彼女の安息地

 私達は被害者の勤め先である病院に赴き彼女の身辺を探りにやってきた。中に入ると空調が整えられており汗が次第に引いていく。彼女の上司である婦長に話を聞くと被害者、田中海羽は誰からも好かれる看護師だったという。

「田中さんの事?仕事もきちんとこなしていたし患者や他の病棟の看護師とも仲が良かったわよ。あんな良い子がどうして・・・」他の関係者にも聞いてみたが似たり寄ったり。少なくとも怨恨の線は薄いと見える。

「皆、同じ事を言っていましたね。被害者は仕事熱心で誰からも好かれる。多々良さん、他になにか聞けましたか?」

「少しだけな。被害者は偶にあの公園に行っていたそうだ。同僚から聞いた話じゃ彼女、蓮の花が好きだったみたいだ」それでわざわざ家から遠いあの公園にいたのか、納得がいく。

「では犯人は彼女が蓮の花が好きだと知っていた人物でしょうか?」

「そんな情報だけじゃ絞れねぇよ。今から被害者の自宅に行くぞ」私達は再び炎天下の中車を走らせる。

車を走らせること20分。被害者の自宅であるマンションが見えてきた。若い女性が好みそうな綺麗目のマンション。大家に部屋を開けてもらい中に入る。今どきの女性の部屋がそこにはあった。薄ピンクのカーテン、ベランダには鉢植え、女性向けの雑誌。何てことない女性の一人暮らしの部屋。寝室も同様、ベッドにクローゼット、そして彼女の癒しともいえる蓮の花が一輪、水盆に浮かんでいた。「被害者にとって蓮の花は切っても切れないモノなんですね」

「昔から蓮は極楽浄土に咲いている花とも言うしな。さしずめこの花は極楽に行ける切符って所か」部屋を一通り見通しながら多々良は唐野に言う。寝室を出ようとした際、壁に掛けてあったカレンダーが目に入った。一つだけ赤丸が付いている。日付は21日、事件があった日にちだ。

「多々良さん!カレンダー見て下さい。21日、事件の日に印が付いています」

「この日は何か予定があったのか。唐野、被害者がこの日どこに行ったのか洗うぞ」

「はい!」やっと見つけた事件の欠片。これを皮切りに捜査が発展する事を願いながら私達は被害者のマンションを後にする。


「多々良さん、被害者があの日どこに行こうとしていたか分かりました」数時間後、私は多々良さんに言われた通り印が着いた日について洗い出していた。

「意外に早かったな。で?何だったんだあの赤丸は?」

「被害者はどうやらこの個展に行ってたみたいです。チケットの半券も見つかしました」

私は手に握っていた半券を多々良さんに見せる。彼はチケットを見るや否や顔を顰める。

「また蓮の花か。『相沢燐、光の芸術』これはどういう個展なんだ」

「多々良さん、相沢燐を知らないんですか?今、美術界を虜にしている画家ですよ。テレビとかにも偶に出ていますよ」私はスマホを操作しながら相沢燐のプロフィールを調べ多々良さんに画面を見せる。

「何々?相沢燐、30歳。幼い頃から絵画を鑑賞し小学生から絵を描き始める。中学の時にコンクールで史上最年少で優勝を果たし才能を開花していく。二つ名は『平成のクロード・モネ』」画面に出されている文字を読み上げていく。

「モネって、この間お前が言ってたあの画家か?」

「そうです。相沢燐は自他共に認めるモネのファンで絵を描き始めた時はモネを参考にしていいたそうです。その所為もあって彼の作品も睡蓮が多く使われています」

「唐野、詳しいな」

「僕、相沢燐のファンなので。彼の絵はとても繊細で優美なんです。何時間でも観ていられます」スマホに映し出されている絵画を眺める。いつみても綺麗な絵だと感じる。

「分かった、わかった。それで?被害者はその個展を観に行った事は間違いないんだな」

多々良さんはうんざりした目で私を指す。

「はい、間違いないです。この個展、入れるのは抽選で当たった人だけなんです。入る際にチケットと身分が分かるものを提示しないとらしくて」

「随分とチェックが厳しいんだな。何か訳でもあるのか」多々良さんの目つきが険しい。

「以前、絵を盗まれそうになったみたいだそうです。未遂に終わりましたが。それ以来、個展を開くときは警備を厳重にしているみたいです」私はその事件の内容をあまり知らないが何でも彼のファンが個展に訪れた際、飾ってあった絵を大層気に入り売ってくれないかと交渉したのだが作者の相沢燐はこれを拒否。何回も交渉したが結果は変わらなかった。相沢は絵を売らないことで有名なのだ。相手は遂に業を煮やし強行突破に出た。それがこの事件である。結局、盗もうとした所を相沢と警備員が見つけ未遂に終わったのだ。

「画家って絵を売って生計を立ててるんじゃないのか?描いた絵はどうするんだ」

「彼にはスポンサーが多くいますからその点は大丈夫だと思いますよ。以前インタビュー記事でこう言っていましたよ。『僕はただ自分が描きたいと思った絵を描いているだけだ。誰の為でもない自分自身の為に。僕は自分の描いた絵を他人に渡すつもりは今の所ない。僕は僕が描いた絵が好きだから』と」第三者の目線で見ると自己中心的な部分も感じられる内容だ。案の定、そう感じ取った多々良さんは顔を顰める。

「随分と自己中というか、ナルシストな奴だな。ほんとに人気があるのか」

「そう言うと思ってましたよ。僕も最初はそう思いましたが彼の絵を見て納得しました。確かにあんな絵なら手放したくないって思いますよ。後は相沢燐だから許せる言葉でもありますがね」

「どういうことだ?」私は相沢燐の顔写真を多々良さんに突き付ける。

「彼は絶世の美青年だからです」画面一杯に写り込んでいる画像を見てそう締めくくった。


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モネの安らぎ 蓮見蓮 @hasumiren

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