エピローグ

「絵留美、ムリに持たなくていいぞ」



オヤジに優しく声をかけられる、



「大丈夫!夜勤明けだけど、あたしまだまだ若いから動ける!」



あたしはそう言ってお供え物の栗ようかんとチョコパイ、ペットボトルのお茶に仏花を手に持ち、さらに中身の入った水桶を持とうとした。



「ありゃっ!?」



すでにお供え物と花で両手いっぱいだったため、うまく持てない。



「レジ袋ケチんなきゃ良かったな、エコバッグの用意もないなんて、オレらまだまだだな」



オヤジは苦笑しながら、両手で持っていた火のついた線香を片手にまとめ、あいたほうのもう片方の手で水桶を持った。



あれから10年経った。

あの後フキさんはしばらくは生きていたけど、意識はあっても意思の疎通が難しくなり、

約半月後に静かに眠るよう息を引き取った。


あたしは中学を卒業後しばらくあの施設で働きながら定時制の高校へ通い、介護福祉士の資格を取るのに5年もかかってしまった。


市営墓地内を歩き回り、ようやく『市川家』の墓にたどり着いた。



「ふう~、やっぱ疲れんね~」



この市営墓地にたどり着くまで坂をのぼらなきゃなんなくて、フキさんの眠るお墓につくころにはいつも息切れしていた。

今はコロナウィルスが流行っててマスクしながら動き回っているから、なおさら呼吸がしんどい。



「タバコやめてもやっぱきついな」



何年か前、オヤジは健康診断に引っかかって禁煙しなければならなくなっていた。

あたしたちは少し休憩してから柄杓ひしゃくから水をすくい、市川家の墓石の上からかけた。

あたしは花を供え、栗ようかんとチョコパイとペットボトルのお茶を置き、オヤジは線香を置いた。



「フキさん、あれから10年だね」



あたしは手を合わせた。



「報告したいことあるんだ、あたしね、去年から家出した女の子を支援するボランティア団体に参加したんだ」



それはずっと前からボンヤリと考えていたことでもあった。

難しいことはよくわかんないけど、一般社団法人とかの家出少女や虐待を受けた女の子の支援をする団体に去年登録をしたのだ。

支援する対象の中には、あたしみたいな目に遭った女の子たちもいる。



「ええとね…コロナ前だったら夜の街見回りして、家出少女っぽいコを保護したりしてたみたいだけど、あたしがやってんのはね、ネットで相談受けて、必要あれば食料支援したり逃げ場としてのシェルター紹介したりしてるんだ」



介護の仕事しながらのボランティアはキツいが、今までになく充実している。



「本当によくここまで成長してくれたよ…フキさん、あんたのおかげで絵留美は大きく変わったよ」



そう、10年前のあの時にカラダが入れ替わってしまうというありえないことになって、

あたしの中のなにかが大きく変わったような気がしたのは事実だ。



正直、しばらく時々衝動的に死にたくなってどーしようもなくつらくなり死にたくなったこと何度もあったけど、そういう時はリスカではなくひたすら眠りまくるようになった。



「次は絵留美の結婚報告ができるといいな」



オヤジのこのセリフにあたしは思わず苦笑、




「なに言ってんだよ、オヤジの再婚が先だろ」



ホントはあたしなんて結婚できないから…って言おうと思ったが、それは言っちゃいけない気がした。

あれから彼氏できても長くは続かない、

いまだ藤堂さんからカウンセリング受けたり心療内科へ通ったりしている。



「親としてはだな、子供の幸せ願いたいもんなんだよ、ま、結婚して必ず幸せになれるとは限らんがな」



オヤジが言うと妙に説得力がある。



「幸せになるってな、結局本人次第なんだよな」



このひとことにあたしは吹き出した、



「なんだよ、突然」



「だって実際そうだろ?当たり前のことなんだが、それがわからない人間のいかに多いことか!フキさん思い出せよ、客観的に幸せな人生には見えなかったけど、本人幸せそうだったじゃないか、いつも明るくてさ」



言われてみればそうだ、あたしよりツラい目に遭ったハズのフキさん、もっと生きたいって言ってた。

若いあたしのカラダと入れ替わって色々チャレンジできるハズが、フクザツなウチの事情に巻き込まれて思うようにいかなかったのはかわいそうだったくらい…。



「また来年もくるからね、フキさん…ウチらもコロナにならないよう気をつけなきゃ」



あたしはそう言って墓石に刻まれたフキさんの名前をなぞった、無宗教で葬儀をあげたから戒名ではなく『市川フキ』と生前の名前が刻まれていた。



「じゃ、そろそろ行くか」



オヤジは水桶を手に墓に向かって一礼した、

あたしもそれに続いた。


空を見上げると、気持ちいいくらいに青い空が広がっていた。

風が優しくほっぺを撫で、まるでフキさんに撫でられているような気がした。



10年前、お互いのカラダが入れ替わって、

そして元に戻ったあの日…。

フキさんはあたしに『生きていてくれてありがとう』と言ってくれた。

それは、あたしにとって想像もしていなかったセリフで、思いがけない単純なありふれたコトバなのに、なんだかあたしの心にズンと響いた。

いまだにあのセリフをこえる言葉はないと思っている。

まだ時々精神的につらくなることがあって消えたくなることもあるけれど、そんなときフキさんの最期のメッセージを思い出すようにしている。

そんな自分が手首を切るようなことは、

もう二度とないだろう。









【完】





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死にたくて生きたくて 帆高亜希 @Azul-spring

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