ーⅤー 黒髪揃えし霊となりて



 拝啓、大学生の皆さんへ。


 私はもう、生きた人間ではないのでしょう。家がどこにあるか覚えていませんし、気がついたらいつも大学にいて、ずっと同じ講義ばかりを受けています。講師の先生も変わってしまった授業もあります。

 顔が変わったとしても、三人に一人くらいしかいない経済学部の女子たちは、きゃぴきゃぴしている子からおとなしめな子までいろいろ居て、見ていて飽きません。

 授業はもう飽きてしまって、私の興味は女子大生のみにあるといっても過言ではありません。

 

 ぐずぐずしても仕方ないので、本題に入りますね。


 実は、ひとつ疑問に思うことがあるのです。

 私が死んで幽霊になっているとしたならば。


 私はいつ、どのようにして、死んだのでしょう?

 そして、なぜ大学から出られないのでしょう?

 誰か知っている人は居ませんか?

 知っている人がいたら、どうか教えてください。



 過ごしやすい朝の空気の中、僕は目を覚ました。

 また妙な夢を見た。大学の授業を受けていた。よく覚えていないが、講師の独特な服装と目に入った炭酸飲料のペットボトル、そして数式を板書している授業だったので、これはおそらく僕のゼミの先生である水嶋みずしま准教授の「中級ミクロ経済学」だ。僕も受けている授業だった。

 きっといつものように、水嶋先生の授業を受けている誰かの記憶を夢として見ていたことになるのだが、果たしてそれが誰なのか、僕には見当もつかなかった。

 寝覚めがよくないので、顔を洗う。

 鏡に映った顔と目が合って、なんだか気味が悪くなる。

 寝癖がひどい。右側、いや、これは鏡だから左側か……が、発芽している。しかも完全に双葉である。たちの悪いことに。

 前髪は……左目に少しかかっているが、これが普通なのでどうということはない。額の大きな傷を出来れば隠したいので、前髪は左側だけ伸ばしているのだ。おかげで前髪だけ売れないヴィジュアル系バンドのボーカルみたいな髪型だが、致し方ない。両側伸ばすよりはマシだ。


 十月に入って、なかなか過ごしやすい空気になってきたものだなと、しみじみ思った。思えば今年の夏は、かなりいろいろなことがあった。夏休みに入るなり単位売りの事件があったし、九月に入ったところで限りなくまともでどう見てもおかしい名探偵に居候されるし、ゲーセンに行けばザ・真面目学生の雨宮とザ・遊び人学生の坪井が一緒に音楽ゲームしているし、それはそれは充実した夏休みだった。ちょっと皮肉が入っているけれど。

 そして、そんな長い長い夏休みが終わっていざ後期の授業が始まると、疲れてしょうがない、という事案が発生する。僕もすでに大学生活を始めて三年、それでもなかなか慣れないくらいの、急激な変化なのである。

 などと悠長に戯れ言を言っている場合ではない。このままでは二限の「中級ミクロ経済学」の授業に遅刻してしまう。

 別に出席をとるわけではないのだが、この授業の講師である水嶋准教授にゼミでもお世話になっているし、うかうかしたマネはできない。

 とりあえず、頭の双葉を寝癖直しウォーターでなんとかほぐしつつ、昨日用意しておいた灰色のパーカーとジーンズを着る。しかも、驚くべきスピードで。アイ・フヒト、好評発売中。なんつって。

 家を飛び出し、坂を上る。十分以上、緩やかな上り坂を上り続けた結果、夏はとんでもない量の汗をかくこともある。もちろん、行楽が盛んになる今のような季節でも十分体温が上がる、ということには変わりがないわけで。

「はあ……」

 大学の正門をくぐるころには、身体はかなり熱く、息もあがってしまっていた。

「真中さん、おはようございます」

 後ろから突然柔らかなテノールボイスがかかる。

「ああ佐貫か、おはよう。元気?」

 僕は振り向かないままそう答える。

「はい、おかげさまで」

 佐貫悠太郎さぬきゆうたろうは、さっと僕の横に並ぶと、快活そうな笑顔を見せた。

「夏休みは、ありがとうございました」

 彼は深々と礼をする。

「いやいや、まあ気にするなって。そういうこともある」

「いやあ、ほんと、あれすごかったですねえ……さくらさんどうなったんだろう」

「だから気にするなって。三嶋さんは、そういう怪異に遭って、それを背負っただけだ。お前は背負わなくてよかったねって話だよ」

 あの蒸し暑い夕方、風の中に悲痛な表情を残して消えていった三嶋さくらが自然と脳裏によみがえる。なんとも後味が悪い事件だったので、僕はその後佐貫や雨宮と遊んだりして、暗い雰囲気を消そうと頑張っていたのを思い出した。

「まあ、そうですね、とにかくありがとうございました」

「おう」

「ところで真中さんは、ミクロとられてますか?」

 ずいぶんと露骨な話題変換だ。さては佐貫のやつ、また何か僕に勉強を教えてもらおうという魂胆なのか。

「中級のほう? ああ、とってる。ゼミの先生だし」

「え、そうなんですか? 僕もとってましたけど気がつきませんでした。ミクロの先生というと……水嶋先生ですよね?」

「ああ」

「あの先生お話が面白いですよね。僕も水嶋ゼミにしようかなあ……」

 佐貫は楽しそうに悩む。そっちの方だったようだ。

「ああ、まあ結構大変だけど、悪くはないな」

「そうなんですか? ゼミではどんなことを?」

「ああ、実証経済学系統のこういう分野で……」

 そんな感じで佐貫と少し専門的な話をしたのち、僕らはそろって経済学部の講義棟へと向かった。

 「中級ミクロ経済学」の教室は経済学部101講義室と呼ばれ、通称マルイチと呼ばれている階段状の大教室である。収容人数はおよそ二百人ほどだろうか。

 しかし、もう間もなく授業が始まるというのに、教室の人の入りはまばらで、せいぜい全受講者の半分くらいしかいない。通年の科目とはいえ、後期のしょっぱなからこんな状態では先が思いやられる。

 まあ、かく言う僕と佐貫も危うく遅刻しそうになったわけであるが。

「なんか、どんどん人が減ってきてますよねこの授業」

「そうだな」

 佐貫は僕の隣に座って教科書を取り出した。

 僕はレジュメの入ったファイルを取り出して開く。

 ぱらぱらと、順番にソートされたレジュメがファイルから飛び出した。その中にはいくつかのギリシア文字をひたすら並べた数式がごちゃごちゃと犇きあっている、小汚い色の藁半紙が混ざっている。

 僕は半分ほど埋まっている藁半紙を片手に、レジュメにさらにいろいろなメモを書き込んでいく。

そんなことを確認しているうちにチャイムが鳴った。

 講師の水嶋准教授はチャイムが鳴ったとたん教室に入ってきて、レジュメを配り、その間に自分のピンマイクを調整した。

「なーんか人少ねえなあ。まったく、若いんだからもうちょいシャキっとしてくんないと困るよなあ……」

 水嶋はそうぼやいた。教室のあちこちでクスリ、と小さな笑いがざわめく。

「はい、そんな馬鹿なこと言っててもしょうがないんで、授業始めますよ。今日の授業聞いとかなかったら期末試験ヤバいからな、出てない奴覚悟しとけよ。……まあ、だけど、ここにいる奴にこんなこと言ってもしゃあないわな」

 デニムジャケットにタンクトップ、そして下はゆったりとしたカーゴパンツ、頭は白髪混じりの長髪という姿の水嶋准教授は、ぱっと見ただけでは年齢を特定することができない。夏休み明けだからだろうか、全身が小麦色に日焼けしており、廃業したプロサーファーのような、ややクレイジーな風格がある。

 彼の授業はいつもこのような感じで進行していく。間に軽口を挟みながらすらすらと数式を展開して、気が付いたら終わっている、そんなイメージ。

 経済学と言っても、ミクロ経済学は主に経済モデルを数式で構成して、その結果を計算で求めるというものなので、授業としては、大半が数学のようにひたすら数式を計算する、という感じになる。

 そんなわけで、僕らは講義を聞きながらひたすら数式を解いていた。


 それは、急な出来事だった。

 ふと頭に違和感が走って、僕は思わず顔を上げた。


 さっきまで誰もいなかったはずの前の列に、女子大生が座っていた。艶のある黒髪をすらりとのばし、茶色のカチューシャで揃えている。女性らしいもっちりとした体型を包み込む黒いカーディガンの隙間から、ちらりと清楚な白いブラウスがのぞいた。

 あれ、こんな女の子いたっけ。

 そう思った瞬間、彼女が振り向いた。まるで初雪のように白く透き通るような涼しげな肌が目に入る。その顔つきは上品で穏やかであった。赤い縁の眼鏡の奥にあるつぶらな瞳と目があった。

