マーダーランド殺人事件

@fishgerald

プロローグ:〈マーダーワールド〉で待ってる

「ヒロ君、〈マーダーワールド〉行くの?」

「ああ、修学旅行のプログラムに入ってるからね」

「どうして修学旅行でそんなとこ行くの?」

 電話の向こうのユイは何でも知りたがる。昔、すぐとなりにいつも彼女がいた頃はそんなに知りたがりではなかったはずなんだけど。でも仕方ない。俺たちは互いに遠く離れた町で暮らしているからね。見えない、会えない、触れられない、だからこそ相手のことを根掘り葉掘り聞きたくなってしまうんだろう。

 今のところ、俺はそんな彼女をかわいいと思っているわけだし、だから丁寧に答えてあげることにした。

「そりゃ、もちろん〈マーダーワールド〉には旧世紀には当たり前に存在していたらしい非道徳的な人間が多く飼育されていて、その活動を観察できるからね」

「怖くないの?」

「だって偽死は体験できるけど、本当に死ぬわけじゃないからね」

 武器も何もかもデジタル。だから、彼らは殺した気分を味わい、俺たちは殺された気分を味わうけれど、リアルではない。すべては俺たちみんなの脳に埋め込まれたイマジンチップが見せる幻想なのだ。

「でも痛みもあるって聞いたわ」

「そう、痛みもある。センセイたちは、それらを味わせることで、いま生きている世界がどんなに素晴らしいかを理解させたいのさ」

「社会への充足感をうながす学習プログラムってわけね」

 ユイはようやく納得してくれる。

「ねえ、もう会えなくなって半年が経った。〈マーダーランド〉は君の住む県の隣にあるんだし、ちょっと出てきて会えないかな?」

「そりゃできるけど……〈マーダーランド〉じゃなきゃダメなの?」

「その後はずっと団体行動なんだ。担任教師付き添い」

「……わかった。考えてみる」

 ユイがそう言うと、俺は「会いたいんだよ、すごく」と付け加えた。「私も」とユイが答えた。本当は今すぐ電話でテレホンセックスでも始めたいくらいだった。だってもう半年も俺たちは何もしていないんだから。

 でも、それも来月までの辛抱。10月になれば、〈マーダーランド〉でユイに会うことができる。そうすれば……。

 俺はそう気楽に考えていた。

 その時には考えもしなかったのだ。俺たちが訪れる2116年10月5日という日に、〈マーダーランド〉が歴史に残る大惨事に見舞われるなんて。

 

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