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 幕切れはあっという間でした。

 しばらくして高倉先生はある日突然いなくなり、また少しして、ボクは理事長室に呼ばれていました。

「この件は極々内的なものとして処理することになりました」

 結局ボクたちの関係はあっさりとバレて、身内の中でもみ消されることとなったようです。

「だから公の処罰もなく、高倉は解雇。あなたの両親への通達及び謝罪のみに対処を絞り、他の教師たちさえ知らないままにこの件をなかったこととします。あなたも口外しないように、その口止めが今日のこの会合の目的です」

 ボクは高倉先生のお姉さんをこんなに間近で見たのは初めてでした。あの若さでお一人で祖父の世代から受け継いだこの学校を仕切り回すご婦人だとか。ボクなんかとは比べ物にならないくらい、強い人です。

「ボクが高倉先生と会うことは?」

「当然ながら許されません」

「彼はあなたの部屋にいるんですか?」

 彼女は手元の書面から顔をあげました。

「あなたは自分の愛するものを飼い殺すことしか出来ないんだ」

「出て行きなさい」

「一緒に壊れることも出来ず、ただひたすらに外の力を手に入れただけで、あなたは彼を救えましたか」

 動こうとしない私を見て、彼女は浮きかけた腰をもう一度降ろしました。

「言ったはずです、この件は極々内的なものとして処理すると」

 ボクの前にいたのは色々なものを躊躇いなく捨て去ってきた、冷たい目をした女でした。

「私と彼の間の問題にあなたはこれ以上首を突っ込むなという意味です。

 わかりますか?あなたが馬鹿にした私の力は、あなたが金輪際あの子に近寄ることさえ許さないほどのものなのです」

 もう一度、その命令を繰り返します。

「出て行きなさい。もしあなたがこれ以上騒ぐのなら、取り返しがつかないほどに傷つくのはあなただけでは済まなくなります」

 その言葉でおしまいでした。


   ※


 まだ昼休みの途中だった廊下を歩いていました。ボクは教室に向かっていて、たくさんの生徒らがそばをすり抜けていきます。

 ボクは何者なのでしょう。ボクは何のためにこんな場所にいるのでしょう。

 『ボク』は、『私』は。

 『私』は壊れることでしか誰かを救えないのに、壊れることさえ許されないなら『私』はどうすればいいのでしょう。

 試しに声に出してみました。

 私はここにいるよ。

 廊下に映るたくさんの人達は私の声どころか、姿さえ目に入っていないようでした。口にする言葉の中に、私はいないようでした。

 私は。私は。私を。

 どうあっても出ない声を絞り出そうと大きく息を吸っては目を閉じて吐き出します。

 救えなかった他人を想って、救いたかった自分を想って。

 偽りのない何かを叫ぼうと。少しでも意味のある感情を確かめようと、廊下中に響き渡る声を出すために息を吸い込んで、『私』は叫びました。


「ボクはきっと空を飛べる」

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ボクの翼 言無人夢 @nidosina

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