 猛烈な寒気を感じた。身体じゅうの熱を奪われたみたいで、心臓が凍り付いたように痛くなった。


「真中さん!」

 佐貫に肩を叩かれて、我に返った。

 前にいた女性は、いなくなっていた。

「あの、この数式わかんなくなっちゃったんですけど……って、どうしました大丈夫ですか?」

 佐貫は僕の顔を見るなり驚いた。

「ん? どうしたキミ? 俺の数式が見づらかったかな?」

 水嶋が少し大きくなった佐貫の声を聞きつけてこちらを見た。

「あの、すみませんそこの右上の数式なのですが、これは左下の数式をXについて、偏微分したものですよね?」

 彼はおそるおそるそう訊いた。

「ん、そうだよ。それがどうしたの?」

「だとすると、そこの値ですが、おそらく2Xじゃなくて6Xの2乗だと思うのですが……」

「え、マジで? あっほんとだ! ごめんなさい!」

 どうやら水嶋より佐貫が正しかったようだ。

「はいはいすみませんね。いやあやっぱ酒飲みながら計算するもんじゃねえな……ということで……この式がこうで……こうなりますね、ごめんなさいね」

 水嶋はせっせと式を書きかえる。

 そして僕は写してなかった式を何とか写した。


 なんだったんだ、あの子。

 あのお嬢様然とした感じは、僕の幼なじみである志島咲子しじまさきこを彷彿とさせる。だが、肝心なところはまるっきり咲子と対照的だ。非常に言葉にしづらいが、咲子は西洋の貴族の娘のような気品があるのに顔立ちは大和撫子というタイプで、さっき見たあの女性は、印象としては日本の由緒正しい家に生まれたご令嬢といった感じだ。顔立ちははっきりとしていてどちらかというと現代でいう美人に近いだろう。

 容姿もさることながら、まとっている雰囲気も同系統であるにもかかわらず全く異なっている。咲子はまるでサーベルのような、柔軟さの中に芯があり、かつ切れ味があるような印象だが、同じ刀剣でも、さっき見た彼女は隙の全くない業物の日本刀、という感じだった。あの柔和な雰囲気の中にある厳格さは、初めてではない。


 そんなことを考えていたら、チャイムが鳴った。

「いやあ、なんか今日の先生、生き生きしてらっしゃいましたね」

 廊下を歩きながら、佐貫が能天気にそう言った。

「ああ、そうだな」

 確かに、水嶋は学生が少なければ少ないほど生き生きしているような気がする。

「そういえば、真中さん、大変顔色が悪かったようですが、なにかあったんですか?」

 佐貫を見ると、とても心配そうな表情がそこにあった。あんまり話したくない事象だが、こんな表情をされてしまっては、仕方がない。

「なあ、佐貫」

「はい? なんでしょう?」

「僕らの前に、女性が座っていたと思うんだが、お前は見たか?」

「女性……ですか?」

「ああ、すごく綺麗な人だったのだけれど……」

「はあ……」

 佐貫は深く考え込んでいるような顔をした。

「すみません、僕は見てませんでしたね。少なくとも授業が終わった時点では、前には誰も座ってなかったと思うんですが……」

「ああ、僕もそう思う。だから途中で出ていったのかなあと思って」

 僕がぼんやりしている間に彼女が出ていく可能性は十分にあるだろう。

「でも、二限のマルイチ教室で、授業の真っ最中にあのあたりから出ていくって、なかなか難しいと思いますけど……」

「ああ……そうだな」

 確かにその通りだ。経済101教室は階段状の大講義室なのだが、出入り口が廊下側に二つだけ存在する。僕と佐貫はかなり前の、出入り口から奥の方に座っていたので、その前で授業を受けていて途中で抜け出そうとすれば、水嶋の目にとまらないはずがなく、また非常に目立つ。出席はとらない水嶋であるが、彼の気質的に考えて、さすがにそれだけ前で受けていた、しかも美人の女子大生が出ていこうとするのをイジらないはずがない。

 少なくとも、「おいおいどうした? 具合でも悪いのかな?」とか、「そうかー俺より大事な約束かーそりゃ彼氏かい?」とか、若干デリカシーに欠けるブラックユーモアを披露するだろう。

「確かに……なんだか不思議だな。また幻覚か?」

 と、僕がそうつぶやいた時だった。

「あ、真中さんに……えっと」

 廊下の先から、水色の眼鏡をかけた背の高い女子大生がやってきた。

「こんにちは雨宮さん、佐貫です」

「あ、すみません佐貫さんでしたね」

 雨宮桃子あめみやももこはそういいながら佐貫を見上げて小さく頭を下げた。夏にそれなりに接触があったはずなのに、未だに佐貫の名前を覚えていないとは恐れ入る。

「おう、ミヤコ。中級ミクロ、受けてないのか」

「はい。実は……私、この大学の入学試験で数学を選択しなかったくらい、数学が苦手なので」

 雨宮は、安いプラスチックでできているんじゃないかというような、とても脆そうな眼鏡をくいっとあげた。

 レンズの奥の目がぱちりと僕を見つめる。

「なるほど」

「それは、確かに、とらない方がいいですね……」

 佐貫は満面の笑みでそう言った。そこは苦笑いだろ。

 そんなことはともかく。

「そういや、調子はどうだ?」

「いや、どうだと言われましても、特に意識しなければ私はもう大丈夫ですよ」

 雨宮は僕を見下ろした。

「まあ、そりゃそうか」

「はい。ところで、真中さん」

「なんだ?」

 雨宮の眼鏡の奥がぱちくりと瞬きをして、僕を見つめ直した。

「経済学部の幽霊の噂、聞きました?」

 そしてこの爆弾のような一言。

 なんだそれは。初耳だ。

「あれ、もしかして、その幽霊って、女性ですかね?」

 佐貫が口をはさんだ。

「はい、なんでも長い黒髪がきれいに切りそろえられていて、清楚な格好をした日本人形のような美人さんだとか。私も一度拝見してみたいものです」

 おい。まさか。

 脳裏にさっきの女子大生の姿が浮かぶ。

 先ほど、彼女のことを日本刀と表現したが、確かに日本人形のようにも思える。幽霊ということがわかっていれば、そちらの方が連想しやすいだろう。

 いやな予感が全身をかけめぐった。声を出そうにも喉がうまく動かなかった。

「ミヤコ、その幽霊って、主に、いつ現れるんだ?」

 なんとかして平静を装ってひねりだした僕の声は、どう聞いても震えていた。それは幽霊を見たかもしれないという恐怖などではなく、再び厄介そうな怪異に遭遇してしまったのではないかという予感からだと思いたい。

「えっと、基本的に昼間のようです。噂だと授業中、特にマルイチ教室が出やすいそうで……」

「あー、もしかして、真中さんがさっき見たのって……」

 佐貫がやはり心配そうな顔をした。

「たぶんその幽霊だろうな……」

 なにせ特徴まで完全に合致している。それに、そういう怪異を「視る」能力においては常人とほぼ変わらない僕が「視えて」しまったのだから、相当情念が強い幽霊だと思われる。

 僕がそう言ったとたん、雨宮の目が見開かれて、まんまるになった。

「うわあ、真中さん、視えちゃったんですか?」

「ああ、おそらくは。さっきの授業中に」

「うそ? キミコさんが真中さんに視姦されるなんて……」

「随分な言い方だなそれ。たまたま視ただけじゃねえか」

 確かに、怪異を視る能力では、僕よりも雨宮のほうが少なくとも一段階は上であると言わざるを得ない。彼女はたいてい僕よりも先に怪異の存在に気がつく。そういう意味では、悔しがるのは無理もない。

「あの、『キミコさん』というのが、その幽霊の名前なんですか?」

 僕のツッコミを完全に無視して佐貫が訊いた。

「どうもそうみたいです。なんでも、何年か前に通学中の人身事故で亡くなったうちの学生の方とその幽霊がそっくりだとか……。その亡くなった方が『キミコ』という名前だそうで、みんなキミコさんと……。でも、本人だという確証はなくて、単なる愛称だって話ですけど」

 雨宮は佐貫を見上げながらそう言った。

「へえ……なるほどね」

 キミコ……か。

《なんとも魔力の強そうな名前ね》

 御厨ならこう言うかもしれない。

「はあ、しかしお腹すいたなあ。雨宮さんは、ご飯買いましたか?」

 佐貫は何気なく第一食堂の方に歩き始める。

 僕らはそれとなく彼についていった。

「いえ、まだですけど……おふたりとも、まだですか?」

「ああ、僕は朝から何も食べていない」

「実は僕もなんですよ……」

「なるほど……下宿生って授業が始まる直前まで寝ているイメージありますけど、どうやら間違ってはいないようですね」

 僕や佐貫だけでそのイメージを固定されても困るけれど、確かに僕や佐貫は二限に登校する場合は朝飯を抜いて直前まで寝ていることにしていると思う。


 お昼時の第一食堂は案の定学生でごった返していた。学内にある大小さまざまなテニスサークルの色とりどりのウィンドブレーカの群れを抜け、僕らは隅の方にたまたま空いていた席に陣取った。

 佐貫と雨宮が僕の分も買ってくるという条件で、彼らが自分の食べ物を買いに行っている間、僕は椅子に座ってあたりをぼんやりと眺めていた。

 三原色どころか、黒や黄緑、ピンクや赤紫など、とにかくばらばらにひしめき合うジャージやウィンドブレーカが目にうるさい。もちろん、耳に入ってくる喧噪はそれ以上にうるさい。もっとも、目と耳では「うるささ」など比較できないけれど。

「あら、真中さんやないですか」

 びっくりすることに、突然後ろから声をかけられた。

 低くも高くもない声で、南方系のイントネーションが混ざったような口調で話しかけてきたのは、少し頼りない体型の長身の青年であった。淵のない眼鏡が彼を知的に見せている。

