第5話 女神竜の口づけ亭

デー・ルーの街は大砂漠デー・サワンにあって唯一の水路網を持つ都市だ。街の中央に豊富な湧水量を誇るルルテイユの泉があり、そして周囲には泉の水を湛える湖、デー・ルッケが広がっているためである。

街は湖に大きく突き出すような形をとっていて対岸からは、さながら水に浮かぶ城の如き偉容を誇っていた。

リオとウェルリアデスは湖上の風を感じながら街の付け根に位置する下町ダウンタウンへと向かう。

下町はまさに砂漠交易の中心たる巨大な市場バザールがあり、また、訪れるライダー達を受け入れる竜宿ドラゴン・インが軒を連ね、常に活気に包まれている。

リオたちの馴染みの宿もその中にある。

「ただいまー。」「がううー。(ただいまー。)」

竜としては小柄な部類に入るヴェルでもすこし手狭に感じるその店の名は”女神竜の口づけ亭”という。

二人の声に反応してウェーブのかかった長毛の毛皮が印象的な美少女が振り返った。

「おや、ずいぶん早かったねリオ」

「そりゃあ、チカに早く会いたかったからね!」

「またそんな、褒めても何も出ないよ。」

看板娘のチカはキュッキュと笑いそれにつられたリオも照れくさそうに笑った。

「それで、オヤジさんは留守かい?」

マスターパパなら買い出しに行ってるよ。」

「そっか。じゃあ帰ってきたら呼んでね。荷物片付けてくるから。」

「リオー、おみやげはー?」

「あとでー。」

微笑ましい会話をしながら去っていく相棒を尻目にヴェルは風通しのいい窓辺にとぐろを巻いてうとうととはじめた。


荷物を片付けるとは言ったが、ここに来る前に大物はあらかたさばいてしまったため残っている細々したものの渡し先を確認するくらいしか今のリオにすることはなかった。

それよりも、だ。リオはペンダントを取り出して眺めた。

「まさか本当に魔法がつかえるなんて。」

呪文を唱えながら動作を繰り返す。

手の中の石は確かに明滅し鳴動している。

不意にリオは違和感に気づいた。

石の光が一直線に部屋のある場所を差しているのだ。

部屋中をぐるぐる歩き回ったがやはりその一点へ光が向かっている。

だが、そこは相棒の寝床だった。

ドラゴンたちにはお気に入りの寝床に宝物を隠す習性がある。そして彼らは寝床を荒らされることを逆鱗に触れられることと同じくらい嫌うのだ。

それはヴェルであっても変わらない。リオも理解している。

だが、目の前の事実は彼の好奇心を大きく揺さぶった。

一歩、一歩とにじり寄っていく。

「リっオー! マスターかえってきたよー。」

「うぎゃぁっ!?」

何の前触れもなく掛けられた言葉にリオは心臓を撃ち抜かれた。

「ちょっと、そんなに驚かなくてもいいじゃん。」

「うっさいな、びっくりして死ぬかと思ったよ!」

「ふーん、なにしてたのかなー?」

髯を広げ耳をせわしなく動かして動揺を隠せないリオをチカは訝しんだ。

「良いじゃん、ほっといってくれ。」

「ん、まあいいけど。で、マスターかえってきたよ。」

「ありがとう。今いくよ。」

魔法石を懐に戻し、リオは部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る