レポート

下畑康夫

レポート

始まりは、ある国の大統領が見てしまったレポートであった。

たまたま大統領の執務室に置き忘れてあったカバンからはみ出していたあるレポートを見てしまったのである。

そのカバンの持ち主は彼にとっては、一番と言っていいほど信頼のおける人物であり、またその国だけでなく各国とも繋がりを持っていて、大変優秀な人材であることも有名であった。

そんな男が持っていたレポートは実に驚愕する内容だったのである。

大統領はすぐにその男を呼び出し説明を求めた。

「いったいこれはどういうことなのかね?」

男は慌てた様子で説明を始めた。

「すみません大統領。まだこのレポートを報告するべきか悩んでいるところでした。」

いつも冷静な男が、珍しく取り乱していることに大統領は不安を覚えた。

「ここに書かれていることは本当なのか?」

「いえ、まだ可能性という段階で、調査中、と答えるのが今は正確なところです。」

それが確実では無いということに大統領は安堵しかけた。だがしかし、

「しかし、その可能性は高いと、調査機関は考えています。」

次の男の一言に顔を強張らせた。

「なんということだ。」

大統領は考え込むように押し黙り、男もまた語らない。やがてため息を押し出し、独り言のように大統領は低い声で口を開いた。

「まさか、私が生きている間にそのようなことが起こるとは夢にも思わなかった。」

そして、発することを躊躇するように次の言葉は出された。

「世界が滅びるかもしれないなどとは。」

天を仰ぐように椅子に身体を預け大統領はじっと天井を睨んだ。そんな大統領に男は語りかける。

「数日中には答えを出せるようにします。間違った情報で混乱を招くようなことはしたくありません。申し訳ありませんが大統領、それまでこのことは内密にお願いします。」

自身を落ち着かせる為か、すっと静かに男は礼をした。

「わかった。」

祈るように目を閉じた大統領は言う。

「できるだけ急いでくれ。良い報告を期待している。こんなのは子どもの悪戯ようなものだったとね。」

張り詰めた気持ちを少しでも解くように、大統領は冗談を言った。レポートの内容が実際に起こるのであれば、それは筆舌し難い地獄であった。

数日後、男は再び執務室を訪れた。数日前より少し憔悴したかに見えるその男の報告は、大統領を再び押し黙らせる内容だった。レポートの可能性は現実味を帯び始めていたのだ。

その男が持っていたレポートを作成した機関は世界的に多彩な環境問題を研究していることで有名だった。砂漠の緑化、絶滅危惧種の繁殖成功例など多くの実績もある。

各国とも信頼を得ているその男と、世界的に有名なその機関からの情報を元に、大統領は秘密裏に各国と人類生き残りの為の計画を進め始めた。

その計画の中から、地下に人類が半永久的に生活できる巨大シェルター作る案が採用された。

シェルターは終わりが引き起こされるとされる数年から十数年後までに完成させなければならない。自給自足できるように作物を作る土地とできるだけ多くの人を収容できるように、とにかく可能な限り巨大なシェルターの建造が世界各地で始まりだした。

しかし全ての人類を収容することはおよそ不可能だった。建造可能なシェルターの限界が見えてくるに従って、生き残る人間の選別が始まった。

まずは、シェルター建設の出資者から、そして人類の未来の為に、各分野の優れた者から順番に選ばれていく。

そして、選別の始まりから同時期に世界的な平和政策が進みだした。

紛争地域や貧困国に対する惜しみない援助、そして先進国の軍事力縮小である。

平和政策が進むにつれ、全ての核の解体、急速なまでの武器の根絶が行われた。

それは、銃社会が一般的であった国が、あの手この手を尽くしても入手不可能になるほどに、である。

全ては、いつか情報が漏れてしまった場合に予想される暴動の規模を可能なまで小さくすること、そして万が一、シェルター封鎖後に外部から人間の手による破壊を防ぐためであった。

シェルターの完成が近づくにつれ、生き残ることのできる人間も決まりつつある。生き残れる人間はその余裕からか、人としてどう未来へ繋ぐかを勝手に決め始めた。

各分野に優れた人間ではなく、優れた物も残そうという話が進み始めたのだ。世界的に有名な芸術品だけでなく、車や時計、道具などあらゆる一流の物品がシェルターに集まりだした。

しかし、これには賛同できない者達も中にはいた。

そんな物を残すぐらいなら、もっと多くの人間を救うべきだと争いの種になってしまった。ついには情報を外部に流してしまう者も現れ、ついに、シェルター計画がばれてしまったのだ。

暴動は世界中に吹き荒れようとしたが、その時すでに、平和政策はほぼ完了していた。

計画通り武器が残っているのはシェルター側だけで、残された武器の無い人々は、あっという間に鎮圧されてしまい、なす術は無かったのだ。

だが一部、まだ武器を隠し持っている地域が残っていた。

また、運の悪いことにそこのシェルターは一番軍事力が整っておらず、武装勢力に占拠されてしまったのである。

彼らは世界中に同志を募った。条件は武器を持っていることである。

武力を振りかざす人々は世界中からそのシェルターに集まり、世界に残された武器とそれを扱う全ての人々を集めてそのシェルターは内側から封鎖されてしまった。

程なくして世界中のシェルターも予定の収容を終え次々に封鎖が始まり、やがて全てのシェルターの封鎖が完了された。

地上に取り残された人々は終わりの恐怖に打ち震えながらただその時を待ったのだ。

シェルター封鎖後から、幾日もの時が流れたが、終わりの時は一向にやって来ない。

残された人々は終わりがいつ来るのかを知らなかったのだ。

発端となった男も、レポートを作成した機関もシェルターの中に収容されてしまい、その結果を知るものは地上にはいない。

やがて地上の人々はいつくるかわからない恐怖に怯えながらも、とりあえずの今日を生きていく為に、絶望を抱きながらも次第に元の生活に戻り始めた。

こうして、世界中の最も優秀な人、物、そしてあらゆる兵器、それらを扱う人々は地上から届かない別世界に収容され、この世界から無くなってしまった。

やがて全ての終わりが来るその時まで、新しい時代が始まる。


それは確かに一つの世界の終わりだった。

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レポート 下畑康夫 @shimohata

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