「よう、山崎」

 彼の名は、山崎修司やまさきしゅうじ。僕が入っていたミステリー小説研究会の後輩である。確か佐貫や雨宮と同じ学年だったはずだ。

「お久しぶりですね。お元気ですか?」

 山崎は、僕らがとったすぐ横の席に座った。

 その手が持っているトレイには、食堂で買ったかけうどんと、彼が持参したであろう弁当箱に入った白飯が乗っていた。

 さすが「うどん王国」の異名を持つ稲穂県出身、うどんをおかずにするとは、関東の人間にはない発想だ。

「まあ、ぼちぼちといったところかな。相変わらず妙なことには巻き込まれっぱなしだ」

「そうですか、それは大変ですねえ」

 元々、ミステリー小説研究会をやめたのも、僕自身が引き起こした、否、引き起こさせられた怪異が原因だった。

「しかし、真中さんの文章が読めんというのも、なんだか寂しい感じがします。真中さん本人の性格がよう出ていて、面白かったんで」

 山崎はうどんをすすりながらそう言った。

 突然、ひらめいた。

「なあ山崎、お前、幽霊の話、聞いたことあるか?」

 餅は餅屋、蛇の道は蛇。オカルトやこういった謎のたぐいは、ミステリー研究会の人間に聞いたら情報を収集しやすいかもしれない。とっさにそう思ったのだ。

 山崎は、うどんを飲み込むと、怪訝そうな表情で僕を見た。

「幽霊……というと、こん学校のですか?」

「ああ」

「そうすると、まあいくつかあるんですが、一番有名なんは、経済学部の『キミコさん』ですかね……。さすがに真中さんもご存じやとは思いますが」

 山崎はやんわりとした口調で答えた。

「ああ、それはさっき聞いたんだが……実は聞いたばかりでよく知らないんだ」

「なるほど、そういうことですか……。実はですね、キミコさんの幽霊話、結構興味があったんで、詳細をいろいろ取材しているんですが、これが結構面白くてですね……」

 山崎は柔和で無害そうな笑みを浮かべている。

 なんだか嫌な予感がした。

「キミコさん、何者かにストーカー被害を受けていたようなんですよ」

「ほう?」

「なんでも、新聞によるとですね、キミコさん、本名は巴希美子ともえきみこというらしいんです。巴っていうのは巴投げの巴で、名前のほうは希望の美しい子と書きます。彼女は縦波総合鉄道の総鉄武蔵野そうてつむさしの駅で、何者かに押されたのか、自分で飛び込んだのかはようわからないんですが、電車に轢かれて亡くなってます。えっと、それが確か六年前の冬の話です」

「なるほど」

 漢字で希美子とは、なかなかに怪異を引き寄せそうな名前だ。

 しかし山崎、話の主旨がずれている。

「で、ストーカーは?」

「あ、そうでしたそうでした、ストーカーですね」

 山崎は自分で見失ったものを拾ったような顔をした。それを拾ったのは僕なんだけど。

「で、どうも希美子さん、なかなかの美人らしくて、高校時代から執拗なストーカー被害があったようなんです。けれど、誰にやられているのかさっぱりわからんから、警察も熱心にはとりあわんかったみたいですね……」

「ん……?」

 ストーカーの正体が特定できないとは、なかなかレアなケースだ。僕の勝手なイメージだが、ストーカーというのは自己顕示欲が強いタイプと、対象に思い入れが強いタイプがいて、どちらも自分を隠すようなことをあまりしないような気がする。

「あ、そうそう、希美子さんの出身高校なんですけどね、桜嵐おうらん女学園らしいですよ」

「え、本当かそれ?」

「はい、一応独自のルートですが裏がとれてます。いいところのお嬢様で美人、それに頭もいい……いやあ、いいですねえ」

 山崎は夢をみるような目をしてそう言った。どことなく、いやらしい。

 桜嵐女学園。

 中高一貫教育が行われている女子校である。名門お嬢様学校としても有名だが、入学難易度と進学実績ともに非常に高く、中学受験をする女子小学生たちの間では、聖アーカンゲル女学院と双璧をなす学校だ。

 だが、そんな能書きは正直今の僕にとってはどうでもよかった。僕が気になったのは、それが咲子の出身校であったことだ。

 これで、「希美子さん」の持っていた雰囲気の謎がわかった。そして、あの女性がかなりの確率で「希美子さん」だということもわかった。

 「希美子さん」に迫ることができたなら、咲子に関する手がかりも見つかるかもしれない。なんとなくそう直感した。

「なるほどなあ。で、なんでまたそんなに詳しく調べてるんだ?」

 思わず山崎にそう聞いてしまった。

「やだなあ、そりゃもちろん、希美子さんのストーカー視点で小説を書きたいからに決まってるやないですか。もし、希美子さんがストーカーに殺されたんだとしたら、もう……いやあ、いいですねえ……」

 山崎はうっとりと、そしてにやにやとした表情をしながらあらぬ方向を見つめていた。気持ち悪い。

「なるほど……」

 答えはおそらくわかっていたし、聞かない方がよかった気がしていた。彼は見た目や言動からは想像できないほどにサイコな文章を書く。いや、このような見た目の人間ゆえかもしれないけれど。

「真中さん、牛丼買ってきました。あれ、君は山崎くんだよね? 久しぶりー。元気?」

 佐貫は山崎を見かけるなり僕の牛丼をどんっと雑に置き、彼に近づいて話しかけた。いや、まあ、別にいいんだけどさ……なんだろうこの、ちょっと怒りたい感じ。

「えっと、確かアジア経済で隣になった……」

「佐貫です」

「そう、佐貫くん」

 どうも佐貫は顔に比べて名前を覚えてもらえないらしい。顔のインパクトが強いわけでもないのだが。

「君授業で見んけど、大丈夫?」

「えっ、山崎くんも授業、かなり出てないよね?」

「いや、そんなんでもないよ。だいたい二回に一回くらいは出てんけど……」

「そうなんだ、でも僕も二回に一回くらい……もしかして、授業に出てる回が違うのかな?」

 いやおい待て、いいのかそんなんで。そんなんでいいのか。少なくとも佐貫、満面の笑みで答えるところじゃないぞ、多分。

「二人とも授業出なさ過ぎですよ、それでも経済学部なんですか?」

 親子丼を持ってきた雨宮が割って入った。彼女の意見に激しく同意したい。

「あら、ミヤコさんやないですか。そうそう、経済原論、再履修になっちゃったんで、ノートをあとでコピーさしてもらってもよろしいですか?」

「あ、雨宮さん僕もそれ落としちゃったんですよ!」

 ふうむ。

 こうして並んで初めて気がついたけれど、山崎と佐貫、なんか妙なところだけ似ているんだよなあ。

「ええ……ノートくらい自分でなんとかしなさいよ……」

「いやあそこをなんとか、一生のお願いですから」

「そうそう、余談やけど、ミヤコさんの漫画、僕のサークルで好評でしたよ」

 心底困ったような表情で手を合わせる佐貫と、余裕ぶった表情でやんわりとお世辞を言う山崎。

 対照的すぎて、むしろそっくりだ。

「……しょうがないなあ」

 と、結局応じる雨宮も雨宮なんだとは思うが。まんざらでもない顔だし。

「ところで、真中さんは何か、過去問持ってませんか? 経済原論、たしか単位とられてましたよね?」

 佐貫が物欲しそうにこっちを見ながら言った。

「ねえよ! だいたい全部あげただろ!」

 その科目なら良だったので勉強に使った資料を全部佐貫にあげたはずだ。というか、今気がついたけれど、佐貫のやつ、せっかく僕が試験範囲の詳細なメモをあげたのに落としたのかよ。どうしようもないな。

「いやあ、そこをなんとかお願いしますよー」

 すがりつく佐貫がいい加減ウザいので、適度に無視しながら飯を食うことにした。


 四限のゼミで水嶋准教授にこってりと絞られたあとは、いつものように事務所での勤務だった。

「……」

「言いたいことがあるなら言ってくださいよ」

 さっきから、事務所の所長で雇い主の魔女、御厨智子みくりやともこが僕を見てにやにやとチシャ猫のような薄気味悪い笑みを浮かべている。僕に何か取り憑いているとでもいうのか。朝のこともあるしぞっとしない。

 事務所に最近常駐するようになった札切零七ふだきりれいなは仕事なのか、僕がここに入った時にはすでにどこかに出かけてしまっていた。それもあって、なんだか非常に気まずい。彼女が常駐する前は、これが日常だったのに、不思議な話だ。

「何もないわよ」

 と言いながら御厨は微笑んでいる。事務所に落とし穴でも仕掛けたのだろうか。どうせ片づけるのは僕になりそうだし、そういうのはやめて欲しいところだが。

「むしろね、真中、貴方こそ、私に何か云っておかなくてはならない事案ことが在るのではないかしら?」

「あっ!」

 すっかり忘れていた。相談するべきことを自分で忘れてしまっていた。計量経済分析も、この事務所のバイトも、目的を見失うようではいけない。御厨に指摘されるまで、そのことをまったく忘れていた自分を少しだけ恥じた。

「実はですね、智子さん。うちの大学に幽霊が出るって噂があるんですけど、その幽霊が……」

「咲子ちゃんと同じ女子校を出ているから何か妙な縁があるだろうし、幽霊ということは間違いなく怪異だから是非とも解き明かして血肉ちからにしたいと、そういう案件こと?」

「人の話は最後まで言わせてください!」

 御厨は心が読めてしまう。だからいつも依頼人や僕の言うことを先回りするという癖があり、僕としては非常に気分が悪い。

「いいじゃない、時間の短縮になるでしょう。……真中、その怪異だけれど、もう零七ちゃんが調査に向かっているわよ」

 衝撃的事実!

 なぜそれを僕に言わない!

