも、異世界料理は一品一品ボリューミーで、一つ二つで腹が満足するのに。



「先ほど依頼で討伐された豚はどうしますか?」

「んー、野菜と一緒に炒めてちょうだい」



 異世界と言えども、料理方法や種類は現実世界と変わりない。


 現実世界でもある料理を、モンスターで作っているようなもので、材料と味付けが少し違うだけ。ハンバーグだってあるし、カレーだってある。韓国料理、フランス料理、日本料理、ブラジル料理……まであるかはしらないが、いろいろな料理がある。料理に詳しくないため、現実世界と違うのかわからないものもある。



「じゃあ俺はボルボロスのハンバーグと、カエルの唐揚げ大盛り、ドスガレオスの尻尾煮、ジンオウガのカツレツ。飲み物はオレンジジュースを2つ……あとはウラガンキンの焼き鳥を5本。以上です」

「かしこまりましたー、少々お待ちください」



 レイナの口に合うか分からないが、とりあえず自分が好きなものを頼んでみた。やはりカエルの唐揚げは絶品で、現実世界とちょっと硬さは残るが、味はとにかく美味しい。揚げ物って共通してうまいなと感じた。



 しばらくして、飲み物が運ばれると2人で乾杯する。

 ここにきて一週間なわけだが、毎日ここで乾杯するのは日課であった。

 乾杯することは俺達にとって一日お疲れ様とお互いねぎらうこと、依頼の終了を表す行為でもあった。気が抜けて、今日も夜がゆっくり迎えられそうだ。




「ふう……いや~依頼を終えたお酒は美味しいわね」



 乾杯してごくごくと喉を鳴らしながら酒を飲むリリアレットは、なんつーか本当にお嬢様の欠片もなかった。いや、お嬢様だからとかそういうことではないが。本人がすごく喜んでいるので、まぁ悪い気はしないが。



「依頼で討伐した豚たちってさ、数十匹いるわけだが全部食べるのか?」

「そんなわけないでしょ。3匹ぐらい使って今日と明日で分けて食べるの。それ以外は全部報酬に変えてもらうつもり。さっき言ったでしょ?」

「言ったがこのままじゃ全部食べそうな人がいるんだけど」



 酒の次に来たのはやはり、カエルの唐揚げ。

 リリアレットは一人前を頼んでいたが、俺は大盛りなので二人前程度。もちろん、こいつみたいに一人で食べるわけではなく。レイナのぶんである。



「そういえばさ、今回の依頼主のことどうするんだよ」

「え? どうするってなにがさ」



 リリアレットはがつがつとカエルの唐揚げを食べている。



「依頼主って誰か分からないんだろ?」



 この世界でいう依頼は、依頼主というものが必ずしもいて、その依頼主に依頼が完了したという知らせが、ギルドから依頼主に送られる。だがしかし、そのシステムが今しばらく休止しているらしい。

 ということは、依頼主に依頼完了を知らせる作業を、自分たちでやらないといけないわけである。



「あ、あははー……そうだった忘れてたわ」



 カエルの唐揚げを食べる手が止まった。



「もう、明日はカフェで飲むだけで依頼休憩しようと思ってたのに……それにレイナの訓練もしなきゃだし、しばらく依頼なんてサボりましょうよ」

「いやいや、依頼はお前指名のものもあるんだし。俺がレイナの面倒は見てるから、毎日働きに行ってくれ」

「いやいやいや、ヒビキだって見習いなんだから教えるのは私の仕事!」

「いやいやいやいや、お前は仕事サボりたいだけだろ!」



 お互い意見がぶつかっていると、今度はウラガンキンの焼き鳥が運ばれてきた。

 それをもぐもぐと咀嚼する。



「まぁいいわ。依頼主のところに行けばいいんでしょう? えっと……」



 リリアレットはよいしょ、とおばさん臭い声をあげて、ギルド掲示板まで見に行った。俺は焼き鳥の1本目を早くも食べ終わり、2本目に手を出していた。


 味付けは特製のたれに付け込んでいるようだが、ごま油のような香りがした。味のバリエーションはいろいろあって、塩や胡椒はもちろん、よくわからないソースやケチャップみたいなものもある。焼き鳥に限らず、この世界は味付けが固定されていない。野菜にもケチャップとかソースをかける人だっているし、ハンバーグなのになにも味付けしなかったり、と人それぞれなのだ。



「なんかね、カフェのあたりっぽい」

「雑すぎるだろ」



 掲示板を見て戻ってきたリリアレットはそう告げた。



「まぁまた明日にしましょう。もう疲れたから依頼は忘れたいわ」



 あくびをして、伸びをするリリアレット。


 この世界ではパソコンもテレビもスマホもないため、食事中になにか映像を見ることがない。会話しないと暇だった。


 ちらりとギルドカウンターのほうを見ると、レイナがおじぎしていた。

 そろそろ登録が終わったのだろう、こちらへ2人とも歩いてくる。



「ヒビキ、終わりました」

「おうお疲れ様。とりあえずいろいろ頼んでおいたから食べようぜ。アリアさん、ありがとうございます」


 レイナは俺の横にゆっくりと腰掛けた。


「いえいえ魔法師登録はしましたが、またいろいろな特訓をしてみて属性を決めてくださいね」


 アリアはおじぎをすると去って行った。

 後ろ姿が、というか後ろ姿が美人である。

 ウエイトレスなのだが、服は関係なく、少し露出が多いドレスのような服であった。

 アリアさんが大人な雰囲気を持った女性なので、そういう服も似合う。背中が結構空いていて、胸元も強調されている。痩せているほうだとは思うが、でるところはでているので、男に色のある目つきで見られていることも多い。



 アリアさんが去るのと入れ替わりに、たくさんの料理が届いた。



「超美味しそう! いただきまーす」

「リリアレットばっか食べてるな……」

「だってお腹すいたんだもん!」



 いやいや、今日の依頼はそんなに体力使うものではなかったはずだが。



「私、モンスターなのにモンスターを食べるなんて、変な気分、です」



 レイナの言葉に、確かにそうだなと思って苦笑しつつ、テーブルいっぱいに並べられた料理に手を付けていった。



 こうして今日一日は終わった。

 だがしかし、日付が変わってしばらくリリアレットは酒を飲み散らかしていた。

 てかあいつ、今日買ったスイーツはどうしたんだ、食べてなかったが。

 

 そしてレイナはなぜか俺と同じ布団に入って寝たい、と駄々をこねるもので、別に元は豚なんだしいいでしょ、というリリアレットに従って、今隣で寝ている。

 すうすうとか細い寝息をたてて、無防備にこちらに顔を向けて寝ていた。

 もちろん、女の子と寝たことは初めてなので、ぜんっぜん寝れなかったが。


 朝日が窓越しにこちらを見だした時刻になったとき、俺は観念した。


 もう、寝ることは諦めようと。



 



 

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