アットホームな職場での殺人事件

コーチャー

アットホームな職場での殺人事件

 犯人は誰か?


 それは簡単です。私です。社長が殺されたとき、社内には私を含めて四人の社員がいました。彼らは見ていたというではありませんか。なにをってそれは私が社長を殺したところをですよ。


 他人事のようですね、と言われても仕方ないのです。私自身が私が社長を殺した実感がないからです。別に怒りに任せてとか頭がかっとなってという訳でもありません。こんなことを言うと突飛だと思われるかもしれませんが、私は怖いのです。


 そう、私は寝るのが怖いのです。


 なぜか? それは私が夢遊病らしいからです。らしい、と言うの私は寝ている私がフラフラ歩いているのを見たことがないからです。寝ていれば意識がないからから当然といえば当然ですけどね。


 では、どうして夢遊病だって分かるかといえば、家族のように私を慕ってくれる部下達が教えてくれたからです。


 数ヶ月前のことです。部下の一人の田中がいうのです。


「村田部長、大丈夫ですか?」


 私は彼がなんのことを言っているのか分からず。納期のことかと思いました。そのころ、わが社は社長が獲ってきた大型案件で猫の手も借りたい状態だったからです。丁度、そこに求人誌があるでしょう。その募集を出した頃です。


「忙しいなら人を入れようか」


 社長がそう言ったので急いで募集をかけたのです。しかし、困ったことにうちの会社は社長がスカウトしてきた人間しかいないのでこう言う求人を出すのは初めてだったのでどうしていいか分からず、集合写真をとって求人誌の会社に丸投げをしました。そうしたら、それですよ。


『アットホームな職場です』


 きっと写真を見た人がキャッチコピーをつけてくれたんでしょうね。まぁ、実際に和気あいあいとやっている会社でしたからそれでよかったのですけど……。


 そんな話をしてるんじゃない。ああ、そうでしたね。どうして、寝るのが怖いかでしたね。田中が心配していたのは納期ではなく、私の体調だったのです。


 彼が言うには仮眠すると言って仮眠室に入った私が三十分後くらいに仮眠室から虚ろな目でオフィスを何する訳でもなく徘徊する。声をかけても全く反応しない。無言で書類をシュレッダーにかけだす。これはおかしい、と思ったそうです。


 最初は信じませんでした。いくら繁忙期で徹夜は日常茶飯事。その割に進捗が悪く、社長からドヤされる日々が続いていてストレスを溜め込んでいたとは言え、夢遊病になるなんて思いませんからね。


 でも、それから数日もたたないうちに別の社員である加藤が言うのです。


「部長、家に帰って休んだほうがいいですよ」


 そんなに顔色が悪いか? と尋ねると加藤は声を潜めていうのです。


「仮眠室にはいってしばらくもしないうちに部長がオフィスに戻ってきたと思ったら、フラフラ歩いてるだけで仕事をする様子もない。声をかけても目線も合わなければ返事もしない。それどころか、急にハサミで書類を切り出す。これを見て心配しない人間はいませんよ」


 こんな感じで私が仮眠室にから出てくるたびに部下達が心配げに言ってくるので、私も信じることにしたのです。なにせ、社長を含めても五人しかいない零細企業です。みんな。家族同然ですから迷惑をかける訳にはいきません。


 だから、徹夜するときは休憩を増やして仮眠を止めました。休憩のときも仮眠室に入るのも避け、喫煙所で過ごすようにしました。一番若い社員の鈴木は私が無理しているのを気にしてよく栄養ドリンクを分けてくれました。そんな甲斐があってここ一ヶ月ほどは夢遊することもなかったのです。


 ですが、今日に限ってどうしても眠気がとれず仮眠を取ることにしました。今考えれば油断していたのです。例え、私が夢遊しても家族のように私を心配してくれる社員がなんとかしてくれると、どこか甘えていたのです。


 私が目を覚ましたとき、社長は腹部をめった刺しにされて死んでいました。


 眠りから覚めた私に部下達は幽霊でも見るような顔で私を見ると、私が殺したのだと口々に言いました。


 彼らの話をまとめると、いつものように三十分も経たないうちに仮眠室から出てきた私は給湯室に置いてある果物ナイフを取り出すと、社長の胸を繰り返し突き刺したのです。社長を殺した私は何事もなかったように仮眠室へ戻って行ったそうです。部下達はそれを見ていたそうですが、怖くて私を起こしに来る事すらできなかったそうです。


 記憶がありませんが、彼らがそう言うなら私が殺したに違いありません。刑事さん、私を捕まえてください。




 彼―――村田貞行の証言と彼の部下である三人の証言は概ね同じだった。しかし、彼が逮捕されることはないだろう。


 なぜなら、彼が夢遊病だということが疑わしいからである。夢遊病は就眠後一時間から三時間のノンレム睡眠時に発生することが多いとされる。しかし、彼の夢遊は就寝後三十分後であったという。それは早すぎるのである。つまり、部下三人は共謀して彼に嘘をついていたことになる。それは三人が社長を殺した罪を村田氏に押し付けるためであるに違いない。


 だが、それを彼は信じてくれるだろうか?


 彼が家族同然と信じる部下たちに裏切られていたという真実に。


 机の上を見れば、屈託のない笑顔を見せる五人の男たちが写っている。確かに「アットホームな職場」のように見える。だが、そんなものはここにはなかった。

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アットホームな職場での殺人事件 コーチャー @blacktea

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