「零七ちゃん、貴方の携帯電話の番号を知らないでしょう? あと、ここには携帯は勿論……」

「電話もないですからね! はいはい!」

 仮にも商売をやっている場所だというのに、なぜ通信インフラが全く揃っていないのか。いい加減電話回線くらいは引いた方がいいと思う。

 と、呆れていても仕方がない。とにかく、大学に行っているであろう札切と合流して、「希美子さん」と接触をはからなくては。

 僕は事務所を後にし、大学へ戻った。


 地下鉄を使って大学の最寄り駅まで向かい、途中自宅に寄って荷物を整理して水を飲んだあと、坂を上って大学まで向かった。

 空はすでに薄暗く紫色になっているが、坂の上に見える大学のサークル棟や研究棟は、まだまだ灯りがついている。

 と、正門から見覚えのある人物が現れた。

「先生!」

 僕は思わずその人物、水嶋准教授に声をかけた。

「ん、どうした真中くん、図書館に本でも返すのか?」

 水嶋は坂を上ってくる僕を見てそう言った。

「いえ、ちょっと用事があって」

「こんな夜に大学でかい? 君も熱心だねえ」

「ええ、まあ」

「風邪ひくんじゃねえぞ。最近は冷えるからな」

「はい」

 このような軽い会話で、僕らはすれ違おうとした。

 ふと僕は気まぐれで、

「先生、今日のミクロの授業、一番前の席に座ってた女性、見たことあります?」

 と訊いた。

 水嶋は一瞬立ち止まって振り返ると、前を睨んで苦い顔をしてから、

「いやいや、そんなんいなかったろ。からかうのもいい加減にしんさい」

 と言った。

「何、肝試しでもすんのん?」

「いえ、そういうわけでは」

「まあ、季節はずれだわな。んじゃ、気をつけて」

 水嶋准教授は急いでいたのだろう、足早に立ち去った。悪いことをしたなとほんの少し思った。

 正門をくぐって少しすると、真っ黒な制服を着た女子高生が立て看板に描かれている構内図を見ていた。おそらく先に十字架がぶら下がっているであろう見慣れた鎖を首にかけており、眼帯のひもがうっすらと髪の下から見える。彼女こそ、女子高生霊能力者の札切零七だ。

「何してんだよ」

 僕は後ろから話しかけた。

「思ったより遅かったな真中。どこで油を売っていたんだ」

 札切は振り返って僕を見下ろした。まだ夏服だからか、スカートがやけに短いが、真っ黒なニーソックスが太ももから足先までを覆っているので、寒くはなさそうだ。

 彼女は僕よりも十センチ近く背が高い。だから態度も尊大なのだろう。

「そら事務所と大学を往復すりゃそうなるだろ。つーか、お前、携帯持ってるんだからいい加減連絡先教えろよ」

「ふざけるな。ボクの携帯の連絡先リストは男子禁制だ。お前の番号なんか入れたら連絡先が汚れる」

 なんだよその発想。お前の携帯まで女子校仕様かよ。訳がわからねえ。

「まあいいや、別にそこまで困らないから。で、希美子さん、お前も気になるのか?」

 僕が水を向けると、札切は冷静な真顔を崩さずに、

「ああ……いろいろあってな」

 と、言った。

「それに、お前もわかっているだろうが、これがボクの本業だ。霊と対話し、願いを叶える……仕事は、しなくちゃならない」

 札切の目は僕のほうを向きながらも、どこか遠くを見つめているようだった。

 霊能力者にも様々な流派がある。霊をこの世界に呼び出す「降霊」、この世界に存在する霊を操る「操霊」、霊をモノやヒトの中に封印する「沈霊」、そして霊をこの世界から消滅させる「昇霊」が霊能力者としての主な流派の体系だが、札切は「昇霊」の流派の一つに与しており、霊の持っているエネルギーを拡散させることで霊の存在を消滅に導くという方法論を基本としている。

「さて、頃合いだ。行くぞ」

 札切はそう言うなり大学のメインストリートを歩き始めた。もうすでに夕闇が濃く、両脇に設置された外灯が、うっすらと道を照らしている。

「おい、どこに行くんだよ」

 この時間、「希美子さん」がよく出るという101教室はすでに施錠されている。

「何度も言うが、お前は本当に頭が悪いな」

 札切はぼそりとそう言うと、真っ黒なスカートのポケットからくしゃくしゃの紙とオイルライターを取り出し、紙にライターで火をつけて燃やした。

紅焔煉獄街道スカーレット・トゥ・ローム!」

 と、痛々しい呪文を唱え、炎がうねうねと長く延びて一筋の縄のようになり、101教室の窓に侵入した。

 そういえば、僕はこの呪文を何度か見たことがある。これは、たしか人ではないモノをこちらに強制的に引き寄せる呪文だ。春に、吉岡と東雲真理菜の件で同じ呪文を使っていた。

 ということは……。僕は身構えた。

 ほどなくして、炎は何かをとらえたらしく、僕らの目の前でひとまわり大きくなると、さっと消えた。

 そうして、そこには。

 昼間見た、清楚なお嬢様スタイルの女子大生がいた。

 彼女こそが、巴希美子なのだろう。そこには最初感じたとおりの気品と風格があった。白くもっちりとした質感の肌は、まるで生きているかのようだったし、それが真っ黒なカーディガンやトレンカをより映えるものへと変えていた。まぶたはぱっちりとした二重、そして僅かに付けられたマスカラ(あるいはつけまつげ)が、奥ゆかしさとその奥に秘めたプライドを暗に主張していた。白いレースのようなものを重ねたようにあしらったスカート(なんというのかは知らない)が、しっくりきているはずなのにどこか浮いている。

 と、その目が僕をとらえた。その瞬間彼女の表情は怯えに変わった。

「いやああああああああああ!」

「えっ何? 僕なんか悪いことした?」

 巴希美子が発した第一声は、僕に対する悲鳴だった。

「えっうそ? やだ! 身体が動かない! やだ!」

 巴はすっかりパニックに陥っている。どうやら札切が前回の反省を活かしいつの間にか金縛りの術かなんかを唱えたのだろう。

「あんたが、巴希美子か?」

 札切は極めて冷静に幽霊に声をかけた。

「そう! そうです! だから助けて! あの男から私を遠ざけて!」

「だから! 僕なんか悪いことした?」

「してます! 生きてます! 動いてます!」

「えっ、ええ……?」

 そんな理不尽な。

「いいから真中、ここは距離をとってくれ。でなきゃ彼女は落ち着かないだろう」

 仕方がない。

 僕は、経済学棟を離れ、メインストリートを挟んで反対側にある経営学棟の喫煙スペースに向かった。


 一本目を吸い殻入れに投げ入れたところで、札切が現れた。

「相変わらずお前は……」

 未成年にありがちな、必要以上に喫煙を忌避する態度というのは、そういう教育方針から、つまりここ最近の日本の嫌煙キャンペーンによるものなのだろうが、それそのものが逆説的に未成年の喫煙者を増やしているような気がしてならない。と、成人になってから喫煙を始めた僕は思う。

「成人している人間のライフスタイルについてとやかく言うんじゃねえよ」

 僕は文字通り吐き捨てるようにそう言うと、

「で、希美子さん、なんだって?」

 札切に訊いた。

「ああ、まあいろいろなことを訊くことができたが……どうする? 自分で訊いた方がいいと思うが」

「いや、お前、あれだけ嫌われてたら近づくことすら出来ないだろ」

 なにしろ彼女は僕が生きているだけであんなに発狂しているのだから。

「ん……まあ、そうだが」

 札切は非常に歯切れの悪い回答をした。なんだよ、嫌なことでもあったのか。

「とにかく、彼女はなんでこの大学にとどまっているんだ?」

「ああ、それなんだが、わからないらしい」

 札切はあっけらかんとそう答えた。

「いや、わからないって、じゃあどうすんだよ」

「だから、希望がない以上、ボクにはどうすることも出来ない。このまま彼女を消すことは、ボクの信条にも反する」

「あっそ」

 札切の霊能力者としての能力は、正直に言って抜群と言い切れるレベルだ。それこそ、自分の流派からほんの少し外れたようなことも簡単に出来る。文字と式紙、そして炎を駆使して呪術を扱うことが出来るのも、一般的な霊能力者にはないチカラだ。

「それにな……」

 札切は困ったような顔をしながら、続けた。

「ボクは……もう彼女とあまり話をしたくない……疲れる」

 そう言って彼女はため息をついた。

「どんだけ疲れるんだよ」

「これは、お前が女になれば……そうかその手があったか!」

 札切は頭上に電球の絵が見えるのではないかというほど文字通りひらめいた。

「なんだよ。まさか、希美子さんは男性恐怖症だから、僕が女装すれば近づけるとか言うんじゃないだろうな?」

 僕は渾身の力でボケた。

「ああ、まさにそうだ、それだよ!」

 つもりだった。

 それが核心をついていただなんて想像もしたくなかった。

「いや、ゼロ、冷静になれよ、僕が女装なんてしても……」

「真中、お前、つくづく自分の武器をわかってないな」

「いや、だから僕が女装して大学歩けってお前な……」

「よし、そうと決まれば服を集めるぞ」

「聞け! いいから僕の話を聞け! 一分! 一分でいいから!」

 思わず札切に殴りかかったが、当たり前のようにその拳は左手てぱしっと受け止められた。だいたいの武道の段を持っている人間はやはり強い。虎も龍も札切零七には勝てないだろう。

