6-4

「君は僕をなめているのか?」


 新聞部長の深月創介は、芝居がかった調子でそう言うと、細い目をなお一層細くして、あたしの顔を睨み付けた。


「うちの部活は君らの横やりで『五十海市紅葉スポット二十選』だなんて毒にも薬にもならない企画をやる羽目になったんだぞ。なのに今さら連続殺猫事件について教えてくれだと? 冗談じゃない」


 もっともな主張だ。頭ごなしに企画を否定されて『調子に乗るなよ』とまで言われた相手から、その企画の取材情報について教えてくれなどと言われれば、怒りたくなるのも当然だと思う。


 しかし、今のあたしには彼の主張を聞いている暇はない。


「人の命が掛かっているとしても、答えは変わらない?」


「ハッタリだったらもっとましなことを言った方が良い。さ、帰ってくれ。片付けの邪魔だ」


 手振りであたしを追い払おうとする深月を無視して、あたしは彼の顔を真っ直ぐに見据えた。


「あなただって聞いたことくらいはあるんじゃない? 例の高校生連続転落死事件。警察よりも先に真相を突き止めた五十海東高生がいたって噂」


 深月の手振りが止まった。


「もう一度言うよ。人の命が掛かっている。だから、連続殺猫事件について教えて」


「――君が噂の高校生探偵だって言うのか?」


 あたしは沈黙して答えない。そうすることが目の前の男を説得するのにもっとも有効な手立てだと理解しているから。我ながらいやなやつだと思う。敷島が何と言おうとも、あの事件を解決したのはあたしではないのだから。


「わかった。良いだろう。僕が知っているだけのことを教えてやる。その代わり、後で単独インタビューに応じろよ」


 それくらいの条件なら飲まないわけにはいかないか。あたしは小さくうなずくと、


「事件があった日付はわかる? それと、最後に殺された女性の名前も」


「わからいでか」


 深月は部室の机の上に置きっぱなしになっていたノートを開いて、ぱらぱらとめくった。


「まずは事件の日付だろ? 確実にそうだとわかっているものは――」


 深月が読み上げた日付の中には


「ありがとう。他にも殺しなのかどうか判断がつかないものがあるってことで良いのかな」


「当然。死んだ野良猫は大抵、人間に発見されるよりも先にカラスやハクビシンなんかの餌食になってしまうものだ。そうなれば、人間に殺されたのかそれとも他の要因で死んだのか、見た目には区別がつかないさ。最初の頃は警察も捜査に消極的だったようだしな」


 人間の死体が出たならそうもいかないだろうが、鳥獣に食い荒らされた猫の死体が一匹二匹見つかったとしても、わざわざ科学的に調べるというとこまではいかないということか。


「それと、殺された女性の名前か。これだな――マンダヒサ」


 あれ? ちょっと想定していたのと違うぞと思ってから、違う、そうじゃないと思い直す。


「どういう漢字なの?」


「満足の満に、田んぼの田、それに寿命の寿だ。新聞記事にそう書いてあった」


 なるほど。だとしたらそれは深月の読み間違えだ。


 被害者の名前の読みは満田みつだ寿ひさ――それが正解のはずだ。

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