第6話 女神竜の口づけ亭2

リオがロビーに戻ると宿のオヤジさんマスターのセノが買ってきた食材を食糧庫へ詰め直していた。

「オヤジさんおかえり。」

リオが声をかけると振り向いたセノはニッと齧歯まえばを出して笑った。

「おう、リオじゃねえか。あんたこそおかえり。今度も無事に帰ってきてくれてなによりだよ。」

「いやだなあ。田舎ウチの村まで行って戻ってきただけじゃないか。」

「何言ってんだよ砂漠はいつだって危険に溢れてるんだぞ。」

何度もしたやり取りをリオは手早く切り上げようとする。

「わかってるって。俺だってもう一人前のライダーだぜ。」

「そういってる頃が一番危ないんだ。あんたなんて俺からしたらまだまだ幼獣ひよっこに髯が生えたようなもんだぞ。」

宿の主人というものはこの話になると決まって話が長くなる。馴染みの客から聞いた話やかつての常連たちの話を延々と繰り返すのだ。

「はいはい。夕飯待ってるね。」

リオはうんざりした顔で部屋に引っ込んだが、すぐに思い出したように包みをもってふたたびロビーに顔を見せた。

「そうだ、オヤジさんお土産。」

中身は森の果実の砂糖煮ワイルドベリー・ジャムとミトの疲れ取り酒だ。

「おや、いつものだけじゃなくておまけがあるね?」

「ああ、これ? 帰りにキャラバンに会ってデーツをもらったんだ。余ったからみんなに配ってくれ。」

「ふーん。やっぱり飛竜乗りは貰いものが多いな。」

「交換だよ、交換。みんなやってるだろ。」

こんないつものやり取りでもリオは実家のような安心感を覚えた。

「じゃ、オヤジさん、ご飯できたら呼んでね」

相変わらずすーすーと寝息を立てる相棒を横目にリオは再び部屋へ引き上げていく。

ヴェルのベッドを漁るなら今のうちだ。

意を決した彼はしばらく竜の寝床をガサガサやるうちに奇妙な筒状の容器ケースを見つけた。

ほとんど装飾のされていないそれはおよそ竜の気に入りそうなものではない。

自分達ではなくそれ以前にここを使っていた誰かが隠したものだろうか。

そんなことを考えながらリオは自分のベッドに腰掛けて筒を開けようと格闘し始めた。

「……。開かない。」

数十分没頭した後、我に返ったリオは階下からの飯時を知らせる少女の声に気付いた。

「リオー!まだー!? ご飯抜きにするよー!?」

声色からは少し怒ったような呆れたような様子が伺える。

慌ててダイニングに行くと顔馴染みのライダー達が既に酒盛りを始めていた。

多くの竜宿と同じく女神竜の口づけ亭も酒場を兼ねているのだ。

リオが定位置に座ると目の前でヴェルは甲虫の子ワームを平らげようとしていた。

「おっっそーい! 大食いのダゴがリオの分まで食べようとしてたんだからね!」

そういってチカは豆と蛙のトマトシチューを持ってきた。

どうやら本当にあと一歩で食いっぱぐれるところだったらしい。

「ところで、それは何?」

リオは言われて気付いた。例の筒を持ったまま来てしまったのだ。

「うん? ああ、ヴェルの寝床の下で見つけたんだけど……」

嫌な視線を感じる。

振り返ると相棒が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。

「ぐるるるる(リオ、僕の寝床荒らしたの?)」

「ちょっと待った、その話はご飯のあとにしよう。」

酒場での喧嘩は野次馬ギャラリーが多くて収拾がつかない。ついでにいうとマスターオヤジさんのカミナリも怖い。

一人と一匹はそれを身をもって知っていた。

「(わかった。あとでちゃんと話してもらうからね。)」

「ごめんよ相棒。」

シチューの味は格別だったがリオは味わう暇もなくそれをかきこんだ。

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竜と踊れば 春風シオン @halkazecyon

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