「しかし、希美子さんの怪異を解決するには、お前が女装するしかないぞ。他の人に頼むアテでもあるのか?」

 眼帯と左目がそろって僕を見た。真顔を保っているつもりだろうが、口の端が不気味にニヤケている。こんな札切を見たのは初めてだ。怖い。

「アテか……まあ、ないわけではないが……」

 事情がわかる奴となると、極端に少ない。おまけに女性である必要があるということは、札切を除けば必然的に雨宮しかいない。だが……。雨宮と巴を遭わせるのはあまり得策ではない気もする。嫌な予感がするというよりは、いい予感が全くしない、という意味だが。

 その表情を見て札切は全身を震わせた。

「そうか。それじゃあ仕方がない、お前が女装するしかないな。大丈夫、服はボクに任せろ。どう見ても女子大生にしか見えないようにしてやる」

 札切は不自然に早口で、言葉の端々を微妙に震えさせながら言った。何度も言うが僕はこの時以上に興奮した札切を見たことがない。言いしれない恐怖を覚えた。


「はっはっは……これは、また……」

 札切は感嘆とも嘲笑ともとれるため息をついた。

 巴希美子と札切零七が出逢ってから数日後、僕は札切のあつらえた服を着せられていた。黒地に花柄のワンピースだけならまだしも、黒の下着を上下セットで着せられた上、挙げ句の果てには黒のヒールまで用意されていた。この黒ずくめ大好き人間め。

 姿見を見ると、変わり果てた僕がそこにいた。

 嫌になるほどに、僕は女装が似合っていた。肌が白いのに黒ずくめなことと、背が低いせいだろうか。なんだかどうも、それだけじゃないような気がするが、あまり考えない方がいいのかもしれない。

 と、そこに。

 こんこん、とノックが聞こえた。

「どうぞ」

「どうなったかな?」

 玄関の扉を開けて入ってきたのは、眞鍋陽子まなべようこだった。札切が化粧をさせる目的で呼んだのだ。普段は協力しあうことのない二人が、僕の女装という目的で団結した。まさに悪夢だ。

「うわーかわいいじゃん。なんか、すでに私よりかわいくね?」

 眞鍋はすっかり女子大生の姿になってしまった僕を見て、弾むような足取りで近づいてそう言った。暗いピンク色のセーターで強調されている巨大な膨らみがぽよんぽよんという音を立てそうなほど揺れているのを見て、彼女のテンションを察した。なんで僕を女装させるというだけでこれだけテンションが上がっているんだこいつら。

「メイク道具は持ってきましたよね?」

 札切の声が嫌に明るい。

「もっちろん。いろいろあるよお」

 眞鍋はきらきらとしたラインストーンでデコられているショッキングピンクの化粧ポーチを取り出し、その中からいろいろな化粧道具を取り出した。もはや、僕が道具の名称を知っているものの方が少ない。普段これだけのものを使って、女性は化粧をしているのかと思うと、なんだか自分の朝の支度がひどく簡素なものに思えてしまって、少し申し訳なくなる。

「ちょっと、あんまり動かないでね。最悪死ぬよ」

 と、眞鍋はいきなり黒い棒状のものを取り出した。マスカラだろうか。

 首は先ほどから札切によってかっちりと固定されている。どっちにしろ、僕自身が希美子さんから情報を得るにはこの方法しかないのだから、ここで覚悟を決めなくては。まあ、今更なのだけれど。


「うわ、なにこの子! くそかわ!」

「予想通りだ……」

 髪の毛のセットや化粧なども終わった僕を見た二人は、それぞれこのような感想を漏らした。

「うわ……」

 姿見をのぞくと、そこには可憐な女子大生がいた。なんだこれ。

 彼女はすでに僕ではない。女性としてはやや背が高めだが、か細いシルエットと真っ白なきめ細かい肌を黒地のワンピースが引き立てており、清楚さを醸し出している。しかしそれでも野暮ったく見えないのは、前髪を留めている大きめなピンだろう。額の傷が、恐ろしいことに綺麗に消えている。これがコンシーラーというものの力か。

 にしても、別人だ。ただ、女子二人が全面的に女装に協力しているわりには、少し男受けのする容貌になってしまった気もする。雰囲気として、東雲真理菜に近い。確かにそれはそれで女装として完成度は高いのだろうが、僕としてはもっとこう、女子ウケする感じにしてくるだろうと思っていた。

「ふむ、真中、お前、女に生まれてくればよかったのにな」

 札切がニヤケ顔でそう言った。しかし、この時ばかりは、僕もそう思った。多分、今の僕(女)は、どうにかすれば僕(男)を落とせると思う。

「この状態なら、『ふーちゃん』って呼んでも大丈夫だよねたぶん」

「ああ、まあなんか、別人って感じするしな」

 僕自身、何か別の身体にのり移ったのではないかという錯覚を覚え始めていた。

「しかし白昼堂々この姿で歩くのはちょっとなあ……」

 眞鍋くらいならともかく、雨宮や佐貫といった面々にはあまり見られたくない姿だ。山崎に見つかろうものならどんなネタにされるかわからない。億にひとつくらいだが、襲われる可能性もある。

「何を言ってるんだお前は」

 札切の左目が僕を見つめた。

「幽霊なんだから、夜に向かうのが当たり前だろう」

 彼女は尊大に、そう言った。

「ああ、なるほど」

「それに昼間だったらボクがついていけない」

「いや、ついてこなくていいんだけど」

「あ、じゃあ私も行く!」

 眞鍋はへらへらと手をあげた。

「お前は完全に部外者だろ!」

「さすがに女装した真中だと、万一のことがあっては困るからな、警護として必要だ」

 札切は腕を組んで僕を見下ろした。

 しかし、こうしてみると改めて思うが、札切のやつ、本当に背が高い。というか脚が長い。顔も綺麗だし、女子高生霊能力者じゃなければモデルにでもなれただろうに。そういうところでは、いくら僕が女装したところで、彼女の足下にも及ばない。

「じゃあ私カメラマンやるね」

 意味が分からない。

「待て待てカメラで撮る必要あるのか? まず幽霊はカメラに写らないだろ」

「え、写るよ」

「写るかよ」

「写るもん」

「まあ、写らない時は写らないし、写る時は写るな」

 僕と眞鍋の言い争いに割り込んで、札切が言った。

「じゃあ写るかどうか試したらいいじゃん。はい、私も参加ね」

 必死だ。この女、必死すぎる。

「いや、まあ……いいのかゼロ、こいつを行かせて」

 僕は札切を見た。札切は少しだけ考えると、

「ふむ。希美子さん自身はさして人に危害を加えるわけでもないしな。思わぬ邪魔が入ったとして、ボクと真中で対応できるだろう」

 と、言った。

「ああ、確かに……ってお前」

 それ、僕には警護が必要ないって自分で言っちゃったようなもんだろ。

「あ、まあ、その、なんだ……やっぱり、れ、霊の専門家も一応いた方がいいと思ってな……」

 「希美子さん」と話がしたくないって言ったの誰だよ。

 まあいいや、どうせ僕についていきたいというそれだけの理由なのだろうし。

 そういうわけで僕らは日が沈んでから、大学へ向かった。


 夜の大学は、高校や中学とは違って、神秘的という言葉が似合うような非日常的な雰囲気はないものの、人通りの少ないキャンパスはどこかもの悲しさを漂わせていた。

 僕らはキャンパスのメインストリートを歩いて、経済学部の講義棟までやってきた。初めて履いたヒールはほんの少しだけ景色を高くしたが、大学まで続く緩やかな坂を上りきった時点ですでに踵と足の指の一部に靴擦れらしき痛みがあった。こんなに歩きにくい靴で、毎日登校する女子大生は、さすがとしか言いようがない。

 と、世間の女子大生に対する尊敬の念を抱いていると。

「うわっ、か、かわいいー」

 と、甲高い声が聞こえ、何かにまとわりつかれたように動けなくなってしまった。

「な、なんだ?」

 辺りを見回すと、僕に抱きついている女性がいる。

 他でもない、巴希美子だった。信じたくなかったが。

「えっ零七ちゃんこんなにかわいい娘と知り合いだったの? ずるい! さっすがアーカンゲルのね」

 なんだこのテンションの高さは。信じられない。

 助けを求めるように札切を見ると、「わかれ」とでも言いたげな目線を送ってきた。畜生。

「ねえねえお名前は?」

 巴は僕に熱い視線を送りながらそう迫った。

 なるほど。僕は札切の言葉の意味を薄々ながら感じた。

「ま、真中……ふひ、ふうこと言います」

 浮人ふひとはさすがにまずいと思ってとっさに偽名を作ってしまった。

「ふうこちゃん! じゃあふーちゃんだね! よろしく」

 巴はにこにことしながら依然として僕に抱きついている。しかし、それほど仲良くない人に「ふーちゃん」と呼ばれるのは、自分が別人のようになっていたとしてもやっぱりどこかしら抵抗がある。どうやら僕は未だに引きずっているらしい。

 というか、恰好は女子なのだけれど、声は作っているわけでもなくどう考えても男のままなのだが、それはいいのだろうか。

「あっ、男の娘だよね、大丈夫私、見た目が男じゃなければいいから」

 なんだそりゃ。軽すぎだろ。いろいろと。信じられない。

「で、零七ちゃん、この娘が探偵ってこと?」

「ああ、そうだ」

 札切は巴の問いに答えた。

 探偵か。別に、厳密にはそういうわけでもないのだけれど、確かに便宜上僕の職業は探偵だ。

「あのね、ふーちゃん、実は私、お願いがあるの……」

 巴は目をうるうるとさせながら僕を見た。美人がこのように僕を見つめてくる。なかなかないシチュエーションだが、不思議と感慨はない。信じられないことに。

「私、幽霊なのだけれど……あれ、というかふーちゃん私見えてるよね」

「見えてますよ」

「よかった……見えてなかったらただの金縛りだもんね」

 というか札切がいる時点で気づけとは思う。

「実は、私……どうして死んでいるのか、どうしてここで幽霊になっているのか、わからないんです」

 巴は、ぽつりぽつり、といった様子で語り始めた。

「死んだ日のこと、よく思い出せないのだけれど、でも、いつの間にか大学で授業を受けてて、それから帰った記憶がなくて、また朝になってて、大学にいたの……私は、大学から出られない幽霊なんです」

「ああ。それは俗に言うところの地縛霊だ。ボクが説明するまでもないだろうが」

 地縛霊。

 何らかの訳があってその地に縛り付けられている霊。

 しかし、ここで僕の中に疑問がわいた。

 巴希美子の死亡記事は、新聞でもある程度には取り上げられている。つまり、電車による人身事故で、彼女はその日大学に向かうことなく死亡したということになる。

 その彼女がなぜ、この大学に地縛されているのだろうか。

「それは、いつのまにか、なっていたんですか?」

 それまで呆然としていた眞鍋が急に我に返って会話に加わった。

「うん。いつのまにか。大学を出ようと思っても、出られないの。なんか、いつの間にかマルイチ教室に戻ってるの。不思議でしょう?」

 地縛霊の例で言うならば、さほど不思議ではない。不思議ではないのだが……。

「というか……あなた誰?」

 巴は眞鍋を見て怪訝そうな目をした。

「あ、私は真中く、真中さんの助手の眞鍋陽子です」

「ああ、そう」

 と、さして興味もない様子で僕に目線を戻した。何だこの差は。別に男性恐怖症で女性好きとはいってもそりゃ全ての女性が好きかというとそうではないとは思うけれど、いくらなんでも差が激しすぎだろ。にわかには信じがたい。

 と、札切を見ると彼女も少々驚いていた。だよな。

「だから、ふーちゃん、私はどうして死んだのか、調べて欲しいの。できれば、何で大学から出られないのかも。それがわかったら、ちょっと寂しいけどきっと成仏できるかなって。やっぱり幽霊って、あんまりいちゃいけない存在なんだよね?」

「ああ、まあ、そりゃそうかもしれないけど……」

 幽霊というのは大抵強い情念だけが残っている存在だから、ほとんどの幽霊は理性のかけらもない。ずいぶん前に札切がため息混じりにそう言っていたのを思い出した。

「私としては残っててもいいんだけど、ここにいる女子大生のみんなを怖がらせるのはちょっとイヤだから……」

「なるほどね」

 しかしまた、ずいぶんと自分勝手な幽霊だ。

 いや、自分勝手じゃない幽霊なんて、そもそも幽霊にならないのだけれど。

 どうやら巴は人身事故で亡くなったことすら知らないようだ。どうしよう、今ここで知らせるべきだろうか。

「なあ、希美子さん、あんたが死んだ理由ならわかるけど」

「えっそうなの?」

「うん、事故死。電車に轢かれて。新聞記事にもなってたらしい」

「なるほど……だから登校途中の記憶がないのね。でも、だったら何故、私はここに縛られているのかしら。だって、そういうのって、よくわからないけれど、普通は死んだ場所に縛られるものじゃないの?」

 その通りだ。まさにその通りなのだ。

「言われてみれば、おかしな話だな。それによくよく考えたら大学構内に縛られた地縛霊っていうのもなかなか不思議だ。地縛霊というのは、ごく狭い範囲しか動けないものだからな」

 札切が解説を入れる。

「そうなんだ。でも、私は地縛霊なんだよね?」

 巴は札切を見上げながら言った。やっぱり黙っていれば可愛い。それこそ、信じられないくらい。

「あ、ああ。性質から考えると、地縛霊だろうな。それ以外は考えにくい」

 しかし札切はその言葉と裏腹に、どこか釈然としない表情を浮かべていた。

「じゃあ、そこらへんの調査も、よろしくお願いしますね」

 巴はやわらかで上品な笑顔を浮かべながら、そう言った。

 札切は依然として釈然としない表情をしている。

 眞鍋は呆然と巴を見つめていた。

 なんだかとても、いやな予感がする。


「なんなのあの女。信じらんない。すげえむかつくんだけど!」

 眞鍋は低い声で唸るようにそう言った。

「しかし、妙な地縛霊だな。まさかとは思うが……」

「ゼロ、まさかどころじゃない。間違いなく六本木舞が絡んでる」

 巴希美子は桜嵐女学園の出身である。ということで気にはなっていた。が、さっきまでの会話で確信した。

 巴を人身事故に見立てて殺したのは、間違いなく六本木舞だ。彼女は、桜嵐女学園に書道の先生として在籍していたことがある。それがもとで咲子とも接点があるのだ。

「言い切ったな真中……信じられん……」

「ねえ、六本木舞って誰?」

 札切が妙に感心している中で、眞鍋が僕にそっと近寄って耳もとで囁いた。下り坂なのでヒールがつらい。

「智子さんと同じような能力を持っているんだけど、女の子が好きすぎてついつい殺したくなっちゃう人、って感じかな」

 咲子を消した張本人である。それは眞鍋に言ってもしょうがないのだけれど。

「ああ、咲ちゃん消した人?」

「なんで知ってるんだよ!」

「知ってるも何も、咲ちゃんの話、結構聞いてるよ。大好きな咲ちゃん」

 眞鍋はうふふと笑った。

「え、え?」

 あれ、言った覚えがないのだが。

「おい真中、眞鍋さんはまだこちら側じゃないのだろう? あんまり志島咲子の話はしない方がいいんじゃないか?」

 札切がにらみつけてきた。

「そのつもりだよ」

 言った覚えがない。咲子の情報については特に気をつけている。いつ六本木舞に僕と咲子のつながりを看過されるかわかったものではないし、一般人を無用にこちら側に引きずり込んでしまう可能性があるからだ。

 さすがに、秘密にしたためている毎日の記録の中にはたびたび登場するけれど。

「あっごめん君の日記読んでる」

「あ?」

「日記読んでたら咲子咲子咲子咲子って謎の名前がたくさん書いてあって気になったの。この前お酒持って君んち行ったでしょ? あれで酔っぱらわせて聞き出した」

「え、おま、え?」

 こいつ。あの時やたら飲ませてくると思ったら。どうりで途中から全く記憶がないわけだ。信じられない。

「真中……お前な」

 札切の左目があきれたように僕を見つめる。

「いや、これ、どこにも僕に落ち度ないだろ?」

 酒に弱いのは僕の落ち度ではないはずだ。断じて。

「ごめんごめん、今まで黙ってた」

「黙ってなくても許されないと思うけどなそれ」

 しかし眞鍋陽子、とんでもない女だ。こいつが男だったら今頃たくさんの女子が彼女、いや彼か、に泣かされているに違いない。

「まあいいじゃん。説明する手間が省けたんだし」

 と、眞鍋は強引に話を切った。

「とにかく、これは真中が引き受けたものだ。眞鍋さんは、これで手を引くのが一番いいだろう」

 札切が「眞鍋さん」の部分だけ妙に強調して言った。

「確かに、それはそうだと思う。六本木舞が絡んでいるのだし、お前は危険だ」

「えー、でもさ、あのキミコさん? だって私に興味なかったんだよ。ってことはよくわかんないけど、その六本木舞さんも、私には興味ないんじゃないの? だってキミコさんと似たようなもんなんでしょ。キミコさん綺麗だったし」

 いろいろツッコミどころが多くて困る。

「六本木舞は女が好きって訳じゃない。女を殺すことによって力を得ることができると思っているだけだ」

 札切がたまらず解説する。しかし、たぶん眞鍋が言おうとしているのはそういうことじゃない。

「うーん、ゼロちゃんがそういうならそうなんだろうね……」

 眞鍋は釈然としない表情を浮かべて口を噤んだ。彼女の髪が家を出た時よりもくるくるうねうねと荒ぶっているのは、気のせいだと信じたい。

 そうこうしているうちに、地下鉄の駅まで着いた。踵が非常に痛い。

「じゃあ、また事務所で。その服は、事務所でボクに返してくれ」

 僕は自分が女装していたことをようやく思い出した。

「ああ、わかった」

「私も帰るね。ちょっとゼロちゃんとお話したいこともあるし」

「え、何ですかそれ」

「まあ、いいから。じゃあ授業で」

「ああ、またな」

 僕は女の子のまま二人を送り、家に向かおうとした。

 すると。

「お、かわいいね。縦波大生?」

 と、チャラチャラした男に声をかけられた。坪井だった。

「坪井かよ」

「え、俺のこと知ってるの? え?」

 どうやら坪井は僕に気がつかないらしい。しかし、ここで正体を明かせばいろいろとややこしいことになる。

「あんたの守護霊が、そう教えてくれたんだ」

「しゅ、守護霊? はあ、そっすか。じゃあまた」

 坪井は気持ち悪そうな顔をして退散した。あの事件以降、彼は霊に関してアレルギー症状を呈している。

 僕はふう、とため息をつくと、今度こそ家に向かった。

 ヒールを脱いだら、見事に踵とつま先に靴擦れができていた。

「二度とヒールは履きたくないな」

 そんなことをぼやきながら、シャワーを浴びて、寝た。



「真中くん?」

 最近では、彼女の方が僕に声をかけてくれるようになった。

 はちみつのような甘さと、ハッカのような涼しさを持った、志島咲子が持つ独特の声だった。

 彼女の影はうすぼんやりとしているが、ようやく全身のシルエットをとらえることができるようになった。

「僕はここにいる」

 声を出して、場所を知らせる。

「どう? 私、見える?」

「ようやく全身が見える。シルエットだけだけど」

「そう。まあ、シルエットじゃなかったら、ちょっと困るかな」

 そうか、全身のシルエットが綺麗に見えるということは。


 彼女は今、裸だ。


 そう考えた瞬間、全身の血が沸騰するように熱くなった。

「もう、そんなに恥ずかしがることないでしょ? 小さい頃、いつも一緒にお風呂入ってたじゃん」

「そうだっけ」

「覚えてないんだ……」

 咲子の声が、ほんの少し哀しみを帯びた。僕も少し、落ち着いてきた。

「私、真中くんが女の子だったらなって、いつも思ってたよ」

「そうなんだ」

「今日の真中くん、かわいかった」

 咲子の声が弾む。きっと嬉しそうな顔をしているに違いない。その姿を想像するだけで、少しにやけた。

「ところで、お待ちかねの情報だよ。私は希美子さんをよく知らないけれど、希美子さんがいた頃から、舞さんは書道の先生だったよ。だから、多分真中くんの予想は、当たっていると思う」

 咲子はゆっくりと僕に近づきながら、極めて無表情な声で、そう言った。

「希美子さんは、やっぱり、六本木舞に殺されたのか」

「うーん、まあ、そうなんだろうけど、多分それだけじゃないよね」

 咲子は人差し指を頬につけながら言った。可愛い。

「それだけじゃない?」

「というか、希美子さんね、君が思っている以上に、手強いと思うよ」

「え? そうかなあ」

「だって、死んだ原因の調査なんて、わざわざ真中くんを女装させなくても、札切さんを介せばいいだけじゃん」

「いや、あれは札切が……」

「嫌がったんだよね? でも、結局札切さんは君についていった」

 そう、そこがずっと引っかかっていた。

「これは、私の推測だけれど、真中くんに女装させるように希美子さんが札切さんを焚きつけたんだと思う」

 咲子は、推測と前置きしながらも、かなり断定するような口調で、そう言った。

「いや、仮にそうだとして、どういう目的があるんだ?」

 巴が僕を呼び出すことによって得るもの。それはもちろん、女装した僕の姿を見たい、というのもあるのだろうが、当然それだけではないはずだ。

「希美子さんは、自分がどういうことをしているのか、多分、ちゃんとわかっていないんだと思う。だから、真中くんに、自分の正体を調べさせたんじゃないかな」

 それは、つまり。

「死してなお、六本木舞に操られているってことか?」

「操られているというか、暗示をかけられている、って言った方がいいかな?」

 霊になった方が、確かに意識を誘導しやすいのだろうけれど。しかし、そのために女性を一人殺すとは、さすが六本木舞である。

「よく考えて。経済学部のみんなは、希美子さんの噂を昔から耳にしていて、学部で伝えられていることになっていると思うのだけれど、真中くん、夏休み前にそんな話、聞いたことある?」

「ない。ないから山崎に……あっ」

 そうだ。希美子さんが死んだのは、山崎によれば六年前だ。ということは、僕らが入学する前から、希美子さんの幽霊は存在していたことになる。しかし、霊感の強い雨宮や、こういう噂話に明るい山崎がそのような事象についてつい最近まで僕に話さなかったのは、明らかに不自然だ。というのも、六年前から存在していたはずの幽霊が、最近になるまで全く観測されなかったという事実は普通ありえない。情念は時が経つにつれて、減衰はするものの増幅することはないからだ。

 と、この知識は札切の受け売りなのであるが。しかし、どうであれ噂がつい最近までなかったこと自体が、すでに怪しい。

「わかった?」

 咲子が、いつのまにかすぐ近くにいて、上目遣いで僕を見上げていた。とても可愛い。もちろん、表情は僕の妄想補完だけれど。さも得意げな表情をしているだろう。

「ああ。なんとなくは」

「これは、希美子さんに言わない方がいい気がするな」

 咲子は優しくそう言った。可愛い。

「でも、希美子さんに言えば、六本木舞をおびき寄せられるってことだよね?」

「まあ、それは、そうだけど」

 咲子は少し離れてうつむいた。可愛い。

「でも、多分真中くんひとりじゃ危ないし、札切さんがついていても危ないと思う」

「うーん、果たしてそうかな……」

 微妙なところだ。それに、いずれにしたところで、この怪異を解決しなければ、咲子の姿はこれ以上戻らない。おそらく六本木舞がそういった罠を仕掛けるレベルになったということは、ここから先、僕が直接解決できるレベルの怪異がない、ということになると思う。ならば、多少危険でも、希美子さんの正体を暴いて、六本木舞を呼び寄せた方がいいような気がする。

 もちろん、怪異だけをスムーズに解決させる方法が、あるにこしたことはない。

 希美子さんは自分がなぜ大学に囚われているのかを気にしていた。そしてそれが大学生にとって、結果的にマイナスになるだろうということも。


 なるほど。

 とるべき方法が見つかった。


「あった。希美子さんに危害を加えることなく、希美子さんの望みを叶えて怪異を解決させる方法」

「え、あるんだ」

「うん、見つけた」

「よかったね。これで、真中くんは、誰にもじゃまされることなく、堂々と私の裸を見つめられるわけだ」

「や、そ、そういうわけじゃ」

「だから、照れることないでしょう」

 咲子の裸が見られると聞いて頑張ったわけではない。

 けれど、次逢う時は完全体の、美しい、生まれたままの咲子がそこにいる……そう考えて、僕は生唾を飲み込んだ。

「えっち」

「うっ」

 思わずびくっ、と身体を震わせてしまった。

「ふふふふ」

 彼女は朗らかに笑った……ような気がした。

「じゃあ、またね」

 逢う度に元気になっていく咲子。

 そんな幸福の中、僕はゆっくりと目を覚ました。



 支度をして、大学の授業をサボって地下鉄に乗る。

 ヒルズ中央駅で降り、大通りの坂を上っていく。

 クーロンマートに突き当たったら、右に曲がる。

 やがて見えてきた何の変哲もない家の門をくぐり、中に入る。

「あら、貴方にしては随分殊勝な心がけね」

 御厨智子は、入ってきた僕にそう声をかけた。

 この時間に起きているだけでも珍しいが、予想通りでもある。

「智子さん……」

「後者が最も、尤もかしら」

「まだ何も言ってません!」

「そんな悠長な妄言ことを云っている場合かしら? 貴方、私のこの結論ことばが聞きたかったのでしょう?」

「そりゃ、そうですけど」

 そこまで迅速な回答を期待していたわけではない。

「とは云ってもね、時間ときは誰に対しても同じだけのはやさで流れる概念ものなのよ。なら、同じ時刻ときにより多くの情報ことばを含めた方が佳いじゃない」

 そんなわかりきったことを今更聞きたい訳じゃない。

「朝早く現れたと思ったら、随分我儘ね」

「ええ、僕は今、非常に機嫌がいいんです」

「成る程。では、自分の思うがままうごいてみればいいじゃない」

 それは確かにもっともな意見だ。しかし、僕は雇われの身。上司の決定に従うことが最優先である。

 しかし、上司の許可を取り付けたなら、あとは簡単だ。

「ひどく独善的わがままね」

 御厨智子はふああ、と欠伸をすると、

「これで十分いいかしら? 管理職としての役目は果たしたと思うのだけれど?」

「ええ、ありがとうございました」

 御厨が寝室に入るのを見届けずに、事務所を出て家に戻り、眞鍋に電話をかけた。


 およそ数十分をかけて、僕は「真中ふうこ」に変身した。昨日とまったく同じ服装だが、致し方ない。

「希美子さんもさあ、君が男だってわかってんだからそのままでもいいんじゃないの?」

 眞鍋はどこかご機嫌斜めである。

「きっと、普段の僕の前では意思の疎通に限界があるんだ。それくらいは考えておかないと」

「まあそうなんだろうけど、なんか、あの人のために仕事するのって、やだ」

 と、言いつつもきちんと仕事をしてくれるあたりがさすが眞鍋である。

「ふわあ、疲れた。夜まで暇なんでしょ? 私寝るね」

 彼女は勝手に布団を敷くと、くるんと猫のように丸まって寝てしまった。

 眞鍋と希美子さんはどうも相性が良くないらしい。変なところが似ているせいで、同族嫌悪を引き起こしているのかもしれないなあ、などとどうでもいいことを考えながら、僕は煙草の箱を探した。


 夕方になったので眞鍋を起こすと、寝起きのせいかなんだかひどくむくれていた。

「ほんと意気地ないな君は」

 この容赦のなさである。どうして今その意気地なさを攻められているのかよくわからない。

 ちょうど彼女に手を焼いているその時に、こんこんこん、と三回ノックが聞こえた。札切だ。

「御厨智子から聞いたぞ。希美子さんを説得するんだってな?」

 札切はそう言いながら中に入り、布団から起きあがったばかりの眞鍋を見て、一瞬後ずさった後に嫌悪が混じった驚きを浮かべた。

「いや、そんなに驚くことはないだろ」

「ああ、そうか、化粧担当か。そりゃ、そうだよな」

 何だと思ったんだよ。カノジョか。

 眞鍋をカノジョにするなんて、札切と同じくらいあり得ない選択だ。考えただけでもぞっとしない。まだ雨宮の方が可能性がある気が、いや……同じくらいだ。

「私がこんなフニャチンのカノジョなわけないでしょ」

「ふ、フニャチン?」

 札切の顔がかあっと紅くなった。

「真中お前……ふ、不能、なのか……?」

「そうじゃねえだろ。モノの例えってやつだよ」

 実際僕はインポテンツでも何でもない、普通の健康な男子大学生だ。

「ふふふふ、ゼロちゃんおもしろーい」

 眞鍋は寝ぼけているのか、どこか惚けたような目をしながらふわふわした声でそう言った。

「さて、そろそろ学生もいなくなったんじゃないのか?」

「この前みたいに途中で先生にぶつからないといいな」

 夕闇が迫ってだいぶ暗くなった空を見ながら、僕らは大学へ向かう準備を始めた。眞鍋はさすがにお留守番させた。


「なあ、真中」

「ん?」

 坂を上りながら、前を歩いている札切がこちらを見ないで何か言ってきた。

「六本木舞の罠に引っかからずに希美子さんの疑問を解消する方法なんて、本当にあるのか?」

「まあいいから見てろって」

 僕はそう言うだけにしておいた。


 都合良く誰とも遭遇せずに、薄暗い敷地の中を経済学部講義棟までやってきた。昨日の靴擦れが若干痛むが、昨日よりは慣れたのだろう、そこまできついというほどではない。

 こちらが呼ぶまでもなく、巴希美子はやってきた。

「やっぱり、迅速に解決してくれたのね、探偵さんは」

 巴は以前会ったときよりもかなりおとなしくなったが、それでもそのきらきらした瞳は眩しい。

「はい、あなたがここに縛られている理由がわかりました」

「うん。それは一体なに?」

 巴の瞳が妙にぎらついた。やはり、僕の予想は間違っていなかった。彼女の裏には六本木舞がいて、僕が本当のことを言って謎を解き明かしてしまった瞬間、巴自身の霊魂の力を吸収した舞本人が現れ、僕と札切を一瞬で自分の糧にするというトラップが仕込まれているようだった。

「それは……あなた自身の潜在意識のせいです」

「え?」

 巴の瞳から光が消えた。彼女は一瞬我を喪ったように遠くを見つめたが、すぐに元に戻った。

「事故で亡くなる寸前に、おそらくあなたは大学に行きたいと強く願ったのだと思います。それが、何らかの影響で叶えられたから、こうして大学に残ることができ、地縛霊としてではあるけれど存在できるようになった。だからあなたは地縛霊として大学を離れられないし、当の死んだ瞬間の記憶がないのではないかと」

「なるほど、筋は通りますね」

 巴も札切も、納得していた。

「だから、あなたが消える必要は、ないのだと思います。だって、誰にも危害を加えてませんし、噂で広まっているとは言っても、実際に見かけた人なんて、そんなにいないわけですから」

 この点に関して嘘はついていない。

「なんだ、よかった。じゃあ、私はここで、女子大生を見つめててもいいんだ」

「そういうことです」

 僕はそう言って怪異をしめくくった。

「よかったな、ここに残れて」

「はい。私はまだ、ここにいたいから」

 そう言った巴の表情は、晴れやかな笑顔だった。


 大学の正門を出ると、

「こらあ、ダメでしょお?」

 と、聞き慣れたアニメ声とともに、セーラー服姿の女性が現れた。童顔ではあるものの、明らかにコスプレにしかならないレベルで似合っていない。

「もう、用意した罠にはまってくれないなんて、ふーちゃんもイケズなんだから」

 とことこと近寄ると、六本木舞は耳元でそう囁いた。

「あ、そっか。ふーちゃん、男の子だもんね。ハメないと気が済まないのかな?」

 彼女のギラついた笑みが目に障る。以下略。

「うるさい」

 横にいる札切を見ると、右腕が尋常じゃなく震えていた。

「ついに出合ったな六本木舞。ここを貴様の墓場にしてやる……」

 札切はポケットから勢いよく式紙を取り出した。

 が、

「あら、一霊能力者風情が私にそんなこと言っていいのかな? 我、魔女ぞ? すべての事象を司る魔女ぞ?」

 六本木のふざけた言葉とともに式紙は一瞬で灰になり、札切の手元をすり抜けて風に消えていった。

「なん……だと……」

 なんだこのお決まりな中二病展開。

「ゼロちゃん、ものにはね、順序があるのよ」

 六本木は挑発するようにそう言った。

 札切はがっくしと肩を落として、膝をついて動かなくなった。

「それより、舞さん、あんた、希美子さんの裏で何してたんだよ?」

 僕がそう訊いたとたん、六本木舞は口をぷーっと膨らませた。ふざけやがって。

「そんなの、教えるわけないでしょ。というか、ふーちゃんがもう答え見つけちゃってるじゃない」

 と、こんなことをぬかしやがる。

 まさか。

「あれ、本当だったのか……?」

「んまあ、半分はね」

 つまり、死に際の巴希美子の願いを叶えた存在が、誰あろう六本木舞だったということになる。

「くっ……」

 悔しさにあふれた声が聞こえたので札切を見ると、泣き出している。まあ、自分の武器を一瞬にして吹き飛ばされてしまったわけだし、そりゃ戦意も喪失するだろう。

「あーあ、ゼロちゃん泣いちゃってるよー。ふーちゃん、男なんだから慰めてやりなよ」

「元はといえばお前が泣かせたんだろうが」

「やだ。ふーちゃん顔こわーい」

 六本木のセーラー服が僕の怒りをことさら増幅させた。

「まあまあ、怒らないで、ちょっと聞いて」

 いつの間にか僕を金縛りにさせた六本木が、ほんの少し焦ったように言った。

「あのね、ふーちゃんが私の罠をくぐり抜けたってことはさ、宣戦布告を意味するってことなんだよ。つまり、私はもう、どこから攻撃してもいいってわけ。なんなら、ここで二人まとめて食べちゃってもいい。でもね……」

「それでは全く趣味に合わないから、別の切り口から奇襲をかける……舞、貴女はいつも変わらないわね。まるで成長していないわ」

 突然の御厨。登場の前触れすらない完璧な出現である。

 いや、なんとなく予感はしていたけれど。

「やだ、智子ったら。いるならいるって言ってよ」

 六本木がにこにこしながら御厨に近寄る。

「貴女が真中をみすみす独り占めできるような状況に、私がすると思うかしら?」

「うーん、罠ならありうるかな? でも、そしたら私、ふーちゃん食べちゃうかも」

 六本木は、僕を見ながら自分の親指を、安っぽいほどに官能的な仕草でぺろっと舐めた。僕のはそんなに小さくないとツッコミたいが金縛りにあっている。残念。

「残念だけれど、そこまで真中を捨て駒にはできないわ」

 吸血鬼侍、雨降らし、吸精鬼サキュバスと、さんざん規格外の怪異と戦わせておいてよく言うな。

「あっそ。じゃあ、そんなあまあま智子にヒントをあげよう。次は、なんと今までのフルコースなのだ。以上!」

 そう言ってまばゆい光とともに、六本木舞は消えた。

「まったく、今度はとんでもないことを言ってきたわね」

 金縛りが解けた僕は大きく息を吸い込みながら、息だけで同意を示した。

「くそ……」

 札切はまだ泣いていた。なんだかかわいそうになって、ハンカチを貸してやろうと手をさしのべると、いきなりその手をとって僕の身体を引き寄せ、ぎゅううううううと抱きしめてきた。

「うわああああああああ悔しいいいいいいいいい」

 ガキか。ガキなのか。

 しかもよりによって馬鹿力なので、息ができない。

「零七ちゃん、悔しいのはわかったから、真中を離しなさい。でないと、死ぬわよ」

 その瞬間力がぱっと緩んだ。その隙にふりほどいた。

「ボクは……自分の力を過信していた。まだまだ、修行するべきことはあるのだな」

 しかし立ち直り早いなお前。顔は半べそだけど声はしっかりしていやがる。

「そう云うことよ。もう時間はあまり残されていないけれど」

 御厨はしなやかな笑みで、そう言った。

「次は、どこから仕掛けてくるかしらね。もしかしたら、もう怪異が始まっているかもしれないわ。二人とも気をつけて」

 御厨はそう言って六本木同様強い光とともに消えた。

 六本木舞の総攻撃。

 しかし、巴希美子の怪異は解決したのだ。これで、咲子は完全に姿を取り戻すだろう。六本木舞から与えられた怪異が、咲子をこの世界まで引き戻すに違いない。

 そんな夢を抱きながら、僕は自宅に戻った。


 夜空に浮かぶ三日月が、妙に赤い気がしたのは、気のせいだったと信じたい。


「はあ、ようやく帰ってきた」

 扉を開けて待っていた眞鍋を見て、僕はなぜだか猛烈な違和感を覚えた。

「遅かったね。心配したんだけど」

 眞鍋は、ゆっくりと僕に近づいた。いつもよりも胸の膨らみが大きく揺れる。というか、なんだろう、全体的にどこか、プレッシャーのようなものを感じる。

「なんかね、すごく寂しくなっちゃって。それもあって、帰ってくるかどうか心配だったんだよね」

 彼女は極めて自然な動作で僕を抱きしめた。女性特有の何ともいえない匂いが、僕の深奥を揺るがした。

 思い出した。

 これは。

 僕は眞鍋を抱きしめながら、彼女の尻を見た。

「ん、どしたの?」

 そこには真っ黒でとがった尻尾が、にょきっと顔を出していた。

 なぜかそれを見たとたん、意識が遠のいていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る